森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.4

2011年05月18日 | マリオネット・シンフォニー
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 メルクと独立軍の協力体制が確立してから数日が過ぎた。
 ブリーカーボブスと独立軍艦隊はケラ・パストルを離れ、共に大陸に向かって航行中。



 空には月もなく、ただ波の音だけが世界を満たしているような──そんな一夜の物語。



~後日談~ エピソード.4



「アーーーー」
「ア゛~~~~」
「えっと。ア゛~じゃなくて、アーですよ。もっと背筋を伸ばして……」
「さ、触るなっ」
「でも、姿勢が悪いと声が伸びませんし……あ、足ももう少し開いて」
「だから触るなと言っているっ」
 トトは大きく溜息を吐いた。
「そんなこと言ったって。歌を教えてくれって言ったのはアートさんじゃないですか」

   /

「ダメじゃん、アート」
「ダメダメだね」
 隣の部屋から聞こえてくる騒ぎ声を聞きながら、グラフとアイズはくつろいでいた。
「幸せだな~、アイズに膝枕してもらえるなんて」
「あんまり甘えないでよね」
 アイズはソファーに座り、グラフに膝を貸している。グラフはしばらく幸せを満喫していたが、やがてアイズが何か考え込んでいることに気づき、だらしなく崩れていた表情を引き締めた。
「……で、わかったのかい? リングについては」
「ぜーんぜん」
 アイズは軽く肩をすくめてみせた。
「情報局のネットワークを使わせてもらって検索してみたけど、それらしいものは何もなかったわ。研究所のコンピューターは吹っ飛んじゃったし」
「そうか……」
「でも、こんなのはあったのよ」
 アイズは手元の鞄から一冊の本を取り出した。
「なになに、魔法についての生物学的考察……おっ、著者はアインス・フォン・ガーフィールドじゃないか」
「ほら、リードランス王国時代はプライス博士とかペイジ博士が中心になって魔法についての研究をしていたでしょう? でもそれは人形とか、ツェッペリンとか、L.E.Dとか……そういったものの開発に用いるための、各分野における最先端技術としての知識だったわけね。だからアインスはそれらを分類・系統化して、わかりやすい形で一般化しようとしてたみたい」
「へぇ。色々とやってたんだな、アインスって奴は」
「それでね。最後の章を見てよ」
 促されるままに最終章を開き、グラフは表題に目を留めた。
「すべてを生み出す魔法──か」
「うん。リングの力のことを、アインスはこう呼んでたみたいね」
 アイズはグラフの手から本を受け取ると、パラパラと頁をめくった。
「リングの力に目覚めた時、フジノが教えてくれたの。この力のことをアインスから聞いたことがあるって。極めて稀な力で、アインスの知る限り、この力を持った人は過去一人しかいなかったらしいわ。その術者の名前がアイズ・バイオレット・ガーフィールドだってこともね……ほら、ここのところ」
 グラフはアイズが指し示した部分を声に出して読んだ。
「アイズ・バイオレット・ガーフィールド。真名はミワ・リンドウ。第一級医師免許所持。国際医師団、後の国際救助隊の創立メンバーの一人。短い生涯のすべてを医療活動に捧げ、またリードランスの王族という立場から国際平和にも大きく貢献した。266年、26歳で死亡……か。生きていれば52歳、プライス博士と同い年だな」
 自分の知識と照らし合わせて、グラフは静かに考え込んだ。
 国際救助隊と言えば、サミュエルとオードリーの生みの親でもあるトール博士やプライス博士も参加している。やはりリードランス絡みなのは間違いない。
 ──何より、この名前。
 これはアインスの手書きだろうか。欄外に小さく記された、彼女の真名を編む古き言葉に目を留めて。
 グラフは確信を込めた声で呟いた。
「三輪・竜胆。三つのリング……か」

「行くのかい? リードランス……いや、ハイムに」
 グラフが尋ねた。
「行かないとね」
 アイズは答えた。
「君がやる必要はないよ」
 グラフは言い切った。
「君はハイムを捨ててここにいる。俺だってそうだ。トトも、フジノも、アートも、ノイエも。本当はスケアやバジルだって同じさ。俺達がフェルマータで普通の生活を選んでも、誰にも文句は言えないさ。少なくとも俺は言わせない」
「……そうね」
 アイズは微笑んだ。
「でも、私は行かなきゃ。自分が何者なのかを知るためにもね」
「そうか。……強いね、君は」
 グラフは起き上がった。
「それじゃ、俺も一緒に行かせてもらうよ。そのほうが面白そうだ」
「グラフ、ほんと貴方っていつも不真面目ね」
「いいや、君のことになると話は別だよ」
 グラフが思いっきり真面目な顔を作る。

