市ヶ谷日記

喜寿を超えた老人です。日々感じたことを、過去のことも含めて、書き記しておこうと思います。

慶應大学病院における腹部大動脈瘤手術の詳細記録(その1)

2014-10-30 | 日記
はじめに
 2013年9月、慶応義塾大学病院において腹部大動脈瘤の手術を受けました。これは同手術の記録であり、腹部大動脈瘤の存在を宣告され、何時そして何処の病院でどのような手術を受けるべきか迷っている方々の参考になれば、という思いから作成したものです。
 なお、同病院における診察、検査、入院、手術及びその後の経過を出来るだけ詳細に記すことに努めましたが、診察や看護に当たっていただいた方々の氏名は、プライバシーを考慮し、すべて伏せておくことにしました。

Ⅰ経緯 
(1)腹部大動脈瘤とは

 「腹部大動脈瘤」とは、心臓から下半身部分に血液を送る大動脈に瘤ができ、大動脈の直径が大きくなる病気である。瘤が成長し大動脈が太くなっても、痛くも痒くもないので、本人はもとより医師も気が付かないことが多々あるようである。
 大動脈瘤が怖いのは破裂することがあるからである。破裂すると大出血し、救急車で搬送されても、病院に着く前に死に至るケースが多く、死亡率は非常に高いと言われている。
 腹部大動脈の直径は通常約20mm。これが40mmを超えると破裂する危険が増大する。そして、50mmを超えると手術適応と診断することになっているようである。
 腹部大動脈瘤の治療は手術が基本である。かつては腹部を20cmほど切開し、瘤のできた動脈部分を切除して人工血管に置き換える「人工血管置換術」が主流であったが、最近は両足の付け根部分の動脈からカテーテルを挿入し、これを通じて人工血管を瘤のある動脈内に留置する「ステントグラフト内挿術」が行われるようになった。
 私は、専門家の意見を参考に自分自身でも勉強し、後者の「ステントグラフト内挿術」を選択した。

(2)手術に至るまでの経緯
 2005年5月、都内大病院の人間ドックで「腹部大動脈瘤の疑いあり、12ヶ月後に検査する必要あり」との診断を受けた。これが私と腹部大動脈瘤の関係の始まりであった。
 以降、毎年1回の人間ドックで、「6ヶ月後に検査する必要あり」から「経過観察が必要」へと、徐々に病気の程度が進行した。
 手術前年の2013年3月には、人間ドックで問診の医師に「大動脈瘤は大丈夫ですか」と当方からあえて質問したが、その時は「腹部大動脈瘤が45mmに拡大しているのが認められるので、経過観察が必要」という判定であった。
 この間2009年3月、足の甲の痛みが長く続くので近所の整形外科医院で診察を受けた際、腰部のレントゲン写真を見た医師が「足が痛いどころではありませんよ。大動脈に瘤がある」と大騒ぎし、MRI検査を受けることになったことがあった。
 この時の診断は「腎動脈分岐下腹部大動脈は、短径33mmに紡錘状に拡張している」であった。私もその頃は腹部大動脈瘤についての知識が深まり、33mmであればまだ大丈夫と自分で判断し、そのまま様子を見ることにした。
 また、別の病気で某私立大学付属病院に長期にわたり通院していたが、担当の医師が2013年1月、たまたまCT検査で腹部大動脈に瘤ができているのを見つけ、手術することを熱心に勧めた。私が、大動脈瘤のことについてはよく承知しており、何時手術をするかは自分で決めると言い続けていたら、その医師は責任が負えないとして「もうこの病院には来ないでくれ」とまで言うようになった。
 というようなことがあって、私自身も、新聞の死亡記事欄で「大動脈瘤破裂」の文字を目ざとく見つけるようになり、また、何所へ出かけるにも救急車到着までの所要時間を気にするようになった。年5、6回は、夫婦で出かけていた海外旅行も行くのをためらい、毎週末のハイキングも救急車が来られないような場所は避けるようになった。
 そんな私を見て、家内が「手術をしてすっきりした方が好いのではないか」と、これまた勧めるようになり、優柔不断を決め込んでいた私も遂に手術を受ける気持ちになった次第である。

