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ちぎれ雲

熊野取材中民俗写真家/田舎医者 栂嶺レイのフォトエッセイや医療への思いなど

映画「砂の器」が理解されない時代を喜ぶ

2014-02-07 | 医療
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 今頃になって初めて映画「砂の器」を観ました。1974年の映画ですから、公開から実に40年経って観たことになります。

 松本清張原作の推理ミステリーであるということと、ハンセン病が映画の背景にあるということ以外の予備知識はありませんでした。自分はGRAPHICATION(富士ゼロックス)の「誰も知らない熊野」の連載で湯峯温泉(湯峰温泉)とハンセン病の関係を書くにあたってかなり取材をしていたので、この映画も1度は見なくてはと思っていました。
(誰も知らない熊野(6)湯峯ーー豊穣の源となったハンセン病患者)


(ちなみに以下、ネタバレが含まれているので、まだ映画未見の方はご注意下さい)

 年をくってしまってから映画を見ると、映画の中の人間関係が薄っぺらく見えたり、展開がちゃちに見えたり、ああ若いうちに見たかったなとか、つまらなく思うことが多いのですが、「砂の器」は久しぶりに満足しました。確かにこれは日本を代表する名作でしょう。が、同時に、やっぱりすごく不満な部分もありました。(後述します)

 ところで、「どこが感動的なのかわからなかった」という若い人の感想を読んで、なるほどなーと感心(?)しました。というのは、その若い人には、どうして病気の親子がここまで迫害され虐められて放浪しなければならないのか、さっぱりわからないからでした。確かに、過酷な状況で互いを思う親子の姿は、涙を誘うことに間違いはないでしょう。でも、どうしてそんな状況に置かれるのか、また、それがどうして殺人事件にまで発展するのか、ハンセン病の予備知識がなければ理解できないのです。

 そういう意味で、自分は熊野の小栗街道を彷徨った昔の患者さんたちの話や、ハンセン病の歴史を一通り勉強してから映画を見たので、理解できてよかったと思っていました(その時は)。

 ところで、私が不満だった部分とは、犯人の心理です。殺人に走ってしまう犯人の動機がいまひとつ描けてないように思えて不満だったのです。過去と決別し、会いたいはずの父とまで決別して、現在の地位を守るという動機のためだけに殺人という最終的&最悪の罪まで突き進んでしまうというのは、あまりにも人物像が薄っぺらいように思えたのです。なんか自分さえよければOKな人物みたいな? 演奏後の満足そうな表情とか、ちょっと腹立たしく思いました。演奏後に苦虫をかみつぶしたような顔とか、もっと深い沈痛な顔をしてくれていればよかったのに!と思ったわけです。重厚な素晴らしい映画の流れの中で、そこだけ火曜サスペンスか土曜ワイド劇場のノリが紛れ込んだかのような違和感でした。お父さんを思う気持ちも、描かれていないわけではないのですが、父の方の描き方や演技が格段に素晴らしかった一方、子の方が描けてないように見えたのです。そしてその「薄っぺらく見える」犯人が、「宿命」を連呼する。だいたい何が宿命よ?(映画の中では、宿命とは「生まれたこと、生きていること」と説明されていますが)

 ……と、映画を見終わって、文句をたれたれお風呂に入って、考えているうちに、私は愕然としました。

 違う、映画が犯人を描ききれていないんじゃない、「私が」「理解できてない」のだ。
 私自身もまた、ハンセン病のことを全然わかっていない現代っ子であることに気付き、愕然としたのでした。

 ハンセン病とは、かつて「業病」と呼ばれた病気です。
 「業病」というのは、単純な「不治の病」というのとは全然意味が違う。

 先祖とか、親とか、はたまた親類縁者でもない前世の人物とかが犯した殺人などの深い罪が、まわりまわってひどい病の結果となって出現するという、古くからの輪廻思想が作り出した考え方です。前世の誰かの罪を輪廻で受け継いでいるという、まったく迷惑で失礼な考え方です。日本版「原罪」とでも言うんでしょうか(?)
 だからハンセン病を発症すると、本人にはまったく罪のない関係ないことなのに、前世の誰かの深い罪を引いてるんだとコソコソ言われる。誰か知らない人の罪を背負った「罪人」だからと(しかもその罪が見える形(=病)で出たと)、追放されるわけです。
 もともとは、「なぜこんなにひどい病気にかかるのか理解できない、前世の因縁と考えるしか救いがない」という考えだったと思うんですよ、それがいつの間にか「こいつは前世からひどい奴だ、生まれる前から罪人なんだ」という確定になってしまった。

(もちろん、現実には全然違いますよ、ハンセン病はただの感染症です、抗生剤で完治する普通の感染症です、ハンセン病のことを前世が~とか言う人が目の前にいたら医者の私は殴りますよ(殴って治療してさしあげます)、念のため。)

 だから、映画の中で業病患者の子供が、その血を断ち切ろうと生きてきて、結果的に殺人まで犯す。「業」を断ち切ろうとしているのに、結局「業」に陥る、「業」から逃れられないんです。断ち切りたくても断ち切れない因縁に、観客はぞ~~っとする。そんな宿命を背負った犯人に観客は涙する。「なんという業だ!」「なんという宿命だ!(結局殺人を犯すことは前世から決まっていたのか!)」と身震いしながら観る。そんな映画だったのです………。

 Wikipediaを見て見ると、「業」の欄に「不合理だと思ってもやってしまう宿命的な行為」と書いてありますね。ちゃんと「宿命」という言葉が出てきます。

 不合理なのにやってしまう宿命的な行為が、まさに犯人が犯してしまう恩人の殺人ですね。犯人が上奏する大作品も「宿命」です。宿命から逃れようと必死で生きている犯人、なのに結局その宿命に落ちていく犯人、逃れられない厳しい宿命(=「業」)・・・映画は実はそんな、深い深い映画だったのです。

 でも、私にはその深さはわかりません。自分が勉強した予備知識から、そういう感動する映画なんだろうなあ!と想像するだけです。
 犯人が抱えている心の闇を、私は想像することしかできません。想像できないからこそ、私にはうすっぺらい犯人像に見えてしまったのでしょう。

 もっと言えば、ハンセン病が「業」だと思っている人、「業」の感覚を自分の中に持っている人(無意識下でも)でなければ、この映画に本当には感動できないでしょう。

 映画の最後に、ハンセン病患者さんに配慮して、病気への差別は偏見であることがテロップで流れていますが、この映画は、その「偏見」(とあえて言います)がなければ作ることができなかった映画です。そして、観客にも偏見がなければ本当には理解も感動もできない映画です。
(本当には…と書くのは、父子の情愛や、その父子を助けようとする人々の人間ドラマ、胸を打つ美しい風景の数々など、ごくシンプルに感動できる素晴らしいシーンはたくさんあるからです。ただその、現代人が見て感動できるシーンは映画の本質ではないです。)

 映画の中盤、刑事が父の病について「それは癩病だったのです!」と明かすシーンがあります。
 このシーンは本当は、観客からどよめきが起こるような、もしくは観客がガビーン!と動揺するショッキングなシーンだったのではないかと思います。
 でも、私も含めて今の観客は、「癩病だったのです!」と告白されても「ふーん」といまいち淡白でしょう。この「わからなさ」というか「とりたてて動揺しない具合」というのは、私は実は喜ばしいことだと思うのです。なぜなら、「そうなのね、だから何?」と思う現代人には、せいぜい「見た目が、近付きたくなくなるくらい酷いことになるらしいよね。不治の病だったらしいね」という感覚しかなくて、「業病」という感覚がないからです。

 なので「砂の器」はテレビドラマでリメイクされる度に、ハンセン病の設定がなくなって、「殺人者の息子」の設定になったりしたそうですね。
 これは単にハンセン病患者さんに配慮してというよりも、「親の因果が、逃れられない宿命となって子にふりかかる、その宿命の中でもがきながら生きる子、でもやっぱり逃れられない」という映画のテーマを表現するためには、ハンセン病がもう「通用しない設定」だったからだと私は思います。現代は「親が殺人者」というくらいしか、世間からもヒソヒソされて、子供が重く背負ってもがく設定ってないじゃないですか。それでも!今現代では、たとえ殺人者の子供であっても「親は親、子は子」という考え方が浸透してきているのでして、せいぜい「変な親に育てられたら子供も変かも?」という偏見はあっても、「親の業が子の宿命に」という文脈で子供を見る考え方は、一昔前に比べて格段に弱まっているのではないかと思うのです。(それでも偏見はあって、深く苦しんでいる子供の方々は多いと思いますが。それでも)