 やがて、二人は声を上げて笑い。
 どちらからともなく、口付けを交わした。

   /

 一方、その頃。
 フジノとノイエは、ブリーカーボブス上部の小型艇専用ポートにいた。
「本当に、みんなに黙って行くのかい?」
「言えば引き止められるに決まってるからね」
 フジノは寂しげに微笑んだ。
「今ならまだ、私はここを出て行くことができる。アイズ、トト、スケア、そしてルルド……あと一度でも顔を見て話をしてしまったら、きっと私の決心は鈍ってしまう。一緒にいたいと望んでしまう。だけど、今はまだ、その時じゃないの」

 ここ数日の間、フジノは何度もルルドと話をしていた。
 そして、その裏で。カシミールとも真正面から言葉を交わし、今夜の密航計画を打ち明けると共に、頭を下げて頼んでいた。
 ルルドのことを、よろしく頼む……と。

 現在、ポートの管制機能は麻痺している。カシミールの協力によって。
「ノイエも無理して付き合わなくてもいいのよ? あの二人と離れてまで……」
「いや、行くよ」
 ノイエは微笑み、首を横に振った。
「スケアの代わりには、なれないだろうけど。フジノと一緒にいるよ」
「……ありがとう、ノイエ」
 相変わらず口にするのが慣れない言葉に、精一杯の感謝を乗せて微笑むフジノ。

 その時。
 不意に、辺りに足音が響き渡った。
 二人が振り向いた先、ポートと内部を繋ぐ通路から、一つの影が姿を現す。
「誰だ?」
 ノイエが警戒しつつ身構える。
 と。
 フジノが一歩前に歩み出て、呆然と呟いた。
「……先生……?」
「久しぶりね、フジノ」
 風になびく髪を手で抑えつけ、ラトレイアは微笑んだ。
「知り合いかい?」
「昔……格闘技を習ってね」
 ノイエの問いに、フジノが短く答える。
「え? だって、君の実年齢は……」
 二人の姿を見比べ、ノイエが呟く。ラトレイアはクスクスと笑うと、緊張した面持ちのフジノの前で足を止めた。
「あまり驚かないんだ?」
「まあ……ね。そもそも、先生が戦闘で死ぬわけないって思ってたし」
「褒められてるのか貶されてるのかわからないわね」
 ラトレイアは苦笑した。
「あの頃の貴女は本当に手のつけられない子供だったわ」
「それは先生もでしょ?」
「生意気なところは変わらないわね。まあ、私も貴女の師と呼ばれるには力量不足だったと思うけれど」
「力量不足? ……何処が?」
 フジノが呆れたように言う。
「喧嘩の強さがそのまま『力量』じゃないわよ。もっと広義な話。私だけじゃないわ、アインスもジューヌも、そしてリードも……貴女の師や親代わりになるには早すぎた。みんな本来なら、まだまだ自分を伸ばすことで手一杯の時期だった。貴女は手のかかる子供だったしね」
「私が悪いって言うんでしょう? わかってるわよ、そんなこと」
 ふてくされるフジノ。
 その様子に、ラトレイアは少し驚きながら呟いた。
「フジノ、貴女本当に変わったわね」
「??? どういう意味?」
「昔ならここで一戦起きるからね。先生少し身構えちゃったわ」
「あたしは猛獣かっ!」
「可愛い教え子よ」
 ラトレイアはニッコリと笑って言った。

「……先生も変わったわ」
「そう?」
「優しすぎる。気持ち悪い」
「オホホホホホホ」
「その笑い方はやめて……」

「さあ、旅に出るんでしょう? 早く行かないと見つかるわよ」
「……そうね」
 フジノが踵を返し、ノイエが慌てて後に続く。
 その後ろ姿に、ラトレイアは今一度声をかけた。
「フジノ。最後に一つだけ」
「何?」
 フジノが振り返る。
 ラトレイアは目を閉じ、胸に手を当てて言った。
「やっぱり希望は捨てるものじゃないわね。どんなに困難に見えても、絶望的な状況でも……進み続ければいつか必ず成果が出る」
「それって私に対する教育のことを言ってるの?」
「穿った捉え方をするのは良くないわよ」
 フジノがムスッとした顔をする。
 と、先に乗り込んでいたノイエが操縦し、小型艇が浮上した。
「バイバイ、先生。昔は迷惑かけたわね」
「気にしてないわよ、フジノ」
 フジノが跳躍し、甲板に降り立つ。


