「リフレッシュクラブのゆかいな仲間たち」のブログ

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奈良 元興寺(極楽院)

2009-10-30 19:16:44 | Weblog
こんにちは、暖かい日つづきますね
体調崩しやすい時季なので気をつけてください


奈良路、つづきします

近畿奈良駅は地下だったんですね。
駅を出るとさすが観光都市賑やかな町並み
美味しい物が沢山有りそう

さて元興寺へ
適当に歩いていたら見つけました(駅から15分位かな)


禅室(国宝)-切妻造、瓦葺(東門)


本堂(極楽堂) 国宝
元興寺には、国宝建造物が3つある。
本堂、禅室、五重小塔。
南都七大寺の1つに数えられる寺院。
蘇我馬子が飛鳥に建立した、
日本最古の本格的仏教寺院である法興寺(現在、飛鳥寺)がその前身である。
平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、元興寺となった
「元興寺極楽坊」と称し西大寺の末寺である。

日本で一番古い瓦
日本で初めて寺を造るにあたり百済の王が派遣してきた
瓦博士が焼いたものということ


なかなか居心地の好いお寺ですよ








庶民信仰の寺院に変身した元興寺極楽坊の「南庭」には「墓地」があり、
古代の大寺院としては到底考えられない光景です。 


次回は福智院歩いて7.8分かな



奈良 唐招提寺

2009-10-28 10:54:22 | Weblog
こんにちは、台風が去った後は丹沢山麓がくっきり
綺麗に見えました


奈良路つづきします
薬師寺から歩いて10分~15分で唐招提寺

唐招提寺(律宗総本山)

南大門(拝観入り口)




金堂
南大門をひった正面に立つ。現存最大の太平建築であり、
当時の金堂建築が残るのはここだけ。
威風堂々たるすがたが印象的。
平成の大修理を終え11月にお目見え


堂内には中央に本尊・廬舎那仏坐像、手前に薬師如来立像、
奥に千手観音立像の3体の巨像を安置するほか、
本尊の手前左右に梵天・帝釈天立像、
須弥壇の四隅に四天王立像を安置する(仏像はいずれも国宝)
廬舎那仏、薬師如来、千手観音の組み合わせは他に例がなく
経典にもみえないことからその典拠は明らかでない。
東大寺(本尊は廬舎那仏)、下野薬師寺、筑紫観世音寺を
「天下三戒壇」と称するが、
唐招提寺の三尊は廬舎那仏・薬師・観音の組み合わせで天下三戒壇を表しているとする説もある。


鼓楼
境内唯一の2階建て。うちわ撒きの行事が行われる。
鑑真が唐から持ってきた仏舎利が収められているので舎利殿
とも呼ぶ。
(祈願のこもったハート型の団扇が鼓楼から参拝者にまかれる。
この団扇は、雷難・火難などの魔除けとしたり、農家では、
害虫除けにと苗代に立てたりする。
うちわ撒きは毎年5月19日


唐招提寺はまだまだ見所沢山ありますよ~

では次行きます。
西の京駅から大和西大寺駅(売店でみたらし団子1本
で乗り継ぎ近畿奈良駅13時30分着
さぁ頑張って回れるだけ回ります


次回 元興寺です

奈良 薬師寺

2009-10-26 16:15:46 | Weblog
こんにちは、
奈良路、つづき


JR郡山駅から歩いて15分近鉄郡山駅へ
途中、高田大社でお参り




薬師寺
「法相宗[ほっそうしゅう]」の大本山です。
天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、
更に文武天皇の御代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。
その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移されたものです。
(718)
現在は平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されています




手前が金堂、享禄元年(1528)の兵火によって焼失。
昭和51年(1976)有縁の人々のお写経勧進によって金堂再建。
右奥は、白鳳時代の偉容を今日に伝える東塔




東院堂
白鳳仏を代表する国宝 聖観世音菩薩が安置され、
その四方は鎌倉時代の四天王像が守護しています





玄奘三蔵院-
主要伽藍の北側にあり、1991年に建てられたもので玄奘三蔵を祀る。
日本画家平山郁夫が30年をかけて制作した、
縦2.2メートル、長さが49メートル(13枚の合計)からなる
「大唐西域壁画」がある。
伽藍(がらん)は、僧侶が集まり修行する清浄な場所



