デモの参加者と向かい合う警察官(3日、英中部リバプール)
【ロンドン=江渕智弘】
英国で極右の扇動による暴動が拡大している。殺人事件の容疑者をめぐる偽情報の拡散を機に、3日には反移民や反イスラムの暴動が各地で発生した。5日で労働党のスターマー政権は発足1カ月となる。
「ボートを止めろ」「イスラムは出ていけ」――。3日、イングランドのリバプールやマンチェスター、北アイルランドのベルファストなど多くの都市で暴動が起きた。4日もイングランドのロザラムなどで続いた。
暴徒が警官隊と衝突したり、路上で瓶や発煙筒を投げたりした。イングランド東部のハルでは不法入国者の収容施設の窓ガラスが割られた。警官の負傷が相次いだほか、90人を超える暴徒が逮捕された。
暴動に対抗しようと人種差別や移民排斥に反対する人も集まり、一触即発となった。リバプールでは警官の権限を拡大し、個人の所持品の押収などを可能にする措置をとった。
発端はイングランド北西部サウスポートのダンス教室で女児3人が刃物で殺害された7月29日の事件だ。容疑者の英国出身の少年を「ボートで英国にきたイスラム教徒」とする偽情報がソーシャルメディアで拡散した。
30日にはサウスポートのモスク周辺で暴動が起きた。31日にはイングランド北東部ハートルプール、8月2日にはその北のサンダーランドで発生した。警察は極右団体の支持者らが偽情報の拡散や暴動の背後にいるとみる。
スターマー首相は1日、警察幹部と緊急の会合を開いた。顔認証技術の全国展開や鉄道切符の販売データによる暴動の場所の予測などの対策を示したが、抑止できていない。
スターマー氏は3日夜、「警察のあらゆる必要な行動を政府は支持する」と追加の声明を出した。
経済の低迷やインフレによる生活の苦しさを移民のせいにする風潮が英国にも広がる。
7月4日の総選挙で前回2019年から最も得票率を伸ばしたのは移民制限を第一に掲げる右派ポピュリスト政党「リフォームUK」だった。12.3ポイント高い14.3%の票を得た。
労働党は移民に対して比較的寛容で、イスラム教徒の支持者も多い。スターマー政権は保守党のスナク前政権がつくった不法移民のルワンダへの強制移送の枠組みを廃止した。
かわりに英仏海峡のボートでの密航を取り仕切る犯罪組織の撲滅を宣言したが、具体策は示していない。移民に否定的な人たちには対策が不十分に映り、不満が増幅する。
新政権1カ月 首相支持率40%に下落
英国のスターマー首相の支持率が下落した。英ユーガブの7月30~31日の世論調査で40%となり、7月5日の就任直後から4ポイント下がった。
全国に広がる極右の暴動や、1000万人の年金生活者に影響する緊縮策が逆風になった。
スターマー氏に「好意的」な有権者は7月5~8日の調査で44%、「否定的」との回答は47%だった。以前からそれほど人気の高くない同氏としてはまずまずの滑り出しだった。
7月9~11日に米ワシントンで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席し、演説やバイデン米大統領らとの会談をこなした。
同月18日には英南部ウッドストックで40カ国あまりの首脳を招いて欧州政治共同体首脳会議を主催した。
無難な外交デビューを受け、7月17~18日の調査では「否定的」との回答が減った。「好意的」と44%で並んだ。ところが、そこから暗転する。
リーブス財務相は7月29日、保守党のスナク前政権が組んだ予算に220億ポンド(約4兆1000億円)の財源不足が見つかったと発表した。
年金生活者の冬場の暖房費補助の削減や、病院、道路の建設計画の凍結といった緊縮策を打ちだした。
暖房費の補助は低所得で資産もない年金生活者に対象を絞る。1000万人ほどが対象から外れる見通しで、高齢者団体は「春を迎えられない」などとリーブス氏に撤回を求めた。リーブス氏は今後の増税も示唆し、反発を招いている。
7月末から英国全体に広がる極右の暴動が追い打ちをかける。
一部の英メディアは、世論が好意的な「ハネムーン」期間は終わったと指摘している。
日経記事2024.08.04より引用