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股裂き

2010年07月18日 | プロレス技あれこれ
 馬場さんがデビューしたのは1960年の9月30日。この記事を書いている時点(2010年)からみると、ちょうど半世紀前ということになる。同日に、猪木もデビューしている。プロレス界にとっては、歴史的な日ということだ。
 馬場さんは当時22歳。デビュー戦の相手は田中米太郎で、豪快にも股裂きでプロレス初勝利をおさめた。これは、あちこちに記録として取り上げられており、良く知られている事柄である。
 だがここで、よくわからないことがある。この股裂きとは、どういう形式の技だったのだろうか。僕はもちろん生まれてもいないし、古すぎてよくわからない。一口に「股裂き」と言っても、いろんなやり方があるはず。読んで字の如く「股関節を引き裂く技」ではあるのだが、実際に裂けたら大変なことだ。具体的には両足を思い切り広げられて痛められる技。その足の広げ方には、様々な方法がある。

 漫画で、馬場さんが田中米太郎に股裂きを仕掛けているシーンは見たことがある。例の「プロレススーパースター列伝」だが、ここで馬場さんは仰向けに寝転がっている田中の両足の甲の部分を掴み、自身はスタンディングで田中の両足を持ちあげ、そのまま田中の両足をガバッと押し開いている。実に豪快な股裂き。田中の股関節に激痛が走り思わずギブアップ、という場面なのだが。
 この漫画を見たそのときは、そういう股裂きなのだろうと思っていた。田中米太郎は後にレフェリーとしてマットに上がり、その田中の記憶は僕にもおぼろげながらある。あまり身体は大きいほうではなかった。だから、馬場さんの長い腕でもって足を掴んで広げれば、さしもの田中もたまらず…と思っていた。
 だが、よく考えてみれば田中米太郎は相撲出身のレスラーである。そもそも二所ノ関部屋で力道山の付き人をつとめ、力道山プロレス入り後、あとを追ってレスラーとなった。
 相撲と言えば「股割り」は必須である。相撲取りは新弟子の頃に、怪我をしないように股関節を徹底的に柔らかくする稽古を積む。なので、相撲取りは足を180度近く開脚することが可能であるはずなのだ。相撲取りの股関節はバレリーナのように柔らかい。
 漫画を見れば、田中は馬場さんの両手によって足をVの字にぐわっと広げられている。その角度は、90度くらいか。こんな程度ではギブアップはするまい。しかし、腕で足を広げようと思えば、それくらいしか広げられないのではないだろうか。たいてい脚は、腕よりも長い。
 田中は小兵レスラーであり、馬場さんの腕と田中の脚の長さが同じくらいだったと仮定してみる。そして馬場さんの腕力が田中の脚力を上回っていたとして。しかし、馬場さんの胸板と田中の股間がくっつくくらいにまで広げないと(言ってる意味わかりますか)、180度の開脚は出来ない。で、180度広げたとしてもギブアップに至るかどうか。僕ならば90度でもう既にギブアップだが、元力士を相手にして。
 漫画はフィクションであり、事実とは違う場合が多々。馬場さんは、本当はどういう種類の股裂きを用いたのだろうか。データや画像は残っていないのだろうか。僕は不勉強でよく知らないのだ。談話でもいい。馬場さんはどうやって股を裂いたのか。どなたか教えて下さい。

 馬場さんが当時どういう股裂きの方法をとったのかはよくわからないのだが、古典的な股裂きというのは、以下のような方式だった。
 まず、マットにダウンしている相手の片足首を踏んづける。そうして片方の足を固定しておいて、もう片方の足を持ち上げて足首を掴み、広げる。これだと、いとも簡単に股を裂ける。脚と腕の力で広げるのだから、当然相手の両脚のパワーも凌駕できる。馬場さんが後年、このやり方の股裂きを披露しているのは観たことがある。さらに、腕で持つ片足首にトーホールドを仕掛けることによって、複合技となる。足首を捻れば、股裂きにもまたぐっと効果が生まれる。これは痛い。ギブアップが取れる技だ。
 もっとも、古典的過ぎてこれで試合が決まるのを見たことは僕はない。地味であるしね。上田馬之助もよくやっていた記憶があるが、痛め技だった。

 「股裂き」という名称は、その後「レッグスプレッド」と呼ばれるようになった。もっとも本質は変わらず股関節痛めであるわけだが、攻める側がスタンディングで相手の股を裂くのとは異なり、もっと密着した寝技となる。
 グラウンドで相手の片脚を自分の両脚で挟む。その時相手の片脚のヒザを曲げ絡めると逃げられない。そしてもう一方の脚を両手で掴んで、相手の尻に自分の胴体(腹部)が密着するようにして、相手の両脚を広げていく。尻の上に乗っかれれば体重も利して、より股裂き効果が得られる。
 このレッグスプレット。古典的な股裂きと比べて、股を180度以上広げられるという点でより効果的ではある。ただし、技術が必要。古典的な股裂きは片足首を踏みつけもう片足首を掴んで広げる、という形であるため、力点が離れており、てこの原理が活用できる。だがレッグスプレットは、密着技であり力点が近い。なので腕力だけではなく体重のかけ方、力の方向性などに技術が必要と考えられる。
 K-DOJOの旭志織がフィニッシュとして用いているらしいのだが、残念ながら未見。
 
