路傍の露草 ~徒然なる儘、読書日記。時々、映画。~

“夏の朝の野に咲く、清廉な縹色の小花”
そう言うに値する小説や映画等の作品評。
及び生活の単なる備忘録。

瀬戸内晴美『花芯』

2007年12月31日 | Book[小説]
瀬戸内寂聴『花芯』
2005年2月15日第1刷発行
講談社文庫


≪裏表紙より≫
「きみという女は、からだじゅうのホックが外れている感じだ」。
親の決めた許婚と結婚した園子は、ある日突然、恋を知った。
相手は、夫の上司。そして……。
発表当時、著者に「子宮作家」のレッテルが貼られ、以後、長く文壇的沈黙を余儀なくされた表題作ほか、瀬戸内晴美時代の幻の傑作五編を収録。

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今や老境に達しておられる瀬戸内寂聴大先生が、まだ30代、
<瀬戸内晴美>の時代に描いた作品集。

対談などで、「受賞後第1作で【子宮作家】なんて言われてね、
その後何年も純文学誌では無視されちゃったのよ」と話される
くだんの作品「花芯」のほか、
「いろ」「ざくろ」「女子大生・曲愛玲」「聖衣」の5編からなる。

寂聴さんも、若い頃は溢れるような色気ある作品を書いていたのだなぁ…と
思うが、それが当時だと【子宮作家】呼ばわりされるのだから、
何と子どもじみた文壇だったことか。

今の時代など、もっと凄い(えげつない)作品などいくらでもあるし、
比べれば可愛いものだが。


先日、映画館へ 50年代アメリカの伝説的なピンナップガールを描いた
『ベティ・ペイジ』を観に行ったのだが、

彼女もレザーの衣装を着て、口にさるぐつわを噛んで縛られるような写真の
モデルをやっていたが、その写真が“猥褻”だと訴えられ、
それをきっかけに引退しまう。

今でこそ、そういった写真は一種のアートとして受け入れられているし、
コルセット、バックシーム入りのストッキング、厚底ハイヒールといった服装は
モード・ファッションのアイテムとして、一般に取り入れられることもあるほど。
ネット、ビデオの発達した現代では、こんなピンナップなど可愛いものだ。

…と、『瀬戸内晴美』という日本の作家と、『ベティ・ペイジ』というアメリカのピンナップガールが重なった。

すべては{時代}の幼さのせいか。


しかし、こういう開拓者たちがいるからこそ、
現在、その影響を受けた人たちが一線で活躍しているのだ。
この素晴らしい功績を、もっと認めるべき。
(寂聴さんは、ここ数年で大きな賞を次々もらっているが。ベティはようやく映画が1本できたぐらいで、特に日本ではほぼ無名である。)



それにしても、「花芯」のラストの一文は素晴らしい。

当時の{幼い}文壇の人たちが読んだら、赤面しちゃって、
「お前の母さんデベソ!」と言う子どもと同じレベルで【子宮作家!】と
言うしかなかったことも、何となく…分かるような気がする。

男性が読んだら、気持ち悪さすら感じるのではないだろうか?
女の私は、怖かった。リアルに想像してしまった。
ホラー顔負けの〆の文である。



最後に一言主張。

川上弘美の解説はいらない。気持ちよく読み終えたのに、不快な気分になった。


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