恋はもうもく

はいあがってくるしずけさをうたでみたすー

0820.父のこと、月刊仲野のこと

2022年08月21日 02時09分09秒 | 色恋沙汰α
 今日は娘(5歳)の要望を全面的に聞き入れる日としよう。彼女もまだまだ甘えたい日々だろう。そんな中、三人兄弟の中で自分だけは言葉を聞いて(言葉を理解して)そのようにふるまいなさいと言われる。頭で理解はできたとしてもとてもとても心で納得はできない日々だろう。
 いくつかの選択肢を提示すると、光が丘公園に行きたいと言う。新しい公園のプレゼンもしたが、「今日は弟が行けないから、新しい公園へは弟が行ける日に一緒に行きたい」という。数日前に同じように弟不在でまた別の新しい公園に行き、弟が猛烈にうらやましがったためだ。健気な姉のふるまいだ。数日前はいかにも弟の嫉妬を駆り立てるように自慢げに新しい公園の話をしていた。健気な姉のふるまいは弟の前でこそしてほしいと思うが、そうもいかないらしい。光が丘公園にはしばらく行っていなかったなと思い、娘を自転車の後部席に乗せ、急激に暑さを増す道を漕ぐ。道中、丁度一年ほど前にも同じように自転車を漕いだことを思い出す。

 父の抗がん剤が思ったように効かないので、緩和療法に切り替えよう。一年前は、家族でそう話し合っていた頃だ。緩和療法に切り替えるということは、もう寛解を目指すのではないということだ。父の死期は迫っているということだ。一年前は、ちょうど突きつけられるようにそれに向き合ったころだ。自転車を漕ぎながら、不意に涙が止まらなくなった。娘よ、おじいちゃん、誕生日にまた来るって言っていたけれど、もう来られないようだよ。娘に「泣いているの?」と聞かれた。本当に人生でこんな場面があるんだなって思いながら、黙って自転車を漕いでいた。
 しばらくしてみんなで父に会いに行き、それから数日後に父は逝去した。一年経ってまた自転車を漕いで光が丘公園に行く。遊具から遊具へ走る娘の後ろ姿を目で追い、速くなったものだと思う。ターザンロープの安定感は増し、乗りながら片手でロープを掴み、片手で帽子をかぶり直すなどしている。ピラミッド状にロープを組んだジャングルジムのような大きな遊具があるのだが、いつの間にか3~4mはあろうかという頂上まで登って遠くを見ている。見上げて、これが一年間という月日かとぼんやり思った。

 書くことによって父の死を受け入れなければならない。そうしなければ自分の言葉はどこに何を放っても上滑りしていくように思い、しばらくどこに出すでもなく父のことを書き連ねていた。一周忌を目前に控えて、ようやく一先ず書き上げようという時に、偶然にも池ちゃんが歌わないかと声をかけてくれた。急ぎ、しのざわくんに表紙を作ってくれないかとお願いして、月刊仲野が出来ました。ようようやっとの19号。私が父の死を受け入れるための数ページと、5年越しの中の祖母インタビュー後編といういつにもまして超々パーソナルな小冊子です(そこにこそジンやあらゆる表現の面白さはあるとは思っている)。よろしければお読みください。

 今のところ、小岩BUSHBASHと郡山 studio tissue★boxに置いてあります。
 興味のあるかたは、手紙かEメール(satosi_10@hotmail.com)などでご住所お知らせいただければお送りします。店などに置いてくれるとか友だちに渡したいとかいう奇特な方もどうぞご連絡お待ちしております。

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