先週の日曜日、ポール・モシアン率いるカルテットを聴きにビレッジバンガードへ。かつてのビル・エヴァンスのドラマーでもあり、1960年代はニューヨークの、それ以降現在までは世界のジャズシーンで活躍するモシアンさん(日本語ではモチアンで通っている)、もう70歳半ばになるそうだ。しかしドラミングには何の衰えもない。
彼のカルテットはトリオ2000+1という。あくまでピアノ、ベース、ドラムのトリオがバンドの核だということだろうか。昨年同じバンドを同じビレッジバンガードで聴いた時はテナーサックスのクリス・ポッターだったが、今回はアルトサックスのグレッグ・オズビーだった。
バンドからは、緊張感と以心伝心がひしひしと伝わってきた。言うまでもなくジャズは様々な国籍や世代のミュージシャンによって演奏されてきた。この日のカルテットは全員がそれぞれ違うスタイルを極めた人達だ。その4人が奏でる音には衝突は無い。ただひたすら一曲一曲を形付けるのにベストなパートを、一人一人が澱み無く奏でていた。セットの構成はモシアン作曲が2つ、セロニアス・モンク作曲も2つ、スタンダードが1つ、だったと思う。
モシアンのドラムサウンドには際立つ特徴がある。その中でよく取り沙汰されるのが、シンバルワークとスネアドラムサウンド。彼はシンバルで同じパターンを同じ音色で何十回も続けて叩かない。そして同じシンバルの叩く場所や角度を変えて音色を変化させる。そのビートはいつもスウィングする。スネアドラムの皮はそれほどキツく絞めてはいないので、ピッチは高く無い。でもドラムの皮を押さえている枠=フープと皮の端っこを同時に叩く時、「スコーン!」という甲高い音が出る。
昨年9月の
インタビュー記事でも紹介されているように、彼の音色は何世紀もの間中近東で演奏されてきたハンドドラム=フレームドラムframe drumの音と無縁ではない。
フレームドラムは世界中に多種あるけれど、大まかに言うと浅い胴体に一枚皮が張ってある寿司桶のような形。上の画像にあるブラジルのパンディエロのように中近東のものは皮を押さえるのにフープはあまり使わないが、基本的にこういう感じ。大きなものは膝の上に立て、片手で上から押さえながら叩く。一枚の皮で高音、中音、低音を叩き分ける。音色は皮の上のどこをどう叩くかで変わる。例えば皮の中心から端のおよそ真ん中辺りを親指の横で弾くように叩くと余韻のある低音が、指先で端を弾くと甲高い高音が、という具合。それぞれの余韻を短くするには叩いた指を皮に触れたままにする。指やバチで叩いたり、ブラシで擦ったりする。
確かにモシアンの音は独特だ。そしてどんなに不規則なことを叩いても、どれほどジャズドラムらしくない音色を奏でても、彼の音楽はジャズだ。モシアンのドラムビートがスウィングしまくるから。彼のジャズビートへの造詣は1940年代から今に伝わるビバップよりもっと以前のジャズにまで遡る。スティックで叩くようなフレーズをブラシでやったり、彼独自の楽器上の場所や角度で叩くから、昔のドラムビートがそっくり再現されはしない。でもジャズが生まれた時から持つビート感、聴く人の身体を動かす強力なパワーがある。
このビート感=スウィング感、は機械的に正確に叩けば出るというものではない。強く叩けばスウィングするって訳でもない。その場で起こる音楽に最も相応しい音量と音色、そしてその場での音に反応する自分の音のイメージを忠実に楽器で表現できる音楽性があって、はじめてスウィングしまくる。また、一つの曲を造り上げるというクラフトに精通していなければいけない。最近のモシアンバンドは殆どリハーサルをしていない。それでもあれだけの見事に構築されたサウンドが出来上がるとは・・・。