 さて、またここでヘンな疑問なのだが、先日藤原喜明著作の図解関節技読本みたいなのを読んでいたら、この密着型股裂きの名称が「レッグスプリット」となっていた。僕はずっと「レッグスプレッド」だと思っていたので「あれ?」と思ってしまったのだが、藤原組長が間違えるわけがない。
 英語でsplitは「割る・裂く」(goo辞書)、spreadは「広げる・開く」(goo辞書)。どちらも通じますな。splitの方が「股裂き」っぽいのだけれど、ちょっとこれはダークゾーンに押し込めてしまおう。日本語表記で「股裂き」と書けば問題あるまい。

 ところで、このレッグスプレッド(スプリットか?)には、実に似た技がある。猪木のバナナスプレッド(懐かしい)。
 そう書いて知らない人もいるかもしれないが、掛かった形はほぼ相似形である。ただ、猪木のバナナスプレッドは股裂きじゃない。おっと、股裂きの効果もあるかもしれないが、これは一瞬のフォール技なのである。グラウンドコブラに実に感じが似ている。相手の片脚を自分の脚で絡めとり、もう片脚を腕で掴んで倒し(ほぼレッグスプレッドと同じ)、そのままフォールする。つまり横回転エビ固め(スクールボーイ)の、脚を広げて逃げにくくした形と考えてしまえばいいかと。
 このバナナスプレッドは、そもそもはロッキングチェア・ホールド(揺り椅子固め)またはクレイドルホールド(揺りかご固め)と呼ばれていたらしい(村松友視氏がそう書いていたような…記憶に自信なし)。形状からの連想だろう。相手の両足を上にして広げて押さえ付け力を込めれば、またそれに抵抗する力が加われば、その動きは揺り椅子のように左右に揺れる。揺ら揺ら、というより力と力のせめぎ合いなのだが。
 そして、このクレイドルホールドから、あのテリー・ファンクのローリングクレイドルという不世出の技が誕生する。

 ローリングクレイドル。回転股裂き。この複雑で難易度が高くしかも華麗な技を文章で書くのは実に困難である。書いても、わかってもらえないかもしれない。なので諦める(ぉぃぉぃ)。
 バナナスプレッドの体勢で横回転し、そのままマット狭しと股裂きしながら高速回転をし続け、相手の股関節と三半規管を壊しそのままフォールするというすさまじき技だが、その華麗さはそう書いてもわかってもらえまい。ただ、これはプロレス技のひとつの極みであり高峰である。知らない人はどこかで動画を探して見てください。感動するよ。
 日本では、寺西勇、また天龍のローリングクレイドルを観たことがあるが、どうもギッコンバッタンとした感じでスピード感が無い。小橋も、テリーの域には至らない。女子では豊田真奈美がやる。だが、女子プロの宿命で、技が残念ながら軽い。一応その動画はあった(→vs鬼嫁)。だが爆発的重量感と速度を誇り、マット全体を所狭しと豪快に回転する全盛期のテリーの技を本当は是非観て欲しい。

  
 他に股裂き系統の技がないかいろいろ考えていたのだが、どうもあとは大股びらきの「恥ずかし固め」くらいしか思い浮かばない。なんたることか。
 恥ずかし固めにもいろいろあり、桜庭も何種類か持っているが、桜庭のは確かに股裂きと言えるレッグスプレッド式もある。だが、ホイスグレイシーにやったのは股裂きかどうかはわかんない。ありゃ○○返し…(これ以上書けん)。
 恥ずかし固めといえば何といっても宮崎有妃とタニー・マウス。このセクハラ技は、プロレスを見ているのかエロ動画を見ているのか一瞬戸惑う。楽しいことには違いないが、プロレス記事ではなくなってしまうのでこのへんで。

 

ジャイアントスイング

2010年07月04日 | プロレス技あれこれ
 プロレス技なんて効かねーよ。あれは予定調和であって、効いていたら試合なんて成り立たないし、ひとつの試合で何種類も技を出してそれでもフォールされないっていうのが、プロレスの技が演武である証拠だ。
 こういう意見がよくあって、プロレス@LOVEひいてはプロレス技@LOVEである僕はすぐアタマに血が上るわけなのだが、プロレスの深み、受身の奥深さをコンコンと説明してもどうせ馬耳東風であろうことが予想されるので、ストレスを抱えながらもいつもぐっとこらえる。
 先日もどこかで「フランケンシュタイナーは完全な見せ技である」という意見を読んで、フランケンシュタイナーは高角度パイルドライバーの実現から始まった歴史があるということを全く理解していない、と思わずコメントを書き込みそうになった自分がいた。喧嘩になるので思いとどまったが。

 プロレスの中で繰り出される技で、効果がないものはひとつもない、と僕は思っている。ただ、相手を殺したり怪我をさせるのがプロレスの目的ではない。その大枠は存在する。ギブアップを奪うのに骨折や脱臼に追い込む必要はない。そういう枠組みの中で、技を繰り出し、相手は受身をとる。この受身、というものがプロレスのベースになっているのであり、技が効いていないように思えるのはレスラーの鍛え上げた体躯による受身が優れているから、ともいえる。
(で、相手の実に効果の高い技を自らの受身技術を駆使しダメージを軽減し、さらに観客にはその受けた技が本当はきわめて効くものだということを実感させるように示せるのが一流レスラーというものである)

