シリウス日記

そうだ、本当のことを言おう。

その11-1・飯山市の皿川氾濫に見る問題点の検討

2020-02-15 16:18:57 | 日記

以下「横丁大家さんブログ」から引用
http://archive.md/Ggpn4

『皿川樋門の台風19号の樋門操作記録が明らかになりました。
樋門操作記録は、日立市にお住いのMさんが、情報公開により入手されたものです。
その資料は「操作に関する記録」
皿川樋門
出水時操作 操作人数2名
操作の開始 10月12日20時55分
操作の終了 10月13日22時20分
操作時の気象・水象情報  10月12日雨 10月13日くもり 
開始時 外水位 3・05m  内水位3・05m(注5)
終了時 外水位 4・61m  内水位4・74m
退避時の状況 外水位6・23m  内水位6・43m
退避指示日時 10月13日  1時29
退避開始日時 10月13日  1時30分
退避完了日時 10月13日 1時44分
再出動日時  10月13日 14時
特例操作の理由 台風19号による出水
操作の際に行った通知の状況 飯山市役所および樋門周辺区の区長へ連絡
ゲートの操作状況等 10月13日1時44分 1号ゲート・2号ゲート閉操作
          外水位 6・23m 内水位 6・43m 
10月13日15時30分 1号ゲート・2号ゲート開操作
          外水位 6・38m 内水位 6・40m 
なお、令和1年10月28日報告   報告受理年月日 令和1年11月 1日
となっています。』

いろいろと興味深い情報が入っています。
樋門は2人の操作員によって操作された、と。

第一章
その2名によって『操作の際に行った通知の状況 飯山市役所および樋門周辺区の区長へ連絡』とされていますが、1時45分あたりに飯山市にこの連絡が入った、という情報はありません。
実際、第一通報者が2時15分に飯山市に「水があふれた」という電話をした際の飯山市の受け答えは「えっ、あふれた?」でありました。(注1)

この第一通報者より前に樋門操作員から飯山市に「樋門を閉めた」という連絡が入っていれば、電話の受け答えは「えっ、あふれた?」というような、「不意をつかれた、予想外の出来事に驚いた」と言うようなものではなかったと思われます。
その場合の受け答えは「分かりました。早急に避難してください。」とかなんとか、そういうものであったはずです。

どうしてかといいますと、皿川には排水ポンプ車は事前に配置されてはおらず、その状態で樋門を閉めれば水があふれる事は少なくともその時に市役所に詰めていた「対策本部構成員の方々」にとっては「常識であったから」であります。
そうであれば「樋門を閉めた」という連絡を受けた市役所はすでにその対応を始めており、したがって住民からの「水があふれた」と言う連絡に対しては「その件は想定済である」という反応をしたでありましょう。

それから『区長への連絡』とありますが、有尾地区区長へ消防団から連絡が入ったのは水があふれた後であった模様で、区長の皿川左岸住民への避難指示連絡が遅れて、そのために避難できずに家に取り残された住民の方々が発生しました。(注2)
つまり樋門操作員は1時44分に樋門を閉めた後に「区長に連絡をしていない」、という事になります。(注6)

樋門操作直後に河川事務所の主張する様な「操作員から区長への連絡」があったならば、2時15分に水が左岸を越水する前の周辺住民の避難は可能であったと思われるからであります。

以上の事から、河川事務所が返答してきた報告
『操作の際に行った通知の状況 飯山市役所および樋門周辺区の区長へ連絡』
というのは事実ではない、という事が分かります。

そうしてまたこの報告は河川事務所自らが行った新聞発表「信毎ニュース・ウェブ版」の内容とも矛盾しています。
・皿川の水門閉鎖、国交省が飯山市に通知せず 30分後越水し中心部浸水
http://archive.md/jBxn9

それともこれは「樋門操作員は飯山市に連絡したが、河川事務所は飯山市には連絡しなかった」という「訳のわからないお詫び会見の記事」なのでしょうか?
しかしこの記事を受けた飯山市長の反応は「河川事務所からの連絡がなかったのは遺憾である」というものでした。

飯山市長は「樋門操作員からは連絡を受けたが、河川事務所から連絡がなかったのは遺憾である」と言っているのでしょうか?
それで避難勧告や飯山市のその後の対応が後手に回った、と。

そうだとしたらこれは本当に「おかしな市長の主張」であります。
それに輪をかけて飯山市は今までの所「いったい何時、皿川樋門が閉められた、という連絡を受けたのか」、それから「誰からその連絡を受けたのか」、それらの事に関しては一切の情報を公開していないのであります。

ちなみにそのような飯山市の態度というものは、残る2つの国管理の樋管、飯山樋管と栄川樋管についても同様であります。

注1
皿川の水門を閉めたのは…
https://minkara.carview.co.jp/userid/2158429/blog/43438514/
http://archive.md/F45JX
『・・・
だから「溢れたよ」の第一報(しかないけど)を入れた時、電話の相手が「え!溢れた?」って反応だったのか』

注2
情報発信
https://minkara.carview.co.jp/userid/2158429/blog/43435860/
http://archive.md/sn0Nj
『・・・「皿川の水門を閉めたので、皿川溢れるからって2時頃?過ぎ頃?有尾の区長へ消防団から連絡があったから、区長は皿川の周りに住む人に電話して公民館へ避難しろって言ったって」
「でもね俺んち(GARAGE)側の住民はもう逃げ遅れてたんだよね」』