 小型艇は更に浮上し、やがて闇に消えた。










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大失敗

2011年05月05日 | マリオネット・シンフォニー
 当日中に休載のお知らせをすることができませんでした。
 そろそろ潮時でしょうか。
 この調子ではハイムの章を連載するのは難しそうです。

 話は変わって。

 息子が近視+乱視との診断を受けました。
 私は両目共に1.5(子供の頃は2.0)なので、息子の目に世界がどう映っているのか想像もつかず。
 眼科を受診したところ、「しばらく様子を見ましょう」と言われました。
 ところが色々と調べてみたところ、それは「もっと悪くなるまで放置しましょう」ということと同義だそうで。
 どうも眼科医の仕事には、視力の『回復』は含まれていないようです。

 とりあえずはテレビ・パソコン・ゲームの時間を減らすよう息子に言い聞かせましたが……。
 なんとかして目の健康を回復させる手段はないものかと思案しております。

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.3

2011年04月20日 | マリオネット・シンフォニー
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 翌日。
 パティとオリバーの会談は、支店長の提案によりホテルの船で開かれた。
「早急に体制を整えてハイムへの対策を講じなければ」
 というパティと、
「急ぐあまりに南部の独立をないがしろにされては困る」
 というオリバー、二人の話し合いはなかなか進展を見せなかった。

「ふう……少し休憩しましょうか」
 パティが大きく息をつき、席を立つ。
 会議室に一人になると、オリバーも大きく溜息をついた。とっくに空になってしまったカップを手に、所在無げに視線を彷徨わせる。
 と、
「うまくいっていないようですね」
 給仕室から現れた支店長が、オリバーの前に新しい紅茶のカップを置いた。



~後日談~ エピソード.3



「……うまくいっていないのは俺自身だよ」
「何か、気に病むことでも?」
 オリバーが呟き、支店長が穏やかに促す。
「ここは中立だったよな、支店長」
 支店長が頷く。
 オリバーは一つ大きく溜息をつくと、カエデと自分に血の繋がりがないことを話し始めた。同年代で温厚な人柄、何より敵対勢力の人間ではないという安心感から、オリバーは自分でも気づかないうちに、支店長の前では一人の青年に戻っていた。
「なあ、支店長。君の父親はどういう人なんだ?」
 オリバーが尋ねると、支店長は昔を懐かしむような目で答えた。
「私の父親は二人います。実の父親は我らがトゥリートップホテルの創業者でした。私は遅くに生まれた息子でして、父が亡くなったとき、まだ一人で生きていける年ではありませんでした。そこで父の後輩にあたる現オーナーが私を引き取ったのです。ですから、実の父のことはあまり覚えてはいません」
 ですが、と続け、支店長は穏やかに微笑んだ。
「とても立派な人だったと聞いています」
「……そうか」
 オリバーは呟いた。
「俺の父親は、南部の小さな町の町長をしていた」
「存じ上げております」
「ああ……父は一町長でしかなかったが、その功績は有名だった。俺がスポーツに限らず、政治の道にも首を突っ込んだのは父親の影響だ」
「提督のお父様のお人柄は、フェルマータの者なら誰でも知っていますよ」
「……そうだな。俺の自慢の……誇るべき父親だ」
 オリバーは頷いた。
「ある冬の朝、父は小さな赤ん坊を抱いて帰ってきた。なんでも家の前に捨てられていたそうだ。きっとその子を捨てた親も、あの町長なら安心して託すことができると、そう考えたんだろう」

「そして父は俺に言った。今日からお前がこの子の兄だと。その手で妹を守ってやってくれ……と」

「父は、知っていたんだろうか。カエデが、南部の人間じゃないということを……」
「……それは提督のお父上にしか、わからないことではありますが」
 支店長は言った。
「ですが、彼女の出生に気づいていたとしても、いなかったとしても。お父様はきっと、同じ事をなさったと思いますよ」
「……そうだな。俺もそう思うよ」
 オリバーは呟いた。
「カエデは俺の大事な妹だ。そして俺は、父のことを心から尊敬している」
「それはとてもいいことですね」
 支店長が微笑む。
「ああ。俺には大切に思える家族がいる。本当に誇らしいことだ」
 オリバーも微笑み、支店長の持ってきた紅茶に口をつけた。
「……うまい紅茶だな」

