神足勝記を追って

「御料地の地籍を確定した神足勝記」を起点として「戦前の天皇・皇室・宮内省の財政について」のあれこれをとりあげる

No.130 思い出すこと 6

2024-04-05 01:15:32 | 追憶
  
   朴:高みに

(1)「サンデー毎日の生活です」というと、「悠々自適でいいですね」と返ってくるくることがあります。
 しかし、私の生活は、金稼ぎをしなくなっただけで(しても、みんなカミさんに取られてしまうだけで、つまらないから・・・)、課題に対しては前とちっとも変っていないし、むしろもっときついです。「清貧に甘んじる」とか「ノンキ」とかいうことはありません。
 弁当を食べに出るのも、世間知らずにならないようにするためと、とくに運動・健康のためで、ピクニックではありません。
 私は、どういうわけか、昔からとかく噂を立てられやすいし、あらぬ偏見を持っていることがわかって絶縁した人もいるのですが、人の口に戸は立てられないと言いますから、ふだんは、一期一会を決めていて、「恩師の宇佐美誠次郎先生と父親には怠け者だと言われないように」と自分の課題を決めて、20年先の完成を期してやっています。心身ともに目下順調です。
 もちろん、お酒もおいしい十分にいただいています。。酒なくて、なんで己が浮世かな!

  
 おいしそうでしょう。どこのかは言えませんが、私これを食べたことがあります。いえ、盗んだわけではありません。見ていたらポトッと落ちたので、近くにいた係の人に話したところ、行きがかりでしょうか、「どうぞ」といってくれたんです。 

(2)昨日、検索していたら、ひょんなことから「トルコ行進曲」ということが出てきました。それで懐かしくなって、今日は、小1時間、あれこれと検索してみました。 
 じつは、小学5年生の時、担任の吉原先生が音楽が得意で、レコードをたくさん聴かせてくれました。その一つが、安川加寿子さんの「トルコ行進曲」演奏でしたが、「日本人でもこんなに速い曲が弾けるのか」と感動したものです。
 今の人の演奏はもっと速いという印象ですが、安川さんの演奏の方が丸みと重みがあったという印象です。

 それから、もう一つ。
 ある日、吉原先生が、いつものようにレコードをセットしてから、
「今日は、題名を言わないでレコードをかけるから、何の曲か考えて」
といいました。
 曲は、いつ始まったのかわからないくらい小さい音で始まり、聞こえて来るにつれて、コントラバスなどがウーとかグーとかいう音を渦を巻くように響いているのが聞こえてきました。メロディーもよくわからず、ただ重苦しいばかりでした。それで、私が冗談ぽく、
「葬式みたいだ」
というと、先生がハッと驚いて、
「じゃあ、もうちょっと聴いて」
と促したので、それから5分くらい聴いたでしょうか。そして、
「これは、???葬送行進曲です・・・」と。
 これも、誰の葬送行進曲だったかを思い出そうと、いくら検索してもわかりませんでした。

 ついでですが、「葬送曲」ということでは、こういうことがありました。
 北朝鮮で金日成〔キム・イルソン〕氏が亡くなり、それからしばらくして子息の金正日〔キム・ジョンギル〕氏が亡くなりました。
 北朝鮮については、前に「No.65 朝鮮人3題」で「山本君」のことを書きましたが、実は、留学中に北朝鮮の留学生10人ほどと親しくなってました。彼らについても、いつか記憶を残したいと思っていますが、そのこともあって、キム・イルソン、キム・ジョンギルのお二人の死を前にして彼らがどんな気持ちでいるだろうかと心配していました。
 追悼場面はテレビニュースで放送されましたから、ご覧になった人もおられるでしょう。私も何べんか見ました。
 そして、キム・ジョンギル氏の追悼場面の放映の時、ふと、いま流されている音楽は誰の曲だろうか、確か前もこの曲だったと気が付きました。

 さっそく調べましたがわかりません。知り合いに聞いても誰も「わからない」と答えます。それで、法政大の東の校門前にある朝鮮総連に直に聞きに伺いました。
 東の校門付近は、元は日本女子経済短大の校門があったところで、同大が4年制の現嘉悦大へ移行することになって小平へ移転するときに、敷地を法政大が買い取って?、東の飯田橋や九段方面への出口になっていました。
 ときどきいろいろな団体が押し寄せるので警備が厳しいところですが、校門を出て、咎められないようにピョイと向かいの入り口に向かって走って、インターフォンを押すと中から声がして、こちらの身分と趣旨を話すと丁重に迎え入れてくれました。
 細かい話は省きますが、
 金✕✕〔名前は伏せます〕さんという人が対応してくれたこと、
 おもしろいことに関心をもつ人だといって歓迎してくれたこと、
 (名刺をいただいた際、なにかあればいつでも知らせてくださいと・・・)
 曲は追悼歌〔チュドカ〕といい、特別な人の葬儀の時だけ使うものといい、録音テープと楽譜をくれたこと、(なお、これはしまいこんでいて、今日は所在不明。)
 チマ・チョゴリがきれいなものだということを実際に目の当たりにしたこと、
 
 オットット、またまたあらぬ方へ行き始めました。しょうがないですなあ!
 まだ4分の1くらいのところですが、続きは態勢を整えてから。では。

  
  一昨日、高月でももう綿毛を見ました。

コメント
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