 そう思うと、「殺人者の息子」という設定を持ち出してもなお、もう「砂の器」を表現することは不可能なわけです。

 ハンセン病に対する誤ったイメージや考え方を心の底に持っていないとこの映画の真の感動に辿り着けないように、また、現代ではどんな設定でもってもこの映画をリメイクすることができないように、現代の「砂の器」の"理解できなさ"は、私は実に喜ぶべきことだと思います。おそらくこの映画はもう「過去の映画」なのでしょう。現代でも古さを感じさせない古い映画もたくさんありますが、「砂の器」はあくまで過去の時代を映し出した映画で(映画の中で描かれた時代ということではなく、製作・公開された昭和40年代の時代を)、過去のものであることを素直に喜びたいと思うのです。



補足:ハンセン病

ただの感染症です。抗生剤で完治します。

結核と同じ抗酸菌ですが、結核菌に比べて発症力も感染力もむちゃくちゃ弱いです。

結核は治療しないと臓器の機能不全や喀血による窒息で死亡しますが、ハンセン病自体が原因で死ぬことはないです。

問題なのは、菌によって痛覚がマヒして、痛みを感じなくなることで(北斗の拳に、痛覚を感じなくなる秘孔を突かれて、出血してもわからないでいる場面とかありましたよね!あれと同じ状態で)、目にゴミが入ってもわからないし、手足が切れたり火傷を負ってもわからない→傷が放置されて手足が曲がったり、失明したりという状況になってしまいます。これで歩けなくなったり目が見えないのに、昔は世話してくれる人もいないまま放置されて、不治の病でもなんでもないのに餓死とかしていたわけです。

よっぽど不衛生&栄養失調になるような悪い環境に、まだ免疫機能が確立していない時期の乳児がさらされると罹患する可能性があります。(大人はかからない) だから戦中戦後の貧困期に患者が出たのだし、現代では発展途上国での感染が問題になっています。

「空気感染」します(接触感染ではない!!!)

菌は自然界にいます(患者を隔離しても意味ない!!!)

 同じ抗酸菌の「結核菌」ははるかに感染力が強く、いまだに多数の結核感染者がいて死亡者もいるのに、いろんな文学作品とか沖田総司とか深窓の美少女とかすごい美化されたイメージにされています。(結核の方が、人から人へ強力に感染し、免疫機能抜群の大人であっても感染するので、即、隔離しないと危ないのに!)

 一方、もう現代日本では感染もないしすべての人が完治しているハンセン氏病で、「もと」患者の宿泊拒否問題が起きたりするのは、いかに私たちが見た目に惑わされやすいかという情けない状況を示していると思います。

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ブユ・ブヨに咬まれた痕のかゆみを止める方法(補足)

2013-09-03 | 医療
 下の記事を書きながら思い出したので補足です。

 知床の開拓時代の話を聞いていると、ツタウルシにかぶれた時は、岩尾別温泉が効く!という話が度々出てきます。
 開拓をするには、刈った木や草を燃やすわけですが、その中にツタウルシが混じっていると、煙でやられて全身真っ赤!!!だったそうです。とにかくウルシには苦労したと言っていました。

 それで、かぶれた時には温泉……という話も、先ほど書いた、ブユ・ブヨに刺されてかゆい時は湯をかける……という話と同じメカニズムではないかと思ったのでした。熱い温泉に繰り返しつかることで、かぶれ(アレルギー)がおさまるわけです。

 温泉が皮膚に効くのは、硫黄成分のためか?と思っていましたが、熱自体がかぶれやかゆみに効くのかもしれないと思ったのでした。

 ブユ・ブヨに刺されてかゆい時は、熱い温泉にゆっくり浸かるのもいいかもですね。

 もしメカニズムをご存知の方がいらっしゃったら、ぜひお教え下さい。

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ブユ・ブヨに咬まれた痕のかゆみを止める方法

2013-09-03 | 医療

 結構前から自分で実践していた方法なのですが、勝手なことを書いて問題があってはいけないと思い、人に勧めるのは自重していました。

 が、今年の夏の間も実践し、やっぱり一定の効果があることがわかったので書いてみます。

 かゆみがおさまるだけでなく、腫脹や発赤を抑えることができ、黒ずんだ痕もあまり残らずに済みます。

 もともとは、鹿児島県の硫黄島に取材に行った時に大量のブユに刺されたのがきっかけでした。体長わずか2mmほどの小さいブユなのですが、これがもう、食事中であろうが寝てる時であろうが飛び跳ねて踊るくらいかゆい!!殺人的にかゆい!!(笑)

 蚊に刺された時のことを考えていただいてもわかるかと思うのですが、虫刺されは、虫の唾液や体液を皮膚中に注入されて、それがアレルゲンとなってアレルギー反応が起こるもので、虫の体液は皮膚中に入ったまま居座るわけですから、冷やそうが、ステロイド剤を塗ろうが、それに対するアレルギーはそうそう止めることができないわけです。

 アレルギーの治療はまずは、アレルゲンを取り除くことなのに、それができない!!
(ちなみに刺されてすぐ腫れてくるのはI型アレルギー、一旦腫れがひいても翌日赤い斑点になって膨らんでくるのはIV型アレルギー)

 硫黄島のブユのかゆみに飛び跳ねながら、
「そうだ!アレルゲンを皮膚から取り除けないんだったら、変性させてしまえばいいじゃん!」
 クラゲに刺された時は冷やさずに、温める(クラゲ毒はタンパク酵素なので、熱で変性する)というのを思い出したのが始まりでした。ブヨ・ブユの体液もタンパク酵素だから、40度くらいの熱で変性するはず!
 
 すぐにシャワーで熱い湯をかけ続けていると、嘘のようにかゆみがおさまり、かゆみだけでなく発赤もおさまりました!
 実際には6~10時間くらい経過するとまたかゆくなってくるので、再びシャワーで熱い湯をかける……というのを繰り返しているうちに3日ほどで嘘のように治りました(3日というのは、通常の、腫れとかゆみがおさまってくるくらいの時間ですね)

 というので、まとめると、

1)刺されて赤くなっている部分に、普段シャワーを浴びているくらいの温度で湯をかける。だんだん湯温を上げていき、我慢できる範囲で熱くする(無理をしない) 私の場合、だいたい41度くらいです。お風呂をためる時の温度くらいですかね。直接かけるとかなり熱く感じます。訂正します。自宅のシャワーのダイヤルでは41~42度だったのですが、1度ごとに湯温表示のある実家でやってみたら45~46度くらいに表示されていました(羅臼の相泊温泉(約47度)と同じくらい?)各家庭や施設によって微妙に差がありそうなので、あくまで「自分が我慢できる上限くらいの温度」と、訂正させて下さい。

2)最初は熱の刺激でかゆいが、湯をかけているうちにかゆみがなくなる。かゆくなくなったら、湯を冷水に切り換えて、今まで湯をかけて赤くなっている皮膚をよく冷やす。

3)念のため、ステロイド剤などの虫刺されの薬を塗っておく。

4)6~10時間くらい経つと、再び発赤してかゆくなってくるので、1)~3)を繰り返す。かゆくなった時に絶対かかない(痕が残るし、出血して感染のもとになるから) かゆくなったら、かかずに、お湯!

