ちぎれ雲

熊野取材中民俗写真家/田舎医者 栂嶺レイのフォトエッセイや医療への思いなど

ご無沙汰ごめんなさい!

2008-10-30 | 雑記
 PCのある所まで来て開いたら、たくさんのコメントが・・・・!
 長くご無沙汰してごめんなさい!!
 現在石垣島に戻ってきたところです。昨日まで西表島の節祭り/他を見ていました。北海道新聞にも載ったそうで、本当にありがたいと手を合わせているのですが、自分で北海道新聞を全然見られない状態です。読売新聞さんも記事を載せて下さったのですが、それも北海道に帰るまでおあずけです。
 帰りつきましたら、改めて取材のご報告とコメントの御礼いたしますので、どうかもう少しだけお待ちくださいませ。

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第7回サライ大賞BOOK部門賞をいただきました

2008-10-18 | 写真
今回自分はカメラを持参しなかったので、送っていただいた写真をありがたく出させていただきます。画面左は童門冬二先生、右は終始ご機嫌だった立川談志師匠、そして、今となっては奇跡としか思えない貴重な写真を多数残された田島謹之助先生です。


 先日14日に受賞式があり、なんと第7回サライ大賞のBOOK部門賞をいただいてきました。
 「知床開拓スピリット」(柏艫舎)は、ただひたすら、人が生きてきたという事実がなかったことにされたくないという一心で書いた本です。生きてきた人たちは自分たちのことを誇りに思ってほしいし、周囲の人たちは、今やお隣のおじいちゃんおばあちゃんとして生きているもと開拓者の方々のことを誇りに思ってほしい、というのがひたすらの願いでした。
 それで、5月には、開拓地で育った2世の皆さんが初めて知床に集結して、これからは毎年同窓会を開くことを決め、9月には今度は行政側(斜里町)が門間家の保存と活用を決定し、開拓の歴史も伝える知床自然センターのツアーも始動し、私の願いは、これ以上望むことはないというくらいぜ~んぶ叶って、すごいすごいと目を丸くしていたら、今度は自分が賞をいただいてしまいました。
 選んで下さった方々にも、まずその以前にこの本の存在に目を止めて下さった方々にも、もと開拓者の方々にも斜里町の方々にも柏艫舎の方々にもいやもういろんな方々にひたすら感謝です。これでもう少し本が広まれば、取材に協力して下さった皆さんへの恩返しになるかしらん?

 東京では、めまぐるしい情報の中心で活躍していらっしゃるたくさんの方にお会いして、ずいぶんと刺激をもらってきました。がぜん次回作のやる気が出ました(笑) エネルギーをもらって、自分もまたその気になって取り組むのは楽しいですね。ありがたいです。
コメント (13)
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この世で一番美しい浜

2008-10-01 | フォトエッセイ

 私が民俗行事を撮り始めた一番最初は、沖縄のヤンバルの奥、安田(アダ)という集落のシヌグという行事ではなかったかと思います。この地方では、海の向こうから豊穣を連れてやってくる海の神を祝うウンジャミと、天から山に降り村に稲作と豊穣をもたらす山の神(稲の神)を祝うシヌグが隔年で行われており、初めて見るはすの民俗行事に対して私が当時何故そのように思ったのかはもう忘れてしまったのですが、「人々が神や人間や自然界というものをどのように考えているのかは、人々の中に入り込んで一緒にその空気を吸い、一緒に準備をしなければ捉えることはできない」と、その時もう、行事よりも3日も前に安田に入って、準備を手伝ったり見せてもらったりしながら、村の人と一緒に行事を待っていました。
 とはいえ、三日間もあるとそんなにやることはありません。行事のために里帰りしている大勢の子供たちにつかまって、居留守を使って隠れていても見つけだされて遊び相手にさせられたり、村に一軒だけの雑貨屋で糸と釣り針を買って海辺で釣りをしてみたり、夜になると街灯が一つもなく、野外の神アシャギの下の真っ暗闇の中で飲んでいるおじさんたちのお喋り相手をしたり(ストロボで撮った写真を後で現像して、初めておじさんたちの顔がわかった)、そんなことをしていると、村のおじさんたちが「この山を越えた向こう側に、沖縄一美しい浜がある」と言う。それはそれは美しい浜で、安田の者しか知らない、沖縄で一番美しい海だ、と誇らしげに言います。
 それなら、と、翌日山を越えて浜へ向いました。ハブが出るといやなので、自分の背丈ほどの低木を切り倒して、それで前方の地面をバシバシ叩きながら、薮こぎです。途中の沢で、全身がショッキングピンクに光るトンボを見つけて驚きましたが、当時まだヤンバルでは生息が確認されていなかったベニトンボが生息域を広げているところだったですね。
 しかし、斜面を降り、灌木の茂みから抜け出した目の前に広がった浜は想像以上でした。見渡す限りのサンゴ砂礫の白い浜にブルーのラグーン。雲が流れ、何より、それだけの広さの海岸に私一人しかいない凄さ。ウォーと叫んで走っても、声は空だの海だのに吸い込まれていってしまいます。安田の人々が「沖縄一美しい」と称える浜です。
 しかし再び山を越え、村に戻ってニコニコしながら「行ってきたよ」と言うと、みんな変な顔をします。
「本当に行ってきたのかい」
「ええ、行ってきました」
「本当に、あの浜に行ってきたのかい」
「ええ、本当にこの世で一番美しい浜でした」
「・・・・・」
 おじさんたちは互いに顔を見合わせ、そして、少し低い声で言いました。
「あの浜は、沖縄戦の"されこうべ"が今も沈んでいる浜だ。潜るとされこうべと鉢合わせするから、漁師も潜らん」
 沖縄一美しい浜は、無数の兵士たちの亡骸が、引き上げられずに沈んだままになっている浜でした。
 見渡す限りの白いサンゴ砂に囲まれたブルーの珊瑚礁の底には、今もまだ、されこうべたちが沈んでいます。

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