現役参与員や経験者の中からは「記録を精査しているのか」「職責を全うしようとする参与員を愚弄するものだ」と批判が上がり、難民弁護団は「改正案の前提が崩壊した」とする声明を発表した。問題は参与員制度そのもののあり方にも波及し始めた。

(取材:元TBSテレビ社会部長 神田和則)

5月21日 入管法改正に反対を訴えるデモ

入管庁の主張を支えた「難民を見つけることができない」発言

問題となっているのは、2005年の制度発足以来、参与員を務めるNPO法人「難民を助ける会」の名誉会長、柳瀬房子氏の国会発言だ。柳瀬氏は21年4月、今回とほぼ同じ骨格の入管法改正案(廃案)の審議に参考人として出席した。

「入管が見落とした難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」「認定率が低いのは、分母である申請者の中に難民がほとんどいないことを、皆さま、ぜひご理解下さい」

入管庁の論法は、「難民は適切に認定している。しかし難民には当たらない人が、送還停止規定を誤用、乱用して申請を繰り返し、送還を逃れている。その結果、入管施設に収容される人が増え、長期化しているので、改正して解消する」というものだ。

一方、難民問題に詳しい弁護士や支援者は、「そもそも日本では難民と認められるべき人が適切に認められていないから難民申請が繰り返される。難民申請中なのに迫害の危険がある国に送り返してしまえば、命の危険にさらされ、国際的な保護の原則にも反する」と主張する。

「入管法改正案の前提が崩壊した」

だが、参与員は組織体ではない。入管庁が1人の意見を、あたかも全体を背負っているかのように扱い、見解が異なる他の参与員の意見を無視すること自体がおかしい。
加えて、参議院法務委員会の審議で、柳瀬発言の根底となる事実に疑問が浮かび上がった。5月25日、入管庁は柳瀬氏が審査に関与した件数を国会に提出した。

全体の処理件数:6741件(うち柳瀬氏が関与 1378件、20.4%)
柳瀬氏勤務日数:33日(1日平均41.8件)
※勤務日数には難民審査参与員協議会出席の1日を含まない。22年も同じ  

☆22年
全体の処理件数:4740件(うち柳瀬氏が関与 1231件、25.9%)
柳瀬氏勤務日数:31日(1日平均39.7件)

参与員は100人を超える。しかし、なぜか柳瀬氏は1人で全体の4分の1から5分の1に関わっている。1日あたり40件前後の判断をしたことになるが、一方では「3年で3件」などの参与員もいる。偏りは激しい。

全国難民弁護団連絡会議(全難連)が、日本弁護士連合会推薦の参与員経験者10人に対して実施した緊急アンケートによると、担当件数は年間で36.3件だった。

さらに言うと、審査には申請者から話を直接聞く「対面」と「書類」の2つのケースがある。当然ながら、「対面審査」は「書面審査」より時間がかかる。柳瀬氏は次のように公の場で語っている。


「私は約4000件の採決に関与、そのうち約1500件では直接審尋(注・対面審査)をし、あとの2500件程度は書面審査をした」(19年11月、入管法改正案の土台となった有識者会議委員として)

「私どもの参与員の審査は、あらためて第三者として、申請者の意見を聞き、徹底的に聞き直す」「担当した案件は2000件以上、2000人と3対1で対面で話している」(21年4月、衆院法務委で参考人として)

この通りだとすれば、19年11月から1年半の間に約500件の「対面審査」を実施したことになる。ところが、全難連のアンケートや私が元参与員に取材したところでは、「対面審査」は1日2件が一般的で、年間50件が限度という。柳瀬氏の言う「対面審査」を1年に換算すれば333件、しかも「書類審査」もあるというのだから年間約30日の勤務でどう対応するのか。

西山卓爾・入管庁次長は5月25日の参院法務委で次のように答弁している。
「(柳瀬氏が)他の参与員に比べて事件処理数が多いのは…平成28年以降、迅速な審理が可能かつ相当な事件を重点的に配分する臨時班も掛け持ちいただいていることから、書面審査の件数も多いためと承知している」「この取り組みで配分される事件は…明らかに難民に該当しないことを書面で判断できる事案等です」

つまり柳瀬氏は「明らかに難民に該当しない」案件を入管庁から割り振られていた、だから「難民をほとんど見つけることができなかった」のではないか。

参与員には第三者性があると言っても、事務局は入管側が務める。結局、誰を選任し、誰と誰を組み合わせ、どの事件を割り振るかは、すべて入管側の裁量になる。

5月29日 声明を発表する全難連の記者会見

柳瀬氏の発言は、いまも入管庁のホームページに掲載されている。あいまいなまま審議を進めてはならない。

柳瀬氏の発言を引用した入管庁の公表資料
柳瀬氏の発言を引用した入管庁の公表資料
柳瀬氏の発言を引用した入管庁の公表資料

「難民を難民と認定できない深刻な制度的問題が現状に宿っている」

5月23日の参院法務委に参考人として出席した元参与員の阿部浩己・明治学院大教授(国際人権法)は、「難民を難民と認定できない深刻な制度的問題が現状に宿っている」「(参与員は)端的に言って、誰1人、難民認定の専門家ではない」と現在の参与員制度のあり方に根本的な疑問を呈した。そのうえで、次のように問題を提起した。


「参与員に対しては実質的には研修がない。(申請者への)インタビューや供述の信ぴょう性の評価、難民条約の解釈などの仕方、出身国情報の使い方などの研修が決定的に欠落している」
「一次審査で作成される供述調書は、参与員の審査で重要な資料となるにもかかわらず、(弁護士などの)代理人の立ち会いが認められていない」
「迫害について極端に狭い解釈がなされ、申請者が国家によって個別に迫害の標的にされていることを求める“個別把握”の考え方が採用されてきた」

そしていま、他の参与員(経験者も含む)も声を上げ始めた。5月30日に開かれた会見では、それぞれの体験に基づく発言が相次いだ。

「“どんなに探しても難民はいない”という立法事実(注・法改正の必要性を根拠付ける事実)はない。1人でも(認定から)取りこぼしてしまえば、本国で拷問、殺害されるかもしれないという緊張感をもって審査にあたるならば、柳瀬氏のような件数をこなすことはできない」(弁護士)

「難民は、難民申請のプロではない。申請書の理由が“私は逮捕されます”“殺されます”の一言で終わってしまうケースもある」(研究者)、「参与員が質問すべき質問をすると、重要な事実が出てくることがある」(弁護士)

「審査する側が、破綻国家とは、紛争から逃れるとはどういうことかがわかっていない」(研究者)

「難民審査の手続はわかっていても、申請する人の心理状態や、どういうことに配慮しなければならないか、私自身も十分にわかっていない」(研究者)

「参与員がどういうインタビューをするかは本人任せ。その人の世界観なので、同じ資料、ヒアリングでもバックグラウンドによって違う。班によってばらつきがあるだろう。ケーススタディをみんなで議論する場をと(入管庁に)提案しているが、実現していない」(研究者)

阿部教授は、国境を管理する入管庁と保護を目的とする難民認定は切り離し、独立した機関の設立が必要だと再三、述べている。私も同感だが、まずは、参与員制度を担う当事者の声に耳を傾けることが第一歩になると思う。

5月21日 入管法改正に反対を訴えるデモ