(3)人工血管置換術 orステントグラフト内挿術
 手術を受けることになると、次は、何処の病院で、どのような手術を受けるべきか、を決めなければならない。
 幸い家の近くには、東京女子医科大学病院、国立国際医療センター、慶応義塾大学病院、東京医科大学病院などの大病院があり、入院するにはどこが便利か、家内と二人で実地に調査することにした。面会時間に見舞客のふりをして中に入り、それとなく様子を見るのである。
 更に足を延ばして、腹部大動脈の手術に実績のある東京ハートセンター、虎の門病院、三井記念病院なども見て回った。緊急性のない病気なのでこうしたことが許されたわけである。
 腹部大動脈瘤の手術には、前述のように「人工血管置換術」と「ステントグラフト内挿術」の二つの方法がある。どちらの方法も一長一短があり、大いに悩んだ。
 本来、二種類の手術のうちどちらの手術を行うかは、医師が患者の病状、身体的条件等によって決めるべきものであるが、私がインターネットで調査したところでは、大方の病院は二つの手術方法のうちどちらか一方に特化しており、どの病院で診察を受けるかによって手術方法が決まってしまう傾向があるようであった。
 そんな時、たまたま大学で寮生活を一緒にした友人に巡り合った。彼は東大医学部を卒業し、東大病院で心臓外科手術を専門に行い、後に東京大学工学部教授(精密工学)になった人物である。私のこれまでの経過を説明したところ、「手術をすべきかどうかについては、何とも言えない」、そして「手術をするのであれば、『ステントグラフト内挿術』でなく、『人工血管置換術』の方を奨める」というものであった。そして「いつでも神の手を持つ名医を紹介してやる」とまで言ってくれたが、私自身は、痛くも痒くもないのにお腹を大きく切る手術をする気にはどうしてもなれず、友人の親切なアドバイスに従うことができなかった。
 そこで意を決して2013年6月27日、慶応義塾大学病院で診察を受けることにした。慶応病院を選んだのは、事前のリサーチにより同病院心臓外科の大動脈専門の先生方が「人工血管置換術」と「ステントグラフト内挿術」の両刀使いであることが分かったからである。
 私の調べたところでは、東京都内の病院で患者の状況に応じて手術方法を決めていると推測できるのは東大病院と慶応病院であり、後者が自宅から歩いて行ける距離にあったので、まず慶応病院で診てもらうことしたわけである(この部分は、私の拙い調査の結果であり、単なる感想である)。

Ⅱ 外来診察及び検査
(1)6月27日(木)<初診>

 慶応病院は初診の際、原則、かかりつけの医師からの紹介状(正確には、「診療情報提供書」)が必要とされており、紹介状なしの初診受付に多少手間取ることになった。紹介状なしの患者は、症状が緊急であるか、あるいは何か特別な理由があるか、どちらかでないと受け付けないとのことであった。
 こうした取扱いは事前に分かっていたが、私が紹介状なしで受診しようとしたのは、診察してもらう医師を自分の判断で決めたいと考えていたからである。現在は、インターネット等により、どの病院にどのような医師がいるか分かるようになっている。
 受付の事務員との間で擦った揉んだした後、診療科に直接電話してもらい、ようやく診察を受けることができるようになった(医師法により、原則、医師は診療を拒むことはできない)。私を実際に診てくれた医師はY講師であった。この先生は、慶応ボーイを紹介するあるテレビ局の番組に出ていて、そのお人柄等も分かっているような感じでいたので、ラッキーと思い、この先生に全部任せてしまおう、自分でいろいろ思い煩うのはやめようと、その時決めてしまった。
 Y講師に腹部大動脈瘤の経緯について説明したところ、大動脈瘤は手術でしか治す方法が無いこと、手術には二通りあり、人工血管置換術とステントグラフト内挿術があり、慶応では最近はステントグラフト内挿術を主体にしていること等の説明があった。私はどちらかと言えばお腹を切らないで済むステントグラフト内挿術を望んでいたので、ますます好い医師に巡り会ったと幸福な気分になった。そして、ベッドに横になった私の腹部を触診し、「50mm以上は手術適用」としていると説明、「いずれにしても、まずCT検査をし、その結果により判断しましょう」ということになった。
 私が勉強し想定したのと全く同じ成行きであった。

(2)7月2日(火)<腹部CT検査>
 CT検査の予約は午後4時15分。朝食と昼食は軽めにとり、3時半に病院に入り、CT検査の前に済ませておくよう指示のあった血液検査を受けた。
 CT検査は、検査着に着替え、ベッドに寝て丸い輪の中をくぐるものである。初めは単純な撮影、次いで造影剤を注入しての撮影で、15分くらいで終わった。

(3)7月18日(木)<2回目診察>
 CT検査によるY講師の診断は手術をした方がよいということであった。腹部大動脈は50mmに拡大しており、一応「手術適応」とのこと。私も50mm以上であれば手術を受けようと覚悟していたので、直ちに手術をお願いすることにした。
 「入院前に手術に必要な検査を済ませておきましょう」という先生の考えにより、肺機能検査、血液検査、尿検査、鼻くう検査、心電図、腹と胸のX線検査を受けることとし、予約を入れてもらった。

