今年の1枚/今年の1冊/今年の1皿


 久しぶりのアップとなってしまったのですが、もう12月となったので途中を飛ばして今年1年間を振り返って印象に残った作品です。
 今年は転勤、第2子誕生と生活面での変化もあり、昨年同様に趣味にあまり多くの時間を割けなかったのですが、そこそこ楽しめもしたのでその少ない経験の中からのピックアップです。


○クラシック

・「ドキュメント カラヤン・イン・ザルツブルク」
・カラヤン/ベルリンフィル「シェーンベルク浄夜、ブラームス第1番」
・カラヤン/ベルリンフィル「モーツアルト第29番・39番、ベートーベン第4番、チャイコフスキー第6番、ムゾルグスキー展覧会の絵、ブラームス第1番」
・アバド/モーツァルト管弦楽団「モーツァルト第29・33・35・38・41番」

 記憶が定かではないのですが、今年購入した新譜はアバド指揮/モーツァルト管弦楽団のモーツァルトの後期交響曲を5曲入れたディスクだけだったと思います。音楽ショップへもあまり行かなくなりましたが、たまに行っても新譜らしきものがほとんどありません。ポリーニの新譜が並んでいたのは覚えているのですがそれ以外の指揮者、演奏者はもう録音はできないのでしょうか。演奏者の本業は録音ではないとはいえ、寂しいを通り越して心配になってきます。

 アバドのモーツァルトは、ピリオド・古楽器演奏風のところもあり、こういう演奏もするのかという驚きはありましたが、全体的にはしなやかさと弾力のバランスの取れた端正な演奏で好感が持てました。個人的には大好きなだけに評価も厳しめの29番、38番もスピード感、表情付けが絶妙です。

 新作ではありませんが、発掘モノではカラヤンの最晩年のライブアルバム4枚です。公開を前提としたものではなかったので最上の録音ではありませんが、カラヤンらしいスケールが大きく分厚いサウンドが懐かしくて楽しめました。
 1988年の来日公演は、FMラジオで実況放送を聴いたのですが、その時のベルリンフィルのモーツァルトは有能ではない我がアパートのラジオを通じても豊潤な音のシャワーで耳、心が洗われる思いだったのを覚えています。当時は生演奏を聴いたこともなかったので、びっくり仰天、たまげました。
 3枚に収められている6曲を改めて聴き直すとモーツァルト、ベートーベンは若干弛緩しているところもあり最高とまではいきませんが、各日の後半のプログラムだったチャイコフスキー、ムゾルグスキー、ブラームスはカラヤンお得意の演目であり流石です。

 その来日公演から半年後のロンドンでの公演を収めた1枚も壮絶な演奏の記録です。ブラームスは来日公演のものよりテンポが速く緊張感ある演奏で感動を覚えました。特筆すべきは前半のプログラムのシェーンベルクの浄夜です。カラヤンのスタジオ録音は聴いていないのですが、繊細な音楽が徐々に熱を帯びていき、後半での弦の分厚さは圧倒的、この曲のイメージとは異なる熱い熱い演奏です。耽美的で陶酔感があり、絶好調時のバーンスタインの表現、カラヤンが晩年にウィーンフィルとザルツブルグで鳴り響かせたサウンドを彷彿とさせます。大舞台、歴史的な演奏を意識した時のカラヤンは凄まじいです。

