絆の法則

澤谷 鑛

内面世界と外面世界

2013-04-27 | Weblog

我々は生きている間、真の自分自身を知る事が必要とされている。
生きると決めたなら、自分の求める生き方をしなければならないからだ。
そして、自分の真に求める生き方を知るには、真の自分を知らなければならない。

真の自分を知るには内面を探求しなければならない。
しかし、内面世界だけを探求してもなかなか先には進まない。
なぜなら自分を理解すればするほど、同時に外の世界の事や、他の人々の事が見えてくるからだ。
内面世界を探求するほどより多くの存在との関わりを感じ、そして世界全てと自分自身に境が無いという感覚になってくる。そうなると、他人の幸せは自分の幸せ、他人の不幸は自分の不幸になる。そうなれば、外面世界を知り、外面世界で自分がどのようにいい影響を与えられるかという事も重要になる。自然と周りの幸せと自分の幸せに境が無くなった形で、生きている内にどんな生き方をしたいのかが徐々に見えてくる。

しかし、時に人は真の自分自身や真に自分のしたい事を誤解してしまう。
人からの強い影響、トラウマ、思い込み、恐怖、欲望、執着などによって全体性の中の自分自身と他の存在を包括した利益、そして同時にある過去、現在、未来を見た上での自分の望みが見えなくなってしまう。
それらを知らない事によって最終的に自分の望まない結果になる事を、自分の望みだと勘違いして思い込んだまま実行してしまう。そのせいで目先の事だけを考えて人に危害を加えて金品を奪ってしまう人などが現れる。仮にそれで目的通り金銭的に豊かになったとしても、深く自分自身を理解したなら、そんな事をするのは誰も望まない。

真の自分自身を見えなくする物、人からの強い影響、トラウマ、思い込み、恐怖、欲望、執着などは知らない事から生まれる。
だからこそ、自分自身の内面をしっかりと知り、同時に外の世界を知らなければならない。

この内面世界を知る事と、外面世界を知る事は、それぞれ鏡のような関係に例える事が出来る。
またはこんな例えをすることも出来る。
砂で出来た大地に穴を掘らなければならないとする。深く深く掘らなければならない。深く掘るには広い範囲を掘って周りから砂が入らないように掘らなければならない。一カ所だけ掘っても周りから砂が入って来て結局穴は周りに広がっていく。
その穴の深さが自分の内面世界への理解の深さで、表面の穴の直径が外面世界への理解の広さ。
それぞれが相関関係にあって深く掘ろうとすれば必ず幅も広がらざるを得ない。しかし、表面だけを広げても深さは得られない。ただ知識を得ても真の自分の求める物は解らない。自分の内面を追求すれば自然と外面世界の事を学ぶ事になる。

内面世界と外面世界。
その関係性。全てを知る事は出来ないが、在るがままに受け入れながら真摯に可能な限り学び続ける事が重要だ。
そうして限りある命を生きて行きたい。


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7 コメント

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可能性 (もも)
2013-04-27 09:18:19
お久しぶりです。

「全てを知ることは出来ないが、あるがままに、受け入れながら、真摯に可能な限り学び続けることが重要」

おっしゃるとおりだと思います。

私も心がけようと思います。

ありがとうございました。
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深くて… 広い… (NAO)
2013-04-27 09:40:48
初めてコメントを書かせて頂きますNAOと申します。

研人さんとは、今年の2月に和光森林公園でロイさんとのワンハートダンスに参加させていただきました時に、お会いしておりました。
ワンハートダンスの体験は最近になって、わたしの中にじわじわと感動を与えてくれています。
素晴らしい機会を与えてくださったことに、心より感謝しております。

研人さんのご文章からは、研ぎ澄まされた美しさ力強さが感じられ、とにかく圧倒されます。
研人さんのお名前は、研人さんの生きかたそのものを表していると感じました。
「研」には、とぐ。みがく。物事の本質をきわめる。という意味があるのですね。
とても素敵なお名前だと思いました。

