フィールド最前線! 農業がリードして利根沼田を元気に 山口浩輝のブログ

地方を元気にするのは夢と起業!利根沼田は無限ポテンシャルを秘めたフィールド(畑・領域)で日本一の地方を目指そう

三陸町越喜来の宿にて

2012-01-13 00:38:16 | 全国放浪記
山口浩輝です

三陸の越喜来という漁村の

あづま荘という宿にて宿泊

被災地もいよいよ3日目へ突入

アポイントの多さと、三陸の曲がりくねった道と

何よりも得られる経験の多さに

どういう訳か疲れが溜まらない

とても不思議な感覚・・・


それにしても、この宿は素晴らしいロケーション

海が目の前で、日の出は絶景だった

高台にあるのだが

被害が無かったのが不思議なくらい海が近い

やはり三陸は、場所によって被害規模が全然違う

翌朝に、南部さんからメールが入る

その内容は

「お疲れさま、みんないいヤツでしょ?
 悲しみも喜びも全部吹っ飛んだ者は
 語ることで自らを癒し
 自らを再構築していくのです
 明日もがんばって聞いてやってください」

との事

ここに来て、ようやく私自身が

この震災と向き合えているような気がした

ボランティアでも無く、支援物資を持っている訳でもない私も

ようやくそれなりの存在意義みたいなものにたどり着いた気がした


話を聞きに来たのだし、そんな事にでも価値があったのかもしれない


そういえば、今までかなり多くの事を

被災地の方が積極的に話してくれた事を改めて実感した


この後も、まだ出会いが盛りだくさんだった

次は「三陸とれたて市場」という被災した会社へ向かう

続きます・・・


大槌町 その2 翌朝に知った全容・・・

2012-01-12 23:47:54 | 全国放浪記
山口浩輝です

怒涛の2日目から3日目へ

翌朝に再び、明るくなってから大槌町を訪ねた

今回は画像中心です

とにかく・・・・凄かった・・・

まずは昼間の大槌町の復興食堂の外観
周りを見れば、これだって立派な住民の憩いの場だ


それくらい、この辺りには、何も無い

夜になれば明かりも無い

ちょっと離れた所だが

この建物、5階の窓まで全て割れている・・・

津波の高さは想像を絶する・・・

このほか、とにかくひどい


私が見て回った中で、間違いなく最大級の被害

これが、ほんの10分くらいのうちに波に飲み込まれた被害とは・・・

ホントに信じられない


大槌町にて その1 サイコーの”復興食堂”・必ず立ち寄って欲しい場所

2012-01-12 22:16:24 | 全国放浪記
山口浩輝です

続きを書きます

2日目の夕刻、日もすっかり暮れた

漆黒の闇の中

なんとか大槌町に到着

この日は真っ暗で判らなかったが

翌日になって、この地区の被害というのは

こちらも想像を絶するレベルだったが、それは次のブログで・・・


目的地の「復興食堂」は

南部さんの言うとおり

”行けばわかる”そのものだった

その意味は2つ

まず1つ目は、周辺にそれらしい明かりがあるところがココしかなかったため

一発で発見できた

テント張りの簡単な作り(そりゃ仕方ない)

中には入れたばかりだという薪ストーブ

そしてさっそくスタッフに群馬から来た経緯を話すと

とっても気さくに対応してくれた

しかも常連客?だかスタッフなのかビミョーな岡野さん(シゲさん)は

私と同席して、色々と話をしてくれた

店のスタッフの方々も、空いている時間を作っては私の席に来て話をしてくれた

一人旅という事もあってか、なんというか

これほどまでに厚い待遇を、今まで受けたことが無いかもしれない

というくらい

だけど

私はあまりしゃべっていないし、質問もしていない

なのに

彼らは被災直後の凄惨な体験

津波の話や犠牲になった身内の話など

私からはまず質問できないだろうなぁという体験談を

とにかく語ってくれた!しかも時折冗談交じりに・・・


さらに、ここからどんどん盛り上がり

最後のお客さんが帰ると

「山口さん、今から店閉めるから、みんなで飲もう!!!」

となってしまい

結局は、宿に着くのが午前様になりそうな勢いで盛り上がった(笑)

しかも、前日もかなり飲んでいたのだとか・・・

とっても陽気なスタッフ(夜の部の方々のようです)

とにかく、彼らのバイタリティーと人間としての魅力は素晴らしかった

私も地方の人間だから判るが

何か新しい事を始めたりするには、

思いもよらない高いハードルが出てきたりする

でも、彼らの「復興」への執念はとてつもない

ただ行政や外部の人間を頼ったりしているのではなく

今出来る事全てを、全力で取り組んでいる

まさにそのものだった!


彼らの情熱があれば、時間はかかっても

大槌町は必ず復興すると確信している


私も、出来る限りの応援はしていきたい

というか

もう一度、飲みに行きたい


大槌町に行く機会がある方は、ぜひココを訪れる事をおススメする

昼間は元気な女性達が、夜はアツくて気さくなスタッフが出迎えてくれるはず


南部さんが

「とにかく行けばわかる」といった言葉の

もう1つの意味がはっきと解った!!!






