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ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

問題解決!

2022-04-26 | アメリカ事情 人間性

levyinnovation.com

 

 

BLM運動というのは、Black Lives Matterで、「黒人の命【も】大切だ」あるいは「黒人の命を粗末にするな」という意味合いで世界中で知られている。 どのような命も粗末にするものではなく、人の命を肌の色で、まるで食肉や卵や農産物かのように等級を決めるのは人道にもはずれる。 だがBLMだけでなく、どの命、特に人の命も大切である。 それを簡単に説明するプラクを復活祭の過ぎた月曜日に見つけた。

 

 

「どの命が大切かの議論は、2000年前イエスが終えました:全人類のために彼は死にました」

問題解決! All Lives Matter、ALMで行きたい。

 

 

 


スリーピーハローとアメリカのハロウィン

2021-10-31 | アメリカ事情 人間性

artinsights.com

ティム・ロジャーソンによるキャンバスに描かれたイカボッド・クレインと首なし騎士のジークレー(ディズニー映画の元絵)(1949)

 

 

ワシントン・アーヴィング

 

森の中で忽然と不思議にも消えていくちっともかっこよくはないどちらかというと長身で痩せぎすの学校教師、イカボッド・クレイン氏についての不気味な話「スリーピー・ハロウの伝説」のおかげで、作者ワシントン・アーヴィングは、ハロウィンには定番でよく読まれる作家として現代のアメリカの読者にもおそらく最もよく知られている。日本ではスリーピー・ハロウの話はハロウィン時節に読まれ、聞かれ、あるいは映画を観られるだろうか。わたしはウォルト・ディズニーが動画にした作品を幼い頃日本で見たことがある。制作年からかなり経ってからのことではあるが、幼い子供なりにミュージカル風で楽しいながらも怖いなと感じたことは覚えている。

この作品は英国作家のケネス・グレアムの”Wind and the Willows"(邦題:楽しい川べ)と合わせてディズニーに作成された。ビング・クロスビーがナレイションと歌を担当していて、幼心にもなんとスムーズな声だろうと思ったものだ。現在でもハロウィン近くにはこの漫画映画は放映されることが多い。そしてハロウィンと言ったら、ワシントン・アーヴィングである。

しかし、アーヴィングはハロウィンよりもむしろユールタイド(12月21日から1月1日のいわゆるクリスマス季節)についてもっと多くのことを書いている。実際、彼が今に続くアメリカのクリスマス・トラディッションを作ったと広く信じられているほど、一般大衆に受け入れられてきている。勿論、「彼がクリスマス休日(ホリデイズ)を『発明』したわけではありません」と伝記作家のアンドリュー・バーシュタインは述べているが

アーヴィングのアメリカでのクリスマスへの最大の貢献の中には、大衆に愛するキャラクターとして聖ニコラスが最終的にサンタクロースとして昇進され、人々に受け入れられたその基礎を築いたことだ。

アーヴィングは、英国ノッティンガムにあるゴッサム村にちなんで、ニューヨーク市をゴッサム市とあだ名した。それは1809年にアーヴィングの名声を確立した著書の主題であり、彼の書いたそのニューヨークの歴史が当時の出版のセンセーションを巻き起こした。

コロンビア大学の医学教授であり米国上院議員であるミッチルは、すべてについてすべてを知っている、と言われた人物だったが、アーヴィングは、マンハッタンの起源についてのいくつかの伝説・伝承を含む架空のマンハッタンの説明で、ミッチルのすべてを知っていることをからかった。その一例は、マンハッタン島近くでオランダの偵察隊員が難破した際、隊員の1人が、良き聖ニコラスが木の上空を飛んでいるのを見たということである。そのクリスマスの聖人が毎年使う子供たちへのプレゼントを載せているワゴン(そり)に乗り、木のてっぺんさえも飛び越したというものだった。そして聖ニコラスはオランダ人たちに島に定住するように言ったという。—ある意味で聖ニコラスはアメリカで最も有名な都市の創設者の父になったというわけである。ご存知のようにニューヨーク市は、かつてオランダ人入植者が多く、ニューアムステルダムと呼ばれていた。

