1960年
成田光弘捕手…秋田商
同選手は一㍍七三、七五㌔、右投右打、昭和33年秋田商高1年生のとき第四十回甲子園大会で代打として出場、翌34年秋季東北大会で一試合に2ホーマーを放って全国的にクローズ・アップされた。今季は甲子園春の選抜大会準々決勝で、高校界の好投手渡辺(慶應)から3安打を放って準々決勝進出の原動力となり、この大会は11打数6安打(0・545)を記録した。夏の大会にも連続出場して、主将四番として活躍、その強肩好打ぶりは超高校級といわれ、プロ球団すいぜんのまととなった。成田選手に一番先に目をつけたのが大毎で、昨年、ついで西鉄、中日は成田獲得に乗り出し、ことしは国体終了後大毎は片岡スカウトと秋田商高の先輩三平投手、中日は塚越スカウトが熱心に勧誘、2つの球団で争奪戦を演じたが、21日上京した秋田商高後藤野球部長と片岡スカウトが同夜秋田へ向かい23日午後2時から秋田市内産業会館で成田選手、父親余吉さん(58)秋田商高高橋校長、同じく後藤野球部部長が片岡スカウトと話し合った結果大毎入りが決定したもの。
片岡スカウトの話
きょう(23日)成田君のお父さんの余吉さん、秋田商の高橋校長、後藤野球部部長さんたちと話し合った結果大毎に来てくれることになった。こちらの誠意をくんでくれたもので感謝している。今晩かあす(24日)にでも契約の日どりを決めたいと思っている。
成田光弘捕手…秋田商
同選手は一㍍七三、七五㌔、右投右打、昭和33年秋田商高1年生のとき第四十回甲子園大会で代打として出場、翌34年秋季東北大会で一試合に2ホーマーを放って全国的にクローズ・アップされた。今季は甲子園春の選抜大会準々決勝で、高校界の好投手渡辺(慶應)から3安打を放って準々決勝進出の原動力となり、この大会は11打数6安打(0・545)を記録した。夏の大会にも連続出場して、主将四番として活躍、その強肩好打ぶりは超高校級といわれ、プロ球団すいぜんのまととなった。成田選手に一番先に目をつけたのが大毎で、昨年、ついで西鉄、中日は成田獲得に乗り出し、ことしは国体終了後大毎は片岡スカウトと秋田商高の先輩三平投手、中日は塚越スカウトが熱心に勧誘、2つの球団で争奪戦を演じたが、21日上京した秋田商高後藤野球部長と片岡スカウトが同夜秋田へ向かい23日午後2時から秋田市内産業会館で成田選手、父親余吉さん(58)秋田商高高橋校長、同じく後藤野球部部長が片岡スカウトと話し合った結果大毎入りが決定したもの。
片岡スカウトの話
きょう(23日)成田君のお父さんの余吉さん、秋田商の高橋校長、後藤野球部部長さんたちと話し合った結果大毎に来てくれることになった。こちらの誠意をくんでくれたもので感謝している。今晩かあす(24日)にでも契約の日どりを決めたいと思っている。
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