6月16日、コロラド州のウインターパーク近く(高橋尚子が高所トレーニング
をしていたあたり)でTHE DAILY TRIBUNEに取材された記事の日本語訳です。
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ロサンジェルスからニューヨーク
東京のジャーナリスト、USAを歩く
チャンス コナー記者
今まで彼のような男たちの歌が書かれ、映画が作られてきた。
坪井伸吾(日本の東京出身)にとっては、歩く人だろうが走る人だろうが、あるいは有名になってやろうなんてどうでもよい。ただ旅を楽しんでいる。
彼が自分で立てた予定通りに、一日40マイル(64キロ)でアメリカの田舎道を横断すれば、一週間程度の誤差で八月のうちにはニューヨーク市に着くはずだ。それで十分だ。着くときには着ける。
今週、坪井はグランド郡を歩いたり、走ったりしている。両肩にバックッパックを背負い、クレムリングからグランビー、そしてウインターパークを通り、アイダホスプリングを通過中だ。この後デンバーに向かい、そこで履きつぶしたナイキのエアーペガサスを買い替えてニューヨークへと東に進むが、50日かかる予定だ。
「ブッシュの野宿もいいが時々モーテルに泊まる必要があります」と坪井は言う。
「一日の予算を決めているので高いモーテルは困る。安いほど嬉しい。お金持ちじゃないから」と坪井は言う。
坪井はロサンジェルスで大陸横断をスタートした。カリフォルニアのモハベ砂漠、バーストウからラスベガス間とラスベガスからメスキトまでのトレイルは賢明にバ
で通過した。
そこからは自分の足だけだ。ダイナソ-からは南東に進み、ハイデン、スチームボートスプリングス、ヤンパ、そしてグランド郡に入った。
何百台もの地元の車が彼を追い抜いていった。彼のいでたちはオレンジ色の体温保持の長袖に茶色の野球帽、そして黄色のバックパックだ。ある時は歩き、そして走る。対向車に向かったり又は車と同方向だったりしながら、道の両側を走った。
何度もクラクションを鳴らされ、時には乗らないかと誘われた。この郡での最近の重要な要素である天気状況によっては、彼は申し出を受けることになるかもしれない。「たいていはありがとうと言うだけで、歩きたいし走りたい」と坪井41歳は言った。
法執行により、尋問された事がある。警官に三回呼び止められ、同じ質問をされた。「何をしているのだ?」と聞かれ、「歩いているだけです、といいました」と彼は言った。「彼らは了解し、グットラックと言ってくれました」
バックパックの重さは約13・6キロ。持って行く水の量によって重さが変わる。
道中食べる食料はチョコレート、りんご、バナナ、プリングル、その他炭水化物だ。
大事な情報源の詳細地図は荷物の中に大事にしまっている。というのも、州を繋ぐハイウェイを歩いて通行するのは禁止されているからだ。
坪井の旅の動機は個人的なものだ。彼は「この国を見たい」のだ。というのも、今までオートバイで60カ国を訪れている。帰国すれば日本の雑誌や新聞に記事を送ることになるだろう。旅の途中で記事を書き送ることはないと彼は言った。
「私の家族とは大きな町に着いたとき電話でいつも話しています」と言った。「だけど小さな町では無理ですね」
彼の歩幅は長く目標に向かっている。姿勢はまっすぐで、顔は輝いている。グランド郡で先週、彼は急な雨や雪、雷雨に遭っている。
それでも彼は右手親指を出して、ヒッチハイクするなんてことはないだろう。
「今までとても良い人たちに出会ってきました。これからもこの国を楽しみたいです」と彼は言った。
をしていたあたり)でTHE DAILY TRIBUNEに取材された記事の日本語訳です。
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ロサンジェルスからニューヨーク
東京のジャーナリスト、USAを歩く
チャンス コナー記者
今まで彼のような男たちの歌が書かれ、映画が作られてきた。
坪井伸吾(日本の東京出身)にとっては、歩く人だろうが走る人だろうが、あるいは有名になってやろうなんてどうでもよい。ただ旅を楽しんでいる。
彼が自分で立てた予定通りに、一日40マイル(64キロ)でアメリカの田舎道を横断すれば、一週間程度の誤差で八月のうちにはニューヨーク市に着くはずだ。それで十分だ。着くときには着ける。
今週、坪井はグランド郡を歩いたり、走ったりしている。両肩にバックッパックを背負い、クレムリングからグランビー、そしてウインターパークを通り、アイダホスプリングを通過中だ。この後デンバーに向かい、そこで履きつぶしたナイキのエアーペガサスを買い替えてニューヨークへと東に進むが、50日かかる予定だ。
「ブッシュの野宿もいいが時々モーテルに泊まる必要があります」と坪井は言う。
「一日の予算を決めているので高いモーテルは困る。安いほど嬉しい。お金持ちじゃないから」と坪井は言う。
坪井はロサンジェルスで大陸横断をスタートした。カリフォルニアのモハベ砂漠、バーストウからラスベガス間とラスベガスからメスキトまでのトレイルは賢明にバ
で通過した。
そこからは自分の足だけだ。ダイナソ-からは南東に進み、ハイデン、スチームボートスプリングス、ヤンパ、そしてグランド郡に入った。
何百台もの地元の車が彼を追い抜いていった。彼のいでたちはオレンジ色の体温保持の長袖に茶色の野球帽、そして黄色のバックパックだ。ある時は歩き、そして走る。対向車に向かったり又は車と同方向だったりしながら、道の両側を走った。
何度もクラクションを鳴らされ、時には乗らないかと誘われた。この郡での最近の重要な要素である天気状況によっては、彼は申し出を受けることになるかもしれない。「たいていはありがとうと言うだけで、歩きたいし走りたい」と坪井41歳は言った。
法執行により、尋問された事がある。警官に三回呼び止められ、同じ質問をされた。「何をしているのだ?」と聞かれ、「歩いているだけです、といいました」と彼は言った。「彼らは了解し、グットラックと言ってくれました」
バックパックの重さは約13・6キロ。持って行く水の量によって重さが変わる。
道中食べる食料はチョコレート、りんご、バナナ、プリングル、その他炭水化物だ。
大事な情報源の詳細地図は荷物の中に大事にしまっている。というのも、州を繋ぐハイウェイを歩いて通行するのは禁止されているからだ。
坪井の旅の動機は個人的なものだ。彼は「この国を見たい」のだ。というのも、今までオートバイで60カ国を訪れている。帰国すれば日本の雑誌や新聞に記事を送ることになるだろう。旅の途中で記事を書き送ることはないと彼は言った。
「私の家族とは大きな町に着いたとき電話でいつも話しています」と言った。「だけど小さな町では無理ですね」
彼の歩幅は長く目標に向かっている。姿勢はまっすぐで、顔は輝いている。グランド郡で先週、彼は急な雨や雪、雷雨に遭っている。
それでも彼は右手親指を出して、ヒッチハイクするなんてことはないだろう。
「今までとても良い人たちに出会ってきました。これからもこの国を楽しみたいです」と彼は言った。