倉田窯は秋田県南部の由利本荘市にあります。
山形県鶴岡市から国道7号線を北上し、日本海に沿って鳥海山の麓をはしり、象潟を過ぎた辺りで右折して県道に入りました。
数キロ先で県道を外れ、鳥海山の麓の裾の丘陵へ登り、牧草地の道を左折すると、未舗装の小道に2~3台の乗用車を停めて、倉田窯が夏の陽射しを浴びていました。
車を降りて建物に近づくと、棟の横の庇の下で、窯元と思しき髭もじゃの人物が数人の人達と会話を交わしていました。
誰へともなく、「今日は」と挨拶して、テーブルの脇に佇み、暫く話を聞きながら、頃合いを見計らい、「ハスの花を見させて頂きます」と声を掛け、棟を囲む庭に廻り、ハスの花を見せて頂きました。
水色のプラスチックの鉢に蓮が育てられていました。
全部でほぼ400鉢35種を数えるようです。
私は2007年に、自分のホームページの中に「ハス・スイレンの名所」という項目を加え、その時から倉田窯をご紹介してきましたが、今回やっと自分の目で倉田窯のハスを確認することができました。
花は、どの花も盛りの季節は短く、年ごとに、天候によって咲く時期が異なります。
更にハスの花は、午後になると閉じますので、ハスの花の盛りを訪ねることはそれ程容易ではありません。
倉田窯の庭から西を望むと、丘の上に風車が連なっていました。
風が強い場所のようです。
この日は猛暑でしたが、秋が過ぎて冬が来ると、吹雪の続く日々があるのだろうと思います。
雪国の自然の過酷さを、風車が物語っているような気がしました。
庭を巡って、庇へ戻りますと、客は引き上げ、主は棟の中です。
暫くして棟から出てきた窯元に話を聞くと、裏の谷に下ると、更に多くのハスが花を咲かせているとのことなので、再び庇の下を出て裏の谷へ向かいました。
想像以上の規模で、谷の中に蓮田が続いていました。
蓮田の中でお会いしたご婦人達も、「ここの蓮は本当に素晴らしいわね~」と感嘆の声を上げていました。
谷の中の蓮を見終えて庇に戻り、「谷の蓮は、休耕田に植えたのですか」と聞くと、「全部自分で池を掘って植えたんですよ」との答えが返ってきました。
倉田窯には次々と客が来て、蓮を見て帰りますが、見物客から入園料を徴収している様には見えません。
実際、私にもそのような素振りは全くありませんでした。
私は「陶芸作品を見せて下さい」と言って、棟の中に入りました。
雑然とした室内に作品や破片が積み重ねられていました。
後から知ったのですが、倉田さんは3年前に交通事故に巻き込まれ、左腕に痛みを抱えて暮らしているそうです。
力強い作品も、数を増やすことが難しい現状ではないかと思えます。
奥の展示室を見た後で、野菜と一緒に並んだ茶碗や片口などを丁寧に見定め、その中から、これはと思う片口を手にして、「おいくらでしょうか?」と訊ねてみました。
「4000円」との答えが返ってきました。
私は学生時代に萩や伊万里を訪ね、これまでに数多くの陶芸家の作品を見てきました。
その私が6000円前後を予想していましたので、即座に「ではこれを下さい」の言葉が口をでました。
大きさは直径12~3㎝、小振りですが、作者の人柄が乗り移ったような、ずっしり端正な焼き締めの片口です。
これで上質な吟醸酒を呑んだら、酒の旨味が増すに違いないと思えました。
倉田窯の主は、私が求めた片口と一緒に倉田窯の栞を入れてくれました。
そこには
陶芸工房 倉田窯 「土本来のもつ形や色を大切に 大らかで 力強く 自然のひびきと 新鮮な時 が感じられる 独自のやきものをつくりたいと 願っております」とあり、略歴が記されていました。
倉田窯の窯元 倉田鉄也さんは、昭和21年に秋田市太田町のお生まれで、大学の美術科を卒業後、常滑で陶芸家に師事し、爾来昭和51年から秋田で作品を創り続けておられるようです。
今年は猛暑なので、庭に溢れるハスの鉢へ水をくみ上げるモーターの電気代が辛いと、話しておられました。
そこまでして、厳寒の地でハスを育て、一人窯を守り、土に命を吹き込む倉田さんに、強く生きる人の姿を見せてもらった気が致しました。
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