白秋ながや文庫

日々の徒然。

今日はほっとしました。

2015年09月29日 | 日記

昨日はスーパームーン(十六夜)。今日は都内で天使の梯子。

奇跡を目の当たりにしました。

 

明日9月30日は五木寛之氏のお誕生日です。おめでとうございます。

作家生活50周年もおめでとうございます。

ますますの活躍と健康を祈念しております。


2015年9月26日 白秋ながや文庫のお報せ 

2015年09月26日 | 日記

いつも、白秋ながや文庫を読んでいただき、ありがとうございます。

さて。残念なお報せになります。

先日より僕のブログ(タイトルを含めて)を無断で大量にコピペし、2次使用している残念なブロガーさんに気付いてしまいました。

 

URLを見ていただければ分かると思いますが、

現在の僕のブログはgooブログです。

URLはhttp://blog.goo.ne.jp/seishimon です。

 

これまで、読者の皆さんの良心を信頼し、敢えて補足事項には書いてきませんでしたが、

本日を以って、当ブログ「白秋ながや文庫」の文章、写真の無断での転載を堅くお断り致しますことをここにお報せいたします。

2次使用されたい方は予め、当ブログまでご連絡くださいますようお願い申し上げます。

※因みに僕の政治的信条はニュートラルであり、特定の団体には関わっておりませんので、

予めご了承ください。

ひっそりと綴っている僕のマイナーなブログを注目してくださり、ありがとうございます。

良い週末をお過ごしください。


彼岸の入り~元気な父の面影

2015年09月20日 | 日記

昨日、、両親、兄妹が全員そろって食卓についている夢を見た。

僕が電話を受けお得意様の用件をたずねてもちんぷんかんぷん、すかさず父が電話を受けスム

ーズな会話商売の受注をすませて(*^-^*)である。親子水入らずの食卓のあたたかい気持ちに

包まれた夢。しかし、実は昨年10月に逝去した父。頼もしい生き生きとした父が会いにきてくれ

た。不思議な夢もあるもんだとおもいました。

 


生老病死~懸命に生きる

2015年09月17日 | 日記

人は産まれた瞬間から死へ歩き始める。

とはいえ喜怒哀楽ときには栄光ときには挫折を繰り返しながら歩いていく。

老いと病はだれもが通っていく道。

しかし人生嘆いてばかりの人生ばかりではない。捨てたものではない。

季節の移ろいの中で人生の喜びを感じられる瞬間、楽しんだ記憶がまだらに紡ぎ込まれる。

人生桜の花を何回見られたかじゃなく、包まれた時間の記憶を味わえたかで充実度が変わる。

あらためて生老病死生き生きて生かされてる。希望を意味を一日一日かみ締めて、辛いこと悲し

いこと、やりきれない気持ちこれも含めて人生いきている証。日々一生。生き抜こうではないか!


今日は神明宮に足を運んだ。

2015年09月12日 | 日記

せっかく足を運んだので祈祷なるものを初体験した。

おごそかな流れの中で無心になり、帰りにさまざまなグッズをいただき清々しく晴れ晴れした気持

ちになった。最初に祈祷の内容を選んでくださいということで……番の大願成就をたのもうとしたら

命がけのお願いという説明でびびり、46番招福厄除にした。べつに厄年でもなかったが愛すべき

人たちも含め招福厄除ということで祈祷していただいたのである。


思い出話はつきないもの

2015年09月10日 | 日記

今が無い遺書か!ってつっこみを入れられました。

今は9月10月とさるお方と食事会など予定しております。

このブログは自己解放のために始めたので書かない時はユーチューブ貼り付けの日々が続いた

り、更新のみのコメントだけだったり、気合いが入ってかくときもあればそうでない日が多い。

おもいで中心のブログです。今があるから過去がある。過去があるから今がある。不確定な未来

は運と災難、楽しみと悲壮、何が起きるか分からない。だから生きているというか生かされている

ようなもの。思い出話はおもしろい。主観と客観の微妙なさじ加減がおもしろい。

 


雨が空からふれば

2015年09月10日 | 日記

♪しょうがない雨の日はしょうがない♪化粧する君のその姿がとても小さく見えて仕方ないから……窓のそとは雨あの日と同じ♪雨が続くと仕事もせずにキャベツばかりをかじっていたそんな暮らしがおかしくてあなたの横顔見つめてた♪……セプテンバーレインレイン九月の雨は雨は冷たくて♪

雨、雨、雨都会の雨は浄化作用があるといってもゲリラ豪雨は困ったもの。

歌の文句じゃないけれど九月の雨は冷たくて……季節にあせない心があれば人ってどんなに幸せかしら……私明日に歩いてくだけ……九月の雨は優しくて♪ほしいもの。


久留米での思い出~いろいろ

2015年09月08日 | 日記

アートメディアプロのK社長その節はお世話になりました。キャノンF1一式とにかく身体の一部に

なるように持ち歩きなさい。おかげさまでカメラの腕は人並みに育ててもらいました。

アポロハムショップでは地域のハム仲間の皆様方に愛されて毎日仕事帰りでもハム仲間のお宅

へお邪魔して油を売って楽しかったです。Nさんコロナ2000をありがとうございました。

おかげで車の運転おぼえました。8ナンバーのラジオ中継車仕様だったので運転するにも、警察

の方にも交差点でエンスト起こしたさいにも協力てきにはからってもらったりしました。

イージービデオのE社長なにからなにまでお世話になりっぱなしで恩返しできていませんが会社

の規模が大きくなられておめでとうございます。

剣道場、空手道場色々な思い出がいっぱいです。

福岡の博多、天神界隈も仕事がらみで通っていましたがやはり仕事の原点は久留米でした。


劇団道化の思い出

2015年09月07日 | 日記

東京で学生の頃、劇団ピッカリ座や劇団青年座研究所、放送研究部、剣道部、放送局の現

場、はたまた君こそスターだ出演、レコード会社合格、日劇ミュージックホール演出部合格。

されど青年座研究所卒公にでるために企業研修を出れず内定取り消し。

やもなく就職課に足を運ぶ。皮肉にも内定企業者一覧の掲示板に名前がのっていた。

九州の制作会社をピックアップして、卒業と同時に思うところアリ帰郷。たまたまピッカリ座が春

休み公演があるので参加しないかということで熊本の火の国ランドというところでドラえもんと

一休さんの公演に参加する。ちなみに前週は高田みずえショーだったらしい。オフの日はたし

か熊本城で花見をしたような記憶がある。一公演終えて皆は東京へ飛行機で帰り、僕はとい

うとローカル線で帰郷。帰りの汽車の中で履歴書を書く。田舎にもどると直ぐに就活。制作会

社を経て、ハムの専門店。それから劇団道化に参加した。面接は博多駅の近くの米屋の二階

だったか?これぞ演劇人と思える声、表情、しぐさ、受かれば良いなあと思っていたら稽古場

が大宰府にあるから明日でもきてください。次の日稽古場に足を運ぶと広い稽古場がありまし

た幸運でした。劇団員の方は温和な方から熱い方まで面倒見の良いかたばかりでした。

入って早々お給料福利厚生もしっかりしていて「地域に根ざす」このキーワードが魅力でした。

九州一円学校回りは2ステージあったり、自主公演もあったり学ぶことが多い劇団でした。

今も古参の先輩たちが現役で活躍されている知らせを知ると心の励みになります。

九州には福岡に劇団道化があることは誇りです。先人の誇りをベースにして守るべき誇りは守

り成長していくことを僕は望みたいと思います。これからも活躍を祈念しております。