 という訳で今年のクラシックの1枚はカラヤンの1988年ロンドンライブかと思っていたところ、この年末に大好きでこれまで一体何度観たか分からない「ドキュメント カラヤン・イン・ザルツブルク」のDVDが発売されました。これは以前にも書いたことがあるのですが、1987年のザルツブルク音楽祭に登場したカラヤンを追ったドキュメントです。「ドン・ジョバンニ」、「タンホイザー序曲」、「トリスタンとイゾルデの愛の死」のリハーサル風景を中心に若手歌手のオーディション、映像作品の編集作業、業界関係者との会談などの様子を収めたものですが、そこで演奏されている音楽が極限まで極められていく過程が興味深くて何度観ても飽きません。
 DVDになって音は少し良くなったかもしれませんが映像はVHS時と同様で少し古く感じます。それでもこれはクラシック音楽界で巨匠が競い合っていた時代の貴重な記録です。独裁者でもあり、優秀なマネージャー、愛すべき音楽人でもあるカラヤンの人となりがよく分かり楽しいです。DVDとしての再発売品ではありますが、今年の1枚はこれです。


 先日、有名な「さとなおcom」の日記を読んでいたら、グスターボ・ドゥダメルという20代のベネズエラ人の指揮者が新しい感覚の物凄い演奏をするんだそうです。21世紀のカラヤンになるとか。ロサンゼルス・フィルの音楽監督にも就任するそうで今後が楽しみです。


○ロック・ポップ

・ボブ・ディラン「テル・テイル・サインズ1989~2006」
・AC/DC「ブラック・アイス(悪魔の氷)」

 今年買った新譜はこの2枚だけだったかもしれません。それでも大好きな歌手の新作が出れば2枚でも十分満足です。

 AC/DCの9年振りの新作発売は付属ブックレット、おまけの多さ、ショップでの取り扱い方の派手さといい過去に例のない力の入ったものでした。日本でもファンが増えてきたのかもしれません。
 聴いた印象は、AC/DCの音楽の直球ど真ん中で楽しめるのですが・・・あまりにもど真ん中すぎて新鮮な驚きには正直欠けました。楽曲としては優れているものも多いのですが、過去に聴いたことのあるCDを聴いているような感じがしました。もう少しアクセントが欲しかったような・・・。そうはいってもこのワンパターンが堪らない魅力でもあるAC/DC、ケチをつけても傑作です。あとは来日公演を祈るばかり。

 ボブ・ディランの新作は、非公開作品、公開済作品の別テイク、ライブ版などを収めたブートレグシリーズの第8集です。といっても過去の7集は知らないので初めて購入したのですが、聴いてみて驚きました。どの曲も初めて聴くような新鮮で落ち着きのあるメロディ(未発表曲は当たり前ですがこれまでのボブ・ディランとは少し異なる雰囲気という意味です)、美しいアコースティックギターの音、穏やかで味わい深い歌唱、いいなぁと思える曲ばかりです。これらの曲は「オー・マーシー」以降の「タイム・アウト・オブ・マインド」、「モダン・タイムズ」などの時代の作品なのですが、これらのCDってそんなにいい作品だったっけと印象が違っていたので、改めて正規作品群を聴き直してみました。
 あぁそうだったと思い出したのは、「オー・マーシー」以降の作品ではボブ・ディランの歌い方が、もともとのダミ声を更に潰したような強い癖のあるもので、ちょっと違和感を感じるというか受け付けない傾向のあるものでした。それがこれらの近年の傑作シリーズと評価されている数作をそんなに気に入っていない理由でしたが、このブートレグでは歌唱にトゲが少なく、また時には甘く優しく歌い、聴き易いものになっています。美しい音楽だと歌詞にも興味が沸いてきて理解も深まります。
 今年のポップ・ロックの1枚はボブ・ディランの「テル・テイル・サインズ1989~2006」です。

 その他では、注目のガンズアンドローゼズの17年ぶりの新作「チャイニーズ・デモクラシー」、音楽ショップで試聴した感じではロックはロック、アクセル・ローズのボーカルは健在(?)ですが、コンピューターで作った音楽かなぁ、1回聴いてオシマイの予感がしたのでパスしました。ただ、その後、懐かしくて「アペタイト・フォー・ディストラクション」を聴き直しています。やっぱり最高ですね。私にとってオールタイムのナンバーワン・アルバムはガンズのアペタイトかもしれません。