   /

「なるほどね。オリバーと妹に血の繋がりはないんだ」
 会議室の扉に背中を預け、パティは呟いた。
 隣にはバジルの姿もある。
「そうだ。それにオリバーは、妹がリードランスの王族だと思い込んでいる。ここをつけば会談の主導権はこちらのものだ」
「……そうね。でも」
 パティは思い切り伸びをして、さっぱりとした口調で言い切った。
「私はそういう手は嫌いだな」
「手段を選んでいる場合じゃないだろう?」
 バジルが眉をひそめる。
「俺達が通信を断っていた間に南北の関係はますます悪化している。オリバー率いる独立軍主力艦隊の無事を知り、南部の上層部がその帰還を待っている今が唯一のチャンスなんだ」
「もう手は打ってあるんでしょう? ……ねえ、レム?」
 パティの声と共に、近くの通路からレムが現れる。
「相変わらず、流石ねレム。でも悪いけどこのネタは使わないわ」
「パティ」
「私さあ、大学でオリバーの父親が書いた教本を使ってたのよ。正攻法で博愛主義……私の理想よ。彼の息子にそんな手は使いたくないわ。別に貴女のやり方を否定するわけじゃないけれど……あの子とだけは、真正面からぶつかっていきたいの」
「ええ、わかっています」
 レムが微笑む。
 パティもにっこりと微笑むと、
「それじゃあ、もう一ラウンドいきますか!」
 勢いよく扉を開け放ち、会議室に戻っていった。

「大丈夫かな、パティの奴」
「大丈夫ですよ、彼女なら」
 レムは言った。
「アインス・フォン・ガーフィールドが彼女を選んだ理由がよく分かります。何処までも陽の当たる道を真っ直ぐに進む彼女の姿は……傷つきやすく、脆くもあるけれど、だからこそ人を惹きつける。貴方や私のような者でさえも」
「……そうだな」
 微笑むバジルの横で、扉がパタンと音をたてて閉じる。
 レムは車椅子を動かすと、扉に背を向けて言った。
「行きましょうか。あとはあの人に任せましょう」

   /

「それじゃ、続けましょうか」
 パティは席に着くと、テーブルに用意してあった紅茶を飲んだ。
「うそぉ、何これ?」
 思わず口に手を当て、目を丸くする。
「ねえ、この紅茶、すっごく美味しいわね! そう思わない?」
「あ、ああ……」
 オリバーは呆気に取られていたが、やがて微笑み、自分ももう一口紅茶を飲んだ。
「そうだな。確かにうまい紅茶だ」

 この後、会談は順調に進み、パティとオリバーの協力により内戦の激化は回避される。
 フェルマータは二国に分割された後に再び統合を果たし、南北共同体への道を歩むことになる。
 そして南北の代表者による会談は、常にトゥリートップホテルで開かれることが慣習となるのだが……それはまた別の物語である。

   /

 時間は戻り、パティとオリバーの会談中。
 ホテルのキッチンでは、ネーナとグッドマンが大騒ぎをしていた。
「ちょっとグッドマン! どういうわけよ、紅茶もコーヒーも全然ないじゃない!」
「そんなこと言ったって、独立軍の連中がみんな飲んじまったんだよ! 姉ちゃんだって美人だ何だって騒がれて調子に乗ってたじゃないか!」
 体中包帯だらけのグッドマンが抗議する。皮膚以外の損傷は大したことはないので、起きてパーティーの準備を手伝っていたのだ。
「だからってみんな使うことないでしょう!? ああもう、パティさんたちに何を出せばいいのよ!」
「仕方ねえ、こうなったらワインでも……」
「……グッドマ~ン?」
 ネーナがユラリと振り返る。
「ち、ちょっと待った姉ちゃん!」
 グッドマンが慌てて後ずさる。
 と、
「まあまあネーナ、落ち着いて……」
 会議室から支店長が戻ってきた。自室に残っていたティーパックでどうにか二杯の紅茶を用意し、持って行ったのだ。
「しかし困ったね。どうも会議は長引きそうだ。流石に一杯ずつでは間が持たないだろう」
 その時。
 ネーナから逃げるように後ずさっていたグッドマンの足が、床に置かれていた荷物に当たった。紐が緩んでいたのか、大袋の中から幾つか物が転がり出る。
「おっ……と。何だ、これアイズの荷物じゃないか。って、あいつ保存のきく食料ネコハバしてやがる」
「ちょっと待ってグッドマン君。それ、もしかして紅茶じゃないかな?」
 支店長が転がり出た物の一つを指さす。
 グッドマンはその紅茶の缶を拾い上げると、ネーナと共にまじまじと見つめた。
「何でアイズが紅茶を持ってるんだ?」
「見たこともない銘柄ね。ちゃんと飲めるのかしら」
「うーん、とりあえず……」
 支店長はしばし考え、やがて決意して言った。
「これを使ってみるしかないんじゃないかな?」