 今年の夏はこれで乗り切りました。ブユの口吻(皮膚に突き刺す所ね)の痕は点としてまだ残っているけれど、かきむしってひどくしてしまった時のような痕は残らず快適です。

 6~10時間というのは、刺したブユの種類によって違いがあるからです。

 一方で、普通の蚊に刺されにも試しましたが、蚊の場合は効果はイマイチです。6~10時間でなく、3~4時間で再びかゆくなってくる。これもこまめに湯をかければ乗り切れるのか、もう少し試してみたいと思います。

 さてここで問題なのですが、あくまで自己体験での効果なので、明確なメカニズムがわかりません。
仮説1)熱でアレルゲンが変性する
仮説2)熱で、アレルゲンに反応してつくられた免疫物質が変性する
仮説3)熱で、かゆみを感知している抹消神経がマヒする
 他の医者に話しても、仮説1)じゃないか?とは言いますが、それなら数時間で再びかゆみが復活してくる理由がわかりません。

 虫刺されで病院を受診しても、冷やして下さいと言われたり、ステロイド剤を処方されて……が、せいぜいの所なので、(そんで、冷やしてもステロイド剤を塗っても治らないのだ)、特に皮膚科の先生、「冷やさず温めれば治る」メカニズムを、ぜひ研究していただきたいです。

PS ドライヤーの熱風をあてるのも試しましたが、これは温度調節ができない上、皮膚の表面だけが超高温になるので、駄目でした。ただただ火傷のもとです。ドライヤーは絶対やめて下さい。

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署名運動が逆効果になる時

2011-05-13 | 医療

 いいかげん署名運動はやめませんか?と思う時が時々あります。
 辞めようとしている医者を引き止めようとする時、なぜか必ず湧き起こる署名運動。
 やっている方は「なぜいけないの?」と思うのでしょうが、やられた方は「そんなに皆が思ってくれているのね(うるうる)」となるどころか、絶望したり激怒して辞意を新たにしてしまう。

 すでに昔から他の方が使っている例えなのですが、良い例えだと思うのでここにも書かせていただくと、
「少子化で社会が大変な今、『子供を産んでください』という署名の束をもらったら、あなたは子供を産みますか?」というのがあります。
 どさっと署名の束が来るけれど、つまり、大勢の人たちからのプレッシャーが届けられるけれど、それで誰かが援助してくれるわけでも、子育てを手伝ってくれるわけでも、金銭的に保護されるわけでもありません。「皆が困ってるんだから、あなたが子供を産んで私たちを助けてよ、でも私たちは署名にサインするだけよ」なのです。そこのお姉さん「わかったわ、お腹を痛めてもう一人産むわ」ってなりますか? お兄さん、「よしわかった、少ない稼ぎでも今以上に働いてもう一人育てるぜ」ってなるでしょうか?
 どっちかと言うと、「ただでさえ生活苦しいのに、勝手なことを言うなバカヤロー」ってなりません??

 同じことが、医者個人を引き止めようとする署名運動で起こっています。もう限界、これ以上一人では医療できないと悲鳴を上げて、「ここで倒れてしまったら、ますます患者に迷惑をかけるだけだ、責任があるからよけいに今の状態は続けられない」と辞めようとしている医師に対して、署名をする方はただサインを書くだけ、「辞めないで」の(一見心のこもった)お願いは「悲鳴なんてあげないでもっと働いてよ」と言ってるのと等しいのです。それでも善意で「そこまで言うならもう少し頑張ってみよう」という医者もいるようですが、結局燃え尽きて辞めてしまったのしか私は聞いたことがありません。そもそも、本来の問題は棚上げしたまま、ただ署名で医者を引き止めただけなので、署名自体は問題解決にはならないのです。
 そして、医者が辞意を翻さなければ、「俺たちに死ねっていうのか!」と追い打ちが。

 あなたが子供を産まなければ、「子供がいないと社会は終わるんだ、俺たちに死ねっていうのか!」と罵声がとんでくる・・・という所を想像してみて下さいよ。(怖)

 でも、署名の束を「これだけの人が困っているんです、少子化対策を最優先で具体的に立てて下さい」と市町村や政府に持っていくのはアリだと思うんです。
 同様に、署名の束を「これだけの人が医師を必要としているんです、何とか医者を派遣して下さい」と、医師をたくさん抱えている大きな病院に持っていくのもアリだと思うんです。

 つまり、署名というのは公に民意を伝えるために使うものであって、個人に犠牲を強いるために使ってはいけないのだ。

 誰かの犠牲による解決を望んでいる限り、ものごとは絶対に解決しないのだ。

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イメージに惑わされるな

2011-03-26 | 医療

 実際に高濃度の放射能が検出されてしまった地域は本当に困窮しているだろうし、私たちも健康被害に達する濃度の放射性物質の摂取を避けなければならない。成長の盛んな、つまり、細胞分裂が盛んな乳児や子供たちについて気をつけなければならない(放射性物質が害を及ぼすのは、細胞分裂においてなので)
 しかしながら、ちょっと低濃度の放射性物質が検出されたというだけで、「全国の」ホウレンソウが売れなくなったり、関係ない作物まで市場で拒否されたりというニュースが出てくると、なんじゃそりゃ、と思う。

 原爆を経験している日本だからよけいそうなのだろうけれど、放射能というと何かしらものすごく悪いもの、ちょっとでも接したらいけないもののように大騒ぎになる一方で、ラジウムとか、ラドンとか、みんなものすごくありがたがるのはどうして。ちょっとした放射線は身体にいいとか、ガンに効くとか言って、みんなでラジウム温泉に放射能を浴びに行くじゃない。一時期売れまくった放射性鉱石のネックレスもそう(最近ではホルミシスっていうの??) それはアルファ線だから害はないと言う話で通っているけれど、本当に温泉地やネックレスがアルファ線しか出していないという証明もないし、蒸気や飲用として体内に吸い込めば、いくら「透過性がないから安全」というアルファ線も直接気管支粘膜や腸粘膜に作用して被爆するのだ。でもそれで何か害があったという話も聞いたことがない。だいたい、透過性がないなら、ありがたがって皮膚にいくら浴びても、体内には効果がないということになってしまう。ガンの治療には放射線をあてるじゃないか(だから放射能はガンに効くんじゃないか)という人もいるけれど、治療をする時は、あてる放射線の量を細かく決め、ターゲットとなるガン細胞にだけ放射能が集積するように、特別な薬を投与して行うのだ。ただ全身に浴びればいいってもんでもない。
 放射能というと、ものすごい微量でもすぐさま死んじゃうような気がする。ラジウムとかラドンとかいうと、ものすごく身体にいいような気がして浴びたくなる。
 とにかく矛盾しているのだ。

 私が一番思うのは、そこまで風評やイメージに右往左往するなら、どうしてタバコをどうにかしないのかということです。
 今問題になっているホウレンソウの何倍もの発がん性が、「間違いなく」わかっていて、発がん性だけでなく、肺気腫などで晩年に皆が苦しむことが「間違いなく」わかっているのに、タバコは見慣れているというだけで「わかっていてもやめられないんだな~これが」とか言って吸い続けるじゃないですか。放射能は、見えないというだけであんなに神経質に避けようとするのに。吸わない人でも、タバコの煙が流れてきたって、逃げようとしないじゃないですか。周囲の人が吸い込むだけでも、発ガンするんですよ。これがホウレンソウだと逃げるんでしょう?矛盾してます。作物をどうこう言うなら、タバコを先になんとかしてほしいです。

 ちなみに、「肺ガン」ほどインパクトがないためかあまり話題にされない「肺気腫」 実際は患者さんはたくさんいます。ほとんどが若い頃に吸ったタバコが原因です。タバコの煙で肺が内側から破壊されて、正常な細胞がほとんど残っていないのね。肺は再生しないから、壊れたら壊れたっきりです。肺の細胞がないんだから、当然息をしてもしても苦しいし。そんな人が肺炎になったら、一巻の終わりです。「タバコをたくさん吸ってきたから、もうしょうがないですね・・・」と、主治医もあきらめるしかない場面を何度も見ました。医者もお手上げなのです。


 同じようなことを書いてくれている記事がNewsweekにありましたのでリンクします。「ありふれた大きなリスクより珍しい小さなリスクが報道される」という部分に思わず頷きます。
メディアのバイアスが作り出す「放射能の恐怖」 池田信夫(経済学者)

 もう一つ、同じNewsweekに印象的な記事がありましたのでリンクします。書いた人の人柄に共感します。
膨大な悲劇を前にして「こころの問題」は比較も非難もできないのでは? 冷泉彰彦(作家・ジャーナリスト)

