奥田英朗「オリンピックの身代金」


 奥田英朗の2008年の作品。「無理」の前作です。発売は知っていたのですが奥田作品のイメージとは異なる、東京オリンピックを舞台にした爆破事件という内容にあまり興味をそそられませんでした。それが「無理」よりも面白いという評判を目にして一応読んでみることにしました。

 昭和39年、東京オリンピック開幕を前に新幹線・モノレール・首都高速の建設を急ぐ日本、海外ではビートルズがブレイクして日本にも伝わりだした…そんな浮き足立つ日本の首都東京で警察を標的とした爆破事件が発生、それが東京オリンピック妨害予告にまで発展していく。

 こういう歴史モノは結末で何も起こらなかったという事実を我々は知っているのでそれまでのプロット、登場人物像で魅せることになります。「オリンピックの身代金」の登場人物は奥田英朗のお得意の描写で生き生きとしています。面白い。

 エンターテーメント作品の面白さを知ったのはケン・フォレットの「針の眼」でした。こちらも歴史モノ、連合軍が上陸するのはカレーではなくノルマンディーだと知ったドイツスパイとそれを阻止する連合国側との戦い。
 フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」もフランスのドゴール大統領の暗殺を企てる狙撃手とそれを阻止するフランス当局との戦いでした。
 「オリンピックの身代金」を読んでいて、これら歴史モノ大傑作を思い出しました。結論が分かっているという不利を覆すプロット、登場人物の描き込み、充実度は半端でないです。

 それに主人公がテロリスト側という視点の作品としては、トマス・ハリスの「ブラック・サンデー」を髣髴とさせるものがありました。9.11以降はテロリストのヒロイズムといった内容はご法度の雰囲気もあるのでしょうが、社会の破壊、大イベントの妨害に至る悪が生まれる経過、主人公達の描写はリアルな恐怖があり、ド迫力のエネルギーを感じます。
 ブラックサンデーの女テロリストが自爆テロ決行前夜に家庭を持って幸せに暮らす人生ではなかったことを悲しみ泣き明かすシーンがありますが、「オリンピックの身代金」でも故郷の実家に警察が聞き込みに入り心配した母親からの手紙を読んで主人公が心痛めるシーンがあります。信条の達成と個人としての幸せ追求の間の心の揺れ動きが切ないです。

 「オリンピックの身代金」についてもう少し複雑な展開を期待する向きもあるかもしれませんが、現在物語と過去物語とが僅かの時間軸のズレを保ちながら開会式10月10日になだれ込んでいくシンプルで直線的なストーリーは楽しめました。
 主人公の人物像もステレオタイプのテロリストではなくて輪郭のハッキリしない普通の人間であるところもよいと思いました。必ずしも感情移入できる訳ではないのですがテロリスト達に親しみを覚える不思議かつワクワクするような高度成長期の熱を感じるエンターテーメント作品です。


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