路傍の露草 ~徒然なる儘、読書日記。時々、映画。~

“夏の朝の野に咲く、清廉な縹色の小花”
そう言うに値する小説や映画等の作品評。
及び生活の単なる備忘録。

岩井志麻子『痴情小説』

2007年07月16日 | Book[小説]
岩井志麻子『痴情小説』
新潮文庫
2006年6月1日 発行

【裏表紙より】
岡山で生れた女には、東京も、韓国も、ベトナムも、みな異国だった。そんな異国の男との情事のさなか、快感に震える女の肌の裏側で、岡山の地霊は冥く疼きはじめる。官能が高まるほどに、死の匂いを纏わりつかせた、懐かしくも恐ろしい土俗の記憶が溢れてくるのは、なぜ―。
自ら惜しみなくエロスを生きる著者だけが探り当てたエロスの最奥。痺れる甘さと蕩ける毒に満ちた13篇。

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この裏表紙の紹介文を、教育およびPTA活動を第一の生きがいとして邁進されている“善良な市民”たるお母様方が愛娘の部屋で掃除の最中にでも目にしてしまったならば、すぐさま排除するだろう…と、私にとって何の関係もない心配をしてしまう程の、紹介文である。

とにかく不健康なのだ。しかも、なぜか、笑える。
…笑ってはいけない。担当編集者も、きっと頑張って考えた文章なのだろうから。しかし、この紹介文はかなりレアである(笑)。

中身(小説本編)を読んでみれば、別に笑わせようとして書いてある小説ではないことはすぐわかる。むしろ、至って真面目なのだ。しかしなぜだか、笑いが漏れてしまう…
それは、“岩井志麻子”という小説家の存在そのものなのではなかろうか。

日本ではなくベトナムや韓国の男の尻を追い回している岩井氏は、借金を抱えながらブランドショッピングに精を出したり、年下のホストや果ては美容整形に嵌ってしまう中村うさぎ氏と、同じ匂いがする。

中毒的で特異な経験を小説のネタにしてしまうところも同じ。
趣味(整形、外国男)が先なのか、仕事(小説のネタ)が先なのか。
もはや境目もわからない泥沼に陥っているのかもしれない。

それは、お笑い番組で必ず1人はいる“体当たり役”の芸人に似通っている。
彼らは、炎の中だろうが冷水の中だろうが突っ込まされる。本人は命がけ。なのに、衆人は笑っている。
そう、本人は真剣であるのに、傍から見ると滑稽に見え、同時に痛々しいという処が、失礼ながら、そっくりなのだ。
その痛々しさは、すりむいた肌に塩をもみこむようにヒリヒリ染みる。『痴情小説』を読んでいる間は、正直苦痛だった。


小説の主人公の恋愛相手の国籍が、日本人と半々の割合で、韓国人かベトナム人…というのは、あまりに著者自身の嗜好を投影させすぎているのではないかという向きもあるが、それは置いておいて、何よりも、全編に必ず出てくる性描写である。

決してねっとりとしたエロさはなく、むしろ乾いて淡々としている。
著者は、“猥談”大好きらしいが、実はそれほどセックスが好きではないのでは?と思わず推測してしまうほどに。
それにもかかわらず、よくも飽きずに、毎度毎度セックスシーンを細かに盛り込み、微に入り細を穿ち描写するものだ。神経質なまでに生真面目な(血液型でいうと「AA型」)人なのだろうか。

度真面目すぎて、その描写は、一般受けしない“キワモノ”ラインまで到達してしまう。
“ワイセツと芸術は紙一重”であるとは、よく言われることであるが、岩井氏の小説は、そのラインを浮きつ沈みつして、ぎりぎりの処を漂う。その“性的”な描写は、ときに“文学”とみなされるラインまで昇華されていないのでは、という考えを抱かせてしまう。

“文学的”か否かは別にして、“生理的”に受け入れられるか否か、というボーダーラインもある。描写自体は淡々としているが、内容が「エグい」のだ。決して、一般婦女子向けではない。(冒頭で述べた、PTAのお母様方には受け入れられない所以だ。)

セックスをあけすけに書いた小説なんていくらでもあるが、大抵は、“芸術”のオブラートでうまく隠され、美しく“でっち上げ”られている。
岩井氏の場合、そうであるものと、そうでないものが見事に混在する。作品の“質”にバラつきがあるのか、もしくは著者が故意で読者に「アッカンベー」してるのか?


著者のエッセイを読んでいると、心底楽しそうに海外の男性と恋愛や性生活を満喫している様子なので、果たして私生活がどこまで作品の質や内容に影響を及ぼしているかなど、そんな邪推もバカらしくなるけれど。
内にこもって執筆生活のみに生命を削っている作家に比べたら、小説は不健全でも、本人はとても健全なのかもしれない。

読み手は、のん気に「自分の中の“文芸”と“生理的”ラインに達するか?」という観点で読むだけでも、十分楽しい。まるで肝試しに興ずる子どもの気持ちで、“恐いもの見たさ”の心理でもって。遊園地のお化け屋敷のようなアミューズメントとして。



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