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近所にかかりつけ医を持ってください

2011-03-24 | 医療
 3月の異動の季節です。
 辞めた先生の患者さんがどーっとまわされてきて、外来は死にそうです。
 そういう患者さんは、私は初めて診ることになるので、それまでのカルテを読んで、処方されている薬を確かめて、どんな検査を定期的にしているのか確認して診察するので時間がかかります。そうすると必ず、
「今度から先生が診てくれるのかい?」
 いや、4月か5月に新しい常勤の先生が来るまでのつなぎで・・・・.
「次にまた違う先生なんてイヤだよ。次も先生が診てよ。先生はこれからもずーーーーーーーっといるんだろうねえ?」
 と、脅迫気味に聞かれます。
 それはある意味、患者さんの自分の病気に対する意識が高いということでもあり、ちゃんと毎回同じ先生に症状を把握していてほしいということで、良いことでもあるんだけれど、正直それは無理です、こういう大きい総合病院では。先生方は期間を決めて派遣されているので、常勤の先生といえども、次はここ、その次はあそこ、と、あちこち異動するからです。逆に異動することで、医師としての経験を積んで学んでいくということをやっているので、これが総合病院ならではの良さでもあるのです。
 同じ先生にずーーっと診てほしかったら、近所の開業の先生にかかりつけでかかってもらうしかない。開業の先生はその地域に根をはって、引退するまでそこにいてくれる人だから、本当は一生づきあいのできるお医者さんなのです。地域によっては、先先代の院長先生から、その息子が院長になって、またその息子が医院を引き継いで診ていて、患者さんも代々その医院で診てもらっているという所もあるでしょう。
 でも患者さんにその話をすると、
「いやだよ、近所の医者は」と言います。
 近所の医者はイヤ。でも総合病院で派遣の先生方が替わるのもイヤ。だから先生は替わらないで総合病院にいてよ、ずーーっと私を診てよ。
 気持ちはよくわかるのですが、次から次へと文句を聞かされ続けていると、私もだんだん疲労してきます。そこまで毎回同じ医者に診てほしかったら、まずは私みたいな非常勤医じゃなくて、ちゃんと常勤医に診てもらって(願) そして、医者が入れ替わる総合病院じゃなくて、近所のお医者さんをもっと大事にしてあげて(願)
 ふだんはかかりつけのお医者さんにかかって、救急時や、込み入った検査が必要な時にだけ総合病院を利用してくれるのが一番理想的なのですが。地域においては、そういう分担がもっと必要じゃないかと思うのですが。以前から言われていることですが、それにしても分担は進まないね。

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ひどいよ患者さん(;;)

2011-01-07 | 医療
 1月4日から病院は通常診療開始でした。
 私が今働いている所は大きな総合病院で、外来は午前9~12時と夕方17~19時(夜も外来があるのは、総合病院では珍しい方だと思うのですが)開いています。
 外来の診察時間内なら、内科や外科はもちろん、曜日により整形外科や小児科、皮膚科、泌尿器科、循環器科、腎臓内科、消化器科など専門の先生方の外来がずらりと開かれています。
 外来が終わると、先生方は病棟へ行ったり、別の病院へ行ったり、往診に行ったりして、外来からはいなくなります。看護師さんも検査の先生方もそれぞれの持ち場に去ります。

 一方で、外来の時間外でも、救急車や救急患者が来れば、当番の医者と看護師は再び呼び出されて外来に下りて来ます。必要な時は、レントゲン技師や超音波技師、血液などの検査技師も、たとえ一旦家に帰っていたとしても、呼び出されてまた病院に出勤してきます。

 で、私は午前中は内科外来と、午後と夜中はこの救急当番でした。

 ところが・・・。午後になっても、外来から出られないんですよ。
 外来の診察時間が終わっても、のべつまくなしに患者さんが来るからです。
 それも「3日前から風邪」「暮れから咳が続いている」「一昨日から鼻血が止まらない」「元旦から喉が痛い」・・・と。
 ええと、そんなに前から症状があるなら、なんで午前の内科の診察時間に来ないのでしょうか・・・???????

 結局、午前の外来に引き続き、午後もびっちり患者さんを診続けることに・・・。
 でもこれ、救急車や救急患者が来た時のためにスタンバイしている時間なんです。救急患者のための医者や看護師や検査技師が、何故か診察時間じゃない時間に来る患者さんたちのために、ずーーーーっと休みなく、診察時間以外も呼び出され働かされ続けている状態。

 案の定夕方には救急車が2台いっぺんに・・・。
 救急患者の処置を済ませても、「昨日の朝から熱」「一昨日から下痢」・・・・と、救急じゃない患者さんが次々に来て外来に呼び出されます。
 この後、夜中にいつまた救急車や重傷患者さんが来るか知れないので、少しでも体力を温存しておきたいじゃないですか。なので、10分でも20分でも寝よう、と、当直室のベッドでふとんをかぶると、「先生、患者さん来てます」と電話が鳴る。診察が終わった後も、医者はカルテを書いたり、次に来院した時のための指示を書いたり、看護師さんは後片付けをしたり、と、たぶん患者さんが思っているより長くかかるんですよ。やっと終わって部屋に戻って冷たくなったコーヒーカップに口をつけようと持ち上げたとたん、「患者さんです」と電話が鳴る。0時になっても1時になっても、さあ今度こそ寝るぞ!と部屋に戻って白衣を脱いだとたんに「患者さんです」と電話が鳴る。だんだん「う”ーー」と唸ってきます。
 午前2時をまわっても「以前ほかの病院で点滴をしてもらったら良かったので点滴をしてほしい」と。(何の点滴ですか?と尋ねても、わからない、と。私もわからないよう(;;)) そして待合室からは「先生はまだか!先生は寝てんじゃねーのか!」と叫ぶ声が・・・。このおじさんは、他の病院で治療中だったのを、半年前から自分で勝手に通院も服薬もやめてしまったので血圧が高くて、鼻血が出て、昼間も"時間外"で来た人です。昼間ちゃんと処置をして、主治医のいる病院に行くよう言って、耳鼻科にも紹介状書いたのに、お酒飲んで「鼻血止まるって言ったのに止まらないべや!」と、この時間に来て怒っているのね。もう一度鼻血の処置をすると、「あちこちの病院に行くと金がかかるから、血圧の薬もここで出してくれや」と言い出します。血圧は人によっていろんな病態があって、それに合ったように薬を調整して処方するもので、普段何を飲んでいるのかもわからないのに、勝手にこの病院で出す訳にはいかない、と言えば、「対応が悪い!」と、夜中の2時過ぎにすったもんだです。
 そうやって患者さんが来るたびに、頭をガーッッと振り絞って覚醒させて外来に下りていくので、やっと終わって当直室に戻ってベッドにもぐりこんでも、今度は頭がギンギンして眠れません。30分くらいうんうん寝返りを打って、ようやくウトウトしてきた所へ、「患者さんです」と電話が鳴る。また頭を振り絞って覚醒させて下りていきます。午前3時半くらいですね。そしてやっと部屋に戻って、ふとんをかぶったとたん、また電話が・・・。頭を振り振り外来へ下りると、「もう症状はないんだけど、不安だったので」と。午前5時です。症状もおさまっているので、夜が明けたら午前の外来にもう一度来ましょう、と、その時に詳しい検査をいろいろするから、今は安心して帰りましょう、と午前の外来でいろいろ検査できるよう用意しといたんですが、そういう患者さんに限って、午前の外来にはもう来ないんだ・・・(待ってたけど来なかったです)
 で、朝は牧場で馬に踏まれて重傷の患者さんが。こういうのはいいんです。そういう患者さんのために私はスタンバっているのだから。そういう患者さんに起こされるのは全然嫌じゃないです。大歓迎です。でも、正直寝てませんがな。

 朝は午前の内科外来がフツーにびっちりあります。13時くらいにようやく終わって、もう昼食食べる気もないので、ちょっとでもふとんかぶって寝よう~と当直室に上がって布団をかぶったとたん、・・・・・・やっぱり「時間外の患者さんです」と電話が・・・・。

 私、正直なところ今までほとんど患者さんに怒ったことないです(と思います) 昨日も夜中も朝方も文句一つ言わずに全員診たですよ。
 が、下りていくと、おじいちゃんが車椅子のおばあちゃんを連れて「一昨日から何も食べていないので、点滴してもらおうと思って」と。
「あのう」と私もさすがにキレて、「おばあちゃんが一昨日から何も食べていないのだったら、どうして午前の外来に来ないんですか? 内科の診察時間はとっくに終わっていますよ? 今はこれ、診察時間じゃないですよ?」と、でもできるだけ穏やかに言ったんですが、おじいちゃん、何で怒られているのかわからなくて、ものすごいオロオロしてしまいました。なんだかおじいちゃんを虐めているみたいで、こっちもげっそり。
 おばあちゃんの点滴の指示をしているうちに、診察時間じゃないはずなのにカルテがどんどん机に積み上がっていきます。みんなことごとく「3日前から」「暮れから」「昨日の朝から」・・・。腹を決めて、患者さんごとに「今は救急患者を受け入れる時間で、内科の診察時間じゃないですよ。どうして午前中のうちに来ないんですか」と言いました。が、みなさん鼻をつままれたように「キョトン」としています。診察時間じゃないと言われて、「そうなんですか?」と。
 16時も近くなって、「3日前から鼻水が出る」というおじさん。「今日はもう良くなったので、迷ったんだけど」と、(良くなったならなおさら、なんで救急外来に来るんだっっ(T T))と、げっそりすることを言うので、「そんなに迷うなら、あと1時間待てば、夕方17時からの外来が始まるじゃないですか。なんで待てないんですか?」と言うと、「えっそうなんですか?」と。

