路傍の露草 ~徒然なる儘、読書日記。時々、映画。~

“夏の朝の野に咲く、清廉な縹色の小花”
そう言うに値する小説や映画等の作品評。
及び生活の単なる備忘録。

林真理子『ミルキー』

2008年02月06日 | Book[小説]
2007年2月15日第1刷発行 講談社文庫
(2004年1月に単行本として刊行)

【裏表紙より】
≪人妻とのつき合いは、いろいろな味をそのつど男に与える≫。
産休明けで諸橋陽子が職場復帰した。
広告代理店に勤める奥村裕一は、妊娠前の陽子と数回関係をもっていた。
子どもを産んで、以前より美しくなった彼女を、裕一は誘うが……。
表題作「ミルキー」を含む、女の秘密がぎっしり詰まった12作の短篇集。

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「女の秘密がぎっしり詰まった」なんて、そんなもんじゃない。
やっぱり林真理子はホラー作家だな。と思わさせられた。
一番怖かった(すなわち佳作といえる)のは、表題作「ミルキー」ではなく、「器量よし」

“女から男”への歪んだ愛情より、“女同士”の歪んだ友情がもっと恐ろしい。
自分自身も、読んでいて「私はこんなに酷くないわよ」と、否定できないところも恐ろしい。
つまり、自分の内面の醜さを、文章という形で具現化されて思い知らされるのだ。


林真理子という人は、コンプレックスの塊りである。
顔のコンプレックス、体型コンプレックス、地方出身コンプレックス、学歴コンプレックス…
一つも誇れるところがないこと自体よりも、いくつになってもそれを引きずり続けている執着心が、すごい。
コンプレックスの裏返しの意地悪な視線が、『ミルキー』に収録されている12の作品を生み出したといえる。
林真理子を現代を代表する女性作家たらしめんの最大の魅力といってもよい。
“80年代に林真理子は、「女の嫉妬」を開放した”と書いたのは誰だったか。


とはいっても、最近は、「綺麗な人」と言われるようになったのは、四十歳を過ぎてからでした」とか、
「美か、さもなくば死を」というスゴいタイトルのエッセイを出していて、
読んでいないので内容はわからないが、自虐としてのタイトルなのだろうか。それとも、もしかして本気で…?アラフォーブームに乗って?
もし肯定的にそのタイトルをつけているなら、どんな心境の変化があったのだろう?
金と名声は、コンプレックスをも塗り潰していくのだろうか。


この短編集『ミルキー』では、
皮膚が衰えてくる中年の年代に入った女の体を、克明に描写している。
うっとり読ませるベッドシーンなどまったく無い。
皮膚のたるんだ中年男と中年女の睦み合いが、とても見苦しく描かれている。
そして、体が衰えるのと同様に、心までも美しさを失うのか、考えも醜い。
心と体は、同じスピードで若さを失い、老いさらばえていくのか?
こうも醜い心ばかりを突きつけられると、歳をとるのが嫌になる…(苦笑)


男性と女性では読んだ評価が分かれる本だと思う。
男性にとってはミステリー(不可思議)、女性にとってはホラー(恐怖)か。
そういえば、松本清張は、“ありふれた日常”を舞台に、“平凡な人物”を登場人物にして、人間の心の隙間の闇を描くのが巧い。
林真理子も、この点は同様だ。

『ミルキー』内の短篇「仲よしこよし」は、仲良し母子に辟易させられる旦那の話。
そういえば、タッチが松本清張調な気がする。
林氏は意識したのだろうか?どうだろうか。
ただ…松本氏なら、ラストで、セミプロゴルファーと不倫をしているのは、
妻の母でなく、妻自身、というオチにするのではないか…?と想像した。


この本(文庫版)の表紙の女性は、とても扇情的な表情と仕草をしている。
が、色っぽい話など一つもない。
女が歳を取るということの一つの提示としての、ホラー(恐怖譚)といえる。
だから、表紙のイラストと裏表紙のあらすじだけ読んで、助平心を出して買った男性は後悔すると思う。
“女の秘密がぎっしり詰まった”といっても、「秘密違い」なのだから。


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