 プロレス技というものは、必ず効果がある(雪崩式リングインを除いて)。その上で、どこにどのように効いているか、でプロレス技を語ることもできる。分類も可能。
 普通は形態から分類がなされるが(打・投・極がその主たる枠)、その効果においてもう少し細かく論じることができる。例えば極め技ひとつにせよ、関節が極まっているのか、また急所を突いているのか、また締め上げ絞ることによってダメージを蓄積させるのか。あるいは、それらの複合技であるのか。
 そうして、同じバックブリーカーと名が付いていても、アルゼンチンとワンハンドバックブリーカーは異なる効き方であるので別系統だ、などと考える。こういうことを考えている時間は、愉悦である。
 つまり、プロレス技は形態と効果によって語られる。
 突き詰めればプロレス技は打投極に集約される。極め技に締め上げる技や急所を固める技を含めれば、ほとんどの技は、このうちのどれかに当てはまる。そして、それらの技がどこに効いているか、もっと平たく言えば「どこがどう痛いのか」で分類の助けとする。
 だが、どう考えてもその打投極の範疇でない技がプロレスには一部、あるのだ。投げるのでも蹴るのでもぶつかるのでも締めあげるのでもない技が。
 その代表格として「ジャイアントスイング」が存在する。これは、プロレス技の中では鬼っ子的存在とも言える。

 ジャイアントスイングは、非常に知名度が高い技だということが出来る。たいていの場合、説明不要。それでもわからない人もいるが、相手の両足を脇にかかえてブンブン振り回す技だ、といえばよっぽどでないかぎりわかってもらえる。
 しかし、この技を現在のプロレスでみる頻度は非常に、低い。つまりは、古典技なのだ。誰もが知る技であるのに。
 元祖が誰なのかということはよくわからないのだが、この技を「必殺技」として一世を風靡したと言われるのが、「ミネソタの竜巻男」ロニー・エチソンである。力道山からもこの技でフォールを奪ったとされる。この「竜巻男」というネーミングがジャイアントスイングの威力を物語っている。もうひとり、ゴリラ・モンスーンがいる。彼もモンスーンであり「人間台風」と呼ばれた。ジャイアントスイングの恐ろしさがよくわかる。かつては、勝敗を決する強力な必殺技だったと想像される。
 ただ、想像されると書いたとおり、いずれも僕は実見していない。伝説であり、どれだけ凄かったと言われても残念ながら、よくわからない。
 僕がジャイアントスイングを認識したのは、アニメの「タイガーマスク」だった。マット中央で振り回す正統なジャイアントスイングと、さらに回転途上でコーナーポストに頭部をぶつけたり、遠心力を利用して場外に投げ飛ばしたり、という「悪の」ジャイアントスイングがあったような記憶がある。
 その後、何人かのレスラーが使用していたのだろうが、残念ながら僕の記憶にはない。なので、少年の頃の僕にとってジャイアントスイングとは、アニメの技だった。ライオネル飛鳥が復活させるまでは。

 さて、このジャイアントスイングの形態は、打投極の範疇に当てはまらない。そのままぶん投げれば「投」であるし、頭部を鉄柱に叩きつければそれは「反則」という別カテゴリになるが、あくまでジャイアントスイングは「両足抱えてぶん回す技」である。この両足抱えて、の部分で「アキレス腱固め」だと言えるのかもしれないが、それは二次的要素だ。ジャイアントスイングは「ぶん回す」のが技の本質。だから「技の鬼っ子」なのだ。
 ではその「効果」とはどこにあるのか。
 これは「相手の目を回して平衡感覚を失わせる」ことと「遠心力により血行障害を起こさせる」ことだ、と結論付けられる。なんちゅう技だ。だから、この技の評価は難しい。
 ひとつ言えることは、この技はレスラーの基本であり最も重要視されるべき「受身の技術」とあまり関係ないところで効果を生んでいるということ。
 レスラーはどんな場合でも受身をとる。キックも、急所を外し筋肉の分厚い場所で受けようとする。投げられても顎を引き脳や首へのダメージを軽減しマットに着する部分を多くすることで分散する。痛みにも耐える訓練をしている。だが、そんな鍛錬もジャイアントスイングにはあまり通用しない。レスラーは回転にはおそらく、無防備と言ってもいいのではないか。訓練をしていたとしても、それほど多くの時間を回転と遠心力への対応にかけているとは思えない。
 回転に対しては、訓練である程度対応できるものらしい。以前TVで安藤美姫さんが回転椅子に座らされ、何百回転しても目が回ることがなかった、というのを見て驚いたことがある。しかし、レスラーにフィギュア選手のような訓練をする余裕などあるまい。レスラーにとって、おそらく回転への対応は、誤解を恐れずに言えば素人とあまり大差ないのではなかろうか。
 だから、我々が遊びでジャイアントスイングをかけられるのと同じ効果がある、とみていいだろう。さらに、体重のあるレスラーは遠心力も増す。アタマにも血が昇るだろう。
 したがってジャイアントスイングの効果は、三半規管がやられアタマに血が昇って、結果フラフラになる、ということである。そして、マットに転ばされ身体に自由がきかなくなり、なんだかわかんないうちにフォールされてしまう。評価が難しいなあ。考え方によっては相当恐ろしい技であるし(鍛えられていない三半規管を壊され身体の自由を奪われる)、また、痛くない技じゃん、説得力ねーよ、ということも出来る。
 ただ、回されてみればわかるかもしれないな。実は僕は少年の頃、遊びでかけられたことがある。そのときは相当に気分が悪くなった(真似してはいけないことだと思うので、「回されてみればわかる」という前言は撤回する。僕も友人にかけたことは反省する)。
 こんなに派手な技であるのに古典になってしまっているのは、そのわかりにくさが原因としてあるのかもしれない、とふと思ったりもするのである。