聖ニコラスに対するアーヴィングの愛情は永続的であることがこれで証明された。 1835年、彼はニューヨーク市聖ニコラス協会の設立を支援し、1841年までその秘書を務めた。聖ニコラスへの関心はさらに高まり、アーヴィングはクリスマスをプレゼントと祝宴のお祝いのページェントとして推し進め、現在でもアメリカの冬のカレンダーを席巻している。日本でさえクリスマスといえば、キリスト生誕よりもサンタクロース文化となっているのは、そのせいかもしれない。

アーヴィングはその人生の終わりまで、クリスマスに耽溺していただけでなく、その精神的な必要性もあり、と、みなしていた。人々の幸福な様子に背を向けるように、彼自身が孤独感の闇にあっても、 嬉々としたクリスマスの魅力を構成する寛大で社会的な共感を持ちたいと欲していたのだった。

アメリカの最初のベストセラー作家で、アメリカの現代クリスマスの基を築いたアーヴィングには、わたしにとっては興味深いエピソードがある。ここでその二つをご紹介する。

アーヴィングは英国の旅から帰国後、1832年にアメリカ西部のフロンティア(開拓地)を旅し、西部の民族について 『大草原のツアー』(1835年)を記した。彼は、ヨーロッパ人やアメリカ人とアメリカ原住民族との関係が悪化する事に反対し、懸念し、次のように述べたことでも知られている:

「植民時代の初期には、白人達のために。。。中傷された数多くの不幸な先住民がいた。彼らは金目当てで頻繁に起こされた理不尽な戦いによって先祖代々の領土を追い出され、さらには彼らの人柄も、頑迷で不純な(白人の)作家達によって中傷されたのである。」

そして、二つ目は彼の有名な隣人についてのコメントである。

1836年に、アーヴィングはニューヨーク郊外のハドソン川沿いの町タリータウンに屋敷を構え「サニーサイド」と名付け、隣人には黒船で日本へやってきて日本開国を迫ったマシュー・ペリー提督がおり、交友があった。アーヴィングは、ペリーのことをJapanned(日本かぶれ)と呼んでいたと言う。

 

 

mgur.com

Have A Happy and Safe Halloween!

 




911の記憶

2021-09-15 | アメリカ事情 人間性

FamilySearch.org

 

 

現在夫の仕事で深く関わりのあるS弁護士は良き友人であるだけでなく、同じ教会に所属し、その子供たちと私たちの子供たちも親交があり、特に末娘はS弁護士の長男と仲がよく、中学・高校を通してランチ仲間でもあった。そのS弁護士は、温厚で親しみやすく、信頼に値する良い人物である。彼のそうした性格や人格はそっくりそのまま口腔・顔面外科医の父親譲りで、今でも父親は現役で私たちの住む街で開業している。ここで書く911の記憶は、このS氏の父親にまつわるものである。

このS氏の父親は、名をノエルと言い、ここでは、便宜上NS氏と呼ぶことにする。そのNS氏は、20年前キリスト教会のニューヨーク市北伝道部を三年間伝道部長として宣教師を管理監督及び指導をしていた。

ニューヨーク市には北と南に分かれて二つの伝道部があり、南ではカナダ人の伝道部長であった。TransCanada Energyトランス・カナダ・エナジー(カナダ横断エネルギー社)の社長としての任務でその彼は数年間、毎年世界貿易センターのツインタワーに何度も足を運んでいた。その彼は、1機どころか2機のフルタンクで燃料を積んだ旅客機がツインタワーに飛び込むのを目撃し、最悪の事態に怖れ慄いた。

NS氏は、その専門職上、トラウマの経験が豊富である。そのため、彼が管理していたニューヨーク市北伝道本部を911のアタックが展開されてすぐに通信の司令部として設置し、南伝道部長と共に働いたのだった。

