憂鬱な4月

そこで起こり得る瞬間

人間は弱いからもがく

2007年01月24日 | 殊能将之


そもそもやはりミステリとは大変なのであります。
殊能将之センセーの「鏡の中は日曜日」でございます。

前々から判ってはいたのですが、この先生は細かい。細かいゆえに、完全に理解するのにとても時間がかかる。
前々作の「美濃牛」にもクレタ島の話以外にも横溝正史先生の作品を読んでいないと楽しめないところがあったように、今作は綾辻行人先生の「館」シリーズを読んだほうがより楽しめるといった趣向のもの。他聞を憚るって事は無いのだけれど、
またしても読んでません、館シリーズは。
今作はそんな館シリーズへのオマージュだそうで、登場人物の名前も綾辻先生のシリーズの登場人物から一文字ずついただいて様です。
とはいえ、例によってそれを抜きにしても面白いのですよ、これは。


内容は、
作家鮎井郁介の「水城優臣シリーズ」の最後の作品「梵貝荘事件」は雑誌連載を終え、単行本になる予定であった。しかし人気作品にも関わらず7年経った現在でも発表される気配は無い。名探偵、石動戯作はある出版社から、単行本化できない理由「事件は本当は解決したのか」を調査する依頼を受け行動する…。(注:梵貝荘はボンバイソウって読むんだとさ、拙僧が何を思い出したかはイワズトモガナ…)


ちなみに作中作の水城優臣(これでマサオミって読むんだ、知らなかった)「梵貝荘事件」のあらすじは、まぁ鎌倉にある変な形の館「梵貝荘」で主の異端の仏文学者に招かれた面々のうちの一人が、夜中に屋敷の一番奥まった所で刺殺されていて、その周りに一万円札が撒かれていたよっていう事件です。


序盤は認知症と思われる人物の一人称(そんな事は可能なの?)から始まり、やがて作中作と現代の調査が交互に記述される中盤を経て真相へと集合していく作りです。
ちょっと、おかしい記述はあるのですが、相変わらずテンポよく読めてイイカンジです。館シリーズの空気だけでも知っておけば良かったのかなと思わせてくれました。
ただ、ちょっとWhydunitはアンフェアではないでしょうか、フランス文学に詳しい人でも判るかどうか怪しい物です。
Howdunit はよく咄嗟にそんな事が出来たなと思う程度であり、驚きが不足しています。もちろんどちらも作中作の話ですのでこの本の持つ本質とは違っています。
本質と言ってしまうとややこしくなりますが、重要なのは「誰?」に当たります。もちろんWhodunitの「誰」とは別次元の話になるのですが…


この序盤の認知症の描写、作中作、石動の調査。この三つが上手い具合に作用し、真相に辿り着きます。見事に騙されました。
自分としては非常によくまとまった作品で、殊能センセーの代表作のひとつといっても過言ではないと思います。

第1打席「ハサミ男」で見事なホームランを放ち、次の打席「美濃牛」でエンタイトルツーベース。
しかし3打席目の「黒い仏」で豪快なファールを放ち、客席でファールボールをキャッチしようとしたらそれは爆弾で、球団「新本格ミステリーズ」内で大変な問題になるも後日の初打席「鏡の中は日曜日」でタイムリースリーベースをお見舞いしてくれた感じです
。ワカリヤスイ。

 


そして、この作品をミステリとして読んだ自分の率直な感想を簡単に表現しますと、

ラブロマンスなんでしょうなぁ…やっぱり。

 


今作品に出てくる認知症(作中では痴呆症)の人物はアルツハイマー病です。(作中に表記があります)しかも若年性アルツハイマー病です(家族性アルツハイマーの可能性も有ります)。
情報が少ないので何ともいえませんが、ある程度進行していると考えられ、作中に出てくる家族の介護者は今後、想像を絶する苦労に恐怖、苦痛と戦っていかなくてはなります、それはその認知症の人物を愛していればいるほど重くなります。
もちろんそんな家族のためにヘルパーや施設があるのですが、施設によって扱いは様々であり国もどんどん予算を使わないようにしています。まぁ話がそれましたので戻しますが、殊能センセーがどう思って若年性アルツハイマーを出したのかは判りませんが、それをひとつのテーマにするのは素晴らしいと思います。
何らかの形で少しでも多くの人々に知ってもらう事はいいと思います。
ただ作中認知症の人物がおねしょをしたシーンでヘルパーが「子供に返っちゃったんだから、しかたありませんよ。」といったのはとんでもない発言だと思いました。2001年にもなってるのにホームヘルパーの勉強したのか?その人は。


リスクファクターはある程度出ています(偏食・生活リズム)が原因は特定できていませんし、治療も困難であり現段階での回復は望めないと思っても良いでしょう。ただ進行を遅らせる薬は存在します(もちろん副作用も存在します)。作るのが大変なのか使用者が多いからかは知りませんが値段は高いそうです。

認知症はもちろん前触れはありますが、とめることは出来ません。最終的に、失外套症候群に至ります。
大切なことなんでわかんない場合は調べてください。
だからミステリ小説としては思い部類に入ります、テーマではないので空気はミステリなんですがねぇ・・・どうしても、重く感じ取ってしまいます。

ただ、認知症は誰にも訪れる可能性のある物だと今のうちに覚えておくと良いと思います。

 

 

 

水城は自分のこめかみを人差し指で叩いてみせた。
「でも、人間はここだけじゃないよ…」
手のひらが胸と腹と下腹部を順番に押さえ、
「ここも、ここも、ここも人間なんだ。彼はまだ生きてる。手を握ると、まだ温かい。それでいいじゃない」


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