5階建てより高い建物が殆ど無いクイーンズからヒョイっと地下鉄に乗って7~8分、ミッドタウンの地上にヒョイっと出ると、こういう景色が異次元の世界に見えることがある。一秒くらいしか保たれない異次元風景は、写真を撮った時にはもう日常風景になっている。
画像中央のビルは何十年も前からマンハッタンのランドマークで在り続けたフラットアイロン。上空から見ると細長い三角形をしている。その左横のビルは建ってから5年経っていないだろうコンドミニアム=分譲住宅ビル。どちらも百年後には残っているのだろうか?
写真中央のビルには描かれた窓が。この側面にもうすぐ別の高層ビルが隣接して立つようなので、もうすぐこの「窓」は見えなくなるだろう。この写真を撮っていた僕の周りには、同じようにカメラを向けていた人が10人以上はいた、と思う。
テレビニュースではまだハリケーンと洪水の被害を受けたニューオリンズの特集報道が続いている。被災後5日後にやっと連邦政府からの大規模の救援物資が届いた、とかテキサスのアストロズ球場が見積もりより僅かな人数しか収容できないことが判明した、など。主要な石油のパイプラインが幾つも壊れたらしい。国内でのガソリンの値段はもうすぐ1ガロン4ドルになろうとしている。こうなると、全ての物品の値段が上がるだろう。でもミュージシャンのギャラは変わらなかったりして、、、。
今ニューオリンズが大変なことになっている。ハリケーンカタリーナの直撃を受け、堤防が数箇所決壊した結果、都市が丸ごと水浸しになっている。現時点でもまだそのままである。注意報は発令されていたようだったが、逃げ仰せたのは逃げるお金があった人たちだけだ。未だに軒スレスレまで泥水に浸かった家のボロボロになった屋根の上から"Help Us!"と書いた紙を掲げている人たちがニュース番組に映し出される。その直後に政治家のコメントが続く。ブッシュ大統領の顔は勇気づけようとして微笑んでいるのか、ただ休暇明けで弛んでいるのか、判断がつかない。ガソリンの小売り価格は1ガロン3ドルを突破した。いい加減にこの国の金持ち層にはまともな精神を取り戻して欲しい。墓場に持ち込む金に何の意味がある?
5番街と6番街の、50丁目から57丁目辺りには教会が多い。このエリアに5th Avenue/53rd Street という地下鉄の駅がある。プラットホームは割と深い所にあり、改札から長いエスカレーターで降りて行く。別にNYで一番長いのではないけれど、相当以前に造られた感じと、無機質にならんだ広告が印象に残る。この辺りの地上には100年以上前に建てられた、レンガ壁の教会が立ち並ぶ。
Grand Central Parkwayという高速道路を走行中の車から撮った、着陸態勢に入る飛行機。
画面右下に細く曲がって突き出ているのがハイウェイランプ。次々と景色が変わる走行中の自動車からこの角度で降りて来る大型旅客機に接近するスリルが伝わるだろうか?頭上スレスレというのは事実ではないけれど、実感そのものだった。
画面右下に細く曲がって突き出ているのがハイウェイランプ。次々と景色が変わる走行中の自動車からこの角度で降りて来る大型旅客機に接近するスリルが伝わるだろうか?頭上スレスレというのは事実ではないけれど、実感そのものだった。
ここ数日NY市内では湿気の多い息苦しい天気が続いている。それでも梅雨時の東京に比べたらまだマシなのかもしれない。
しかし同じ面積内での高層ビルの数、そして冷房に消費されるエネルギー量は東京以上だろうから、大都会にありがちな「こもり熱」も東京以上かもしれない。