○ジャズ

・ジョン・コルトレーン「ブルー・トレイン」

 ジャズはたまにビル・エヴァンス、マイルス・デイビスといった1年でした。新たに聴いた中で一番よかったのは、ジョン・コルトレーンの「ブルー・トレイン」です。何を今更と言われそうですが、この巨人についてはマイルス・デイビス・グループの一員としての魅力は知っているつもりですが、リーダーとなるとイマイチ聴き惚れるということがありませんでした。それが、タワーレコードの小冊子で奨めてあったこの1枚を聴いてようやく分かりました。テナーサックスの熱い熱い演奏、ハードバップ。「マイ・フェイバリット・シングス」、「バラード」、「至上の愛」なども聴き直してみようと思います。


○本

・谷崎潤一郎「細雪」
・谷崎潤一郎「陰影礼賛」

 本は小説は少なかったですがビジネス書、旅モノなどいろいろと読みました。今年の一冊は谷崎潤一郎の「細雪」ですがこれについては2月にアップしました。関連で読んだ「陰影礼賛」というエッセイも面白かったです。
 日本の家屋はもともと燭台で明かりをとることになっていて明るいところ、薄暗いところ、暗いところとがある、それに合せて障子や厠などがあり色彩面で落ち着いたバランスが取れている。これらの日本様式を西洋の電飾で煌々と照らすものではない。日本人の肌色、白粉、お椀、羊羹、能楽など日本の美はこのように陰影があってしっくりくることがいろんな例を挙げて書かれていて、なるほどなぁと納得できました。
 最近の家屋はとにかく光を入れること、明るいことをよしとする傾向が強く、確かに明るいほうがよいという思いはありますが、日本固有の薄暗さがしっくりくるというのも分かる気がします。西洋式が全てよい訳ではない、日本には日本の良さがあることを再確認させてくれます。


○漫画

・白土三平「カムイ伝全集」(カムイ伝第一部、カムイ外伝、カムイ伝第二部/全38巻)
・井上雄彦「バガボンド」(29巻まで)
・安倍夜彦「深夜食堂」(2巻まで)
・浅野にいお「世界の終わりと夜明け前」

 漫画は比較的多く読んだ(見た?)ほうだと思います。それでも1冊目を気に入って次に進んでも2冊目がそれほどでもない作品が多いですね。連載を続けるというのは難しいことだと思います。特に印象に残ったのが次の4作です。

 「バガボンド」は29巻まで一気に読みました。これは私が説明するまでもないですね。宮本武蔵を現代に生き生きと甦らせた。傑作です。

 「深夜食堂」の2巻も1巻よりは弱くなりましたが十分に楽しいです。何だかんだいって、やはり食べることは人間の関心事の大きな部分を占めると思います。食べることを人生の一場面と上手く絡めるこの作品は心の琴線に触れるものがあります。

 浅野にいおは、「ソラニン」、「おやすみプンプン」もいいですがまだ未完成のような微妙な違和感があります。短編集である「世界の終わりと夜明け前」は最高でした。都会で生活する孤独な人間像、他人との付き合いが不器用で傷つく繊細な心と狂気、幸せだった子供時代へのノスタルジーなど浅野にいおの良さが短編ではよく表現されています。漫画を超えそうな領域まで近づいていると思います。

 学生時代に「カムイ外伝」をスピリッツでたまに読んでいて、いつか全体を読みたいと考えていました。今年、一気に全集38巻を購入しました。第一部、外伝を読んで、現在、第二部を読んでいる途中ですが、骨太のプロット、リアルな時代描写、多様な登場人物に魅了されます。ただ、単純に面白いだけではなく挫折感、閉塞感も重くて、どう捉えてよいのか分からない深さもある作品です。まだ読み終わっていないので今は総括できないのですが、読了したらまとめて何か書いてみたいと思います。時代漫画の金字塔であることは間違いないと思います。思い切ってまとめ買いしてよかったと思います。今年の1冊はまだ読み終わっていませんが「カムイ伝」です。
 そして!近い将来、カムイ伝の第三部の連載がスタートするそうです。40年以上の期間をかけて完結する大河ドラマ。こちらも漫画を超えた存在になりそうです。