 そして支店長は、グッドマンの手から紅茶の缶を受け取った。
 生意気そうな猫の絵が描かれた、紅茶の缶を。

   /

「物事ってのはうまくできてるよな」
 後にグッドマンは語っている。
「一杯の紅茶が歴史を変える事だってあるんだぜ?」

 これは後々までトゥリートップホテルに語り継がれることになるエピソードである。










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社会復帰

2011年04月14日 | Weblog
 来週の月曜日から社会復帰することが決定しました。
 非常に運がいいことに、就職活動一件目での採用獲得です。
 これまで『面接』と言えば一回きりのものしか経験したことがなかったので、人事部の方による一次面接、希望部署の責任者による二次面接、社長による三次面接という過程はなかなかに緊張しました。
 中にはこれに加えて、1対多の役員面接がある企業もあるとか。就職活動って大変。

 再就職先は、業務支援ソフトを中心にシステム開発を行っている会社です。
 年齢的に中途採用枠でしか就職活動ができず、訓練校での勉強を中断して行くことになりました。
 
 ずっと心配をかけていた家族や友人から沢山の激励をいただきました。
 千葉に住む可愛い後輩からも、目一杯経済を回してください、と発破をかけられたことですし。
 微力ながらも頑張って社会を動かしていこうと思います。

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.2

2011年04月06日 | マリオネット・シンフォニー
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「ああもう、忙しい! 忙しいったらないわー!」
 トゥリートップホテルの船でパーティーが開かれている頃。ブリーカーボブスに設けられたドールズ専用の調整室では、ケール博士がバタバタと動き回っていた。
 調整室では現在、重傷を負って運び込まれたトトとネイへの緊急処置に加え、両腕両脚を切断されたノイエの機体接合、そしてモレロが回収したカプセルを開く作業も同時進行で行われている。
 その場には作業を主導するケール博士の他にも、パーティーへの参加を辞退したアイズとモレロが手伝いとして残っており、そして何故かグラフまでこき使われていた。
「とほほ……どうしてこうなるかなぁ」
「ほらグラフ、ぼーっとしてないで! ここが一段落したら医務室で白蘭の手伝いもあるんだからね!」
「へいへい、わかってますよ~」
 グラフはモレロと一緒にカプセルを運びながら、『他の二人』に目を向けた。
「いいなぁ、あいつら二人とも」



~後日談~ エピソード.2



「スケアの所には、行かないのかい?」
「……いいのよ。私達には、同じ道を歩くことはできない。それはスケアもわかっているはずだから」
「そうなのか……不思議な関係だね」
 フジノとノイエは、完全に二人の世界を作っていた。
「本当に……不思議ね。今の私には、スケアのことが手に取るようにわかる。彼の強さも、温かさも、何を考えているのかも。もしかしたら、カシミール以上にね。でも、私達は出会ってから今まで、一度もまともに話をしたこともないのよ。やってきたのは殺し合いばかり」
 フジノが自虐に唇を歪める。
「それでも私達は、同じ場所を目指していると思う。だから……」
「僕がいるよ、フジノ」
 ノイエは言った。
「僕が一緒にいる。こんな姿で言っても説得力がないと思うけど、君と同じ道を歩きたい。それとも、僕じゃ役立たずかな」
「……そんなこと、ないわ」
 接合処置の途中のため、まだ動かせないノイエの脚に、そっと手を添えて。
 揺れる視界をごまかす様に、フジノは、目を細めて微笑んだ。
「ありがとう、ノイエ」

