怪獣映画がおもしろい理由は、「映画が怪獣だからである」という一点に尽きます。
これは、ホラー映画がおもしろいのは「映画が幽霊だからである」というのと同じこと。
というより、「映画は怪獣なのだ」というルールに沿って作られたものが怪獣映画なんですけどね。
何が言いたいかというと、『キング・コング』はやはり怪獣映画ではない、ということであって、なぜなら観客はコングに感情移入できるからです。
ゴジラには感情移入できないでしょう(間接的に「哀れみ」は感じるかもしれませんけど)。
『エイリアン』も同じように、エイリアンには感情移入できませんが、でも『エイリアン』は怪獣映画ではありません。
どっちかと言うとあれはホラー、もしくは化け物映画。
どうやらおれが考える「怪獣映画」とは、「ホラー映画」とかなり密接に関係してるみたいです。
多分、『エイリアン』が怪獣でない理由は、「そんなにデカくないから」だと思われますが、これは安易でしょうかね?
つまり、
1.一切の感情移入を許さない理解不可能な存在
2.見上げてほどよいくらい大きい
という条件を満たしていれば怪獣映画、ということになりますか。
この条件で考えると、『グエムル』は2番を満たしてない気もします、まだ観てないですけど。
でも、これは設定上の大きさの話ではないので、「ローアングルから見上げる画面」が効果的に配置されていれば十分に怪獣映画だと思います。
その辺は、観てのお楽しみ。
脱線しますが、『宇宙戦争』はもちろん怪獣映画ですし、『ジュラシック・パーク』も怪獣映画に入れていいと思ってます。
ただし、『ジュラパ』の怪獣はT-レックスだけ。
いや、「あれは恐竜じゃないか」と言われても困るんです。
そういう設定のことじゃないですから。
あくまでも、「見上げるような恐怖」というのが重要。
これは、ホラー映画がおもしろいのは「映画が幽霊だからである」というのと同じこと。
というより、「映画は怪獣なのだ」というルールに沿って作られたものが怪獣映画なんですけどね。
何が言いたいかというと、『キング・コング』はやはり怪獣映画ではない、ということであって、なぜなら観客はコングに感情移入できるからです。
ゴジラには感情移入できないでしょう(間接的に「哀れみ」は感じるかもしれませんけど)。
『エイリアン』も同じように、エイリアンには感情移入できませんが、でも『エイリアン』は怪獣映画ではありません。
どっちかと言うとあれはホラー、もしくは化け物映画。
どうやらおれが考える「怪獣映画」とは、「ホラー映画」とかなり密接に関係してるみたいです。
多分、『エイリアン』が怪獣でない理由は、「そんなにデカくないから」だと思われますが、これは安易でしょうかね?
つまり、
1.一切の感情移入を許さない理解不可能な存在
2.見上げてほどよいくらい大きい
という条件を満たしていれば怪獣映画、ということになりますか。
この条件で考えると、『グエムル』は2番を満たしてない気もします、まだ観てないですけど。
でも、これは設定上の大きさの話ではないので、「ローアングルから見上げる画面」が効果的に配置されていれば十分に怪獣映画だと思います。
その辺は、観てのお楽しみ。
脱線しますが、『宇宙戦争』はもちろん怪獣映画ですし、『ジュラシック・パーク』も怪獣映画に入れていいと思ってます。
ただし、『ジュラパ』の怪獣はT-レックスだけ。
いや、「あれは恐竜じゃないか」と言われても困るんです。
そういう設定のことじゃないですから。
あくまでも、「見上げるような恐怖」というのが重要。
小学校の低学年位の時に、「エイリアン」ビデオ屋で借りを1、2、3と連続で鑑賞しました。
僕は正直、「リング」に代表\されるホラー映画が苦手だったので、観たくはなかったのですが…。(案の定、可愛い小学生だったボクは、その晩寝れませんでしたが…笑)でも、ジュラシックパークなんかは観たくてみたんですよね。
怖さが別の物ってことなんですかね?
ジュラシックパークは観てもぐっすりねれましたから。笑
詳しくは言いませんけど、まず広い意味でのホラー的な怖さっていうのは「克服不可能\な恐怖」です。
「何かをやっつけたら平和」ってことはない、というわけで、『ジョーズ』の場合はサメをやっつけても海はなくならない、というのが肝。
『ジュラパ』はそもそも人間は恐竜から逃げるだけ。
で、最後は「恐竜万歳」。
『エイリアン』は1作目だけがホラーで、同じく人間は逃げるしかない。
逃げ切っても平和になったとは言えない。
でも『2』だとやっつけたら平和。
ただ、いわゆる「Jホラー」とかは、日常にあるものが突然怖くなるっていうのが重要かな?
だから、日本人にとっては後を引くのかも。
ちなみに、ここに書いたのは全部受け売りっす。