(4)7月25日(木)<頸動脈超音波検査>
 検査は簡単で、所要時間25分。

(5)7月26日(金)<頭部CT検査>
 先日、腹部のCT検査をしたばかりであり、このようにたびたびX線を浴びてよいものかと心配しつつ検査を受けた。
 検査技師の見立ては「多少石灰化が進んでいるところがあるが、年齢相応である」とのこと。

(6)8月9日(金)<ペルサチン負荷心筋血流シンチグラフィ検査>
 検査は10時開始。ペルサチンおよびアイソトープの注射をし、それから15分間撮影。横に寝た姿勢で15分間過ごすと、左手がしびれ、しんどい思いをした。
 1回目の撮影が終わった10時30分から14時30分までの4時間、待機。ペルサチンの効果がなくなるのを待って2回目の撮影をするためである。この日は朝食抜きである上に、この待ち時間中も水以外は口に入れてはいけないと言われ、空腹感に苛まされた。
 2回目の撮影では、同じ姿勢の撮影であったが、慣れたせいか楽であった。

(7)8月15日(木)<診断>
 最終診断の下る日である。手術すべきか否か、どのような手術になるか、結論が出ることになっていた。緊張しつつ病院を訪れる。
 これまでの診察では、診察室の前に担当「S講師」と掲示されていたが、実際はY講師が診察していた。いつもと同じであると思い診察室に入ると、見たことのない医師が待っていた。間違ったところに入ってしまったのかと思ったが、看護師に「ここです」と言われた。この医師が「S講師」であった。
 S講師からこれまでの検査結果について非常に丁寧な説明があり、そして「腹部の大動脈の直径が5cmを超えており、手術をした方がよい」という診断が告げられた。
 手術の手法について、私の「開腹手術とステントがあるが、どちらですか」という質問に対し、「ステントグラフト内挿術」で行いたいという返事であった。期待通りの答えであったが、あえて「開腹による人工血管置換術は、手術法が確立しており、安全な手術と聞いています。ステントグラフト内挿術は、患者の身体的状況から人工血管置換術を行うことが出来ない場合に採択する手術、と言われていますが」という質問をしたところ、「人工血管置換術を望むのであればそれをします。ただ自分はステントの方が良い方法であると思う」という回答であった。
 私も、簡単な手術の方を望んでいたので、「先生のお考えに従います」と申し上げ、手術はステントグラフト内挿術で行うことになった。
 私の事前のリサーチでは、S講師は「人工血管置換術」と「ステントグラフト内挿術」の両刀使いであり、私の期待にピッタリの医師であった。ただ、写真から見て繊細なお人柄と思っていたが、実際は、丁寧な言葉遣いではあるが、断定的にはっきりものを言う自信に満ちあふれた外科医であった。この日の診察には、家内も同席しており、慶応病院で手術をすることに決めて大成功であったと、二人で喜び合った。
 なお、初診から私を診ているのはY講師であるのに、何故、最終的な診断はS講師がするのか、分からなかった。両者の関係は、術中、術後においても、分からずじまいであった。ただ、S講師の方がY講師より慶応大学医学部の卒業年次が12年先輩であり、病院内の格付けは同じ講師でありながらS講師の方が上であるようである。
 この日は、診察の後、看護師から入院・手術の一般的な説明を聞いたり、入院事務局に入院申込みをしたりした。私は鼾がひどく、同室の人に迷惑をかけてはいけないので、入院の絶対的条件として個室を希望しておいた。
手術することが決まり、晴れやかな気分で病院を後にした。

(8)8月22日(木)<経胸壁心エコー検査・麻酔科説明・入院オリエンテーション>
 慶応病院で経胸壁心エコー検査。
 また、この日に麻酔科の説明があった。これから手術を受ける予定の患者が20人くらい1室に集められ、ビデオによる説明を受けた。どのような種類の麻酔があり、麻酔科の医師や看護師が手術にどのように関わるかを説明するビデオであった。
 その後、患者一人一人に対して、麻酔科医師の面接があった。
 続いて、入院のオリエンテーションがあり、入院係の看護師と手術担当の看護師の二人から入院中の注意事項等の説明があった。私の視聴覚能力、好み、人生観などが聞かれるとともに、入院時に持参する物品の説明があった。
 私はこれまで、香川県立中央病院(急性肝炎で3ヶ月)、和歌山県立医科大学病院(ぶどう膜炎で2ヶ月)、自治医科大学病院(眼科手術で3ヶ月)および日本大学病院(白内障手術で1週間)に入院したことがあるが、慶応病院は、有名病院でありながら、患者を非常に大切に扱う病院であるという印象を受けた。