少し古くなりましたが、今年4月、国立癌センター中央病院の麻酔科医の半数が一斉に辞めてしまったというニュースがありました。
うちは相方が麻酔科医なので、麻酔科医の側のボヤキを直で聞かされていました。
私がじかに見て経験したわけではないので不適切な点もあるかもしれませんが(なので、後から本日の文章を削るかもしれませんが)、いまも気になっているので書いてみます。
ニュースや週刊誌では、病院側の説明そのまま「麻酔科医は給料が安いから辞めた」ということになっていました。カネ次第な麻酔科医のせいで、手術を待ち望む癌患者が山のようにいるのに手術もできなくなって非常に困っていると。
・・・と言われて、麻酔科医サイドはむちゃくちゃ腹を立ててました。
(何度もここで書いているように)おカネで動くろくでもない医者は一握りなもので、ほとんどの医者(ここでは麻酔科医)は「こういう仕事をしたい」「こういう患者さんを助けたい」という志を持って、それを実現できる病院を探しています。自分の意志をまっとうできる場所であれば、雀の涙ほどの給料だって、全然オッケーなんですよ。そもそも麻酔科医は、給料が安いのを重々承知の上で、癌センター中央病院に就職しているのです。
その前に、麻酔科医ってどういう医者なのかわからない人がほとんどだと思うので、少し書いておきます。この、「ほとんどの人がわからない」という所が、麻酔科医の宿命でもあり、麻酔科医が減りつつある原因にも見えるんですが。
殺傷事件などで、私たちはちょっと胸や腹を刺されただけでも心臓が止まったりショックを起こして死んじゃうのに、手術の時に、お腹を切り開いて胃や腸をいじったり、心臓自体をを取り出して切ったりはったりしても、後から普通に目を覚ませるのって不思議だと思いませんか???
心臓の0テン何ミリっていう血管を繋ぎ合わせようと、ありえない緊張の中で神業の集中をしている心臓外科医が、その患者さんが息をしているかどうかとか、血圧が高いか低いかとか、一々気にしてられると思いますか?
手術の最中、「その人が死なないように」管理しているのが麻酔科医です。べつに、意識を失わせて痛さを感じなくさせるのだけが麻酔じゃないです。麻酔科医は、呼吸や循環、生きているということの一番基本的な根幹部分のスペシャリストです。「麻酔科」の正式名称は「麻酔科蘇生科」であり、救命救急や重症患者の命を厳重に管理するICUが麻酔科の役割だったことも頷けます(最近では救急やICUが科として独立し、変化していますが)
でも、麻酔科医にとって悲しいことは、ほとんど患者さんが「覚醒してない」ことです。生死を彷徨っていた重症患者も意識が戻れば一般病棟へ移るし、手術患者さんも手術が終わって自分で息ができる状態になったら麻酔科医の手を離れてしまうわけで、患者さんの側が普通に麻酔科医を「見る」ことはほとんど無いわけです。だから、患者さんにとって麻酔科医ってなんだかよくわからない。いるのかいないのかもよくわからない。
かくして、一番命にかかわる所で「死なないように」付き添っていた麻酔科医に対しては「なんでいるのか、よくわからない」、執刀してくれた外科医には神様のように感謝する、でも、万が一手術中に呼吸が止まったり心臓が止まった時は、それを管理するのは麻酔科医の責任だから、訴訟は麻酔科医が・・・・という図式が出来上がるわけです。
麻酔科医だって、患者さんが喜ぶ顔を見たいわけですよ。ごくシンプルに、一人の医者として。
そして医者として自分が「治したい」したいという気持ちを持っています。
手術の麻酔管理のみをやっている限り、「患者さんを治療する」→「患者さんが治る」(嬉!)という、ごく普通の医者のルートとは掛け離れてしまっているわけです。手術そのものに治療者として手を出せないし。患者さんと顔を会わせて喋ることもできないし。
それで、うちの相方なんかは、「ペインをやりたい」といつも言っています。ペインとは、痛みのコントロール・・最近注目を浴びる様になった言葉としては、緩和医療と言えばわかりやすいでしょうか。麻酔科医は、身体が受ける痛みのために呼吸が止まったり血圧が上がったり下がったりしないようにコントロールするスペシャリストですから、腰痛や肩の痛みはもちろん、癌が進行してどうにもできなくなった痛みをすっきりとって、自宅療養で穏やかに過ごせるようにしたりします。それまで痛みに苦しんでいた人が、痛みの緊張がなくなれば顔を輝かせる、それは患者さんにとってもものすごく大事なことだし、今度は麻酔科医は人間同士向き合って、その顔に接することができるのです。
少なくとも私が聞いた話では、国立癌センターに赴任した麻酔科医たちは、緩和医療を実現できるという条件で赴任したそうです。癌センターという癌患者さんが集まる大病院で、「癌で痛がっている人の苦しみをとりのぞきたい」という医者としての意志と役割をまっとうできるなら、少々給料が安かろうが大した話ではなかったそうです。
が、実際のところ、赴任してみたら緩和ケアはまったくやらせてもらえす、日々ひたすら手術麻酔に入って外科医を手助けして忙殺されて・・ということだったそうです。麻酔科医を助手扱いしかしない外科医との確執も聞かされました。まず手術ありき、の世界で、麻酔科医が麻酔科医ならではの治療を行わせてもらうのは難しいのかもしれません。
でも他に、緩和医療としての麻酔科医を必要としている病院があるのなら、そちらへ移ればあきらめなくて済みます。
麻酔科医として患者さんと向き合える病院へ。麻酔科医としての治療をやらせてもらえる病院へ。
お金じゃなくて。
医者がいっぺんに辞める時は、やはり、よっぽどの時です。
「こんな病院で、やってられるかー#」・・って、
たしかに、私自身もそう思っては辞めましたもん(^^;
医師不足ばかり言われていますが、医者が動かされるのは、お金じゃない、って、早くみんなが気が付いてくれるといいなあ。