 ジャイアントスイングは、日本マットにおいてはライオネル飛鳥が復興し、さらに馳浩がその後、得意技とした。馳がぶん回すたびに観客が回数をカウントするのはお約束となった。ジャイアントスイングと言えば馳、と思っている人も多いだろう。
 ただ、馳の場合これがフォールに結びつくことがない。自分も目を回してしまうからだ。確か馳はその著作内で、技をかけた方がダメージが大きい、と書いていた。こういう技の値打ちを下げるようなことを書いてはいけないと僕は思うが、まあ本音だろう。したがって、効果はあるものの見せ技ということになる。そして、これでフォールを奪っていたかつての名レスラーたちは凄かったのだのだなと改めて思う。
 その後は、使い手は永源遙くらいか。また、幻の技となったか。

 この技については、単純な技であり派生技とて思い当たらない。ただ、派生技ではないがもうひとつだけ言及しておきたい。エアプレン・スピンについて。
 エアプレンスピンは、ジャイアントスイングよりもさらに鬼っ子と言ってもいい技だと思われる。相手をファイアーマンズキャリーに担ぎ上げ(つまり天秤を担ぐように肩にうつ伏せに担ぎ上げ)、そのまま旋回する技である。肩に担いでコマのようにぐるぐる回る。効果はもちろん、相手の平衡感覚を破壊することである。ただジャイアントスイングのような遠心力によるダメージはさほど期待できない。
 これも、評価が難しい技だと思われる。よっぽどクルクル回らないとフォールには結びつかないだろう。僕は、デストロイヤーのそれはよく印象に残っている。ただ、フォールを奪っていたかどうかまでは知らない。たいていはぐるぐる回してマットに倒れさせ、自らの足元もおぼつかなくなりながらも脚をニースタンプで攻め、そして4の字固めへ、という流れだったような。
 ファイアーマンズキャリー状態というのは、他の技への移行がしやすい。アニマル浜口がエアプレンスピンでガンガン回ってそのあとバックフリップ、という流れが最も多かったような。
 繋ぎ技と言ってしまってもいいのだろうか。前述したゴリラ・モンスーンがやはり得意としていたとも言われるが、僕は余興でモハメド・アリに仕掛けた場面しか知らない。確かに強烈ではあったが。
 
 これらは、分類できない「ぶん回し技」。効果は「平衡感覚の破壊」。かといってプロレス技の分類枠を「打投極回」の四つにするほどでもなく、僕は何となしに「鬼っ子」というところに押し込めてしまったが、それもプロレス技の奥深さである、と言うこともできる。無理やりに近いが。ただ、これらの技が嫌いかと言われれば、そうじゃないんだなあ。

ベアハッグ

2010年06月26日 | プロレス技あれこれ
 プロレスの技というものは、栄枯盛衰がある。ファンの視線を常に意識しなければいけない競技であるため、レスラーたちはそのニーズに応えようとする。したがって、技に流行が生まれる。
 方向性としては基本的に、より過激でしかも派手な技への変遷がみられる。打撃技にせよ投げ技にせよ。なので、かつて必殺技であったものがそうでなくなる過程がある。
 しかし、そういった技も多くは生き残る。プロレスファンのニーズが過激になり、必殺技一本で決まってしまうとカタルシスが得られないことが往々にある。そういう場合、技を積み重ねていく。その中で、「痛め技」「繋ぎ技」としてかつての必殺技が披露されることになる。ボディスラムしかりヘッドロックしかり。
 しかしそうした中でも、あまり見られなくなった技もやはりある。「ベアハッグ」もそうだろうか。

 ベアハッグ。高名な技であり説明は不要、と書きたいところだが、もしかしたら若い人は知らないかもしれない。一応書くと、両者スタンディングの状態で、腕で相手の胴を締め上げるという見た目は非常にシンプルな技である。もろ差しで相手に抱きつき、両腕の力を絞ってぐっと胴回りを圧迫する。背骨が軋み、内臓は圧され呼吸すら困難になるのではと推察される。「強く抱きしめる」と書くと愛情が感じられてしまうので困るのだが。
 元祖は、単純な技ゆえ完全特定は出来ないかもしれないが、一応ジョージ・ハッケンシュミットがこの技の効果を発見したとされている。ハッケンシュミットは19世紀の人で、それこそ頭蓋締めを一時間やり続けまた胴締めを延々続けるという伝説の力自慢プロレス時代のレスラーである。そんな時代からの技。
 ハッケンシュミットはソ連出身で(正確には1878年生まれだから革命前の帝政ロシア下エストニア生まれ…歴史感じるな。関係ないけど西南の役の翌年で大久保利通暗殺の年だよ)、そんなことからベアハッグ=熊の抱きつきという呼称が生じたのだろうか。

