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プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

バートサス

2020-08-18 13:08:14 | 日記

1991年

どちらかといえば、前日までの10連勝は、打力で築き上げてきた。だが、この日は違った。投手にとって一番厳しい1-0の試合をバートサスがしのぎきっての11連勝。野村監督と握手するバートサスの目は「投手も忘れちゃ困るぜ」とでも言っているようだった。野村監督は当然継投策を考えていた。連勝の第一歩となった九日の広島戦は勝利投手となったが、5回で降板、十五日の大洋戦でも5回3分の1でKOされている。来日以来、まだ完投のない実績が野村監督をそうさせていた。やはり、立ち上がりは不安だった。一回いきなり、先頭打者の和田に中前打され、岡田、八木に四球を与えて二死満塁のピンチ。「慎重にいかねば、と思いコントロールを乱してしまった」と振り返ったバートサスだが、続く真弓を右飛に打ちとって冷静さを取り戻した。それからは、2年目の阪神・葛西との投げ合い。あれだけ打った味方打線が葛西の前に沈黙していても、淡々と阪神打線をかわしていった。2㍍の長身から投げ下ろされる速球は伸びがあり、フォーク、スライダーの変化球はコースを突いた。女房役の古田が七回に貴重な1点をたたき出すと、初体験となる八回以降は三振を取る投球から打たせて取るピッチングに変えての頭脳投法。一番心配していたスタミナも「走り込みで減量中」(バートサス)が奏功してか、初の完投をやってのけた。たった1人の投手でまかなった野村監督は「こういうこともあるんだな」とうれしい思惑はずれにニンマリ。二十五日からは「調子が上がってきたな」という巨人と対戦するが、ムダ遣いをしなかったことで投手陣は休養十分で臨める。連勝街道をゆくヤクルトに、何とも大きなバートサスの完封劇だった。 


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