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プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

河野旭輝

2016-11-24 21:20:27 | 日記
1962年

河野の打球が右翼席に消えた瞬間、一塁コーチス・ボックスの濃人監督はおもしろいかっこうをした。左手をふり上げ、小さなからだをちょんととびあがらせた。まるで小学生がバスケットボールのシュートをしたようなポーズだ。この瞬間を権藤はこう説明した。「ゾーッとしたね。このリードを死んでも守らないといけないと思って・・・」ゲームが終るとマイクが一本、河野の前に突き出された。江藤によると河野は中日きっての理論派だそうだ。マイクの前で河野は静かにしゃべり出した。「まっすぐだと思います。真ん中寄りだと思うけどコースははっきりわかりません。当っていないって?そうでもないと思います。いい当たりをしてもここのところ野手の正面が多いんです。あせってもしようがないですよ。のんびりやってます」かえってアナウンサーの方が声が上ずっているようだ。理論派の河野は当っていないといわれたのは心外だといわんばかりに説明を加えた。「去年の方が活躍したとよくいわれるけど、けっして中日二年目の生活に安心しているわけではない。このところいい当たりが十本ほど正面へとんでいます。そのうち半分の五本でも右か左へはずれていれば二割五分の打率になっているはずです。去年のいまごろのぼくは二割二、三分のアベレージでした。そうすると去年よりことしの方がいいという計算になります。ちょっと運がないというだけだと思いますが、どうですかね」この計算は本多コーチも認めているそうだ。理論派であると同時に温情派でもあるらしい。最後は敗戦投手の城之内をほめた。「五回ごろまですごいピッチングだった。あまりにいいんで、ぼくは審判の人にすごいですね。打てませんねと聞いたくらいです。しかしその城之内を打ったおかげで、ことし初めてといっていいくらい記者の人に囲まれましたよ」河野がバスへのったとき先にすわっていた濃人監督が黒い顔をほころばせて、一塁コーチス・ボックスでとびあがったときよりももっと目ジリが下がっていた。

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