岩手県大槌町の”復興食堂”へ向かう

2012-01-11 18:25:51 | 全国放浪記
山口浩輝です

続きを書きますね

日も暮れて、宿に戻って夕飯がちょうど良い時間となったが

色々考えた上で、食事をキャンセルして

大槌町の”復興食堂”なるものを目指す事にした

後ろめたい気持ちで宿に連絡を入れると

「はじめから素泊まりの予約だった」とのこと(笑)

手配してくれた”三陸とれたて市場”の八木社長に改めて感謝!!!

心おきなく大槌町へ向かう

日の暮れた暗い道を進む途中に

(表現は悪いのですが)ゴーストタウンのような釜石市も通過した

そしていよいよ大槌町へ

漆黒の闇の中で、その時は詳細がわからなかったが

ここは南部さんからとにかく行けと言われていた

詳細も所在地も言わなかった

とにかく行けばわかるとしか聞いていない

その言葉をただ信じて

行ける所までま自力でと思っていたら

案外、あっさり到着できた・・・

つづく

テンパリはじめる

2012-01-10 23:24:03 | 全国放浪記
ひきつづき、山口浩輝です


大船渡のポルカロッソを出てから、しばらくすると

ちょっとしたジレンマに襲われ始めた

予定がどんどん変わってしまい

アポがこなせなくなってきた

この時は理由がはっきりわからなかったが

とにかく時間通りにこなせない

自分が立てたスケジュールと、その先で派生してしまう色々な事が

上手く処理できなくなっていた


とりあえず、コーディネイトしてくれている博報堂の南部さんに

半ばテンパリ気味で連絡を入れると

色々と冷静にアドバイスをしてくれた



そして、落ち着きを取り戻してから

大きな原因に気が付いた

それは、私自身がまだ被災者にどう接して良いかが

はっきりしていなかったため、

聞きたい事を面と向かって聞けなかったり

行き先での目的みたいなものにこだわりすぎていたのかもしれない


私はそもそも被災地がどういうものかを

見聞きしている最中で

まだまだ具体的なデータを聞きにいくほどの段階ですらなかった・・・


日が落ちて暗くなっていたが

宿に到着が大幅に遅れるとの連絡をしてから

これまた被害の甚大だった大槌町にある

「復興食堂」へ向かう事にした

つづきます・・・




大船渡のイタリア料理店「ポルコ・ロッソ」にて

2012-01-10 22:02:06 | 全国放浪記
こんばんは、山口浩輝です

今日は今シーズンの初滑り&初仕事

おそらく明日は筋肉痛・・・しかもコケたし(笑)

まぁ、いいや、さっそく続きを書きます

気仙沼から三陸に入り、最初の目的地は大船渡市

当然ここも甚大な被害

だが、陸前高田とは様相が違い

いわゆる旧市街地のようなところは程度が軽かったようだった


向かったのはイタリア料理店「ポルコ・ロッソ」

ここのオーナーシェフの山崎純さんとアポイントを取っていた

彼は被災直後から、真っ先に炊き出しを先頭に立って始めたそうで

その中で刻々と変化する状況に対応して

様々な情報を集めるなど奔走していたそうだ

ホントに頭が下がる


そして、彼からは沢山のつながりを広げていただいた


仕事上で地元の食材を探して農家を回っているようで

2名の若手の生産者を紹介してもらった

ここからは農業者としても、今後大いに役に立つ情報をもらえたし

素晴らしい出会いが待っていた

都会から移り住んでいるというスタッフの近藤さんともお話ができたし

フェイスブックでも友達に!!!

しかも、カウンターで隣になったお客様には

食事の後、ご好意により周辺被災地を案内していただいた!