とにかく汗が止まらない。8年前中古で購入した小振りのエアコンがまだしっかり動いてくれているのに感謝。当時住んでいたマンハッタンHell's KitchenからAトレインでクイーンズの奥地まで行き、インド/パキスタン系の主婦のおばさんから購入した。帰りは持参したカートに載せてまた地下鉄経由でえっちらおっちら引きずって帰宅したのが忘れられない。
しかし同じ面積内での高層ビルの数、そして冷房に消費されるエネルギー量は東京以上だろうから、大都会にありがちな「こもり熱」も東京以上かもしれない。
とにかく汗が止まらない。8年前中古で購入した小振りのエアコンがまだしっかり動いてくれているのに感謝。当時住んでいたマンハッタンHell's KitchenからAトレインでクイーンズの奥地まで行き、インド/パキスタン系の主婦のおばさんから購入した。帰りは持参したカートに載せてまた地下鉄経由でえっちらおっちら引きずって帰宅したのが忘れられない。
もう二週間くらい前の話になってしまうが、奈良に行ってきた。何百年も前からあった天益寺(てんやくじ)の、不審火で焼けてしまったお堂の復興コンサートを聴きに、帰国翌日に慌ただしく東京から出かけて行った。
桜がきれいだった。奈良盆地のど真ん中、平地の至る所に、そしてポコ、ポコ、と盛上がった丘の斜面に満開の桜が目を楽しませてくれた。僕が着く二日前程から急に咲き始めたらしい。この日も翌日も天気は快晴、NYの都会から飛び立って僅か36時間後の別世界だった。あまりの事に、送信するとメチャクチャ料金が高いプリペイド携帯電話で東京の友達と喋りまくってしまった。
しかし世の中、色々ありまして。コンサート後一週間ほどしてから関係者と話をした際、こんな事を聞いた。
或る年の春、天益寺の近くで、アマチュアカメラマンが撮った一本のしだれ桜がかなり良い感じに写ってた。これを見た地元民の一部が、「こらぁいけまっせ!!」とその桜に古めかしい名前をつけて観光パンフに載せたところ、翌春人だかりができた。企画した人々はもうウハウハ状態、トチ狂ってそのしだれ桜の周囲を舗装して遊歩道にしてしまったらしい。何百年も前からの木だから、根が土の中でとんでもなく広がってるのに、その上をコンクリ固めて大勢の人がその上を踏みまくったのである。それは、もう枯れるよ!その辺りには似たようなのが幾らでもあるのだ。今回の訪問の二日目に車で周辺を廻った。いくつもの美しい桜が咲き乱れていた。もうアホでしょ?
桜がきれいだった。奈良盆地のど真ん中、平地の至る所に、そしてポコ、ポコ、と盛上がった丘の斜面に満開の桜が目を楽しませてくれた。僕が着く二日前程から急に咲き始めたらしい。この日も翌日も天気は快晴、NYの都会から飛び立って僅か36時間後の別世界だった。あまりの事に、送信するとメチャクチャ料金が高いプリペイド携帯電話で東京の友達と喋りまくってしまった。
しかし世の中、色々ありまして。コンサート後一週間ほどしてから関係者と話をした際、こんな事を聞いた。
或る年の春、天益寺の近くで、アマチュアカメラマンが撮った一本のしだれ桜がかなり良い感じに写ってた。これを見た地元民の一部が、「こらぁいけまっせ!!」とその桜に古めかしい名前をつけて観光パンフに載せたところ、翌春人だかりができた。企画した人々はもうウハウハ状態、トチ狂ってそのしだれ桜の周囲を舗装して遊歩道にしてしまったらしい。何百年も前からの木だから、根が土の中でとんでもなく広がってるのに、その上をコンクリ固めて大勢の人がその上を踏みまくったのである。それは、もう枯れるよ!その辺りには似たようなのが幾らでもあるのだ。今回の訪問の二日目に車で周辺を廻った。いくつもの美しい桜が咲き乱れていた。もうアホでしょ?
