インターステラテクノロジズはピンポン球サイズの衛星の編隊で巨大アンテナをつくる=同社提供
人工衛星を利用して高速のインターネット接続などを実現する通信ビジネスが加速している。
米スペースXが先行する中、欧米や中国で追い上げが始まり、日本でもインターステラテクノロジズ(北海道大樹町)が新技術を投入して参入を目指す。
将来的に宇宙が通信インフラの主戦場になる可能性は高く、ゲームチェンジが迫る。日本の自立性をどう維持するかという視点からも重要性が高まる。
動画も見られる高速通信を目指す
「衛星とスマホを直接つないで、動画も見られる高速通信を実現する」。
インターステラの稲川貴大最高経営責任者(CEO)は同社が開発を進めるサービスについてこう説明する。数年のうちにサービスを始めたい考えだ。
衛星を使ったネット接続ではスペースXの「スターリンク」が先行するが、まだ利用するにはA3用紙サイズより大きめのアンテナが必要だ。
近くスマホとの直接通信サービスも始める予定だが、当初は通話やテキストの送受信程度で、動画視聴などは難しい。動画も見られる高速・大容量の接続をいちはやく実現できればスペースXにも対抗可能というわけだ。
その武器となるのが「フォーメーションフライト」と呼ばれる技術。多数の小型の人工衛星が編隊を組んで1基の大型衛星のように働く。
同社は超小型衛星数千基で編隊を組み、宇宙に直径数十メートルの巨大なアンテナをつくることで、動画視聴も可能な通信を実現しようとしている。
米アマゾンや中国勢、スペースXを猛追
アマゾンの「プロジェクト・カイパー」は2025年のサービス開始を目指す
こうした衛星を使った通信分野の競争は世界的に激しさを増している。
スペースXのスターリンクはすでに6千基を超える人工衛星を打ち上げて、世界各地でサービスを展開。
後を追う米アマゾン・ドット・コムの「プロジェクト・カイパー」は衛星の打ち上げを加速し、2025年にはサービスを開始する計画だ。
中国でも衛星の打ち上げが始まった。8月に国有企業の上海恒信衛星科技が第1弾となる衛星18基を打ち上げて軌道に乗せた。
将来的には1万5千基の衛星を打ち上げて世界をカバーする計画としている。
欧米や中国が人工衛星を使った通信網構築を急ぐのは、インターネットをはじめとする通信インフラの主導権を握るために不可欠と考えているからだ。
中国も独自に衛星インターネット通信網の構築に着手した=新華社・共同
海底ケーブルから宇宙空間へ
これまでインターネットをはじめとする通信事業は太平洋や大⻄洋を中心に敷設された高速・大容量の海底ケーブルに支えられてきた。
しかし人工衛星を使った通信は、ケーブルを敷設しなくても世界のどこでもカバーできる利点がある。データや信号を送り出してから相手に届くまでにかかる「遅延時間」も、長距離になると衛星の方が短くなる。
衛星ネットがカバー地域やスピードで優位を確立すれば、通信インフラの主役は海底ケーブルから人工衛星へと移る可能性が高い。
「ケーブルから宇宙への移行は明らかだ。海外企業に頼るのは脅威だということを、もっと考える必要がある」。
ネット接続をはじめとする通信インフラの将来についてインターステラの稲川CEOはこう懸念する。
通信ビジネスだけでなく、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」の時代には社会インフラとしての重要な役割を果たすからだ。
社会のデジタル化が進むにつれ、自動運転をはじめとするモビリティーやエネルギー供給、ヘルスケアなどあらゆる分野で高速・低遅延のネット接続は使われる。
日本政府は新しい情報化社会の姿として「ソサエティー5.0」を提唱するが、自前の衛星ネットを持たないまま実現しても社会インフラの根幹は海外に依存することになりかねない。
GAFAMのような巨大ネット企業のない日本だが、インフラの海底ケーブルではこれまで世界で存在感を示してきた。
アジアと米国を結ぶ海底ケーブルをKDDIが多数敷設し、使用するケーブルやそれを敷設する技術でもNECが世界3強の一角を占める。衛星ネットで出遅れると、こうした強みも失うことになる。
ただスペースXのように何万基もの衛星を打ち上げて世界全体をカバーするには、巨大な資本とともにロケットや衛星の量産体制が必要になる。
自前のロケットで自社の衛星を打ち上げるスペースXの強みもそこにある。インターステラのロケットや衛星の開発を日本政府も支援するが、同社だけでは正面から対抗するのは難しい。
地域を絞ったサービス、企業連携で対抗
インターステラテクノロジズは自社開発するロケット「ZERO」で衛星を打ち上げる=同社提供
対抗策の一つは地域を絞ってサービスを始めることだ。
「地域を絞ってやれば、数百編隊で日本全体をカバーできる」と稲川CEOは説明する。
同社が開発を進める小型の衛星打ち上げ用ロケット「ZERO」で、1回に1編隊分の衛星を打ち上げられるようにしたい考えだ。
量産体制を整えるために、トヨタ自動車から技術者の出向を受け入れるなど大手企業との連携も進める。
さらに世界のライバルに対抗するには、通信ビジネスに取り組む企業同士の連携構築も課題になる。
日本ではインターステラのほかに、NTTとスカパーJSATが共同出資会社を設立して宇宙に統合コンピューティングネットワークを構築する構想を進める。
高度10キロメートル以上の成層圏に無人機を飛行させて通信する「空飛ぶ基地局(HAPS)」にもソフトバンクなどが取り組んでおり、こうした取り組みとの補完も視野に入ってくるだろう。
インターネットを核に通信インフラが社会で果たす重要性は、今後ますます高まるだろう。社会の基本的なインフラを維持するためにもオールジャパンで宇宙の通信革命に取り組むことが必要だ。
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日経記事2024.08.28より引用