 ハッケンシュミットの時代など知る由もないが、その後もベアハッグは怪力系レスラーに継承されていった。
 僕はリアルタイムで見てはいないのだが、プロレス名場面集に繰り返し映像が流れる有名なシーンがある。ブルーノ・サンマルチノが馬場さんにベアハッグを仕掛ける場面。
 サンマルチノと言えばカナディアンバックブリーカーなのだが、腰を痛めて後はベアハッグが必殺技となっていた。サンマルチノは馬場さんをロープに振り戻ってきたところをガッシリとベアハッグ。馬場さんは苦悶の表情を隠せず声をあげる。このままではギブアップも余儀なくされるため、なんとか脱出したい馬場さんはチョップをサンマルチノの脳天にガンガン叩き込み脱出に成功する。
 サンマルチノのベアハッグは確かに凄いが、この場面ではその弱点も浮かび上がってしまう。つまりベアハッグにおいては相手の両腕がフリーになるため、自分の頭や顔、首に攻撃されてしまうのだ。これは異常に胴体が長く、それゆえ技をかけられた状態で相手よりアタマひとつ飛び出てしまう馬場さんならでは、であるかもしれないが。
 派生技の話にはまだ早いが、サンマルチノはこのチョップ(脳天唐竹割)を嫌い、後ろからもベアハッグを敢行した。ちょうどジャーマンスープレックスにいく体勢でバックを取り、そのまま投げずに締め続けるという形。これだと背骨へのダメージは減るような気がするが、腹腔への圧力は増すだろう。

 その後、僕がプロレスを見だすようになって以降の使い手は、日本では坂口、ストロング小林あたりか。
 他に使い手として有名なのはニコリ・ボルコフなのだろうけれども、残念ながら記憶にない。ただもちろんかつては怪力・筋肉系レスラーの十八番であったわけで、多くのレスラーが使用した。トニー・アトラスのベアハッグはよくおぼえている。ギリギリと締めあげていた。
 逆にあれあれ、と思ったのはヘラクレス・ローンホークのそれ。あまり効かなかったような。この選手、見た目の筋肉は誠に美しいのだが、実際リングに上がるとその筋肉がプヨンプヨンと揺れた。硬くない。小鉄さんがTV解説で「彼の筋肉は柔らかいのでいいですよ」とか何とかおっしゃっていたがちょっと苦し紛れのフォローに聞こえた。
 ベアハッグという技は、とにかく腕力。それしかない。丸太ん棒のような固い腕でぐわっと相手の胴を締めあげてこそ説得力が生じる。プロティン飲んで速成で作ったブヨブヨの筋肉ではダメなのだ。 
 僕が見た中で最もすごいと思ったのが、ハルク・ホーガンのそれである。しかも、あのアンドレ・ザ・ジャイアントに仕掛けた。
 アンドレもベアハッグは使うが、まさか自分が仕掛けられるとは思わなかっただろう。なにせあの巨大な体躯。胴回りはどれだけあるのか。普通の人間だと手がまわらないだろう。まわったとしても、締め上げられない。両手クラッチするだけで精一杯だろう。形になったところでダメージを与える前にヘッドバットを一発喰らって終わり、が関の山。
 だがホーガンはアンドレの、ギリシャのエンタシスの柱のような胴体をがっしりと締め上げ、アンドレが苦悶の表情を浮かべた。ちょっと常識外れの光景だ。さらにホーガンは力を加え、その時アンドレの足が宙に浮いたのだ。ええっ!
 アンドレは体重200kgを遥かに超える。250kg説もあったくらいだ。そのアンドレをベアハッグで宙に浮かす。このシーンは、後々伝説となった。
 月落ち星流れ、そのホーガンも老いた。僕は実見していないのだが、ホーガンがブロック・レスナーにベアハッグで敗れたという。昭和は遠くなりにけり、か。
 
 ベアハッグは日本では昔、「鯖折り」と呼ばれた。鯖折りとは相撲の技であり形状が似ているからそのように言われたのだが、実際は相撲の鯖折りとプロレスのベアハッグは異なる。簡単に言えばベアハッグは締めつけ絞る技だが、鯖折りは圧し掛かる技である。
 相撲の鯖折りは、廻しを深く取って引き付け、相手に上から体重を圧し掛けるようにかぶさって圧迫する技。プロレスなら後ろに倒れればいいのだが(ボディシザースドロップになってしまうが)、相撲は倒れられない。したがって堪えるので、身体が反り背骨や腰に自分と相手の体重がかかり、結果押し潰されて膝をつき負けとなる。
 屋久島の名物に「首折鯖」があるが、これは鯖の鮮度を保つために獲れたらすぐ頭部分を後ろ向けにポキリと折り曲げて血抜きし締める。その首が後ろに折れ曲がった鯖の形状を想起させることから名づけられたとされる決まり手(恐ろしいな)。昔、北尾が小錦に鯖折りを仕掛け、小錦の膝に両者の体重が集中し崩れ落ち、小錦は右膝の骨を折りその怪我が元で横綱にはなれなかったと聞く。
 鯖の頭を後ろ向きに折るが如き技であり、プロレスで言えばスタンディングのリバースバックブリーカーかリバースキャメルクラッチに該当する(そんな技はないか)。したがって鯖折りと呼ぶのはあまり正確とは言えないのではないか。まあ強いて言えば「鯖折り固め」「鯖折り締め」か(また河津落しのように理屈こねてます)。
 ただ、ベアハッグも鯖折りの効果をプラスすることでより威力を増すことは、できる。ぐっと引き付けて締め、さらに上体を相手に寄せ圧し掛かるようにすれば(頭部を使って相手の胸を押す、とか)、相手は後ろに反り返るのでさらに効果が増すとも考えられる。ボボ・ブラジルがそんなふうに前傾姿勢のベアハッグをやっていた記憶がある。
 しかし、どちらかと言えばレスラーは自分の腕力を誇示したいため、そのようにはやらない。むしろ前述のホーガンのように相手を持ち上げる。持ち上げる効果というのは、相手の体重を圧力に加える、ということなのだろうが、これとて相当うまくバランスをとらないと相手の体重で利することは難しいのではないか。鯖折りのように押し潰す力も加えつつ締めあげた方が効くのでは。
 もちろん、持ち上げることで自分のパワーを示し、相手の苦悶の表情も見えやすくなるのは確かだが。
 