昼過ぎから、唐突に霰が降り出したかと思ったら、見る見る大粒の重そうな雪に変わり、視界を狭める程の降りになった。何しろ、昼食中40分間に路駐した車の雪掻きをしなければならないほど。今、夜半、雪は止んだが温度が急激に下がり、路上の雪が、ガチンガチンに凍ってしまった。お年寄りや身体の不自由な人の怪我人がでなければ良いが。どうでもいいですけど、今日は自分のジャズバンドのライブの日でしたが、この雪のせいで、出立一時間前にキャンセル喰らいました。orz
1メガピクセルの携帯カメラで撮ったこの写真は、イーストリバーからマンハッタンを写した。
斜光なので高層ビルの南側にしか光が当たっていない。ビルより川寄りの所は直ぐ崖になり、さらに水面に近いところはF.D.R.- フランクリン・D・ルーズベルトハイウェイが崖をくり抜いたところを走っている。
かなりの数の背高ビルが狭い所に密集し、そこから余り離れていない崖の下には高速道が敷かれ、その下は川。地震がない地域ならではの造りだ。子供の頃に見た、空想上の地下都市の断面図、みたいなのを思い出す。
斜光なので高層ビルの南側にしか光が当たっていない。ビルより川寄りの所は直ぐ崖になり、さらに水面に近いところはF.D.R.- フランクリン・D・ルーズベルトハイウェイが崖をくり抜いたところを走っている。
かなりの数の背高ビルが狭い所に密集し、そこから余り離れていない崖の下には高速道が敷かれ、その下は川。地震がない地域ならではの造りだ。子供の頃に見た、空想上の地下都市の断面図、みたいなのを思い出す。
夕暮れと言うにはやや早い頃合いの空を眺めるのが好きだ。その際、雲が無いといけない。360°全て真っ青!というのも好きだけど、そういうのはもっとだだっ広い所で見たいなぁ。
斜めになってきた日の光を受けた雲は、往々にしてくっきりとした光のコントラストを映し出す。それが良い。今の天気は?と訊かれれば「曇り」なんだけど、上には真っ青な空がある、とか「晴れ」なんだけど空の一部をだけ覆っている平べったい雲の下はどう見ても灰色の曇り空、とか。
相反する現象が、スケール大きく同居している。これを上手く写真にするのは楽じゃない。こちらの携帯についているような、1メガピクセル程度のなんちゃってカメラでは特に厳しい。でも余りにお手軽だったから撮りました。
仮に激しいコントラストを上手く描写できても、それだけでは自分の感じた全てはまるで伝わらない。立ち止まってまでして風景を見る時、人はランダムにあらゆる想い出を頭でスキャンし、もう一回風景を見る、またスキャン、見る・・・瞬時にこの「往ったり来たり」をして、風景と想い出を「ひとつ」として感じ取るから。
僕にとって夕暮れ前の空を見て感じるのは、「一日の活動を一端でも終えて、家に帰り、飯を食う。」という事。今まではいつも夏に印象深い光景があった。日中明るい分だけそれがいきなり翳る時は歩く脚を止めて立ちすくむこともあったりして。
2月中旬というのに、外で手袋も帽子も要らないほど暖かい日が続いている。冬なのにこんな良い空を見られた。刻一刻と変わっていき、一ブロック先の郵便局に着いた頃にはもう水色の空は無かった。
斜めになってきた日の光を受けた雲は、往々にしてくっきりとした光のコントラストを映し出す。それが良い。今の天気は?と訊かれれば「曇り」なんだけど、上には真っ青な空がある、とか「晴れ」なんだけど空の一部をだけ覆っている平べったい雲の下はどう見ても灰色の曇り空、とか。
相反する現象が、スケール大きく同居している。これを上手く写真にするのは楽じゃない。こちらの携帯についているような、1メガピクセル程度のなんちゃってカメラでは特に厳しい。でも余りにお手軽だったから撮りました。
仮に激しいコントラストを上手く描写できても、それだけでは自分の感じた全てはまるで伝わらない。立ち止まってまでして風景を見る時、人はランダムにあらゆる想い出を頭でスキャンし、もう一回風景を見る、またスキャン、見る・・・瞬時にこの「往ったり来たり」をして、風景と想い出を「ひとつ」として感じ取るから。
僕にとって夕暮れ前の空を見て感じるのは、「一日の活動を一端でも終えて、家に帰り、飯を食う。」という事。今まではいつも夏に印象深い光景があった。日中明るい分だけそれがいきなり翳る時は歩く脚を止めて立ちすくむこともあったりして。
2月中旬というのに、外で手袋も帽子も要らないほど暖かい日が続いている。冬なのにこんな良い空を見られた。刻一刻と変わっていき、一ブロック先の郵便局に着いた頃にはもう水色の空は無かった。