注5
開始時 外水位 3・05m  内水位3・05m

この記述は引用したブログからのコピーですが、後日、以下の様に修正が入りました。

開始時 外水位 3・05m  内水位3・19m

注6
つまり樋門操作員は1時44分に樋門を閉めた後に「区長に連絡をしていない」、という事になります。

この部分の記述は後日報道された信濃毎日新聞の記事により以下の様に変更されます。
http://archive.fo/Q7J1l
『13日2時10分ころ
樋門操作員が地元区長に「樋門を閉めた。避難した方がいい。」と連絡。』
ちなみにこの記事は「その3」で示した「ウエブ記事」に追加取材し、加筆して印刷された模様です。

そうして、残念ながらこの樋門操作員氏の連絡でも皿川周辺の方々の避難には十分ではなく、逃げ遅れた方が発生したのでした。

さてその上でこの辺りの状況を整理いたしますと
1、皿川樋門は開いていた。
2、しかしバックウオーター現象の為に皿川で越水が発生した。
3、皿川が満水に近い事を知った樋門操作員は周辺住民の避難が必要であると判断し顔見知りの区長に「俺が樋門を閉めたから、避難した方がいい」と電話した
4、閉めてもいない樋門を「閉めた」と説明したのは、その説明が区長や周辺住民に分かりやすかったからである。
5、したがって樋門操作員はこの時点で皿川に「本当は何が起きていたのかは知らなかった」。
6、実際には皿川樋門は閉めていないので市役所への報告は「河川事務所から指示されたルールに従って」行わなかった。
(指示されているルールでは「樋門を閉めたら市役所と区長に連絡」である。)
7、それではなぜ河川事務所のルールを無視してまで、区長にはウソの説明をして連絡をいれたのか?
8、地元で暮らす樋門操作員氏にとっては「河川事務所の指示」よりは「地元住民との関係の方が重要であったから」である。
9、しかしそのような樋門操作員氏の「男気に基づいた行為」をその後、まことに卑劣な連中が「樋門を閉めた事にしよう」と言うウソの説明、そういう言い訳に使う事にした。
10、これは「男気からでたまこと」が「その後、勝手にウソの説明に転用された」という、本当に許しがたい状況なのである。

追記
さて以上の様な状況に対応した市役所内部での情報の推移は以下の様なものになる。
1、まずは「皿川があふれた」で「樋門が開けっ放し」だから「バックウオーター」だな、となった。<--13日早朝、県に報告を上げる時点。http://archive.fo/EdLrg (注7)
2、次に「水害の大きさに驚いて」「樋門開けっ放しはまずい」となった。
  なぜなら「樋門開けっ放し」だと「千曲川の水が市内に逆流した事がばれる」から。<--13日昼~14日にかけて被害状況がわかるにつれて
3、それで「実はバックウオーターではなく樋門が閉められていた」という事にした。<--17 日午後 4 時報告の第一報時点。
4、そして樋門操作員から「樋門を閉めた」という連絡を市役所が受け取った事にした。
5、しかしよく考えると、それでは市役所の対応のまずさが目立ちすぎる事に気が付いた。
6、それで「河川事務所が市役所に樋門を閉めたという連絡をするのが遅れた」と言う事にした。<--水害から1か月以上たった11月21日時点で-->「その18」に続く

注7
県への報告
https://www.pref.nagano.lg.jp/bosai/documents/dai4.pdf
P31
〇飯山処理場 ポンプ施設の機能停止
①現状
・千曲川の水位上昇によるバックウォーター(逆流)が発生。
・これにより、飯山処理場の有尾中継ポンプ場他マンホールポンプ施設3か所が機能停止。
②対応
市職員が状況を確認中。
対策を検討中

追記 その22021/6/16:その後市議会議事録を再確認する事によって17日に開かれた飯山市が市議会議員に説明をする場所で飯山市は「樋門操作員から2時頃に樋門を閉めた、という連絡をもらった」と説明した事が判明した。: ・参考資料の2 

この事実は上記注6追記で書かれた内容を補強するものである。

そうして情報の流れを整理するならば、

楽農家さんから2時15分に「皿川氾濫」の情報が市役所に入るー>
市役所は現地に「確認の為の」職員を派遣したのちに、顔見知りの樋門操作員に電話をした。ー>
樋門操作員から「有尾区長に電話をした」という情報を入手。->
有尾側には「避難勧告発令と同様の状況になっている事」を市役所が認識ー>
したがって職員から「皿川の有尾側への越水を確認した」の情報が入っても、有尾側に対してすぐに避難指示を出さなかった。->
しかし北町区側に避難指示を出した後で、有尾側に「公式な形で避難勧告を出していない事に気が付いた」。->
このままでは後日の記録の報告の時にまずい、という事になって、あわてて有尾側にも「改めて、実質上はあまり意味のない避難勧告」を発令した、のである。

以上が「北町への避難勧告よりも最初に越水を確認した有尾側への避難勧告が遅れた理由」である。 : 「令和元年台風19号台風関連災害経過報告 令和元年 10 月 17 日午後 4 時現在」 : https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/senryaku/press/1017iiyama.pdf

 

飯山市の皿川氾濫に見る問題点の検討・一覧