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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
いよいよ、ぽたら送りの日がやってまいりました。
8月18日の深夜のことです。熊野浦の波は穏やかでした。
暗い波間に月の光が、キラリキラリと漂っておりました。
波の音が静かに浜辺に打ち寄せてきております。
小舟が1艘、突堤の先につながれておりました。
少し離れたところに発動機で動く漁船が1艘待機しております。
小舟の大きさは、長さ5m、幅2m、深さは1・5mといった
ところでしょう。
そのぽたら舟に、次々と人々が積み込まれてゆきます。
秀作さんだけは、口に猿轡を噛まされ、4角の箱に入れられて
先に送りこまれておりました。
箱は舟にしっかりと釘打ちされおりました。
残り4人の者はおいずると呼ばれる袖のない陣羽織のような
モノを身につけております。
両親が生きている美代さんは、左右が赤になっております。
後の3人は、白い色でありました。
両親の無い者や男の人は、3枚とも白い布で作られます。
おいずると申しますのは、背中に3枚の布を縫い合わせ、
前に2枚の布がくるようにしたゼッケンのようなものであります。
昔の巡礼は、オイと呼ばれる旅用の箱を背負って、
中には衣類や食器などを入れていたそうです。
そのオイに擦られて、上衣や膚が傷むので、
緩衝用においずるを着ていたということです。
そのおいずるの背中の中央には、「奉巡礼ぽたら浄土」、
前の左右には、名前と生年月日が書き込まれておりました。
おカネさんは、戸板に乗せられて運びこまれました。
おカネ婆さん、美代さん、白太ちゃんの顔つきは、
喜びにあふれておりました。
75才になるという喜助ジィさんだけは、嫌がって
舟には乗りません。
「お母ちゃん、オラ、こわいよー」などと叫んでおります。
着物の裾が乱れて、裸足でありました。
頭の中は、ちょうど白太ちゃんぐらいの年の頃に還っていた
のでしょう。小舟の中で暴れられるといけないので、
手足を縛ることになりました。こうして、何とか狭い舟倉に
全員が入りました。食糧、水なども運びこまれました。
そうすると、上から密閉することになるのです。
海水の侵入を防ぐためです。木が釘で機械的に打ちつけられて
ゆきます。密閉が終わると、次は漁船に引かれて、
沖合に連れ出されます。大権和尚の唱える観音経が静かに
流れてまいりました。
十一面観世音ジンジュ経のようであります。
一切の水難を除くという部分を何度も繰り返しておりました。
あんな悪徳坊主でも、心のどこかに引っ掛かるものが
あるのでしょうね。
肉親は誰も見送りには来ておりませんので、
舟別れは、あっさりとしたものでした。
那智の聖を舳先に立てて、竹生の聖に舵取らせ、
乗せて渡そうぽたらの浄土。
つづく
絵じゃないかおじさんぐるーぷ
いよいよ、ぽたら送りの日がやってまいりました。
8月18日の深夜のことです。熊野浦の波は穏やかでした。
暗い波間に月の光が、キラリキラリと漂っておりました。
波の音が静かに浜辺に打ち寄せてきております。
小舟が1艘、突堤の先につながれておりました。
少し離れたところに発動機で動く漁船が1艘待機しております。
小舟の大きさは、長さ5m、幅2m、深さは1・5mといった
ところでしょう。
そのぽたら舟に、次々と人々が積み込まれてゆきます。
秀作さんだけは、口に猿轡を噛まされ、4角の箱に入れられて
先に送りこまれておりました。
箱は舟にしっかりと釘打ちされおりました。
残り4人の者はおいずると呼ばれる袖のない陣羽織のような
モノを身につけております。
両親が生きている美代さんは、左右が赤になっております。
後の3人は、白い色でありました。
両親の無い者や男の人は、3枚とも白い布で作られます。
おいずると申しますのは、背中に3枚の布を縫い合わせ、
前に2枚の布がくるようにしたゼッケンのようなものであります。
昔の巡礼は、オイと呼ばれる旅用の箱を背負って、
中には衣類や食器などを入れていたそうです。
そのオイに擦られて、上衣や膚が傷むので、
緩衝用においずるを着ていたということです。
そのおいずるの背中の中央には、「奉巡礼ぽたら浄土」、
前の左右には、名前と生年月日が書き込まれておりました。
おカネさんは、戸板に乗せられて運びこまれました。
おカネ婆さん、美代さん、白太ちゃんの顔つきは、
喜びにあふれておりました。
75才になるという喜助ジィさんだけは、嫌がって
舟には乗りません。
「お母ちゃん、オラ、こわいよー」などと叫んでおります。
着物の裾が乱れて、裸足でありました。
頭の中は、ちょうど白太ちゃんぐらいの年の頃に還っていた
のでしょう。小舟の中で暴れられるといけないので、
手足を縛ることになりました。こうして、何とか狭い舟倉に
全員が入りました。食糧、水なども運びこまれました。
そうすると、上から密閉することになるのです。
海水の侵入を防ぐためです。木が釘で機械的に打ちつけられて
ゆきます。密閉が終わると、次は漁船に引かれて、
沖合に連れ出されます。大権和尚の唱える観音経が静かに
流れてまいりました。
十一面観世音ジンジュ経のようであります。
一切の水難を除くという部分を何度も繰り返しておりました。
あんな悪徳坊主でも、心のどこかに引っ掛かるものが
あるのでしょうね。
肉親は誰も見送りには来ておりませんので、
舟別れは、あっさりとしたものでした。
那智の聖を舳先に立てて、竹生の聖に舵取らせ、
乗せて渡そうぽたらの浄土。
つづく