ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

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女子ガイコク人列伝(第3話)イルマ・ゴンザレス

2008年11月22日 15時10分33秒 | 女子ガイコク人列伝
             1936年8月20日生まれ、メキシコ・モレロス州クエルナバカ出身 156cm、70kg (得意技)タパティア、ゴリー・スペシャル
 メキシコの女子マット界でファビュラス・ムーラみたいな存在にあたるのが、イルマ・ゴンザレスだろう。すでに70歳を越えた高齢で、少し前まで現役生活を送っていたから寿命の長いルチャドーラだった。50年代にデビューし、“ノビア・デ・サント”と言われ、当時の大スターだったサントの恋人と称されたほどの花形であった。
 イルマは長くナショナル王座を保持。このナショナル王座は国内最高峰のタイトルで、メキシコ人限定の歴史あるもの。ルチャ伝統のタパティア(ロメロ・スペシャル)やゴリー・スペシャルを得意とし、相手をうつ伏せにして足元からクルリと1回転してカバージョ(キャメル・クラッチ)を決めるタイミングは実に絶妙だった。
 日本には75年9月に全女の「第1回ワールド・リーグ戦」にメキシコ代表として初来日。ジャンボ宮本、赤城マリ子、マッハ文朱と熱闘を繰り広げた。この時、すでに40歳近い大ベテランだったが、ルチャの高等技術は見応え十分。いぶし銀のファイトは、キャリアのなせる業だった。
 私は全女に入る前に何度か対面しているが、20回を超えるメキシコの旅では1度もお目にかかっていない。79年10月の「WWWA世界タッグ・リーグ戦」が最後の来日なった。全女への来日はこういった大きなシリーズのみで、通常のシリーズ参加はなかった。それはイルマをある意味、VIP扱いしていたのだろう。最後の来日では娘のイルマ・アギラールを帯同した。70年代後半から80年代にかけて、メキシコでは親子タッグを中心に活動。甥のオユキとのファミリーで日本から遠征してきたクイーン・エンジェルスとも対戦していたのだ。
 60歳を過ぎたお婆ちゃんになってもイルマは、好んでルチャをこなしていたという。私はいつもメキシコに行くと「イルマ・ゴンザレスはまだ試合をしているの?」と必ず聞いていたが先日、パンテラ・スレーニャが「今度来た時、会わせてあげる」と言ってくれた。会いたいやら、ちょっと怖いやら、そんな心境だ。

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