二人の伝道部長や400名はいた宣教師たちは攻撃現場あるいはその周辺での緊急活動を支援するためにそこへ派遣されることを切望していた。 「あの時は、助けに駆けつけたいと誰もが思い、私もそのように思っていました。ところが、祈っても祈っても、いくら懇願しても、主は一人の宣教師も、グラウンドゼロに送ることを許されなかったのです。」

何故祈っても助けを送り込むことに対して思うような答えがなかったのかは、後に判明した。ツインタワーが崩壊した現場で働く多くの第一対応者たち(警察、消防、緊急医療班)やその他の支援者が、汚染された灰塵を大量に吸い込んだために、肺疾患などの長期的で致命的でさえある影響を受けるのを見て、医師のNS氏は何故だったのかを理解したのだった。ふたつのタワーが崩壊して亡くなった方々よりも、もっと多くの第一対応者やボランティアが肺疾患や呼吸器系の病に倒れ、亡くなったのである。

またNS氏は、たまたま18人の任務終了の宣教師を、彼らの大学の新学期に間に合うように、任務終了を一週間早めてその前の週に、帰還させたばかりだった。

そしてちょうど9月11日は通常ならば伝道部地域内での任地を替えるために宣教師を移動(転勤)させる日だった。だが、あの朝は他のどの朝とも同じように、宣教師たちはみな午前10時まではアパートで聖典勉強や準備をして、待機していたのが非常に幸いだった。それ故宣教師一人一人の無事は即座に確認された。

ツインタワーを攻撃した2機のうち最初の旅客機は東部標準時の午前8時46分に発生した。これは、宣教師がその日住居を出て伝道のために出かけるかなり前のことだった。 「私たち(伝道部長とその夫人、そして伝道部に働く人々)は、管轄の全ての宣教師がそれぞれのアパートに待機し、直ちに各々の両親に電話をかけるようにしました」と北伝道部長だったNS氏は言った。

テロリストの攻撃後、FAA(Federal Aviation Administration=アメリカ連邦航空局)はすべてのフライトを接地させた。 21人の新任宣教師は、9月17日に最終的に北伝道部に到着するまで、デンバー伝道部によって一時的にそこにとどまり、伝道することができた。

アメリカ上空を一切の旅客機が飛ばなかった日は、私は生涯忘れない。旅客機のかわりに、州空軍や海軍の偵察機や戦闘機が空から守っていた。そしてアメリカの各空港へやってくる旅客機に近づいて、引き返すよう要請した。あの日からしばらくの間、アメリカのどの空港へも着地できなかった航空機多数を、カナダ政府、カナダ軍、及びカナダ国民の非常なご厚意によって支援くださったことは、決して忘れまい。

アメリカ合衆国が文字通りその門戸を一切閉めた時、立ち往生した旅行者は、ノバスコシア州シアウォーターのグースベイ、ガンダーとスティーブンビル、ニューファンドランドとラブラドール、ハリファックス地域自治体空港、ノバスコシア州アルダーショットなど、いくつかのカナダ軍基地や駐屯地で受け入れられた。 また、大西洋地域のカナダ軍ユニットは、何千ものベッドと配給パックを提供した。 9機のカナダ軍輸送機が、約8,800のベビーベッド、8,300の毛布、55人のサポート要員を商業航空便が迂回した場所に輸送した。 カナダ軍航空機はまた、カナダ関税歳入庁の職員をこれらの場所に輸送し、立ち往生した旅行者が税関を通過してカナダに入国できるようにした。

カナダとカナダ軍は、こうした支援・援助をOperation SUPPORT(支援・援助作戦)と名付けたが、こうした隣国の友情と厚情は、テロリスト攻撃に各所あったばかりで深く傷ついた合衆国にとってどれほどありがたかったことだろう。