やはりバイタリティーがあって

ネットワークの広い人間は、地域にとっては宝だ

そして人間力は最大のリスクマネジメントになる

あらためて思った





いよいよ三陸へ

2012-01-10 01:37:27 | 全国放浪記
こんばんは山口浩輝です

仙台を後にして、岩手県一ノ関へ向かう

ここには被災した陸前高田の酒蔵「酔仙酒造」さんが

蔵を借りて製造を再開しているというニュースを聞いていたので

とても興味があったが

予定が変わってしまい、沿岸部へと急がなければならなくなってしまった

一ノ関を抜けて、いよいよ三陸・気仙沼に出た


今まで映像では見て来たが、ここまでとは思わなかった・・・

とにかく、平地には何も無い

住宅の基礎が残っているだけだし

構築物は軒並み流された事と思う

瓦礫の撤去は進んだからよいが

直後の現場は想像を絶する世界だった事と思う


陸前高田の町に入ると

もう言葉が出なかった・・・

学校や体育館などを見ると、涙が止まらなくなって

運転するのもしんどかった

とにかく色々な思いが入ってきてしまう

後から実感したけど、一人で来た事と、アポがぎっしりだった事は幸いだった


イチバンきつかったのはコレ

おそらく消防団のポンプ車

ホントに悲しかった

次の日には、現役の消防団員からリアルな現場の話を聞く事になる

彼は冗談交じりに語ってくれたが

当事者でない私には、聞いた話だとしても

とてもじゃぁないが書けない


陸前高田も抜けて大船渡へ入り

そこでまた色々と話を聞く事になる・・・・






被災地に行ってきました 3 仙台空港周辺

2012-01-09 22:20:35 | 全国放浪記
こんばんは、山口浩輝です

さっそくですが続きを書きます

水戸を経ってから、常磐道で福島に入りました

当初の予定では、いわきを見るつもりでしたが

大幅に変更して、出来る限り北上するプランに変更

伊達市で仮眠をとってから、朝一で宮城入り

阿武隈川沿いに下って、仙台空港周辺に到着

ここは震災当日に、TVでリアルタイムで津波が押し寄せる現場を見ていた

だいぶ復旧が進んだと思われるが、まだまだ痕跡は残っている

田んぼには船があったし

大破したトラクタが痛々しい


沿岸部の防砂林はガッチリやられていました


水田も耕作できるような状態でもないと感じましたが

人間の英知を集めれば、きっと回復できると思います

ヘンな話かもしれませんが、これが普通畑や果樹園・施設園芸などであったら

被害額や復旧への労力は甚大だと思いますが

水田であれば、まだ良いほうなのだと感じました

モチロンそれだってとんでもない被害ではありますが

津波のリスクを考えると、沿岸部の平地は水田がベストなのでしょう

被災地に行ってきました 1 まずは茨城から

2012-01-08 17:57:20 | 全国放浪記
こんばんは、山口浩輝です

被災地へいってきました その2です

まずは、けっこうな被害があった割に

取り上げが少なかった茨城県から入りました

まずは「なかみなと」へ

すでに見た目ではわからないくらい

元に戻っている感じが見て取れた

話を聞くと、津波は1.5~2メートル程だったという

漁港も大きな被害だったが、やはり大きなインフラがダメージを受けていなかった分

早かったのかな?

だが、観光客の比率が多い鮮魚市場などは

まだまだ苦しいと言っていた


大洗海岸にも下りてみた

とても穏やかで、津波など想像もできない

その後、偕楽園にも立ち寄ってみた

梅はまだこれからだが、とてもキレイになっている

この時点では、まだ自分も余裕があったと思う

この後、寝食も忘れるくらいの展開になろうとは思ってもいなかった

行き先のアポイントが次々増えてきたので

手土産を調達しようと思い

ウェブで探していると、イチゴ作りを頑張っている農家さんを発見

ウェブサイトが素敵だった”土の香” の八木岡さんに1箱注文

急な注文にも対応してくれて感謝です

美味しそうな「とちおとめ」を手に入れた!!!

(奥さんが農大OGだそうです)


そして、夜は地元金融機関に勤める旧友と再会

津波のリアルタイムな話は貴重だった

少し上流でも、引き波のときには那珂川の底が見えたとの事

でも、復興具合は順調のようだ

茨城・福島はこれから原発がらみの問題のほうが大きいだろうなぁ

今回は、津波メインで見にきていたので

それに関してはホッとした

福島県のいわきも寄ろうと思ったが

アポイントの都合上、北に向かう事にして

夜は出来るだけ北上

福島で仮眠を取って

翌日の早朝に宮城に入りました

つづく・・・


被災地に行って来ました 0 まずは御礼申し上げます

2012-01-08 17:26:47 | 全国放浪記
こんばんは、山口浩輝です

昨夜遅くに、ようやく東北から帰って来ました

何ヶ月間も自分の中でくすぶっていた想いを

少しでも変える事が出来たかもしれません

そして、多くのヒトからナマの声を聞き

親交を深めてきました

また、沢山のヒトにご協力をいただきました

まずは、妻子&三女の子持ちの身ながら

行く事を快諾してくれた家族に感謝です


そして、主だった行き先をコーディネイトしてくれた

博報堂総研の南部哲宏さん

仕事中にも関わらず、私からの電話を何度も受けてくれてありがとうございました


さらに、早い段階から支援活動を行ってきた東京農大OBの

畜産農家の小堀正展さん

彼から一度話を聞いた時に云われた

「山口さん、被災地はいつ行っても遅いという事はないですよ」

との言葉

ホント励みになりました


そして、茨城で精力的に活動されている

「農大復耕支援隊」の諸橋さん


中野の和酒バー「しもみや」さん


以上の方々には、ホント感謝です


ありがとうございました!


次はいよいよ、詳細です

いつもご愛読いただきありがとうございます

私の故郷・旧白沢村
裏にある雨乞山山頂からの眺め
日本一の河岸段丘!!!タモリさんも絶賛した 上州・沼田が誇る絶景