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プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

幡野和男・高井準一

2018-01-30 20:58:22 | 日記
1960年

私が法政二高の監督をつとめるのは法大在学中からだからことしで十二年になる。そして今夏の甲子園で宿願の全国制覇をやった。一応、理想のチームだったと思う。優勝できたのに一歩近づいたというのは、守備面でまだまだ満足のいくチームではなかったからだ。打力、走力の面で私が手がけたどのチームよりもよかった。しかし、守備面は投手によりかかったチームでこの点は満足できるものではなかった。私は私なりの考えからチーム作りの方針を立てている。高校の在学年数はわずかに三年、一年生のメンバーをそろえてスタートしても二年ちょっと、三年目の夏には一応の形を整えなければならない。私がもっとも力を入れるのはバッティングにしても、フィールディングにしてもまず基本をしっかり身につけるということだ。たとえばバッティングの場合はまずライト打ちからはじめ、バッティングとはミートが大事だということをおぼえさせる。はじめから引っぱるバッティングではどうしても力にたよってしまうからだ。しかし、幡野の場合にはムリにライト打ちをやらせるようなことはしなかった。それだけバッターとしてのセンスがあったわけだ。どんなタイプの投手に、どんな球を投げられてもポイントをつかむうまさが幡野にはあった。私が育てた外野手では斎田(法大ー近鉄)中山(日石)吉田(法大)に、幡野といったところが一流だ。そして穴のないコンスタントな点では幡野がいちばんだろう。しかし、斎田のような長打力は持っていない。力強さという点やや弱い感じがするのはそのためだ。私が内野を構成する場合、二塁にもっとも大きな内野手を持っていく。併殺プレーのキー・ポイントになる二塁はどうしても大型選手でなければいけない。小坂(法大ー広島、1㍍74)小川(法大、1㍍75)にことしの高井(1㍍76)がそうだ。いかにも野球をやるために生まれて来たような体で、ユニホーム姿が高井ほどぴったりする選手も珍しい。甲子園ではややスランプだったが、打つべきときにちゃんと打っている。第一戦(対御所工)では大量点の口火をきってナインをすっかり落ちつかせ、決勝戦(対静岡高)でも2安打しているのでわかるだろう、。高井はフライをとるのがニガ手だ。どちらかといえば小坂同様に最高のプレヤーだが、ゴロに対しては動きがいい。しかしフライを追うときには腰がのびきってしまう。足首、ヒザがかたくなるからだ。そして打球の下に早くいってボールを待つのではなく、腰がのびきったまま捕りにいくからへまをやることがある。法政二高から直接プロ入りするのは幡野と高井がはじめてだ。二人とも高校選手としての基本はできている。基本については補球ひとつでもうるさくいった。グローブのアミに引っかけて捕球するクセをつけないように、目の荒いヒモだけにしてグローブの真ん中で球をにぎるという練習をみっちりやらせた。こういった練習をきり抜けてきた二人だから軽率なプレーはやらないはずだ。しかし、これからは大人の野球だ。私も卒業生を送り出したあとのチーム作りをはじめた。もうこれでいいということはない。野球の技術にしても、もちろん同じことだ。技術に頂点はない。それを登りつめるのは努力だけだということを二人に贈りたい。

幡野選手の話 「阪神は高校出身の選手が多く、また甲子園でプレーできるのが魅力だ。プロのスピードに負けないように、振りをもっとシャープにすることがまず第一の目標。そして並木さんのようなプレーヤーになりたい」
出身校 法政二高 身長、体重、きき腕 1㍍76、72㌔、右投右打。
生年月日 昭和十七年五月十二日。
現住所 川崎市北加瀬950。
背番号 未定

高井選手の話「名人といわれた千葉さんに二塁手としてのプレーを徹底的に教わりたい。二塁手としては土屋さんのプレーが目標。スピードのある三遊間におくれず、また息のあったプレーはすばらしいと思う」
出身校 法政二高 身長、体重、きき腕 1㍍76、69㌔、右投右打
生年月日 昭和十八年一月一日
現住所 平塚市須賀587。
背番号 未定

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