 あのう。普通、病院にかかろうと思ったら、その病院の診察時間とか調べてから出かけないですか?
 みなさん、外来の診察時間なんて、関係ないんです。
 思い立った時が、受診時間。
 病院は「24時間救急受け入れ」をしているけれど、それは、一般の方々にとって、「24時間いつでも、夜でも午後でも行きたい時に開いてる病院」という認識しかないのですね・・・。

 夜中に受診すれば、それは医者を叩き起こすだけでなく、まず当直の受付の事務の人を叩き起こし、受付が当直の看護師さんを叩き起こし、看護師が医者を叩き起こし、症状によっては、医者がレントゲンや検査の技師さんたちを叩き起こすのです。3日も前からずっと症状があって、昼間の外来の時間に来ないで、わざわざ夜中に来て、病院の人々にそれだけのことをさせるだけのものがあるのでしょうか。
 真夜中でも医者や看護師や受付や検査の人々が待機しているのは、救急車や、急を要する重傷の患者さんの、いざという時のためなのですが。

 それに、そういういざという時のための医者や看護師さんを、いざという時に寝不足でゾンビみたいにさせたいですか???

 私がゾンビみたいな顔していたので、病院の方で気をつかって、次から当直明けにはそういう患者さんたちを診なくて済むシフトを考えてくれることになりました。そうやって大事にしていただけるのはありがたい。が、私が診なければ、他の先生にお鉢がまわるだけの話です。他の先生に、そういう診察時間無視の"24時間いつでも思い立ったら受診"の患者さんがまわるだけ。

 世の中では、救急当直をする医者が少なくなって(みんな嫌がるから)、救急を受け入れられる病院が減って大変だ!と困っているけれど、結局のところ、こうやって救急じゃないのに診察時間を無視してのべつまくなしに受診し続ける患者さんたちが、自らの首を絞めていると思う。
コメント (8)
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医者のサプリ

2010-04-09 | 医療
 4月に入って,北海道内のちょっと南の方の病院で勤務していました.
 おお~医者が7人も8人もいる~(感動して思わず絵文字!)
 しかも,研修医の方々など,若い医者がいっぱいだー!(今日は絵文字だー!)
 患者さんが押し寄せても,複数の医者が手分けして待ち構えているから,自分的には一人一人の患者さんをかなりゆったり診た!という気分です.
 午前の外来が午後までかかろうが救急車が来ようが病棟で呼び出されようが飯食う時間がなかろうが,ごく普通に当たり前に患者さんを診れるってのは,た,楽しいぞ!!

 自分的にもうひとつ新鮮だったのは,患者さんがとにかく喜んで感謝してくれることでした.
 今までが一体何だったのだろう?と思うくらい.
 薬を出しても喜んでくれ,検査してどこが悪いかわかれば喜んでくれ,症状の説明をすれば喜んでくれ,入院せずに帰れることになれば喜んでくれ,こんな当たり前のことをやっているのにこんなに喜んでくれるの?と,こちらもひたすら感動です.

 先日記者さんが取材してくださった時に,「でも医者って,どんなに医師不足で大変でも,患者さんに感謝されたら,報われるものじゃないんですか?(よくテレビのドキュメンタリーでやってるみたいに)」と聞かれて,「う~ん」と唸って答えられなかったんですよ.・・・感謝されて報われた!という記憶が,ほとんど思い当たらなかったのだ・・・.
 知床旅行中に倒れて救急車で運ばれてきてしまった患者さん方は,本当に感謝してくださいました.こちらも,せっかくの楽しいはずの旅行で痛い苦しい目にあって心から気の毒だと思うし,何とかホテルへ帰れる状態になって「ありがとう」と言っていただくと,痛い苦しい思い出もちょっとはマシになったかしらんとホッとするのです.
 でも,旅行者の方以外ではほとんど思い出せない・・・.
 私もテレビのドキュメンタリー医療番組などの,患者さんが喜んで感謝しているシーンを,いいなぁ・・・と指くわえて見ていた方なので.

 まあ,患者さんが昔ながらに医者に感謝してくれるというのは,昔ながらの医者神話とか,病院神話みたいなものが残っている場所なのかもしれないので,それが良いと言ってしまうのは危険なのでしょうが,目の前の患者さんが(御礼言ってくれるまでしなくていいから)喜んで!くれると,そりゃ嬉しいもんです.たまにはこういう新鮮なのも医者には必要だなあ(医者のビタミン剤ですよ!サプリですよ!)と思った数日間でした.
コメント (2)
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「無理解」で医者はいくらでも潰せる

2010-03-30 | 医療
 斜里町では、救急患者や救急車を断ったことは一度もありません。
 が、一人で当直している時にいっぺんに救急車4台が来たことがありました。斜里救急2台、ウトロ救急1台、清里救急1台・・・斜里町国保病院と連携している救急車全台のオールスターです。しかもそのうち1台は、網走の総合病院に転送してもオペは無理という最重症、北見か旭川まですぐさま再び救急車で転送しなくてはならず、いつ心臓が止まってもおかしくないので私も一緒に救急車に乗り込んで処置を続けなければならないという状況でした。2台目は交通事故で内臓損傷の可能性あり、3台目は薬物中毒、4台目はもう見にいく余裕ありません。
 私が1度に対応できると思うのは2台までです。実際に、救急車がいっぺんに2台来て、両方に同時進行で治療することはありました。が、3台以上来た時はどうするのか? 自分も救急車に乗り込んで網走や北見に向かって走り出さなければならない時、残された他の患者さんは? 不在になる何時間もの間、さらに新しい救急患者が来たら? 入院患者が急変したら?

 「医者はわがままを言う、文句を言わずに働け(文句を言わずに4台とも対応しろ、全部対応しろ)」と言われるのかもしれませんが、現場ではこういう状況が起こっています。文句言う気なくてヤル気マンマンでも、身体1コで、物理的にムリです。
 それでもって、大変な目にあうのは、医者じゃなくて、運ばれてきた患者さんの方です。

 「どうしたらドクターはもっと働きやすくなるのですか?」と、よく聞かれましたが、このような患者さんの「危険」が減れば減るほど、医者は働きやすいんじゃないでしょうか。
 医者は患者さんを助けられないのが最大最高にイヤなことなので(助けるのが職務で、そのためにそこに存在しているので)、自分が患者さんを助けられないかもしれないイヤな危険な可能性が減れば減るほど、患者さんの治療にごく当たり前に専念できればできるほど、安心して働けるんじゃないでしょうか。
 そして、それで結局一番安心するのは、医者というより、患者さんの方じゃないでしょうか。

 医者がラクをするためにああだのこうだの言っているのではなく、ただひたすら、患者さん(町民)の危険を減らしたくて唾をとばしまくって言ってきた、というのが、最後までわかってもらえなかったのが一番つらかったです。

「医療のことはよくわからないので」
「医者の方でなんとかやって下さい」
「医者が甘えずに頑張れば済む話」

 医者が倒れそうだ、ではなく、患者さん(町民)自身が危険なんだ、ということを言っても言ってもわかってもらえませんでした。
 患者さん(町民)を危険にさらすような状況に、医者としてこれ以上加担するわけにはいかない、と辞職を決意すれば、「そんなに斜里が嫌いになりましたか」か、「ワガママで辞めようとしている」か、どちらにしても医者の側にのみ一方的に理由がある(それもごく個人の問題が)、という捉え方しかしてもらえませんでした。
 そういう無理解が、一番ドクターが働きにくい環境を作り出しているんじゃないでしょうか。
 どんなに忙しくて大変でも、患者さん(町民)の側からの「理解」があれば、医者はいくらだって頑張れるんです。お金もなくてもいい。
 でも、「無理解」が一番医者の心を折るんです。
 