 派生技と言っても、シンプル過ぎて派生しにくい。前述したように正面からではなく背後から締め付ける場合、また横からつかまえて締める、という場合もある。ただ、なかなかお目にかかれない。今のプロレスであれば、背後からつかまえればジャーマンスープレックスにゆくだろうし、横から入れば長州式バックドロップへいくだろう。
 ただ、昔のプロレスというのは大したもので、あの「生傷男」ディック・ザ・ブルーザー・アフィルスが何と相手の頭を下にした「逆さ吊り式」ベアハッグをきめているのを動画サイトで見たことがある。なんだこの技は。
 わかりにくいがつまり、パイルドライバーにいく要領で相手を逆さに持ち上げ、そのまま(吊り下げたまま)相手の胴を締めてギブアップを奪うのである。確かにこの技はベアハッグ効果に加えて血が逆流するのでさらにキツいだろうが、その宙吊り状態をキープするというのが大変な負担だろう。腕の筋肉が盛り上がりすぎているブルーザーならではの技か。普通のレスラーならこの状態をキープ出来ず腰を落としてパイルドライバーにいくか、前に叩きつけてパワーボムに移行してしまう。もうこんな技は見られないだろう。昔のプロレスは偉大だったと改めて思う。
 
 なお、胴締めということであれば、本当はベアハッグよりも圧倒的にボディシザースの方が威力があると思われる。腕より脚の方が力が強い、ということのみならず、ボディシザースは胴を脚で挟み足首を交差させ、そこを支点として身体を反らせるように力を入れればテコの原理によって強烈に締まる。この技の嚆矢であるジョー・ステッカーのボディシザースは「栓抜き式」と呼ばれ、腕力ではなかなか太刀打ちできない。
 今でもギブアップを奪える技として君臨していてもいいと思うのだが、そこはこの技の「地味さ」によってなかなか陽があたらない。繋ぎ技としてしか存在出来なくなっている。

 ならば、スタンディングで仕掛けられる見やすいベアハッグはもっと活用されてもいいとは思うが、残念ながらそれでも地味なのか、あまり見られなくなって久しい。
 今は力皇がいちおう、やる。ただ、すぐに持ち替えてDDTもしくはブレーンバスターに移行してしまう。あれではベアハッグの形だけだ。あまり意味をなしていないような。
 じっくりと時間をかける技というのは、もうニーズに合わないのか。吊り下げてパワーボムにもいかず締め続けるようなことは出来なくなっちゃったのかな。けれども、そんなプロレスもまた、見たい。案外新鮮に映じるような気もするけれど。


セントーン

2010年06月07日 | プロレス技あれこれ
 ネグロ・カサスを久々に観た(2010/5)。時々来日していたらしいのだが観る機会を逸していた。もう50歳だという。若々しい。現在メキシコのCMLL世界ミドル級の王者に君臨しているが、ルチャ・リブレに詳しくないのでミドルやウェルターという階級のことはよくわからない。
 カサスはラ・マヒストラル(横回転式腕極めエビ固め)の使い手として知られるが(ネグロ・カサスの親父ペペ・カサスが元祖だから正統な後継者)、ライガーとの試合の中でラ・マヒストラルはもちろんのこと、セントーンを二発放った。これもネグロ・カサスの得意技である。
 一発目はロープ中段からのダイビング・セントーン。そして次は場外に向けてエプロンからセントーン・アトミコ。いずれも決まった。

 このセントーンについて書きたいのだが、その前に自らの知ったかぶりを正しておこうかと思う。セントーン"アトミコ"とはどういう技を指すのだろうか。通常ではグレート・サスケの必殺技だったコーナートップからの前転式セントーンを指す。ただ、それ以外でもアトミコを冠する場合はあるような。
 「アトミコ」とはつまり「アトミック」である。原子力、原爆。だから、広義に解釈すればセントーンの中で最も威力のあるものということか。だからエプロンから場外へのセントーンもこれに値すると考えていいのでは、とお茶を濁しておく。

