憂鬱な4月

そこで起こり得る瞬間

密室キングダム

2007年10月11日 | 柄刀一

柄刀一…なんだかカーって字に似てるなぁ……

前回のカラフルアクアリウムの感想のときにも若干触れましたが、同時進行で読んでいたのがこの作品。
理論社のサイトで猫日記
を連載している先生ですが、バリバリの新本格派の作家です。
コンスタントに品質の高い作品を出し続けているので、定期的にその作品に触れる事ができるところが素晴らしい。

我等が殊能将之先生も見習ってもらいたいです。

そこらへんのところはこのblogの他の柄刀作品でも触れていますので(少ないですが…)見ていただければと思います。

はてさて今回は最新刊ハードカバーであるところの

「密室キングダム」

でかい…分厚い920頁もさることながら金額も\3,000もする大物です
文庫が5冊買えます。
シャーロックで1ポンドハンバーグが食えます。

ハンバーグはさておき、そもそも柄刀先生の作品は主に文庫やノベルズで購入している自分としてはハードカバーは敷居が高いですよ…
実際「時を巡る肖像」は買っていませんし。

とはいえ南美希風作品である事や、何より「密室キングダム」というタイトルに何より心を動かされました。

こりゃあもう超期待ですよ。帯にも「密室ミステリーの最高峰」「本格ミステリーの到達点」と大げさに表現しているくらいですからどんなもんなんだろうと気になるところです。
(まぁ最高峰はいいのですが到達点と言ってしまうと頭打ちなのでいい気はしませんが…)

実はこの作品柄刀先生が最初に書いて出版社に持ち込んだ作品であり当時でも700頁を超える作品だったのですが、あまりの量に、新人の作品としては扱いが大きくなってしまう事からあちこちで断られてしまっているといった経緯があります。若干「クラインの壷」みたいですが、その作品を書き直して作った作品という事になります。
ただ、当時(10年前位なのかな)この作品でデビューしていたらどうなっていたのかも気になります。

まぁ南美希風が名探偵になる前の(名探偵南希風誕生は先生の「OZの迷宮」です)話なので、美希風の姉ちゃんがいろいろ関わります(意味不明)

前置きが長くなりましたが帯文より――
1988年夏、札幌。伝説的な奇術師・吝 一郎(やぶさかいちろう)の復帰公演が事件の発端だった。
次々と連続する華美で妖艶な不可能犯罪!
吝家を襲う殺意の霧は、濃くなるばかり。
心臓に持病を抱える、若き推理の天才・南美希風が、悪意に満ちた魔術師の殺人計画に挑む!

合計で5つの密室が出てくる部分は本格ミステリかつ密室好きにはたまらない世界ともいえます。ひとつの事件が起こり、その推理を展開する中で次の事件が起こる。そのおかげで作品自体のプロットよりもトリックとそのロジックのほうに気が行ってしまい、作品にのめりこむ事ができなかった気がします。
もっとも、個々のトリックに使われているロジックは秀逸に練りこまれており、連鎖する犯人の心理的な密室も説得力が帯びてきています。たまらない部分です。
作中にも述べていますが、ひとつの事件の推理が実は犯人の心理的な誘導であり、手にした物証などの情報が果たして本当に犯人を告げている物なのかどうか、読んでいるこっちはこんがらがってしまいました。

個々の密室トリックは非常に機械的なものから意表をついたものまで多岐に渡りますが、なぜ犯人がその密室を構成したのか、その部分も上手く練りこまれており、さながら巨大な密室を形成しているような錯覚にとらわれます。
もっともこの作品もあるいみ「館物」なので違いはないのでしょうが。

また作品内の密室のひとつに優しい密室が存在します。此れこそが作品におけるキーポイントとなる密室でした。犯人を、家族を、世話になった人たちを思う心が作り出した密室。ひとつだけ異彩を放つ密室が犯人の作り出した密室を崩していきます。犯人が作り出した心の密室ではなく犯人以外の心が作り出した思いの密室。ここはちょっと感動しました。

お堅い文章で、しかも900頁で読むのが大変でしたが、見事な本格作品でした。
最後の展開はやや不本意では有りましたが、フェアに情報の提示は行われていましたしOK。
ここまで重厚な作品は最近は読んでいなかったのである意味疲れました。しかし、自分は不可能犯罪は大好きなので面白い作品だとも思いました。ただ以前よんだ島田荘司の「摩天楼の怪人」と比べると読み物としての面白さや幻想的な部分が少なく21世紀本格とは違ったものでした。
まぁ作品自体が昭和のものですし、古き時代の本格推理小説として考えれば昭和臭のするいい作品だとも感じました。


ん、ネタバレです。
この後美希風は月下二郎(二郎という名前も何か関係が有るかもしれませんのでもう一回「OZの迷宮」を読んでみようと思います)から心臓をもらいます。美希風が探偵へと進んでいく道のきっかけがこの事件だったと思います。
もう一人の意外な犯人である、吝 三郎の最後の言葉が、心臓に負担を抱える美希風の方向性を位置付けたんでしょうか。
月下二郎から心臓をもらう前から、美希風の探偵としての宿命は始まっていたのだなぁ…


次回は、先日クリアしました「いつか、届く、あの空に。」の感想でも書きましょうかね。ノルマって事もあるけど、それ以上に面白かったから。