塩哲の空即是色

日々の徒然日記

ミュージアム巡り 東アジアからみた日本 朝鮮通信使

2011-11-03 06:06:40 | ミュージアム巡り_2011
 江戸時代の朝鮮通信使は、朝鮮王朝が幕府に派遣した公式の外交
使節団だ。鎖国政策が進められていた江戸時代、朝鮮通信使は幕府
から“信(よしみ)を通わせる国”、正式な外交関係にある唯一の
国家としてポジショニングされていた。その朝鮮からの通信使は、
慶長12年(1607)から文化8年(1811)までの間に12回来日。

 その人員は外交官、軍人、文人、医者、楽士など総勢300~500
名ほどに及んだという。江戸時代、庶民にとってこの行列は大きな
娯楽で、人々は異国の華やかな衣装や楽隊の奏でる音楽に魅せられ、
お祭り気分で見学したという。

 展示されていた資料は、通信使随員の公式正装の絵図で、文化8
年、11代将軍・家斉の将軍就任の祝賀行事に来日した時のもの。
この絵図は旗本・宮崎成身が著述した「視聴草」に収録されており、
余白のところに“遠くから見て大抵を描いたため、服地の地紋等細
かいところはわからない“と記されている。
(国立公文書館:千代田区北の丸公園3-2)

最新の画像もっと見る