 「アトミコ」にこだわっているわけにはいかない。そもそも「セントーン」とはどういう意味か。当方スペイン語など全くわからないので困る。そのために図書館に行くわけにもいかないので検索してみると「尻もち」の意味だという回答が多かった。なるほど。
 ただ、セントーンという技を「尻もち」と言われると実にピンとこない。
 この技の元祖が誰であったのかは知らない。ネーミングからしてルチャの技だとは思うが。どこまで歴史的に遡れるのかはわからないが、僕が知っているセントーンの使い手としてまず浮かぶのは、ペーロ・アグアヨである。
 メキシカンはミル・マスカラスに代表されるように華麗な空中殺法を得意とする。軽量級が多い、という事情もあるだろう。飛んだり跳ねたり、昔はよく「サーカスプロレス」と言われた。その中でペーロ・アグアヨはラフ殺法を得意とした異色レスラーだった。同様にメキシコレスラーはマスクマンばかりだったが彼は素顔で、それも実に気性が荒そうな面構え。グラン浜田のライバルとしてよく来日していた。そのペーロ・アグアヨの切り札がセントーンだった。
 ラフファイトで相手のダメージを蓄積させマットに倒れて動けない状態をつくり、そしてダイブ、背中から相手の腹部に向かって落下する。本当に恐ろしい技だと思った。
 自らの体重を相手に浴びせかけてダメージを奪う技は、他にボディプレス、ヒップドロップがある。だが、いずれも完全に体重を相手にあずけているか、と言われればどうか。まずは、足がマットにつく。ムーンサルトプレスにせよ雷電ドロップにせよ、完全に体重全てが相手に浴びせかかるか、といわれればそうとも思えない。だいたい、100kgにもならんとするレスラーの体重全てが自由落下の法則により威力を増してのしかかってくれば危険である。
 ところがセントーンは背面から落ちてくる。手足は普通上方に向くので、決まれば完全に体重は相手に100%ドスンと乗る。相当に怖い。このように自らの体重を完全に相手に浴びせるのは、あとはフットスタンプくらいしか思い浮かばない。
 だから「尻もち」と言われると多少違和感がある。多くは背中から、また肩口から落ちてくる場合も見受けられる。その衝撃は分散されず全て相手に与えられる。我々がこれを受ければ肋骨骨折、腹腔破裂だろう。寝転がっている上から100kgのものを落とされるのだ。

 だから、この技が軽量級の多いメキシコマットでよく見られるのはわかる。チャボ・ゲレロのセントーンも印象に残る。このくらいの体重でないと危険なのであって、アンドレがセントーンをやれば死人が出る。
 ヘビー級ではやはり使用者は少ない。その中でも三沢光晴はよくやっていたが、基本的にはその場でジャンプして落とす。それでもダメージがこちらに伝わってくるようなエグさがある。超ヘビー級では吉江豊が使用していたが、吉江はダイビングセントーンも放つものの(この体重では脅威だ)、うまく体重を外に逃がしていたような。ただ、尻もちをつくような形になればやはり少し美しくない。
 セントーンと言えばやはりヒロ斉藤。こちらはそのフォームが美しい。あのゴムまりのような体躯がふわっと浮き上がり、背中から相手の腹に「ボムッ」と落ちる。全体重乗せて落としましたよ、こちらのダメージは全て下の相手に吸収してもらいましたよ、という感じがよく伝わる。巧い。

 セントーンとどっちが先に開発されたのかよく知らないので「派生技」と言っていいのかどうかわからないが、サンセットフリップという技がある。またの名をサマーソルトドロップ。いずれもネーミングの由来はわからない。セントーンと類似した技だ。
 セントーンはその場でジャンプ、またロープやコーナーなどから飛び降りる場合も含めて、足を突き出すようにジャンプして背面から落下するような形にする。サンセットフリップは、頭からくるりと前転ジャンプして背面から落下していく。決まった形は同じ。だが、回転するアクションが加わるぶんセントーンより派手に見える。
 これは元祖がはっきりしていて、エドワード・カーペンティアだと言われる。体操選手からサーカスを経てレスラーになった異色の選手で、その跳躍力を生かし空中殺法の元祖とされる。アクロバット・プロレスとも言われた。
 残念ながらカーペンティアを実際に見たことはない。僕の世代では既に伝説で「アンドレをスカウトした男」として知っていたくらいだ(寺西勇は和製カーペンティアと言われていたな)。だからカーペンティアのサマーソルトドロップは知らない。僕がまずこの技で思い浮かぶのはマイティ井上である。
 井上のサンセットフリップは派手だった。まず聞き取れない雄叫びをあげ(わわわぅわとしか聞こえなかったが)足踏み鳴らし腕をバタバタと回しジャンプ一番、くるっと回転して相手に落ちる。その派手な動きから「うわ、出た!」といつも僕は口に出てしまった。これを連発することも多く、やられるほうにとってはたまらない。
 もうひとりの使い手として思い出すのは初代タイガーマスクで、こちらはスピードはあるものの実に淡々と、相手のダメージを蓄積させるために放っていた。連続技の一環、という位置づけであったような。

 セントーンとサンセットフリップ(サマーソルトドロップ)、どちらも同じ背面落下技であるが、好みとすればやはりセントーンに軍配を上げたい気持ちがある。それは、まず虚飾を排しているという部分もあるだろう。そして、上からそのままズドンと落ちてくる感のあるセントーンの方がダメージがありそうな感じがする。
 サンセットフリップも背中から体重を浴びせる点では同じなのだが、回転を伴う分ベクトルがずれるような気がしてしまうのだ。サンセットフリップは回転の勢いがついているので、相手の腹部に背中から着地してもすぐに相手の向こう側のマットに尻が着き上体が起き上がり、立ち上がることも可能。腹の上をローラーが転がるのとローラーが落ちてくるのでは、落ちてきたほうがキツかろう。そういう印象だけのことである。
 もちろんサンセットフリップも落下してくるわけで同じである、とも言えるが、たとえばオットー・ワンツのスチームローラーという、落下しないサンセットフリップみたいな技もある。
 オットーワンツと言えば僕などはIWGPの最初のリーグ戦でのヨーロッパ代表としての印象が深いが、吉江より重いかな、と思えるくらいの巨漢レスラーである。この巨体が、つまり「でんぐり返し」をして相手に圧しかかる。まさに腹の上をローラーが転がる様相だ。ジャンプしないので技としては別物とも言えるが、サンセットフリップもこの延長線上にある、という見方もしようと思えば出来る。タイガースープレックスとオースイスープレックスほどの違いがある、との意見もあるだろうけれども。
 そしてもう一点は、あくまで僕の印象において、であるが、セントーンがフォールに結びつく技であるのに対しサンセットフリップは繋ぎ技であるように思えてしまうのである。これは初代タイガーのイメージもあるかとは思うのだが。マイティ井上はサンセットフリップでフォールを奪っていた記憶もあるけれども、それは何度も連発した上でのことで、一発で決まる印象はあまり、ない。

