相洲遁世隠居老人

近事茫々。

加藤廣 信長の血脈 上下 を讀む。

2021-08-18 13:19:45 | 日記



加藤廣 信長の血脈 上下 を讀む。



1. 平手政秀の証

平手政秀、有名な 織田吉法師の傅役(もりやく)である。
從來、幼少の信長の 余りの虚(うつ)けぶりに その死は信長に對する 諫死(かんし)であったと謂うのが定説であるが、ここでは 全く新しい解釋で 從來に無い新説が披露されてゐる。

即ち、急死した信長の父 織田彈正忠(だんじようちゆう)信秀の後継者を巡り 長子・信行に固執する
正室・土田(どだ)御前に 信長後継が 父親信秀の指名だと主張する 政秀に その證(あかし)を迫り、その證として自害したとするもの。
題名の 「平手政秀の証(あかし)」とは その事をさす。

130 枚の短編であるが、信長が 父親・政秀の葬儀に 相應(ふさわ)しくない衣装で現れ、抹香を鷲掴みに位牌に投げつけたと謂う傳説についても 説得力ある新説を開陳してゐる。


その他、<美濃>の 齋藤道三、文中では「松波庄五郎」となってゐるが、即ち 信長の正室である「お濃の方」(濃姫・歸蝶)の父親が登塲する。

この 有名な 齋藤道三、明應三(1494)年 京の西郊山城乙訓郡西岡生まれ。 父親が松波庄五郎。 幼名 峰丸、十一歳の春 法華宗・具足山・妙覺寺に喝食として入山、 得度して 法蓮房を名乘る。 二十三歳で還俗して 松波庄九郎。

油賣りとして美濃に進出し 名族西村家の名跡を嗣いで 西村勘九郎正利。
長井家を乘っ取り、加納城主に納まって 長井新九郎藤原利政 を名乘る。
齋藤宗家の家督を受け継ぎ 齋藤左近大夫秀龍 を名乘る。
その後も 齋藤山城守利政、美濃を完全征服して、再度 入道 齋藤山城守入道道三 を名乘ったのが京を出奔して 二十一年目の 四十八歳。
なんでも 生涯 十三回 姓名を變えたと謂う。

本書には 齋藤道三の支配する<美濃>、駿河・今川義元配下の松平・徳川の<三河> と 織田彈正忠・信秀の<尾張>の攻防が 手短に かつ 判り易く描かれてゐる。

そして、彈正忠が 平手政秀の進言を容れて 嫡男上総介と 道三の長女 歸蝶・濃姫との婚約を受け容れたのが 天文十六年(1547)の事。

信長は 蝮(まむし)の血が織田家に入っては 織田家が乘っ取られると 歸蝶には 決して手を付けず せっせと 生駒家に通い 吉乃との間に 長男信忠、次男信雄、長女徳姫を得たことは通説のとうり。

例に據って 齋藤道三を 「山の民」だとしてゐるが、秀吉が 一時期 近衞前久の猶子として 藤原秀吉を名乘ってゐたように、道三も  長井新九郎藤原利政 を名乘ったあたりがその根據か?

本書にない余談;

西村勘九郎正利を名乘ってゐた頃 鷺山城主で 美濃の守護職 土岐頼藝(よりなり)に取り入り、天澤履(てんたくり)とかなんとか煙にまいて 愛妾 深芳野(みよしの)をせしめる。  これが とんだ ミソサザヰで よく知られた通り 生まれた子の義龍に命を奪われることになる。



2. 伊吹山の薬草譚

南蛮好きの信長が 江州・伊吹山の薬草園を 獨断で 伴天連宣教師に開放したために起きた騒動。

困った 薬草園の農民は 西の京・芝薬師・蓮臺野にある織田家菩提寺 阿彌陀寺の開祖だと謂われる 信長の腹違いの實弟・青玉上人に窮状を訴える。

青玉上人は 山の民である 寺僧の清如に命じて打開策を講じる。
一方、伊吹山では 別の集團が 何やら工作をしてゐるが、これは 一向宗門徒集團なることが判明。

更に もう一つ 正體不明の集團が暗躍しおり、三つ巴の暗闘。
結局 青如集團が 破壊工作實行直前、この第三集團が 火薬を使って伴天連宣教師が持ち込んだ 薬草の種苗を 火薬を使って爆破粉砕して終わる。

物語は 最後に この第三集團の正體をも明かしてゐる。

  例によって 加藤・信長譚の常連である、阿彌陀寺、青玉上人、山の民出身の清如、近衞前久、等が出演する。

果たして 史實・實話に基づくものや否やは不明。


3. 山三郎(さんさぶろう)の死

前作『秀吉の枷』の中で 拾(ヒロイ) コト 秀頼誕生の夫重(つまかさ)ねのホトトギス役で登塲する
 那古野山三郎を 片桐且元に始末させる筋書きである。

名護屋山三郎は その後 数奇な運命を歴て、河原藝人・出雲の阿國一座で 遊女・九右衞門として人氣を博し、秀頼のホトトギスだとの巷間 噂が廣まった爲、淀君の侍﨟である 金壺眼(かなつぼまなこ)の 大藏卿局に その始末を命じられるもの。

果たして 實在の人物か否かは不明。  讀後も ちと 疑問が殘る。



4. 天草挽歌 ー ぶっ違い藤兵衛始末記 ー

天草富岡城の城代・三宅藤兵衛重利の 数奇な運命を描いた短編である。
三宅藤兵衛は 明智左馬助が 明智光秀の入り婿となる前の連れ子である。
随って 明智の血脈は流れてをらず、備前兒島の 兒島高徳 本名 三宅備後三郎の末裔である。
物語は 所謂 島原・天草四郎の亂である。



四編共、 加藤廣流 讀ませる短編集である。



信長の血脈 上下 加藤 廣 底本 文春文庫
大活字本 埼玉福祉會 2018年11月20日發行
(2014 年 初出)

(2021/08/18 初稿)