次ぎはお隣の唐招提寺へ

奈良 中宮寺

2009-10-23 13:51:03 | Weblog
こんにちは、日が落ちると冷えますね
奈良路つづきします。

法隆寺のお隣中宮寺へ
やはり日が上がると暑い



中宮寺新本堂
大和三門跡寺院の一つ。
聖徳太子の母、
穴穂部間人[あなほべのはしひと]
皇后の御所を寺にしたと伝えられ、斑鳩尼寺とも呼ばれた。
創建時以来の尼寺で、
天文年間(1532~54年)に尊智女王が入寺してからは門跡寺院となった。
「門跡」とは、皇族その他の出身者
によって相承される特定の寺院を指す称号



本堂に安置されている弥勒菩薩像(国宝)(寺伝は如意輪観音)は
飛鳥時代後期の作。
右足を組み、右手の指を頬に触れようとする半跏思惟の美しい姿に、
気品のある微笑みを浮かべている。
聖徳太子の死を悲しむ妃橘大郎女[たちばなのおおいらつめ]が、
死後の世界(天寿国)の様子を
刺繍させた天寿国繍帳[てんじゅこくしゅうちょう](国宝)(模作)も見られる。




如意輪観音菩薩像は人気がありますね~
特に女性に
興福寺の阿修羅像が東京や九州で大人気でした
次は如意輪観音様の出番です

中宮寺を出まして法隆寺駅へ
10:54発で郡山へ

次回薬師寺

奈良日帰り一人旅(法隆寺)

2009-10-21 19:17:01 | Weblog
こんにちは、35年振りに奈良へ行ってまいりました。
例によって夜行バス日帰りです
(奈良行き夜行バスが満員なり仕方がないので
京都行きの夜行バスで京都駅から電車で行くことに)


町田22:53発まだ出発まで時間あるので居酒屋で
京都駅6:40着  

7:14発JR奈良線、大和路線乗り継ぎ
法隆寺駅8:40着
バスで8分しかし20分かけて歩きました



松の馬場と云う道を通り
あと少しで南大門
寒い、奈良最低気温が11度だそうです 



南大門だ~
法隆寺の玄関にあたる総門です。
創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、
永享10年(1438)に現在の門が再建されました。



左右に立つ金剛力士像がある中門
西院伽藍の本来の入口となる中門の深く覆いかぶさった軒、
その下の組物や勾欄、それを支えるエンタシスの柱、
いずれも飛鳥建築の粋を集めたものです。
重厚な扉と(奈良時代)は、日本に残っている最古のものです。



金堂
ご本尊を安置する殿堂が金堂です。
聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)
左右には金銅薬師如来座像(飛鳥時代)
母である金銅阿弥陀如来座像(鎌倉時代)
最古の四天王像(白鳳時代)が、邪鬼の背に静かに立っています。
そのほか木造吉祥天立像・毘沙門天立像(平安時代)の諸像が安置されています。

五重塔
釈尊の遺骨を奉安するための建物、
仏教寺院において最も重要な建物とされています。
高さは約31.5メートル(基壇上より)で、
わが国最古の五重塔として知られています。




夢殿
八角円堂の中央の厨子には、
聖徳太子等身と伝える秘仏救世観音像(飛鳥時代)を安置し、
その周囲には聖観音菩薩像(平安時代)、
乾漆の行信僧都像(奈良時代)、
平安時代に夢殿の修理をされた道詮律師の塑像(平安時代)なども安置しています。
この夢殿は中門を改造した礼堂(鎌倉時代)と廻廊に囲まれ、
まさに観音の化身と伝える聖徳太子を供養するための殿堂として、
神秘的な雰囲気を漂わせています。


柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺

次は中宮寺