常套手段としてここで無神論者や不可知論者は、「何故人を愛する神は、こうした残虐行為をお止めにならなかったのだろうか」と問うものだ。これについては日を改めて記したい。

20年前合衆国は、本当に深く傷つき嘆き悲しんだ。その痛みはいまだあるが、それでも振り返れば、混沌と恐怖と悲しみの中にも、奇跡のようなことがあったことが思い起こされ、また人々の優しささえたくさん見られたことがあった。2019年4月8日に記したブログ”あなたの神はどこに”に書いたようなその時にはわからなかったことは20年後の今はっきりと見えさえする。例え想像もできないほどの悲劇に陥ろうとも、そこにはいつも希望の明かりがあることを覚えていたい。

 

WardPress.com

 

 

 


レジ台で

2021-08-20 | アメリカ事情 人間性

littledreamers.le

 

 

友人の一人は食料品店のレジ係をしている。先日、彼女のレジの列に母親と4〜5歳ほどの小さな娘が並んでいたと言う。そこへ年配の婦人がその親娘のところにやって来て、少女に人形を持っているかどうか尋ねた。「はい」と少女が答えると、その年配の婦人は、「それでは、あなたのお人形用のベッド、欲しいでしょう?」と尋ねた。 少女は再び「はい」と言った。

その婦人は「ちょっと待っていてね。」と言い、彼女の車に向かって歩いて行った。少女の母親は涙を流し始め、「2週間前に住んでいた家が全焼し、子供のおもちゃもすべて失ったんです」とレジの友人に言った。この親娘は、そのトラウマのためのセラピーセッションからの帰りだとも言った。

年配の婦人が人形のベッドを持ってレジ台の親娘のもとに戻ってきたとき、母親はこの婦人を抱擁し、感謝し、最近自宅が全焼し、全てが燃え尽きたことについて彼女に話した。母親は、もう一人の娘があり、二人姉妹がこの人形用ベッドを仲良く共有して楽しむことでしょう、と言った。すると年配の婦人は言った。 「あら、あなたには二人のお嬢さんがいらしたのですね、それではちょっとお待ちください、今もう一つ取りに行ってきますから。」

母親はそうする必要はないことを言ったにも関わらず、婦人は急いで車に戻り、もう一つのベッドを持ってきた。この女性が車の中に手作りの人形のベッドをこの時何故たくさん持っていたのかはわからなかったが、適切な場所に適切なタイミングで適切な人がいて、この親娘に特別な日を与えたのは確かだった。そのやりとりの間、友人はこの母親の買った食料品を袋に入れながら、その母親同様に泣いていたのだった。

 

jasreflections.wordpress.com

私たちはいつもそうとは分かりません、
しかし、ある人々は
覆面をした天使です!

 

 


逆さまに飛んでいる

2021-08-12 | アメリカ事情 人間性

Credit: Vincent Cornelissen @b0unc1971

ヒシクイというガチョウが逆さまに飛んでいるのは単に見せびらかしているだけだ、

と専門家は言う

 



この逆さまに飛んでいるヒシクイ(ガチョウ)が何故こんな飛び方をするのかについて専門家間で激しい議論を引き起したと言う。

撮影した写真家のヴィンセント・コーネリッセン氏は、世界中の人々から、このガチョウが逆さまに飛んでいることについての情報を求める何千ものメッセージやコメントを受け取ったと語った。

コーネリッセン氏は、3羽のガチョウをオランダの町アーネムの近くで写真撮影していた。

「3羽のうち1羽が直進飛行に苦労しているように見えたのです。向かい風のせいで苦労していたようでした。そこでシャッターチャンスを狙ったのです。」と語った。

彼は写真を現像するまでこの1羽についてあまり深く考えもしなかった。

「何か特別なものを撮ったことにすぐに気づきましたが、同時に、誰も私を信じてくれないのではないかと心配もしたのです。画像はまるでフォトショップアプリで編集されたように見えましたから。」