 ただ無理解のまま、署名を集めても、引き止めに行っても、医者は「まだこれ以上やれというのか?」「まだ医者のせいにするのか?」と苦しむだけでしょう。

 「医者の側のみの問題」ではないことに気付けば、医者に一方的に「なんとかして下さい」とお願いすることも、「辞めて町民を危険にさらせる気か」と脅すことも、「ブログで斜里町を騒がせた責任をとって医者を続けた方が」とアドバイス(?)いただくことも、なくなるのではないでしょうか。


 非常勤の自分は、勤務が明ける時、今日診た患者さんを、次のドクターに引き継いで去らなければなりません。でもその先生も日替わりの非常勤だったら、さらにその次のドクターに引き継がなければなりません。さらにその次も日替わりの非常勤だったら、さらに次のドクターに・・・・。
 「常勤医」という毎日責任を持って患者さんに接し続けることのできるドクターに引き継がない限り、このような"プチたらいまわし"が続くのです。
 次の先生にまでなら、自分が直接、患者さんの容態や検査理由や治療方針などを納得いくまで説明できるけれど、次の先生がさらに次の先生にどんな風に引き継いでくれたか、さらにもっと先はどんな先生が来てどう治療してくれたのか(極端な話、引き継いでくれたのかどうかさえ)自分は知ることができません。自分が最初にお預かりした患者さんが、その後どうなっていくのか見えない、責任を持てないというのは、自分的にはすごく悶えるイヤな状況です。
 今まで診たことのない患者さんをまわされる他の非常勤の先生の方も、それまでの、自分がやったのではない治療の責任をとるにとれず悶えるでしょう。
 そして、すごく悶えてイヤなのは、私や他の非常勤の先生なんかよりも、次々に違うドクターにまわされていく患者さん(町民)自身の方ではないのでしょうか。
 「常勤医」がいない、というのは、こういうことです。

 だから町議会で「常勤医体制が整うまでは非常勤医を」と答弁されているのなど見ると、絶望しかないです。
 非常勤医でも0.4人換算とか、0.5人換算とか言って、帳簿上は「常勤医○人分」として厚生省に報告できるのです。たとえ年に1回しか来ない非常勤の先生でもトータルしていけば、医者数は足りているように数えることはできるのです。
 帳簿を合わせなくてもいいから、町はもっと真剣に患者さん(町民)の危険を考えてほしい。

 医師不足は、よくわかんない医者の世界の「他人事」ではなく、もっと自分自身の生活を(自分ごととして)大切にしてほしい、ということをひたすら願います。それを理解してもらえない限り、医者は苦しんで去っていくだけです。
 絶望しなくても良い所へ、ごく当たり前に安心して患者さんの診療にあたれる場所に、医者が去っていくのはごく自然な流れなんじゃないでしょうか。

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人生、いろいろあるさ

2010-02-28 | 医療
 ブログ、私のブログもいろいろありました。昨年6/20に「斜里町の内科常勤医が12月から1名になってしまう」というお知らせのチラシが町内に配布され、その1名も辞表を出し、私は斜里町の病院が抱えている問題をブログに書き続けました。
 しかし記事を削除して7か月が経過しましたが、今も私がブログを書いた、という部分しか言われません。ここはインターネットの上なので、削除した記事もキャッシュで残り続け、新しく読む人がいるであろうことは承知しています。初めて見た人々が「なんだこれは#」となるのは良いのです。が、7か月前に読んだ方が、いまだに私がブログを書いた、という部分しか話題にしないのは、さすがに想像外でした。

 読んでくださった方はご承知のように、私はわざと煽りました。

 火がついて沈みかかっている船がある、でも船客はみんな船室で眠っている。船長と機関士が必死で火を消そうとしているけれど、間に合わない。母船からはいっこうに救援隊も来ない。それで甲板員の私は客室をまわって寝ているお客さんたちを殴り起こしてまわりました、という感じでしょうか。
 誰だって、なんだかわけわからないうちに、突然殴り起こされたら怒るでしょう? 当然、私も殴り返されるのを覚悟の上です。逆に、怒ってアドレナリンいっぱい出て飛び上がってくれるくらいの方がいいと思いました。実際にたくさん殴り返されました。それで皆が力を合わせて火を消すことができれば、もしくは、皆で無事船から避難することができれば、それでいいと思いました。

 でも、チラシからもう8か月、1年の3分の2が経過しました。船はもう船首が波をかぶる寸前です。
 しかし、いまだ、私が言われるのは「殴ったなあ!?」という段階です。殴ったからどうするのか、なんで殴ったのか、というところまで行き着きませんでした。「火を消さないと!」と叫んでくれる方々はいらっしゃいましたが、実際に水の入ったバケツを持って、船長や機関士の火消しを手伝ってくれたり、船客の避難を率先して誘導してくれる人は現れませんでした。そして、たいていの方が「火がついて沈みかかっているんですって、不安だわ」と不安がりながら、再び寝室に戻ってしまったのではないでしょうか。

      ******

 直接会った人にはよく言うんですが、みなさんは「どうしよう」と言うけれど、病院内では「どうしよう」という間もなく、もうその日から有無を言わさず医者は働いているんです、と。みなさんが一日に1時間、「どうしよう」とじっくり考えて下さっても、医者は24時間その現状の中で必死でやっているんです。(年単位の長い目で見て下さいと言われるけれど)24か月かかって結論に到達する時、医者は1か月でエンジンが焼き切れて去っています、と。

      ******

 常勤医を増やして欲しいとお願いしても増やしてくれない。
(横で見ていたら、旭川医大から断られて当然と思うことをやっているのですが、どうしてそれがわからないのか、私にももうわからない)
 それなら今いる医者サイズに合わせた診療体制にしてくれとお願いしても、体制は変わらない。
 患者さんを他病院に振り分けてくれと言ってもやらない。
 残っている医者を大事にしてくれと頼んでも、それもない。
 野津先生を慰留しになんて、(8月に1回だけ町長がいらした後)ついに7か月間、誰も、一人も、一度も来なかったですよ。
 病院をなんとかする!と町議に当選した方もいましたが、それを最後に病院から音信不通になりました。

 8月の時点で、(町の方で医療のことはよくわからないから、と言うのなら、何でもご説明しますから、どうして常勤がいないといけないのか、斜里町はどういう患者さんがいるから病院はどんな風に対応しているのか、どうして患者を他病院に振り分けないといけないのか、非常勤は実働何人くらいで何をやっているのか、等々)説明させてくれ、説明する場を設けてくれ、と何度も連絡をとって、場もセッティングしていただいて待っていたのですが、来ない。
 その後もこちらからどこでも出向くから説明させてくれ、連絡をくれ、と繰り返し頼んでも、一度も連絡もなし。そのまま3か月が経過。
 それで個人的に知っている役場の偉い人をつかまえて、無理矢理説明。その後にももう一回説明する機会をいただきましたが、動きがないまま11月の常勤内科医1名退職となり、「内科医1名になることに対してどういう対策をとっているのか聞かせてくれ」と電話をすると、「電話を切りますよ」と言われて、それっきり。それからまた3か月が経過しました。
 町議の方々とも喋ったことがありました。「今度先生に来て説明していただきたいがどうか」と言われたので、「喜んで、いつでもどこでも行きます」とスタンバイしていたけれど、それっきり。あれは7月のことなので、8か月くらい経過しました。
 町民の方からも「来てお話して下さい」と何回も言われるので、その度に「いつでもどこでも行きます」と張り切っていたんですが、1回も呼ばれたことはありませんでした。
 待っているだけでなく、私からも押し掛けて町民の方ともだいぶ喋りました。
 しかし協力を求めると、私は「(ブログのことで)敵なので・・・」と、腰を上げてくれる人はいなかったです。
 またアドバイスを求められて、すぐさまその日のうちにでも実行できる一番簡単な策を提案しましたが、1か月経っても2か月経っても始まらない。3か月経過して、やらないことに決まったとのこと。

 結局何ひとつやらないまま、引き続き4月からもよろしくと言うけれど、じゃあ医者に一つ一つ押し付けていく分、代わりに何をするのでしょうか?
 常勤医2名が1名になっても、そしてその1名退職まで1か月を切っても、チラシから1年の3分の2が経過しても、結局「これをやりました」と実績として言えることは何もしないのですね。

 私自身危機を感じていて、ここから先はもう(今、そしてこれからの診療体制ではもう)患者さんに責任を持てない、ぎりぎりのラインだと思っています。今、しわ寄せが医者に来ているが、ここから先は、患者にしわ寄せがいく。(今もすでに、患者さんにとばっちりが行っていますが)それは絶対にいやだなあと思いました。

 では、そういう患者さんにもう責任を持てないような無理で危険なことをやらせようというなら、代わりに何をしてくれるのか?

