ゲルギエフ/キーロフオペラ「ムゾルグスキー ボリス・ゴドゥノフ」


 ムゾルグスキーによる傑作オペラ「ボリス・ゴドゥノフ」です。このオペラの魅力は何といってもバス、男性の低音の歌声です。一般的にオペラは主人公のテノールとソプラノによるアリアを聞かせどころとしますが、このオペラは主人公をはじめ、バスが歌う時間が長くて独特の暗さ、力強さを持っています。ロシアを舞台にした陰謀、野心、苦悩ありの暗くて重い政治ドラマによく合っています。
 民衆のコーラスの宗教的ともいえる真摯で力強い歌声の絡みも絶品です。私にとってこの曲はバッハにも似た癒しの音楽、気持ちをクールダウンさせてくれる音楽です。
 このオペラの難点はコーラスが登場しない中間部分が若干冗長なことです(改訂版)。内容は分かっても直接言葉を聞き取れない我々には辛い時間帯もあります。この曲を聴くのは上質のバス歌手を揃えた優秀なディスクに限ります。

 「ボリス・ゴドゥノフ」は私が初めて劇場で観たオペラです。NHKホールでのアバド指揮/ウィーン国立歌劇場、映画監督のタルコフスキーが演出した公演でした。宣伝文句に「アバドの伝家の宝刀」などと書かれていたものです。音響がよくなくて音楽ははっきりとは聞き取れなかったのですが、大きな鐘が左右に揺れたり、暗殺した皇太子の亡霊(白い服を着た子役)が出てきたりと、演出、舞台の面白さのほうをよく覚えています。

 そのアバドとベルリンフィルによる演奏会形式のライブディスクを長らく聴いていたのですが、ゲルギエフ/キーロフオペラ盤を聴いてぶったまげました。音楽の深さが違います。同じ曲とは聞こえないです。さすが地元の演奏は一味違うということでしょうか。アバドは単なるメロディ、ゲルギエフは内容も含めて深く掘り下げてある音楽です。
 以前は国民楽派(?)というのでしょうか、土俗的な曲はカラヤンやクーベリックなどが味のある演奏を聴かせてくれましたが、最近はチャイコフスキーを演奏できる指揮者といえばゲルギエフくらいしか思い出せません。オーストリア、ドイツ、イタリアだけでなく、ロシア、東欧ものの担い手の登場を期待したいです。チョン・ミュンフンはチャイコフスキーは振らないのでしょうか。

 なお、このディスクには原典版(1869年版)と改訂版(1872年版)とが収録されています。原典版にはオペラのお約束であるソプラノのアリアがなかったので、新たにソプラノ役を作って彼女がメインで登場する幕を増補したのと、ラストシーンを手厚くしたのが改訂版です。私はこの増補部分は魅力的な箇所もあるのですがどうしても必要だとは思わないのでぎゅっと締まっている原典版のほうが好きです。
 いずれにしても2つの版を録音するとはさすがにタフなゲルギエフです。


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