1955年
対向陽との第一試合で奮戦向陽の九人のサムライたちを牛耳った土井投手の快投ぶりは敗れたりとはいえこの日の圧巻だった。彼の得意の球は真っ向から投げおろす剛速球で、この球はプレート前でおちながらシュートするためそう簡単には打ち込めないという。県下高校の三振奪取王という異名があるように大会前の練習試合では笠田から11、粉河15、橋本16、和商12とそれぞれ大量の三振を奪い、この日の対向陽戦でも17個の三振を奪って満場のファンをうならせた。猛牛のような不適な面だましいで奮戦する彼は那賀郡池田村出身の三年生。純真で野球さえしておれば一日中キゲンがよいといわれるほどで、ユニフォームをつけたまま授業をうけたという話もある。五尺七寸、十八貫という体力に恵まれ、二試合連投にもへこたれないという鉄腕の持ち主の彼を評して、宮崎部長は「バックスが弱いため勝った試合でもしばしばフイにすることがある。まだまだ伸びる素質もあり、将来は大いに楽しめる」といっている。
対向陽との第一試合で奮戦向陽の九人のサムライたちを牛耳った土井投手の快投ぶりは敗れたりとはいえこの日の圧巻だった。彼の得意の球は真っ向から投げおろす剛速球で、この球はプレート前でおちながらシュートするためそう簡単には打ち込めないという。県下高校の三振奪取王という異名があるように大会前の練習試合では笠田から11、粉河15、橋本16、和商12とそれぞれ大量の三振を奪い、この日の対向陽戦でも17個の三振を奪って満場のファンをうならせた。猛牛のような不適な面だましいで奮戦する彼は那賀郡池田村出身の三年生。純真で野球さえしておれば一日中キゲンがよいといわれるほどで、ユニフォームをつけたまま授業をうけたという話もある。五尺七寸、十八貫という体力に恵まれ、二試合連投にもへこたれないという鉄腕の持ち主の彼を評して、宮崎部長は「バックスが弱いため勝った試合でもしばしばフイにすることがある。まだまだ伸びる素質もあり、将来は大いに楽しめる」といっている。
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