   /

 一方、トトが寝かされたベッドの側では、アートがトトの目覚めをじっと待ち続けていた。意識のないトトの手を取り、祈るように眼前に掲げる。
 と、アートは目を開き、奥のベッドに寝かされているネイに目を向けた。
「…………」
 ケール博士の緊急処置を受けて、ネイの身体は半拘束状態にある。バジルの希望により冬眠モードに入れられ、自然に意識が回復することはない。
 視線は動かさず、周囲の様子を探る。
 グラフはケール博士、アイズ、モレロと共にカプセルの開放に取り掛かっている。ノイエは身動きが取れないし、フジノはそのノイエにつきっきりだ。
 今なら、この手で。
「ダメです、アートさん」
 アートは驚いて視線を下ろした。いつの間に目を覚ましたのか、トトが悲しげな瞳で見つめている。
「あの人を傷つけないで下さい」
「……だが、あいつは」
 トトがゆっくりと首を横に振る。
「あの人はもう、これ以上ないくらいに傷ついています」
「…………わかったよ」
 アートの周囲に浮かんでいた旋風刃が音もなく消える。
 トトは安心したように微笑むと、再び眠りに落ちていった。

   /

 数時間後。
 グラフは疲れきった身体を投げ出して、ブリーカーボブスの外壁に寝転んでいた。
「うーん、風が気持ちいいねぇ」
 思い切り伸びをして、勢い良く起き上がる。吹き抜ける風が頬を撫で、髪を揺らす。グラフは大きく息を吸い込むと、長々と吐ききった。
「さて。これからどうするかな」
『医務室に戻ったら? サボってるのがバレたら怖いわよ』
「とは言ってもねぇ。アイズは相手してくれないし、調整室じゃアートもノイエもラブラブ状態だ。もう居辛いったらありゃしない」
「失礼、そこの方」
 ウサちゃん17号と一人芝居をしていたグラフは、不意にかけられた声に驚いて顔を向けた。いつの間に近づかれたのか、外壁と内部を繋ぐ通路の入り口に一人の少女がたたずんでいる。花飾りのついた帽子にワンピース姿の、自分より少しばかり年上の少女だ。
(ちょいとぼーっとしてたかな?)
 グラフは気恥ずかしさに少し顔をしかめたが、すぐにいつもの調子に戻って返事をした。
「はいはい、何の御用かな?」
「今、お嬢様のお名前を口にしていらっしゃいましたよね」
「ん? アイズのことかい?」
 少女が「ええ」と頷く。
「今どちらにいらっしゃるのか、ご存知ですか?」
「アイズなら医務室にいると思うが……あんたは?」
 グラフが尋ねると、少女は帽子を取って挨拶をした。
「申し遅れました。私アイズお嬢様の家庭教師を務めておりました、ラトレイア・アメティスタと申します」
「家庭教師? ……ああ、あんたがアイズの言ってた“先生”か!」
 グラフは立ち上がると、跳躍してラトレイアの前に降り立った。胸に片手を当て、爽やか好青年モードに突入する。
「先に名乗らせてしまった非礼をお許し下さい。私はグラフマン・クエストと申します。お嬢さんとは、正式に結婚を考えて……」



「グラフ! 誰もそこまで言ってない!」



 途端、アイズの声と共に飛んできた鞄が、好青年モード真っ最中のグラフに激突した。
「ぶっ! ……何だよアイズ! さっきの“続き”はどーなったんだよっ!」
「わぁぁぁっ! 先生の前でなーんてこと口走ってるのよあんたはぁっ!」
 稲妻の如く走ってきたアイズがグラフに飛びつき、必死にその口を塞ぐ。
 ラトレイアは目の前の騒ぎに唖然としていたが、やがて口元に手を当ててクスクスと笑い始めた。
「相変わらずですね、お嬢様」
「せ、先生……」
 アイズがギクリと動きを止め、おそるおそる顔を向ける。
「ダメですよ、ボーイフレンドにそんなことしちゃ」
「ち、違うのよ先生! グラフは別にそんなんじゃなくてっ!」
「そうですよ先生、僕たちは生涯共に生きることを誓い合った仲で」
「ア・ン・タ・は・しゃ・べ・る・な~!」