○映画

・「トランスフォーマー」
・「バベル」
・「シッコ」

 今年も映画は10本も観ていないと思います。劇場にはとうとう立ち入りませんでした。DVDで観た中で印象に残っているのは上に書いた3作です。エンターテーメント、本格派、ノンフィクション。どれも今年公開された作品ではないかもしれませんが、強いて今年の1本を上げれば、マイケル・ムーアの「シッコ」でしょうか。

 アメリカでは国民共通の健康保険が整備されておらずほとんど任意、加入していてもいざ給付の段階になると保険会社と医者が結託して保険対象外だと認定する、お金本位の非人間的な運用は衝撃的です。理想的と紹介されていたカナダ、ヨーロッパなど社会保険が整備されている国は一方で税金が高いという面が抜け落ちていましたが、それにしても何百万、何千万払わなければ手術も受けられない、支払いができないと分かると車で連れて行き道端に捨て去るというのは異常です。映画の中でも語られていますが、アメリカは一体どうなってしまっているんでしょうか。最近の金融危機の報道の中でも明らかになってきましたが、何十億円という報酬は結局、常識外れの何かから生み出されていて本来真っ当ではないということでしょう。


○食べ物

・お好み焼「八昌」(広島)

 食事については今年も家族での食事中心、所謂食べ歩きは何かのついででたまーにです。

 広島に行った際に初めて「八昌(はっしょう)」でお好み焼を食べました。八昌というのは広島風お好み焼のとある一派の元祖かつ有名店です。この数年は広島でお好み焼を食べるのであれば、八昌で修行した人が営業している「えんじゃ」(お好み共和国ビルに入っている)でしたが、ようやく元祖の店に行けました。広島風お好み焼は関西風とは異なりベースがさっぱりとしたキャベツでそれに味の濃いソースをかけるので、店による味の違いは極めて小さく(そういうと広島出身の妻は反発するのですが・・・)、どこで食べても一緒と思っていたのですが、八昌系で食べると、もう他店はいいやと思うようになりました。何が違うのかというと、標準である肉・玉・そばのそばが一旦茹でられる、玉子は二個玉(これは味には関係なし)、全体的に回りはカリッと、中はじゅわっと仕上げられるくらいしか説明できません。おそらく食べ慣れないと他との違いがあまり分からない程度の違いなのですが、丁寧に丁寧に作られる工程もおいしく感じさせるのかもしれません。また、八昌系は多くの専門店とは異なり、サイドメニューとして名物のスジポンや鉄板焼があります。お好み焼が焼き上がるのに15分~20分かかるので、待つ間に生ビールとツマミを楽しめることも八昌系に足を向けさせる理由の一つとなっています。

 元祖の八昌は、広島市の繁華街の中の薬研堀(やけんぼり)という風俗店が集中している一帯の近くにありました。呼び込みが立っている店の前を通り過ぎて小路に入ると青色の看板が光っています。行列必至と読んでいましたが、17:20頃に着けたので1~2席空いていて待たずに入れました。店内はカウンター席が20席くらいでしょうか。いつものように生ビールとスジポンを注文して焼き上がるのを待ちます。さすがにある意味では広島の聖地の一つ、働いている5~6人のスタッフもきびきびと気持ちよく動いています。見ているだけでも美味しそうで期待は膨らみます。
 食べてみると・・・やっぱり美味しいのですが・・・やっぱりあまり違わないなぁとも思いますが・・・満足できました。この微妙な違いの上質感、わざわざ出向かなくてもといえますが、私は広島でお好み焼を食べるならやはり八昌系です。




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