 それで、もう最後の最後のレベルの要求をしてみました。あともう一人常勤の先生が来たなら,すぐさま解除してくれてかまわないので。「考慮していただけないなら、4月からよそへ行きます」と、私は言いました。
 せめてひとつくらい、町が動くかどうか、賭けでした。
 (そういう賭けをすることに、また賛否両論があるのでしょうが。)
 それで、返答は、考慮できない、とのことでした。
「では辞めてもかまわないということですか?」と聞きましたが、4月からはそのまま働いてもらいたい、と今まで同様に言われるだけでした。

 ちょっとばかしは歩み寄りとか代替案とかあるのかな?と思ったのですが、それもなかったですね。

「結局何にもしないんですね?」と私は言いました。「それがだめなら、ほかに何をするんですか?」
「考えてもわからないので、してほしいことがあったら言って下さい」

 言ってください、と言われても、私にももう、正直、わからないです。
 あれも駄目、これも駄目、あれをお願いしてもこれをお願いしてもナシ。本当はもっとごく普通に真剣に町民の医療を考えてほしかったし、病院の診療体制を立て直して、ごく普通に話し合ったりとか、医者がごくごく当たり前に診療に専念できる状態にしてほしかったんですけれど。それもあれも叶わないから、最後にこういうレベルの話しか言うことがなくなって、それもナシということなので。

 まあそんなわけで、「考慮していただけないなら、辞めます」と言って、「考慮しない」というのだから、私も辞めざるをえないでしょう。
 仕方がないですね。

 まあ、人生、いろいろあるさ。

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医師不足から学んだこと

2010-02-27 | 医療
 小さい頃、無医村に行って田舎の役に立つんだ、と思っていました。
 医者になってからは、地方の小さな病院では、外科も内科も小児科も産婦人科も眼科も皮膚科も、年寄りも赤ちゃんも、すべての患者さんが来て、すべてに対応しなければならないのだから、研修医は地方に来た方が勉強になるのに!、なんで大都市の医者が溢れた病院に行って、なかなか患者さんを診せてもらえない状態で専門だけの勉強をするんだ、とも思っていました。

 しかし、実際に自分が地方の病院で勤務し、4人いた常勤内科医が2人になり、その2人が1人になり、そして常勤が誰もいなくなれば非常勤(自分含む)と外科でそれまでの内科患者を診るんだと言われ、病院も町も何ひとつ体制が変わらないまま医者だけに次々にしわ寄せが来るというのを、目の前で実際に体験し、

   地方の医者が疲弊して去っていくというのが、とてもよくわかりました。

   医者が地方の病院に来たがらない理由も、とてもよくわかりました。

   どうして都市部の大病院に医者が集まるのかも、今ならとてもよくわかります。

 冗談のように聞こえるかもしれないけれど、「医師不足の地方に自分が行って助けなければ!」と燃えるお医者さんは、「この人にはアタシがついていてあげなきゃ!」と、何もできないダメ男にフォールインしてしまうお嬢さんと、同じ危険性を持っているのでした。それも、「人を助けたい!」と熱意に燃えるお医者さんほど陥る危険性があり、逆に「お、困っているカモがいるぞ、給料ふんだくってやる」とほくそ笑むツラの皮の厚い人の方が、うまく乗り切れるのかもしれません。

      ******

 私が「医師不足」について学んだ問題点は、以下の2点に集約されます。

1:「医療のシステムが崩壊している」
 <職場としての"システム"が崩壊していて、"個人"に肩代わりさせている>(公共システムの崩壊)

2:<そしてその"個人"の頑張りに、誰も報いない>(個人レベルの崩壊)

      ******

 警察署、消防署、学校、病院、そういった「地域の公共のシステム」というものは、自治体が構築・管理し、機能しているのが当たり前でしょう。住民も、機能しているのが当然と思って、いちいち注意なんか払いません。システムを享受するのが当たり前だし、享受するために税金を払っている。

 しかし例えば、消防署が実は機能していなかったとしたら、どうでしょう。火災の連絡系統も、消防車のメンテもできていない、消防署とは名ばかりで、消防士が一人赴任させられただけ。でも、火災は毎日のようにどこかで起こる。その消防士個人が一人で「消防署」の名前を背負って、誰の助けも得られないまま、火を消しに駆けずり回らないといけなかったら、その個人はあっという間に潰れるでしょう。

 そして、同じことが病院で起こっていました。

 200人を越える外来、100人単位で24時間いる入院患者、17時でも18時でも終わらず、土日も休みなく、夜中も急患受付け、救急車も24時間来る。リハビリも薬局も、血液検査もレントゲンもCTもほしい。そんな大規模な業務を実現するには、何人の職員を雇い、どのくらいの物品を揃え、どんな交通網を配備してどんなシステムにすれば可能だと思いますか?

 そして、そのシステムが崩壊して機能していないのに、それだけの患者さんを診なければならないとしたら、どうしたらいいと思いますか?

 結局システムの不備を補わされているのは、職員(医者)の良心とか、責任感とか、本来の職務の範疇から離れた個人のレベルの頑張りでした。
 医者に肩代わりさせておけば、個人を犠牲にしてでも診てくれるんだから、自治体は医療システムの構築から手を抜いてもいい(医者にやらせておけばいい)、という悪循環も生じていました。

 でもこんなこと、今まで散々言われてきたことですね。「医療のシステム自体が崩壊している」「医者個人に背負わせている」なんて、テレビでも、雑誌でも、新聞でも。
 自分で合点したことを、言葉にしてみたら、当たり前のように言われて続けてきた事柄でした。

      ******

 そして、職員としての業務の範疇をもはや大幅に逸脱して、個人のレベルで頑張っている医者に対して、報いるものが何もありませんでした。
 気持ちでも、熱意でもいいのですが、何もありませんでした。
 個人にやらせっぱなしになっているということ自体に、誰も気が付きませんでした。(誰も、「個人」がやってると思いませんでした。公共システムが機能していて、その中の業務の範疇でやっていると思って、放置していました) 医者にやらせていると知った後でも、やっぱり何もありませんでした。理解もありませんでした。頑張る人ほど、ただ疲弊するだけでした。

 たとえ医療のシステムが崩壊していても、地域の人の理解とか、人の動きとか、医者個人の犠牲や頑張りに報いるものがあるなら、医者はまだ力を振り絞って頑張っていけるでしょう。周囲からもらった元気が、再び頑張るエネルギーにもなるでしょう。そういう地域にはお医者さんは来るのです(兵庫県みたいに)

 でも、思ったのですが、そういう報いることのできる地域(報いる意識を持った地域)というのは、そもそも、医療のシステムもそこそこ機能するんですね(意識がしっかりしているから) 挙げた2点の両方ともダメ、か、両方とも乗り越えているか、両極端なのです。こうやって、医者が行くところにはますます医者が行き(医療のシステムが機能し)、いない所はますますいなくなる(医療がもっと崩壊する)という格差は広がっていくんだなあと、改めて納得したところです。



<補足>
 医者は一人でも開業できるので、「システムとしての医院」と「お医者さん個人」との線引きがとてもわかりにくくなっています。
 しかしながら、医者一人で開業している医院は、システムとしては、とてもきっちり成り立っているのですね。「職員(=医者)」にできないことはやりません。夕方は17時や18時で必ず終わるし、土日は休みだし、夜間救急は受けないし、入院患者もいないし、救急車は昼間も受けない。きっちり線引きはできていて、システム(医療)の破たんはここにはないです。

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結核にむとんちゃくすぎニッポン

2009-04-07 | 医療
 お笑い芸人ハリセンボンのはるかさんが結核を発病、とのニュースが駆け巡っています。
 が、そのあまりの大々的な取り上げられ方に、逆に目が点。
 ついでに、はるかさんと接触の可能性のある人のことばかり取り上げ、現在の日本の結核感染の現状を述べるニュースがひとつもないことに、だんだん腹立ってきました。

 こんなにありふれた病気のことを、さもトッピな事件が起こったみたいに報道するヤツは何だ!?