 アイズが顔を真っ赤にしてグラフの口を引っ張る。ラトレイアはもう一度ひとしきり笑うと、足元に落ちているウサちゃん17号を拾い上げた。アイズの鞄が激突した時に、グラフの手から落ちたのだ。
「ねえウサちゃん。この男の子のこと、どう思う?」
『そうねぇ、結構イイ男なんじゃない? でもちょっと軽そうよね』
 グラフの一人芝居そっくりの声音でウサちゃん人形を操る。アイズとグラフはぽかんとしていたが、やがてどちらからともなく声を上げて笑い始めた。
「まいったなぁ。ずっと見てたのかい?」
「ごめんなさい、とても楽しそうにしてらっしゃったから、つい声をかけそびれてしまって」
 ラトレイアがウサちゃん人形を外し、グラフに手渡す。

 瞬間。
 全身に刃を突きつけられたような感覚に、グラフの全身が硬直した。
「…………!」
 グラフの頬を一筋の汗が伝う。

「……合格ですね。これからもお嬢様をよろしくお願いします」
 ラトレイアはにっこりと笑うと、手を引いた。
「もう、先生ったら……ところでどうやってここまで来たの?」
「それは私の台詞ですよ、お嬢様。お嬢様がいなくなって、私がどれほど心配したことか」
「う……ご、ごめんなさい」
 アイズが素直に謝る。
 ラトレイアはアイズの頭を撫でると、優しく言った。
「この旅の中で、何か得るものはありましたか? お嬢様」
「……うん。沢山あったよ」
「そうですか。それは良かったですね」

 アイズとラトレイアが楽しそうに話しながら艦内に戻っていく。
 二人の背中を見送りながら、グラフはようやく息を吐いた。
『どうしたの? グラフ。汗なんかかいて』
 ラトレイアから受け取ったウサちゃん人形が、再びグラフの手で喋り始める。
 グラフは顔の汗を拭うと、誰にともなく呟いた。
「……どうやら世の中には、俺の想像を遥かに超える化け物がいるらしいな……」

   /

「まったく、お前は昔から素直じゃない」
「お前みたいに甘くないんだよ、コトブキ」
 エイフェックスとコトブキはスノウ・イリュージョンの中にいた。勿論運転しているのはサミュエルだ。
「いいのかいサミュエル。妹と別れるのは寂しいんじゃないか?」
「私とオードリーは仕事上のパートナーのようなもの。リードとカシミールのようなベタベタした関係ではありませんよ。それに……」
 サミュエルは冷静な顔で答えた。
「今尚同じ目標に向かって進んでいることを確認できました。それで充分です」
「ねえエイフェックス、アイズの秘密って何なの?」
 共に乗り込んでいたジューヌが尋ねる。
「それはアイズが自分で見つけなければならないことだ。不用意に口に出すべきことじゃない」
 エイフェックスが寂しげに答える。
「それにしても、プライスの奴も惨いことをする」
 とコトブキ。
「いや、これも奴なりの罪滅ぼしか……」
「だが俺はまだ、奴が“彼女”にしたことを許してはいない」
 エイフェックスが拳を握り締める。
「……お父様が一体、何をしたっていうの」
 ジューヌは声を落とした。
「お父様が犯した“罪”については私も知ってるわ。だけど、それとアイズとの間に、どんな関係が……」
「昔の話さ。それでも奴の“子供”は別だよ、奴にしては上出来だ。特に君は素晴らしい」
「……っ。ごまかさないでよ」
 いきなり褒められ、俯いた顔を微かに赤く染めるジューヌ。
 コトブキは苦笑混じりに言った。
「ジューヌ君、メルクに戻らなくてもいいのかね? アイズ君やルルドちゃんが心配してるよ、こんな男と一緒にいるとろくなことがないぞ」
「お前こそいいのかよ、ホテルの仕事はどうしたんだ?」
 コトブキは伸びをして答えた。
「俺があそこですることはもう何もないよ。オーナーに言われて支店長についていたが、もう教えることも残ってないし、支える必要もない。そろそろ引退だね。それにお前といるほうが楽しそうだ。そうだな、今夜は久々に夜空のドライブと洒落込むか!」
「俺の船だぞコトブキ、昔からお前はすぐそれだ! まったくいい加減年なんだから遠慮しろよ、身体がもたないぞ」
「なぁに、まだまだお前には負けないよ」

「……やれやれ」
 若者のようにはしゃぐ男達に苦笑しながら、サミュエルは艦首を西に向けた。
 スノウ・イリュージョンは音もなく旋回し、再びケラ・パストルに向かって飛び始めた。

 








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