 奇妙な飛行行動には、バレルロール(barrel rolling=横転しながら首を持ち上げる)と名を含む多くの呼び方があるが、公式の説明は「ホイッフリング」(whiffling=一定の形に定まらない飛び方)だそうだ。

「ウィキペディアでは、鳥類学で鳥がジグザグに横滑りする動きで急速に降下する行動を説明するために使用される用語がその呼び名です」とウィキペディアの説明は述べている。 続けて、「時々、鳥は背を下向きにし、体を逆さまにして、首と頭を通常の位置で180度ひねった状態で短時間飛行する。これにより、通常、飛行中に鳥を持ち上げる空気力学が反転し、鳥は短時間飛行する。これをすぐに逆転し、鳥が通常の飛行方向をとる前に、まず地面に向かって急降下する。」とウィキにはある。

オランダの野鳥保護機構の野生生物写真家兼自然保護科学コミュニケーターのラーズ・ソエリンク氏は、この写真のガチョウは新しい飛び方のトリックを学んでいるところをたまたま写したのだけかもしれないと語った。

「若いガチョウが飛行をマスターすると、彼らは何が可能で、どこまで行けるかを見極め始めるのです」とソエリンク氏は続けた。

しかし、彼は又「このガチョウは仲間に自慢するためにそんな飛翔をしたのかもしれませんね、ほら、『ちょっと、見てみて!』と見せびらかすように。」とも語った。

 

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Covid-19に対するワクチンがいくつか出回り始めて半年ほどが経ったが、今現在のカリフォルニア州の接種率は、二回接種が54%で、東部のヴァーモント州が68%と一番高くなっている。顕著なのは、選挙時のブルーステイト(リベラルな民主党寄り)の州では接種率が高く、レッドステイト(保守の共和党寄り)では接種率は、30%台で低迷している。冷静になれば、ワクチン接種は、政治の旗色に関係がないのは、を見るよりも明らかだ。以前にもまして、変異株のCovid-19があっという間に猛威をふるい、死者も相変わらず右肩上がりで増え続けて、医療従事者の方々のご苦労が、人ごとではなくなってきている。かと思うと、世の中には必ず一つのことに賛成するものがあれば、反対するものも出てくる。それは、Anti Vaxxers(アンタイ・ヴァクサーズ=ワクチン接種反対者)である。

アンタイ(アンチ)・ヴァクサーズのワクチンに反対する理由は、ワクチン治験期間が短すぎる(らしい)、副作用・副反応への恐怖・拒絶、不妊につながる(らしい)、マイクロチップを針先で注入される(らしい)、自分の体は自分で守る、などで、これらはごく少数のSNS界でインフルエンサー(世の中に多大な影響を与える人)が述べたことが拡散されて、多くの人々は真偽を確認せずに闇雲に従ってしまうのである。つまり一人のインフルエンサーが、ワクチンなど信頼できるか、とSNSで発信すれば、それがトレンドとなり、反対を支持することが「カッコ良く」なってしまうらしい。いわば、ヒシクイというガチョウが、ひっくり返って飛翔するところを他のガチョウや鳥に見せびらかし、他がそれを真似てみたくなるようなことではないだろうか。

私の身近にも、そんなインフルエンサーを信じ込み、科学的根拠のないままに、ワクチンを避け、マスクさえも基本的人権に反すると真面目に装着しなかった若い母親が、先日自身どころかその夫まで巻き込み、変異株に感染して今苦しんでいる。もしこの夫婦が重い症状を起こし、回復せずに逝ってしまったら、二人の幼い子供達はインフルエンサーが面倒を見てくれるのだろうか。勿論インフルエンサーは一切責任を持たない。

新しい飛翔のあり方を模索するヒシクイも、やがて首が疲れ、体勢を通常に戻す時に起こる急降下に間に合わずに、地上に衝突してしまうかもしれない、「革新的な飛翔法」という当てのない賭けに負けて。