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☆ 住 吉 大 神 浄 め 給 う ☆

天皇陛下、ありがとうございます。ご先祖の皆様、お父さん、お母さん、家族の皆様、ありがとうございます。

愛はすべての罪を消す

2015-01-28 15:38:06 | 今日の光明法語


愛は すべての罪を消す所の もっとも強力なる力である。


然し一党に偏して 一方を憎むが故に もう一方を愛するというような愛し方は、

実は 愛ではなくして執着であるから、そんな愛では 決して罪は消えないのである。


愛しようと思うならば、まず憎みを放たなければならないのである。


「 神に赦(ゆる)される 」 ということは、

「 業が消える 」 ということを いいかえたにすぎないのである。


業が消えるためには すべての人間を赦し、愛し、

心を尽し、言葉を尽し、行いを尽して

その愛を実践しなければならないので、


愛行の中にとびこみ、 「 わしが愛する 」 というような傲(おご)りの心なしに、

自からが空っぽになって、神が吾に於いて 人を愛するというようになった時、

もう自分は空っぽであるから、自分に まつわりついている業も罪もないのである。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  三十一日の法語  谷 口 雅 春 先 生 





罪を消すのは愛行にある

2015-01-28 15:03:04 | 今日の光明法語


罪はないということは、易(たやす)く いい得るけれども、

真に罪のない世界に飛躍するには 余程の修行がいるのであって、

ほんの一冊 本を読んで「 罪はない 」 と知っただけで、

罪なき世界に出られたと思ったら思い上りだ。


原因は 必ず結果を生む、結果なしに終るということはない。

無論 原因を消してしまうことにすれば 結果も消える。


人を憎んだ業をつんだものは、人を愛することによって消える。

然(しか)し愛さずに、憎んでいながら 「 罪はない 」 と考えるだけでは

観念の空廻(からまわ)りにすぎない。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  三十日の法語  谷 口 雅 春 先 生 




神は罰を与え給(たま)うことはない

2015-01-28 14:45:08 | 今日の光明法語


神は 決して何人にも罰を与え給うこともなければ

不幸を下し給うこともない。


全(すべ)ては 吾々が自分で蒔いた種を刈りとるにすぎない。


前生に於いて犯されたる罪は、

次の世に於いて その果実を刈りとることもある。


あの立派な人格の人が、どうしてそんなことになったのだろうと

不思議がる位に崇高なる人格が 突如として方向転換を始め 妙なことになってしまうのは、

過去世に於いて蒔かれたる或(あ)る行いの種が、

今世(いまよ)に於いて実を結んで来るのである。


それは教えの罪でもなければ、その人の現在の罪でもない。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  二十九日の法語  谷 口 雅 春 先 生 





値を払わねばならぬ

2015-01-28 14:26:36 | 今日の光明法語


神に祈るということが、神に感謝するということも、

結局 これらは 神に値を払っているということなのである。


神から生命を頂きながら、その生命を頂きっぱなしにして、

その一割の時間さえも 神に捧(ささ)げないということは

与えない事であり 奪いっぱなしになっていることである。


だから 常に 神からの恵みを受けようと思うものは

常に利子を払うかの如(ごと)く、

ある時間を割いて 神に感謝し祈ることが必要なのである。


行わないということも、まちがった行いと同様に

よくないことの起る原因になるのである。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  二十八日の法語  谷 口 雅 春 先 生 





この世界は原因結果の法則が働いている

2015-01-28 14:05:14 | 今日の光明法語


この世界は 原因結果の法則が 常に働いているのである。


決して蒔(ま)かぬ種は生えぬのである。

種を蒔かずに置いて収穫を得ようと考えてはならない。


他(ほか)から得た者に値を払わないのも やはり一つの自分が貧乏になる原因である。

値を払わないで旨(うま)く利益を占めたと思っていても、

それは結局 神の世界に於(お)いては 借金になっておるのである。


それは 将来における貧乏を約束しているのと同じことである。

だから、泥棒が千万長者になったためしがない。

値を払わないでいたものは 結局消えてしまうのである。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  二十七日の法語  谷 口 雅 春 先 生 




 感謝は無限供給の源である

2015-01-28 13:48:29 | 今日の光明法語


今より尚(なお)一そうよき仕事がほしいと思うならば、

今与えられている仕事に対して感謝せよ、

そして、できるだけその仕事に 自分のもっている力をそそぐのである。


与えれば与えられるの法則がそうに動く。

賃金が少なければ そのもらった賃金に感謝せよ。

感謝している中(うち)に賃金が増えて来るのである。


自分の上役が自分に対して ひどいと思ったならば、

それは自分が上役に対して 感謝の心の足らぬ反映であるから

その上役に対して感謝して全力を尽せ。

そこから無限の供給が現われて来る。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  二十六日の法語  谷 口 雅 春 先 生 






ほめ、讃(たた)え、感謝するところに多くの恵みがあつまる

2015-01-28 11:58:41 | 今日の光明法語


何でもほめるものが増えて来る。

何でも讃えるものが増して来る。

何でも感謝するものが増加する。


自分が与えられている恵みを数えあげて感謝せよ。

自分の今持てる其(そ)の少量の恵みに対して感謝せよ。

それを神の恵みとして感謝せよ。


こんなに僅(わず)かしか もたないとぶつぶつ不平を云わず、

真に神に感謝する時、その感謝の念が磁石となって

一そう多くの恵みが集って来るのである、

ほめるものが増え 感謝するものが増えるのが 無限供給の法則である。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  二十五日の法語  谷 口 雅 春 先 生 





人を倒して自分が栄えてはならぬ

2015-01-28 11:12:59 | 今日の光明法語


自分の商売の競争者を打ち倒してしまうという考えをいだいて

商売をしてはならないのである。


佐世保に講習会があった時、

一人の玩具(がんぐ)問屋の主人公が私を汽車の中まで追いかけて来て話した所によると、


彼は同業者を悉(ことごと)く打倒(うちたお)して 一流の玩具問屋になったのであるが、

自分の留守中 店員が共謀して四十万円の品物と金とをもって逃亡したというのである。


人を倒して自分だけが栄えようというような考えは

最初は一寸(ちょっと)成功するようにみえても 最後には不成功に終るのである。



『 生長の家 』 昭和二十五年一月号  二十四日の法語  谷 口 雅 春 先 生