市ヶ谷日記

喜寿を超えた老人です。日々感じたことを、過去のことも含めて、書き記しておこうと思います。

2015年ノーベル賞。日本人受賞者2人、韓国人受賞者0人

2015-10-12 | 独吟
 今年のノーベル賞で日本から2人の受賞者が出たことは、日本人として誇りに思う快挙である。
 これが仮にも、韓国人が受賞し、日本人の受賞者がゼロであったら、来年のノーベル賞シーズンまで、日本人は対韓国との関係において相当に嫌な気分を味わうところであった。最近の韓国における嫌日キャンペーンは、朴槿恵大統領を先頭に目に余るものがあるからである。
 韓国では、ほとんどの国民が
「民族的に、韓国人は日本人より優秀である」、
「日本は経済においては韓国より上であるが、文化は韓国の方が日本より上である」、
と固く信じている。
 韓国を旅行している際、我々がよく経験することであるが、韓国の小さな子供たちが日本人観光客の食事している姿をじっと見つめ、その後で肯くのを気付いたことがあるであろう。日本人は能天気に韓国の子供たちが我々日本人に親近感を持っていると思うであろうが、これは全くの見当違いである。
 「韓国人は日本人にいろいろなことを教えたが、スプーンの使い方は教えなかった。だから、日本人は今でも箸を使ってご飯を食べている」
と、韓国の子供たちは、日本人が韓国人より劣る例として、常々、両親や学校の先生から教え込まれているのである。
 韓国人は、自分たちが日本人より優秀な国民であるのに、平和賞を除きノーベル賞受賞者がいないことに、どうしても納得がいかないらしい。そして、あろうことか、日本はその財力を行使してノーベル賞受賞者を多く輩出している、と言い出す論者まで現れている。ノーベル賞の審査委員がサッカーのワールドカップの審判と同じレベルであると信じているようである。
 こうしたこともあって韓国では、ノーベル賞に対する憧れが極めて強く、またノーベル賞受賞者に対する尊崇の念は日本人以上である。韓国マスメディアの報道ぶりも、日本への対抗心も重なって、異様とも言えるほど過熱している。
 私にも、ノーベル賞に関連し、次のような経験がある。
 韓国人の友人の一人に、韓国有名大学の教授がいる。法学部の先生で、韓国では日本の法制度についての権威者ということで通っている学者である。その教授から暫くぶりに電話があり、私の家内を入れて3人で一緒に食事をすることになった。
 その時、何となく、ノーベル賞のことが話題になり、
 「親戚にノーベル賞を貰った人がいる」
とつい口を滑らせた。その瞬間から教授の態度が一変し、それまでの韓国人特有の横柄さがなくなり、私ども夫婦を見る眼が変わったのである。
 私とそのノーベル賞受賞者の関係を詳しく尋ね、私の長男が物理学賞受賞者の○○さんの姪と結婚したことまで話が及ぶと、
 「自分の長女が来月、結婚するから、是非とも、電報を打って下さい」
ということになった。
 同席していた家内は、こうした成行を不思議に思っていたが、帰宅後、
 「自分には、日本人の友人がいて、彼はノーベル賞受賞者の親戚である」
ということを周囲の人たちに自慢したいのであろう、という私の説明にようやく訳が分かったとのことである。
 伝えられる韓国からの報道によれば、
「日本人のノーベル賞受賞者は19人目である」
というニュースが流れている。
 日本のマスメディアは
「アメリカ国籍を取得した人を含め、日本人のノーベル賞受賞者は24人目である」
と報道している。
 こうした報道の仕方の違いにも韓国人の切歯扼腕ぶりが覗えるが、日韓両国がノーベル賞の受賞を互いに称賛し合う日の来ることを望んでやまない。



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