株式市場はときに嵐に直面する。株式市場全体を意味する「ミスター・マーケット」がパニックに陥ったとき、本来の価値を下回る価格でも投げ売りが広がる。
長期で企業の価値を見つめる投資家にすれば割安な価格で買える機会をつくる。
8月5日、東京市場で日経平均株価が前営業日比12%安を記録した。
この急落を「日本版ブラックマンデー」と呼ぶ声がある。市場関係者が重ねるのは1987年10月19日に米市場で起きたブラックマンデー(暗黒の月曜日)だ。
米ダウ工業株30種平均がわずか1日で23%安という下落となった。当
時の米市場は株高と金利高が共存する状況が続いていた。それが西ドイツによる短期金利の高め誘導が引き金となって揺らぎ、米軍機によるイラン施設攻撃が市場の緊張を高めた。
今回は米国が利下げを伺うタイミングで日銀が追加利上げに動き、マネーの流れが動揺。中東ではイランによるイスラエル攻撃が取り沙汰される。少なからず相似点は見て取れる。
経路は異なるが株安を増幅するメカニズムが働いた点も重なる。当時は機関投資家の「ダイナミック・インシュランス」という手法が裏目に出て自動的な売りが膨らんだ。
今回は低金利の円を借りてリスク資産に投資する「円キャリー取引」が巻き戻され、株安・円高が加速する要因になった。
ただもう1つ、ブラックマンデーと聞いて思い出したいことがある。米バークシャー・ハザウェイを率いる米投資家ウォーレン・バフェット氏がコカ・コーラ株への集中投資を始めたのが、そのすぐ後からだった。
著名投資家のウォーレン・バフェット氏
毎年恒例の「株主に向けた手紙」でバフェット氏がコカ・コーラ株に直接言及したのは88年だ。
同銘柄は長期保有であり「素晴らしい経営陣のいる素晴らしいビジネスの一部を所有する場合、私たちにとって望ましい保有期間は永遠である」と記した。
好業績の企業の株式を手放し、期待外れの企業の株式を持ち続けるような行動は「花を切って雑草に水をやる行為だとピーター・リンチ氏が例えている」との説明も印象的だ。リンチ氏は米フィデリティの伝説的な運用者だ。
市場の急変との向き合い方も説いている。ブラックマンデーに直面した87年の株主への手紙で、師と仰ぐベンジャミン・グレアムの例え話「ミスター・マーケット」を引用している。
ミスター・マーケットは毎日親身に訪れ、売り買いを勧める。しかし彼は感情で振れやすい。
陶酔して高値を示す時もあれば、悪いところしか見なくなり極端に安い値段を出す。投資家は「自分で判断し、市場にまん延しがちな感情から、自分の思考と行動を切り離すことで成功する」と説いた。
コカ・コーラ株はバフェット氏が買い進めたあたりを底に長期の上昇基調を描き、保有資産の中核に育った。
今回の急落時、日本株では主力銘柄中心に売買代金が膨らんだ。損失覚悟で手放すファンドなどの大量売りに、ミスター・マーケットとは異なる自らの視点で買い向かった投資家も多かったことの証拠だといえる。
もちろん市場の嵐が過ぎ去ったとは言い切れない。米景気が軟着陸できるかは今後の相場の分かれ道の1つだろう。そして、バフェット氏自身が4〜6月期にアップル株の保有を半減させたことだ。
証券増税を控えてとの説明ではあるものの、米ハイテク株へのミスター・マーケットの楽観に距離を置き始めたのかどうか。
グレアムは「株式市場は短期では投票機だが、長期では計測機だ」とした。行き過ぎた楽観は修正されるし、逆に市場の悲観も、企業が本来の価値を高めていくならいずれそこに引き寄せられる。
値札の方向ばかりに目を奪われず、価値との対比で考える。嵐の先が見えない時ほど冷静に意識しておきたい視点の1つだろう。
[日経ヴェリタス2024年8月18日号]
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