ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

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女子ガイコク人列伝(第8話)ビビアン・バション

2008年12月02日 21時19分04秒 | 女子ガイコク人列伝

 1944年2月14日生まれ、カナダ・ケベック州モントリオール出身。170cm、75㎏ (得意技)ブレーン・バスター、スリーパー・ホールド
 二人の兄がAWA世界タッグ王者に君臨した実力派タッグチーム、マッドドッグとブッチャーのバション兄弟であり、その妹として華麗にデビュー。その活躍ぶりと、バション兄弟の妹ということで、未だ見ぬ強豪の最右翼とされ、来日が熱望されていた。
 76年3月、全女に初来日。私はビビアンを見たくて何度も試合会場に通ったほどで、そのブレーン・バスターの破壊力もさることながら、独特の貴婦人的なオーラは、異彩を放っていた。ビビアンの写真を撮りたくて、宿泊先のホテルまで出向いたが、一介のファンに対し部屋まで通してもらい、コスチューム姿になってもらい撮影したこともあった。私より13歳年上で、初来日ですでに32歳。何かすごく年上の女性と接したようで、緊張感を抱いた記憶があるのだ。
 この来日では赤城マリ子の持つWWWA世界シングル王座に挑戦。何と60分フルタイムの激闘を記録しているのだ。ビューティー・ペアがまだコンビ結成したばかりで、ビビアンの足元にも及ばなかったが、黒人のイボンヌ・ジェニングスと組んでWWWA世界タッグ王座に挑戦したのだ。
 その後は地元のモントリオールから、ほとんど出なかったため来日がなかったが、AWAの中堅レスラーだったバディ・ウォルフと結婚。初来日の際にはウォルフも全日本プロレスの『チャンピオン・カーニバル』に参加していたため、日本でつかの間のデートを楽しんだという。このビビアンは残念なことに91年に、交通事故で死亡。47歳の若さだったが、1度でも逢えることができて良かった。

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