先日、映画「グスコーブドリの伝記」のざっくりとした感想を書きました。
以下、わたしの感想メモです。
これから観る方はネタバレするといやなら読まない方がいいかもしれません。
この作品は、「グスコーブドリの伝記」というタイトルからもわかるように、「伝記」の形式を用いた物語です。
伝記というのは、「その人の一人生にある何か」を伝えるために記されたもののことです。
図書室にあるエジソンやマザーテレサなどの伝記がそうであるのと同様に、
「伝記」である、この「グスコーブドリの伝記」において、焦点を当てられるべきは、「現実世界でのブドリの苦労や成長、功績等」。
そして、主題はその中にあるのだと推察されます。
なのですが。
今回の映画「グスコーブドリの伝記」では、原作とは異なり、ブドリが生きる現実世界にところどころで異世界の描写が混じってきます。
ぎらぎらした眼の死に神的な猫「コトリ」や、怪物のような様相をした人たちがたびたび出てくるところが異世界の描写です。
原作とは違い、「てぐすの森」も異世界の描写になっています。
これらの異世界の描写は、前述のようなおどろおどろしいものが多く、映画の中でかなりインパクトの強いものになっています。
わたしはこの映画、そんなインパクトの強い異世界の描写を混ぜることで、
伝記という骨組みで大切なはずの「現実世界でのブドリの苦労や成長、功績等」の描写が薄くなり、
主題がぼやけてると思ってしまいました。
しかも、原作と比べると、映画では、現実世界のブドリの苦労や成長過程として大事な描写が、大幅にカットされていることがわかります。
また、この作品の<山場>にあたる「自己犠牲の道を選ぶブドリの決意」の場面が、さらっとした描写になっていることも、
作品構成のバランスの悪さや不完全燃焼感を感じさせる要因になっていると思います。
…というのが感想が「ひでぇなあ」、になってしまった理由かなと思います。
原作は原作、映画は映画で別物として観たとしても、
映画は作品構成が主題を伝えにくくしているのがすごく気になりました。
作画が美しいだけに、残念です。
以下、わたしの感想メモです。
これから観る方はネタバレするといやなら読まない方がいいかもしれません。
この作品は、「グスコーブドリの伝記」というタイトルからもわかるように、「伝記」の形式を用いた物語です。
伝記というのは、「その人の一人生にある何か」を伝えるために記されたもののことです。
図書室にあるエジソンやマザーテレサなどの伝記がそうであるのと同様に、
「伝記」である、この「グスコーブドリの伝記」において、焦点を当てられるべきは、「現実世界でのブドリの苦労や成長、功績等」。
そして、主題はその中にあるのだと推察されます。
なのですが。
今回の映画「グスコーブドリの伝記」では、原作とは異なり、ブドリが生きる現実世界にところどころで異世界の描写が混じってきます。
ぎらぎらした眼の死に神的な猫「コトリ」や、怪物のような様相をした人たちがたびたび出てくるところが異世界の描写です。
原作とは違い、「てぐすの森」も異世界の描写になっています。
これらの異世界の描写は、前述のようなおどろおどろしいものが多く、映画の中でかなりインパクトの強いものになっています。
わたしはこの映画、そんなインパクトの強い異世界の描写を混ぜることで、
伝記という骨組みで大切なはずの「現実世界でのブドリの苦労や成長、功績等」の描写が薄くなり、
主題がぼやけてると思ってしまいました。
しかも、原作と比べると、映画では、現実世界のブドリの苦労や成長過程として大事な描写が、大幅にカットされていることがわかります。
また、この作品の<山場>にあたる「自己犠牲の道を選ぶブドリの決意」の場面が、さらっとした描写になっていることも、
作品構成のバランスの悪さや不完全燃焼感を感じさせる要因になっていると思います。
…というのが感想が「ひでぇなあ」、になってしまった理由かなと思います。
原作は原作、映画は映画で別物として観たとしても、
映画は作品構成が主題を伝えにくくしているのがすごく気になりました。
作画が美しいだけに、残念です。