スパイ罪で有罪とされ、中国で服役した経験を語る鈴木さん(10月下旬、都内)
アステラス製薬の現地法人幹部の日本人男性がスパイ容疑で中国当局に逮捕され、中国事業を手掛ける企業関係者や専門家など多方面で不安が広がっている。
刑法のスパイ罪で懲役6年などの実刑判決を受けて服役し、2022年10月に出所、帰国した鈴木英司さん(元日中青年交流協会理事長)が日本経済新聞の取材に応じた。実体験をもとに教訓や、政府がすべき対策などを語った。
――帰国後1年がたちました。今はなにをされていますか。
「茨城県桜川市の実家で年金をもらいながら暮らしている。過去に大学で教えた経験があり、また教壇に立ちたいが、大学側も受け入れは難しいようだ。大学には中国人留学生もいっぱいいる。
学生に今後の日中関係をどう進めていくかなどを発信したいが、鈴木さんを教壇に立たせ、学生が『スパイだ』と言い出すと面倒だと、理事会で問題になったようだ。(担当者は)会ってはくれるし、しょうがないこととはわかっている。でも、アタマにくる」
「何もしないとつまらないし、週に2回程度は東京に来て、友人と会ったり講演をしたりしている。僕はスパイをした認識はない。潔白なんだと、無辜(むこ)なんだと主張するのは権利で、こうして話すのも防衛手段と思っている」
――10月にアステラス製薬の現地法人の日本人男性が逮捕されました。3月に拘束され、「居住監視」という段階を経て逮捕に至ったとみられます。今後、起訴や裁判に至るのかが注目されます。
「筋書きはできていて、間違いなく起訴されるだろう。裁判は非公開で、1回だけの審理で判決が下るとみられる。上訴はできるが、弁護士も通訳も適当だ。僕は裁判官に6回くらい手紙を書いたが、何の効果もなかった」
「(中国でスパイ容疑で拘束されることは)一般常識からかけ離れた経験だ。(逮捕前に当局から指定した場所に留め置かれる)居住監視は、非人道的で冤罪(えんざい)の温床だと思う。黙秘なんてできないし、(逮捕状や供述調書への)サインも拒否できない。手続きはすべて形式的なものに過ぎない」
「逮捕前(の居住監視期間)に逮捕された以上のことをやるんだから、ひどい。僕の場合はむしろ逮捕された後のほうが、楽になった。鳥かごの中の自由だが、アステラスの人も今は少し楽になったのではないか」
――有罪判決を受け、約6年間、服役されました。
「服役中は、外国人専用の刑務所の北京市第2監獄というところにいた。2段ベッドが6台ほど並んだ12人部屋で過ごした。刑務所内の工場で、化粧箱を作るなどの軽作業をした。食事は肉が出ることは少なかったので、肉好きの僕は物足りなかった。拘束前に96キログラムあった体重は、出所直後に68キログラムまで落ちた」
「大使館員には居住監視、拘置所、刑務所で会うたびに伝言をお願いし、家族には伝言が届いていた。
しかし、国会議員と新聞記者には全く届いていないことが帰国後判明してびっくりした。『国会議員だからいい』と言うから頼んだし、新聞記者にも『外務省記者クラブを通じて伝える』と言われていた。毎回伝言を考えていたのに、無にされてしまった」
「刑務所は不自由だったが、人間くさくて、面白いところもあった。他には薬物犯罪で有罪になった欧米人やアフリカ人などが多く、僕は『プロフェッサー鈴木』などと呼ばれた。
中国人はおらず、受刑者同士は基本的には英語でコミュニケーションする。警察とは中国語で話していた」
中国・上海市にある監視カメラ
――スパイの疑いで当局に逮捕されてしまうと、どうすることもできないのか。
「相当厳しい。有期懲役は15年が一番重い。次は無期懲役。その次は死刑だが、これは中国の国家公務員(が対象)で、(今回の日本人男性の場合は)あり得ないだろう」
「アステラスの人は20年以上も駐在していたようだが、考えられない。20年もいたらマークされるのは当然だ。会社が彼を必要としていたのか、本人が希望したのか。
最近、日本企業は中国の駐在員を空港まで迎えにいくことがある。中国の国家安全局は基本的に全て秘密で、(複数の人に行動を)見られたくないからだ。みんな1人の時に捕まっている」
「写真撮影をしないとか対策は色々あるが、やられるときはやられるんだからしょうがない。拘束されたときにどうするかが大事だ。
改正反スパイ法が成立して、安全局の権限が広く、強くなり、何でもできるようになった。となると、何を気をつけたって捕まる。いまは密告奨励型なので、密告するとお金ももらえる。中国は『疑わしきは被告人の利益に』ではなく『疑わしきは罰する』のようにみえる」
「当局に拘束されたら会社はどうすることもできない。日本の政府と外務省がどうするかが大事で、居住監視の時までに助けなければならない。解放された例では、みんな居住監視のときに助かっている。安倍晋三さんが李克強(リー・クォーチャン)氏に働きかけ解放された例もある。政府の本気度の問題だ。しかし、逮捕されたら終わりで、内政干渉といわれてしまう。99%助からない。端的にいえば習近平(シー・ジンピン)氏がOKと言わなければだめだ」
「7月1日に改正反スパイ法が施行されたのだから、外務省なりが危機管理体制をつくってやっていかなければならない。国会議員もろくな質問、答弁をしていない。必要なのは、国民が(現実を)知り、世論が動き、外務省が動くことだ」
――中国とどう付き合っていけばいいでしょうか。
「中国は大事な国だ。切るのは簡単だが、日本は食料自給率も低く、経済的にも中国に頼っており、何の力もない。好き嫌いで判断するのは子供と同じだ。嫌いでも、厄介でも、付き合わなければならない。中国は(海を挟んだ)隣国で、引っ越すわけにはいかない」
「国のリーダーがまずは動かなければならない。外交でうまくやっていくしかない。どうすればいいか、言いたいことを言って、話し合うことだ。相互理解もそうだし、議論の必要性もある。今回の(東京電力福島第1原子力発電所の)処理水の問題も、昔ならこんな(に強く中国側が反発する)ことにはならなかった。日本はお隣さんとしてのきちんとした付き合いを、中国としていないようにみえる。中国はメンツの国なので、メンツをつぶすようなことはせず、膝を突き合わせて話をすることだ」
「日中関係には、世界に類をみないような民間交流の歴史がある。動脈が国の関係なら、静脈が民間の関係だ。静脈がちゃんとしていれば、動脈まで影響が及ぶことはないが、それがいま衰えている。一般人も専門家も中国に行かなくなっている。旅行会社にパンフレットもない状態は異常だ。過度な萎縮につながらないよう、国が働きかけをすることだ。僕はもう中国には行かないし、行けないだろうが」
――今回逮捕された日本人男性にメッセージはありますか。
「健康に注意して頑張ってほしい。それしかない」