本当は殊能センセーの「樒/榁」を再読しようと思いましたが、なぜかこっちを読んじゃったんで…
柄刀先生は拙僧も好きな作家の一人でして、「サタンの僧院」と「時を巡る肖像」以外は何とか読んでおります。
1959年生まれの北海道在住の方でありまして(関係ありませんが殊能センセーは福井在住です)、今作も北海道でのお話です。
かつて鮎川哲也賞の最終選考に何度か残ったのですが選ばれず、その将来性を買って有栖川先生や島田先生が推薦してデビューしたという作家です。
どっかで読みましたがかなり色々なアルバイトをしたそうです。(親には定職につけといわれていたそうですが…)
華々しいデビューではありませんが、実力は確かな物で様々な趣向を凝らした作品―― 緒方剛志先生が絵を描いていたり(ひでぇ絵だが)するシリーズもあります。もうちょっと真面目に絵を書いたらどうなんだ?上手いんだからさ。まぁ何か事情があるのかもしれないけど…
そさてそんなデビュー作「3000年の密室」を見てよくある歴史ミステリかなとも思っていましたが、結構拙僧は歴史ミステリ好きなんですね、実際読んでみてこりゃあおもしれぇやと興味を持ったしだいにてございます。そのせいで「アリア系銀河鉄道」「龍之介シリーズ」「X年シリーズ」とバンバン買ってしまいました。それこそハードカバーまで…
ところがイマイチ人気が上がらない作家でもあります。いい作品を出すんだけどインパクトに欠けるという意見があるようですが…
薀蓄作家に見られがちですが、読んでると…まぁ確かに薀蓄は多くて拙僧は楽しいのですが、話の味付け程度じゃないでしょうか?
作品形式は連作短編です、この人は短編も上手ですが拙僧は長編のほうが好きですねぇ。短編は切りの良さが重要ですんで、そのせいで幻想的に成りにくい所がありますから…
まぁ簡単な内容ってなもんで。
作品を通しのての主人公は車椅子探偵(本人は探偵だなんて言っていませんが)の熊谷斗志八。交通事故により下半身不随ではあるが、カラーコンタクトをはめ、皮手袋に皮のアクセサリー、車椅子もスポーティー。顔は丹精ながらも異様な装いなうえ、突き刺さるような毒舌と名前の一部から「熊ん蜂」と呼ばれています。
作中には出ていませんが、健→患という経緯があるのですから、勿論我々が何の感動も無く歩けることの喜びも知っていますし、もうそれに戻れないことの苦悩も抱えていると思われます。後天的な障害者はこの苦悩が大きいのですが、斗志八はあまり表面に出しません。
言って改善されるものでもないでしょうし、それを言うことで「俺は障害者なんだぞ」と自分で壁を作るのを彼は嫌っているのかもしれません。
あとは、語り部ではないのですが三人称のメインとなる人物で鹿野真理江というやや頼りない介護福祉士(拙僧よりは知識も技術もあると思いますが…)です。この二人が中心となって(真理江はワトスン役)事件を解決にと導くのだ!
「人の降る確率」
ある病院で看護婦が飛び降り自殺をした。声を聞いた者が現場に駆けつけたが自殺をした人物は見当たらず、翌日になり別の場所で飛び降り自殺と見られる死体が発見された――
なかなか面白いです。単純なアリバイ計画でなく、その場の判断をうまく生かして行っているので謎をうまく作っています。
「炎の行方」
斗志八らの通う養護施設の立ち退きを望む地主の家から不審火が発生した。現場からは地主の妻の死体が発見され、さらに遠隔操作の可能な発火装置が見つけられた。しかし、遠隔操作が可能にもかかわらず容疑者のアリバイは成立した――
これも面白いですねぇちょっとロマンチックなのも柄刀先生の味ではないでしょうか。
「仮面人称」
斗志八達が訪れたのはとある神社の奉納舞。付けると人の本性が見えるという仮面をつけ踊る巫女は舞台の最後に本当に毒を飲み自殺を計る。一命は取り留めたものの、観客や家族の顔が獣のように見えたと語った――
なかなか幻想的な雰囲気での作品です。自殺へのもって行き方が奇を衒っていて面白いですが、どっかで似た様な作品を読んだ気もします。長編でドタバタしていた作品です。
「密室の中のジョセフィーヌ」
ラジオの人気パーソナリティーがマンションの自室で睡眠薬を飲んで自殺を行った。ドアは電子錠であり鍵は部屋の中。完全な密室ではあるが、パーソナリティーの親戚は納得せず、斗志八と共に調査を開始した――
柄刀先生お得意の不可能犯罪物。密室であり拙僧も頭をひねりました。トリックはよく出来た作品ではありますが、インパクトにかける気がします。これも短編の宿命でしょうか…タイトルも結構好きな作品。
「百匹目の猿」
斗志八だけでなく、種々の探偵がある山荘にて行われたパーティーに招かれた。そこで一年前にこの場所で起きた事故を改めて解明することになる。
その事件とは同じようにパーティーで集まった者たちが眠る中、この家の主人が奇声をあげてサンルームのガラスを突き破って転落したというものだった――
魅力的な謎ではありましたが、島田荘司の「21世紀本格」に収録されたことから、脳に関する科学的なトリックがちょっと唐突な感じもしました。
まぁこの手のミステリは好きなんで知識自体は科学的根拠が無いってことは前提なんでかまいませんが、無理やり出したことで若干後味が悪くなっていますねぇ。
「レイニー・レイニー・ブルー」
斗志八の通う養護施設に住んでいる上半身に障害のある少女萌美。その萌美の友人で同じく障害者で大富豪の老人が宿泊先のホテルから突如姿を消した。足が不自由なのにもかかわらず車椅子は残され、謎の書置きが発見された――
面白い状況です、トリックはスゲェとはなりませんでしたがインパクトはおそらく通常の解決よりも大きいと思います。まぁこの作品の本質はトリックや謎でなく、もっと重要な大切なものであるのでいいでしょう。歩けないという障害。障害者の性の問題。これがよりミステリとマッチしていたらすさまじい作品になっていたと思います。このトリックを解ける人は本格をなめていると思います。わかんねぇよこんなの。
「コクピットシンドローム」
アパートの二階に住む老婆の部屋からガス漏れが発覚した。老婆は不在で事なきを得たが、階下の部屋でガスによる窒息と思われる死体が発見された。はたしてこれは老婆の過失なのか?老婆の知人の少年は向かいの家から一部始終を見ていたのだが――
この作品群は障害などのほうに目が言って拙僧にはややインパクトにかける物だったのですが、これは見事です。
密室の作り方は大したことは無いのですが、それに前後するトリックは秀逸かと思います。
こんな感じです。しかし、短編一個一個の感想を書いていくと大変な量になるので今度からはやめます。大変なんだもん。
まぁ柄刀先生は優秀な連作短編をいくつも書いているので、今後も紹介していければと考えています。
介護問題に立ち入ったミステリはもっと無いのでしょうか?今後売れると思うのに。
さて、問題に気がつきました。
殊能センセーの感想も書いていってはいるのですが、「子供の王様」が何故か見つかりません。拙僧の本棚には無いようなのでおそらく、ブックセンターイトウの本棚にあると思われます。マイッタ。買いなおさなきゃ…
あと「ヘルプマン」は介護問題を題材にした優れた漫画なので興味のある人は読んでおくといいですよ。