閃き

変化も気付く事も無い平凡な毎日の中にきっと閃きがあるはず。閃きを求めた記憶

寺問答

2021-02-12 21:12:33 | 閃き
心配していたが遂に森会長が五輪組織委員会の会長を辞任すると発表した

こうなってしまった以上、お疲れ様でしたと述べるしかないが大変残念だ

理由は以前ブログに書いた


さて、お寺の世話人会があり、恒例?の寄付金を集めた

コロナ禍でも寺のお布施は変化はない

住職に手渡した後、少しお話しをさせて頂いた

住職の方から今回の森会長の発言について話しを始められた


コロナ禍で国民は可成り不満が溜まっていて、ネットでその鬱憤を吐き出しているのだろうと住職の言葉

すかさず、私はお寺に来る高齢者達はテレビが唯一の情報源であり、繰り返されるバッシングが洗脳されたと同じ状況になっていると反論した

住職は世の中が便利になり、数字に縛られた世の中になったし、企業も人件費予算に縛られ、容赦の無い数値管理に疲弊していると話した

この様な問答を続けたのだがキリが無いので私の主張を要約する


技術が発達し生活が便利になったが、機械に支配された訳ではない

AIだろうが、便利な部分だけ活用しながら、一方で人間的な部分をもっと大切にする必要がある

我々が若い時に他人に対して物申すと言うことについては、自分のような無能な者からとても人様に対して意見を述べることは出来ないと言うのが常であった

それが現在はSNS等で自分が無能であっても簡単に物申し事が出来るし、自分のことは棚に上げて相手を非難する事も出来る

この様な事は慎むべき事だと教えられてきているし、現在もそう考えている

従って住職の説教でいくら便利になった世界であっても人間性を大切にして相手を思いやる思考や行動を努めなさいと是非言って欲しいとお願いした


若い時、世の中綺麗事では生きてゆけないと悩んだ時期がある

その時に私に諭してくれた恩師はこう言った

なるべく日なたで生きなさい

時々、日陰に入っても直ぐに日なたに戻りなさい

日陰を知らないと生きてゆけないと言う日陰の住民がいたら、可哀想な人だと思いなさい

望んで日陰で生きるよりは、望んで日なたで生きる方が幸せだよ、と

寺問答によって大切な事が蘇った










コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 建国記念の日 | トップ | ジェンダーレス »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

閃き」カテゴリの最新記事