 結核が死の病じゃなくなった現代でも、寿命で死ぬまでに、およそ4人に1人は感染しています。
 かく言う私も、紛れもなく結核菌を持っている。思いっきり「排菌」している患者の顔近くまでまじまじと覗き込んで診療してきたんだから、当然です。ツベルクリン反応は「強陽性」、ツ反の跡が2年経っても消えません。

 あんまりにも知られなさすぎ、の結核ですが、

●上記のように、現代でも、高齢になるまでにおよそ4人に1人が「感染」
 でも、菌を持っているだけで、発症しない
 菌も身体の外に出ない(排菌されない)ので、他人に感染させる心配はない

●感染者のうち1割くらいが、免疫機能が落ちてきた時などに「発症」
 「発症」して排菌が始まると、周囲の人に強力に感染する

 なので、私は老後は結核の「発症」に気をつけなければと、今から心しています。歳をとって身体が弱ってきたら、まず間違いなく発症するだろうからです。
 高齢患者さんには、けっこうな割合で結核発症者が含まれています。それも心得た上で、検査や診療をするわけで。
 病院にお見舞いに行くだけでも、人混みを歩いているだけでも、もっと「結核に感染して持ち帰ってくる可能性」を自覚してほしいと思います。

 さらに、頭を抱えるのが、ちゃんと治療しない患者がいることです。現在「発症」してしまった時には、複数の抗生剤を一度に「数カ月間毎日」内服するのが一般的ですが、治ったと思って途中でやめてしまうヤツがいる! それは症状がおさまっただけで、身体の中にはまだ結核菌がウヨウヨいるんだよ。

●抗生剤を中途半端に内服すると、体内に残っていた結核菌が耐性を獲得し、次からはもう薬が効かない。
 本人は一生結核が治らないだけでなく、一生、周囲の人々に結核菌を播き散らしながら生活することになる。
 ・・・ので、ほんとにもう、世の中の人、もっと結核のことをちゃんと知ってちゃんと対応して!という気持ちです。

 はるかさんのことで、世の中の人々がもう少し結核を認識してくれるようになるといいのですが。
 そうすれば、治療中の気の毒なはるかさんも、少しは浮かばれるのではないでしょうか。
 センセーショナルな報道が、ちょいとは有意義な結果を生んでくれることを祈りつつ。
 

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午前2時の医者

2009-04-06 | 医療
 80歳を過ぎたウチの実母が、先日急に肺炎になって市中病院に搬送されたそうで、その後すっかり元気になってから「先日搬送されてねぇ。いやー高齢者がころっと死んじゃったりするのが今ひとつわからなかったんだけど、よくわかったよ」と初めて連絡をよこしたので、「なにー!?」とずいぶん怒ったんですが、
「午前2時くらいだったのに若い先生が待っていて、そんな時間にいるのは独身だと思うよ」
 いや、おかあさん・・・・私は独身じゃないけど、午前2時に病院にいるよ、3時でも4時でもいるよ(- -;;
 ・・・・一般の人の感覚って、そうなんだろうな(汗)

 写真はダンナがつくってくれたスープカレーです。
 市中病院で働く勤務医のダンナは、平日の夜も週末もほとんど"当直"か"待機"で家に帰ってきません。待機というのは、呼び出されたらすぐに駆け付けられるように、病院から30分以内の所にいないといけない(ケータイも圏内に)というやつで、待機でない日は新人のバックアップや、研究会や講習会(認定医の資格を維持するために講習が必要、また、若い医者を教えないといけない)で埋まるので、二人で揃って遠出できるのは月に1日あるかないかです。温泉中に呼び出されてもいけないので、完全フリーの日じゃないと、近くの温泉にも行きません。それが何年も続いている状態。
 で、どこにも行けない待機の週末は、ダンナはひたすら病院の隣の宿舎で、近くのスーパーで買ってきた食材でスジの煮込みとかロールキャベツとか、一日中つくっています。
 食べさせてもらえる私はありがたいけれど、「人生それでいいの?」と、だんだん心配になってきます。ゲームも、病院で疲れているから、ハマって熱を上げるようなゲームはイヤだと。
 スジ煮をつくる余地があるだけ良いと言うべきなのでしょうが、世の勤務医はそうやって拘束された365日を送っているということを、もっと一般の人にも知ってもらいたいなあと思う次第です。

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蛍光イエロー婆ちゃん現る

2009-03-29 | 医療
 先日、新宿で人と待合わせしていると、遠くからショッキングイエローにピカピカ光る人が歩いてきます。何だろうと眼を凝らしていると、それは全身を蛍光イエローのレインコートに包まれ、同じく蛍光ピンクや蛍光グリーンの帽子に手袋、マフラー、ウエストポーチでばっちりキメた、白髪のお婆さんでした。い、いちおうファッションとしてはキマってるぜ!? 後に引いているメッシュのカートだけ、籠も車輪も全部真っ赤なのが、ちょっと外してるというべきか、ワンポイントというべきか。それ以外は本当に全部、蛍光カラーのオンパレードでした。

 さすが東京、これだけ人が多いといろんな人がいるもんだ、と、帰ってからダンナに話すと、
「いやそれは、家族が一生懸命に着せたのかもしれないよ。」

 ああ、確かにあれなら、どんなに遠くからでも気付いてもらえ、やたらに車にひかれてしまう心配は減るでしょう。人が溢れた都会の街中で迷子になっても、すぐに探してもらえるでしょう。何か事件に巻き込まれても、たくさんの人が目撃してくれるでしょう。赤いカートを引いていれば、杖にも支えにもなり、転んで骨折する危険も減るでしょう。

 全身をぎょっとするような蛍光カラーに包まれた、ピカピカ光るお婆ちゃんは、(実際のところはわからないけれど)お婆ちゃんを思う家族の心が最大限に表れたファッションなのかもしれません。

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最近のスポーツニュースで2点ほど

2009-03-24 | 医療
 先日の東京マラソンで、タレントの松村邦洋さんが心肺停止になって救急搬送されました。
 うちの病院の先生方の反応はすご~くシビアだったです。新聞を見て、一言。
「みっともないよね」
「恥かしい」
「マラソンを舐めてる」
 だあれも心配も同情もしません。シビアというより、心の底でフツフツと怒りを涌き上がらせているというべきか。
 私自身も、「東京マラソンでは20人が救急搬送された」というニュースに、正直ながら
 (迷惑)
 ・・・と思いました。
 ただでさえいろんな救急患者が命の危機で運び込まれてくるのに、そこにマラソンだからって救急車20台も来るの、考えたくねえー。
 マラソンは、人間が辛いのを我慢して最後までやり遂げるものだから、当然、ドラマも感動も生まれます。だからと言って、テレビ局がネコもシャクシもタレントをマラソンに送り込んで、お手軽にドラマと感動を調達しようとするのは、もうやめてほしいです。
 楽しいから?目立つから?おまつりだから?やるからにはそのリスクにもきちんと責任を負ってほしいです。医者を用意したから大丈夫、とか、医者に診てもらやいいや、てのは、もうやめようよ。

 一方、同じく先日行われたボクシングの日本ミニマム級王座決定戦で、急性硬膜下血腫で救急搬送されたボクサーの辻昌建選手が亡くなりました。
 たしかに、ボクシングというのは「命をかけてやる」「危険を顧みず挑戦する」「戦いに、命よりももっと大事なものを見いだしている」から、あれだけドラマチックで、男気を感じさせるもので、人気があるのでしょう。(だから、「明日のジョー」が今でもあれだけ狂気的な人気を誇っているのでしょう)
 しかしながら、上記のマラソンと同様、
 命をかけることを美徳として讃えるようなスポーツはもうやめませんか。
 命の尊さを教育する、なんて、あっちこっちで言いながら、死ぬかもしれないことを「勇気」とか「感動」とか言って讃えているのは、私は矛盾しているように思うなあ。
 いや、ボクシングはそのままあって良いと思うけれど、これだけ今まで危険性が語られていて、網膜剥離で失明したり、様々な後遺症が残ったり、今回のように実際に死んでしまうボクサーも後を断たないのに、「スポーツ」としてそれに対する対策がなされていないのは、理解に苦しむ。
 他の野球やテニスや様々なレースなどと同様に、ルールや防具は、もっと厳しく発展させるべきでしょう。
 それで少々「勇気」や「感動」が薄れることがあっても、誰かの命や人生をひきかえにするよりいいでしょう? 「勇気」や「感動」や「ドラマ」を得るために誰かの命や人生をひきかえにしたいなんて、思う人はいないと思うんだけど。
 私は甘いのかね?
 

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