熱が出たあああああー(無関係な叫び)
突然の書き込み、どうもredieです。
日常の中、「ああすればよかった」「こうすれば今頃は」ということは比較的良くあることで、後悔の無い人生なんて送っていません。
でも、大雑把に考えた場合、「あれやりたい」「これやりたい」ということがあって、それを比較的真剣に考えて取り組んだことは全部実現している。
だから、人生を振り返ってみると、あまり後悔らしい後悔が自分の中には残っていない。
良く考えるとこれは凄いことだが、そこに自画自賛は無い。
あるのは「皆ありがとう」といった感謝。
何もかも人の協力が無くできたことなんて一つもないからだ。
子供の頃、自分は自閉症気味だった。
”気味”だっただけで他人との交流は普通にしていたが、それを苦痛に感じていたことは間違いない。
その所為もあるだろうが読書、とりわけ漫画が好きだった。そして絵を描くのも好きだった。
これは過去形ではなく今でも好きだ。
だから子供の頃は漫画家になりたいというのが夢だと思っていた。
少しは現実がわかるような歳になって、将来やりたいこととしてその夢をマジメに考えたことがあった。
そして自分は漫画が書きたいわけじゃないということがわかった。
わかりやすいので、勝手にそれが夢だと思っていただけだった。
漫画に限らず。料理でも、テレビでも、映画でも、絵本でも、小説でも、絵画でも、音楽でも、ゲームでも。
とにかく楽しいこと。
楽しいと人は喜ぶ。
人が喜ぶ姿を見て自分は「ああ、あんなことできたらいいな」と思っていた。
いつも人から遠いところに身を置く子供の自分。
そんな自分は人の喜ぶ姿を見て、人を喜ばすことを夢を感じていたのだ。
要は「人を楽しませたい」それが自分の夢だった。だから、手段は何でも良いのだ。
人一倍物事に対して楽しいと感じない自分、そして人を笑わせるセンスの無い自分にはこれは大層な夢だ。
そして、今でもその夢は燻り続けながら自分を誤魔化しているのを知っている。
年齢は既に基準値オーバー。
年齢を言い訳に捨ててしまうの簡単。
それでも実行する人はたくさんいると信じたい。自分もその中の一人だと思いたい。
とにかく一回で良い。
自分の中に燻っている”彼ら”を出してあげないと、死ぬときになって心残りになるような気がする。
楽じゃないのは、ちょっとやっただけでもわかる。かなりしんどい。
でも、夢が見ることができて、そしてそれを実行に移せる自分は幸せだと思う。
本当に、そう思う。
だからやりましょう。最後になるだろうけど、やりましょう。
終わったその後は死ぬだけだ。ほんとに何もなくなるから。いいんじゃない?そんな人生も。
もしかしたら、自分は死にたくないからここまで引っ張ったのかもしれない。
なんて考えたりもする。
どうなんだろうね・・・。
そんなの本当に「どうでもいいこと」か。
さて、はじめよう、おわりのはじまり。
突然の書き込み、どうもredieです。
日常の中、「ああすればよかった」「こうすれば今頃は」ということは比較的良くあることで、後悔の無い人生なんて送っていません。
でも、大雑把に考えた場合、「あれやりたい」「これやりたい」ということがあって、それを比較的真剣に考えて取り組んだことは全部実現している。
だから、人生を振り返ってみると、あまり後悔らしい後悔が自分の中には残っていない。
良く考えるとこれは凄いことだが、そこに自画自賛は無い。
あるのは「皆ありがとう」といった感謝。
何もかも人の協力が無くできたことなんて一つもないからだ。
子供の頃、自分は自閉症気味だった。
”気味”だっただけで他人との交流は普通にしていたが、それを苦痛に感じていたことは間違いない。
その所為もあるだろうが読書、とりわけ漫画が好きだった。そして絵を描くのも好きだった。
これは過去形ではなく今でも好きだ。
だから子供の頃は漫画家になりたいというのが夢だと思っていた。
少しは現実がわかるような歳になって、将来やりたいこととしてその夢をマジメに考えたことがあった。
そして自分は漫画が書きたいわけじゃないということがわかった。
わかりやすいので、勝手にそれが夢だと思っていただけだった。
漫画に限らず。料理でも、テレビでも、映画でも、絵本でも、小説でも、絵画でも、音楽でも、ゲームでも。
とにかく楽しいこと。
楽しいと人は喜ぶ。
人が喜ぶ姿を見て自分は「ああ、あんなことできたらいいな」と思っていた。
いつも人から遠いところに身を置く子供の自分。
そんな自分は人の喜ぶ姿を見て、人を喜ばすことを夢を感じていたのだ。
要は「人を楽しませたい」それが自分の夢だった。だから、手段は何でも良いのだ。
人一倍物事に対して楽しいと感じない自分、そして人を笑わせるセンスの無い自分にはこれは大層な夢だ。
そして、今でもその夢は燻り続けながら自分を誤魔化しているのを知っている。
年齢は既に基準値オーバー。
年齢を言い訳に捨ててしまうの簡単。
それでも実行する人はたくさんいると信じたい。自分もその中の一人だと思いたい。
とにかく一回で良い。
自分の中に燻っている”彼ら”を出してあげないと、死ぬときになって心残りになるような気がする。
楽じゃないのは、ちょっとやっただけでもわかる。かなりしんどい。
でも、夢が見ることができて、そしてそれを実行に移せる自分は幸せだと思う。
本当に、そう思う。
だからやりましょう。最後になるだろうけど、やりましょう。
終わったその後は死ぬだけだ。ほんとに何もなくなるから。いいんじゃない?そんな人生も。
もしかしたら、自分は死にたくないからここまで引っ張ったのかもしれない。
なんて考えたりもする。
どうなんだろうね・・・。
そんなの本当に「どうでもいいこと」か。
さて、はじめよう、おわりのはじまり。