椎名純平BLOG
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Weblog / 2009-08-06 19:52:59

誕生日のコメント、ありがとうございます。

この歳になると、めでたいのかどうかイマイチ分からない所もありますが、個人的に“おめでとう”と言って頂ける機会もそうしょっちゅうない事ですしね。

僕の場合、あとはリリース関係と還暦くらいかな?
賞を貰ったら、オリコン一位になれば…なんていう“たられば”関係ならまだまだありますがねぇ。


えぇと。
僕の誕生日は広島の原爆記念日でもあります。
そして、僕の母は広島生まれです。
(爆心地から少し離れた地域ですが)

誕生日を素直に喜べないのは、それもあるかも知れません。

B-29“エノラ・ゲイ”から放たれた“リトル・ボーイ”(それにしても、腹の立つ名前です。ちなみに長崎に落としたのは“ファットマン”)が広島をズタズタに焼き尽くして今年で64年。

オバマ大統領の発言は大きな一歩かもしれませんが、核のない世界への道のりは遠くけわしいでしょう。

核兵器がなくなりゃ平和だ、などと言う気はもちろんないです。
核がなくなったとしても、別の兵器が取って代わるだけでしょう。
そして、殺傷力の多寡で“こっちはオッケー こっちはヒドいからやめとこう”などと判断する神経は、そもそも僕には備わっていません。
人を力でねじ伏せるようなことに興味が薄い、典型的な草食人間ですから僕は。

が、核保有国、あるいは核を持ちたがってる国の国民(特に政治家、開発者など)あと、少なくないらしい核武装論者たちには“はだしのゲンを観ろ”と言っておきたいです。
それでも、核、欲しいですか?と、問いかけたいです。

悲しい事ですが、僕らは「死者が~人でした」というニュースに慣れてしまっています。
「ご冥福をお祈りします」という言葉と一秒の間の後に「では…」と能天気なニュースを読み始めるアナウンサーに慣れてしまっています。
そして、そこから“さっきまで生きていた人の命が失われた”という重大なリアリティを感じ取れなくなっています。
って、断言してますけど、少なくとも僕はそうです。

最後に訴えかけるのは、20万人だ30万人だという数字ではなく、その一人一人の生、すなわち、その人がそれまで過ごして来た物語、描いていた未来だと思うんです。
そして、それらが集約されていたであろう、一人一人の顔、そして目だと、僕は思うんです。

核を持つのであれ持たないのであれ、そういう判断を下すなら
「広島/長崎の犠牲者のその目を、そして“はだしのゲン”を直視して、その上で下した決断だ」
と、言い切って欲しい。
もし本当に彼/彼女の内面で、ちゃんとそのプロセスを経て、まだ“核を持つんだ”と言い切るなら、僕ならぬ他者の言い分として、聞く耳を持たざるを得ないんでしょう。


やけに“はだしのゲン”を推してしまいました…。

今日は、本当は先月末からのイベント出演やら何やらの流れを書き残そうと思ってたのですが、字数が増えすぎたので、またいずれ…。



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