内面世界と外面世界を、砂に穴を掘っていくと例えた素晴らしい表現からは、追求し、受け入れ、行動し、学び続けて来られた研人さんのご人生を感じました。

内面世界に深く入っていくと、そこには愛があり、すべての存在が繋がっているのだと感じることができました。
エゴではない真の自分の人生のスタートにようやく立てたのかもしれない…という感覚です。

内面世界と外面世界をバランスよく、学んで成長して行きたいです。
この命ある限り、自分の使命を全うして生きて行きたいです。

ありがとうございました。
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Unknown (エンジェル)
2013-04-28 04:46:11
自分の内面世界を知るというのが、まさしく私自身の課題なのですが、ことばではわかるのですが、どういうことなのかがよくわからない。
でも、最近気付いたのは、正しい答えなるものがあって、正解しなくてはと思っているから、わからないのかなあと思ってきました。
テストを受けてるのと同じような感じです。
だから、みんながわかるのに、わたしはまだわからない、だめな人間だと思ってしまうのかなあと。
最近は、そんな自分に疲れてきて、どうでもいいような気さえしてきました。
これがわたしやねんから、しゃあないやん。すねたり、ひがんだりします。
すねてるわあと気付くと、おっ、すねとるやん、わたし。と、ながめられるようになりました。
かわいいやん、わたし。なんちゃって。
内面世界と外面世界とか、むずかしいことはわかりませんが、わたし、がんばって生きてるやんと感じています。
あっ、でも、こうしてコメントを書くと、あったかく返信をくださったりするのが、外面世界になるのかなあ。
わからないけれど、以前よりは、考えることも増え、一生懸命学んでいます。がんばります。
ありがとうございました。
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有り難うございます (伊藤研人)
2013-04-28 06:45:15
転載どうも有り難うございます。
必要な方に読んでもらいたい、誰かがいい感覚を持つ一助になりたいという想いで書いているので、このような機会を戴き、感謝しています。

素敵な言葉を有り難うございます。自分には過ぎた言葉のようにも感じますが、まさに自分が研人という名前と向き合う時に感じる事を言って下さいました。

自分は何も知らず、未熟です。それは死ぬまで変わりません。ただ自分と周りとの幸せのために自分自身と将来は次の世代を研いでいく生き方をしたいと思っています。
お会い出来て嬉しいです。

ありがとうございました。
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Unknown (エンジェル)
2013-04-30 17:08:27
結局、生きる意味って、自分の心というか、魂が、感じるところなのかなあと感じています。
なんの制限も条件も能力も関係なしだったら、なにをしたい?どんな人たちと、生きていきたい?と聞かれた時にさえ、正しい答えはなに?どういえば、恥ずかしくない?と考えてしまう自分がいる。
そんなことを考えること自体、恥ずかしいと拒否する自分がいる。
伊藤さんのおっしゃるとおり、生きる理由は何かという問いが、自分自身を理解する課題にそのまま変わり、生きる理由は何かを考える時間が、自分自身を探求する時間に変わるのだと思います。
瞬く間の人生なら、恥ずかしいやらへっちゃくれやら言う前に、とっとと考え行動せんかいと、頭ではわかっているのですが・・。
伊藤さんの、でかい考え方と、行動力はすばらしいです。
わたしは、行動できる人間になりたいです。
今日も、ありがとうございました。
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Unknown (ラッキー)
2013-04-30 17:09:34
今の私に必要な言葉をありがとうございます。

感謝。<(_ _)> 

私の日記に転載させて頂いてもいいですか?
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「理由がない」ということの、なんという大きさ。 (さくらみるく )
2013-04-30 17:10:34
生きることに理由なんかない。
その人が貴いということに理由なんかない。

その「理由などない」というところに
逆に大きく大きく開けてくる世界があるように感じます。

理由を付けたいと人は願ってしまいますが
理由を付けられるような限定されたことで、人生や人の価値が決めようとするのは
人生や人の尊さなど、理由一つ、論一つでなくなってしまうものとして扱うのに等しい。

「理由がない」ということの、なんという大きさでしょう。
魅了され、わしづかみに心を捕らえられる思いがします。

ありがとうございました。
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