 こうして僕はセントーンに軍配を上げていたのだが、サンセットフリップは知らない間にどんどん進化を遂げていた。しばらく観ぬ間に…である。
 この間もTVマッチで内藤哲也がサンセットフリップを放っていたが、その場ジャンプであるのにとても高さがあり、飛び上がってまず空中で一度ピンと伸身して(なので一瞬ボディプレスにいくのかと思う)、その後前転して落下。なんであんなことが出来るのだ。運動神経が半端ではない。
 さらに。
 最初にグレートサスケの「セントーン・アトミコ」について少しだけ言及したが、これはつまり、セントーンと言いつつサンセットフリップではないのか。
 足を前に飛んで背中から落下がセントーン。頭を前に飛んで前方回転して背中から落ちるのがサンセットフリップ。サスケのセントーン・アトミコはコーナートップから、空中で前方に回転して背面から落ちる。ならこの技はサンセットフリップに分類されるはず。
 しかし、そう理屈をこねてみるものの、もはやこれはサンセットフリップとは言い難いか。
 コーナーから飛ぶために、そのジャンプの高さがサンセットフリップと一線を画してしまうのだ。滞空時間があるためにいくら空中で回転しようとも、その威力のベクトルはどうしても真下へ向かって伸びる。回転によるダメージの分散などなくなる。そうなれば、もはやセントーンとしか呼べなくなってくる。 
 ローリングセントーンもそうだ。これには捻りが入るぶんさらにややこしい。バルキリー・スプラッシュはさらに高角度になる。引退したミラノコレクションA.T.のアルマニッシュ・エクスチェンジになると、もうパッと見ただけでは何をやってるのかわからない(何度もスロー再生してしまった)が、決まった形はセントーン。

 しかし、こうしてセントーンがその場ジャンプからコーナーあるいはロープ上段に上って放たれることには、危惧も覚えるのである。
 セントーンは前述したように体重が全て相手に浴びせられる危険な技。ダイビングして、ともなれば相当の負荷が相手レスラーに圧し掛かる。多少のことはしょうがないとも思うが、度を過ぎればそれは危ない。ネグロ・カサスはライト級で、しかもロープ中段やエプロンからだった。それでも「アトミコ」つまり危険度が高い技には間違いないだろう。
 ジェフ・ハーディーのスワントーン・ボム。形態はサスケのセントーンアトミコと同じだと思うが、いったいなんだあれは。
 ジェフがランディ・オートンに場外で放ったスワントーン・ボムを動画サイトで見たが、何だかライティングの鉄枠をよじ登って(少なくとも7、8mはあったんじゃないか)そこから飛び降りてセントーンやってたぞ。もう無茶苦茶としか言いようが無い。今のアメプロとはこういうもんか。絶句である。コーナー最上段だって危険なのに。子供が真似してマンションから飛び降りて死んだそうじゃないか。
 少なくとも僕が観たいプロレスとはこういうものじゃないなあ。そんな複雑な思いもまたしてくるのである。

 

バックドロップ 2

2010年01月11日 | プロレス技あれこれ
 時系列を追っていては後で読み返したときに意味が分からなくなるのでそういう書き方は避けるようにしているのだが、とりあえず2010年1月の話として書く。昨年(2009年)は、プロレス界にも相当大きなうねりがあった。波乱万丈と言ってもいい。
 その最たるものは、ノアの地上波打切りと、三沢光晴の死去だろう。
 僕は、三沢の事故の後、このブログでプロレスの話題を避けた。喪に服した、というより、「この技は脳天から落ちるのでダメージが傍目にも分かりやすく説得力がある」などと書いていていいのだろうか、と思い屈したからである。別ブログで追悼記事を書き、その後バトン記事を例外として黙った。
 年が改まったこともあり、また少しづつ書いていこうかと思う。

 何も分からずに言うのだが、三沢光晴は、あの試合だけで唐突に亡くなったわけではないと思っている。それまでの蓄積されたダメージがあったはずだ。だが、引き金となったのは斎藤彰俊の放ったバックドロップだった。
 かつて、馳浩の命をも奪わんとしたバックドロップ。この技は、プロレス界で最も普遍的な技であり、また最も認知度が高く、そして実は最も危険な技だった。
 僕は以前バックドロップについては一度記事にしている(→当該記事)。実はこの記事は、6年前、ブログ開設以前に友人の掲示板に記したひとつの書き込みをそのまま再掲したものである。なので内容は当然、薄い。しかし、バックドロップを語る上での骨子は一応整っているので、かえって贅肉を削ぎ落とした形になっておりこのまま手を加えることもなかろう、とそのままにしておいた。
 それから、何年も経った。もう一度バックドロップについて書いてみたい。

 ただ、もう技の解説は不要だと思われる。ルーテーズの話から書き起こす必要もないはずである。
 しかしながら、僕はルーテーズの全盛期をもちろん知る世代ではなく、テーズの試合は残されたVTRなどを折にふれて観るにとどまり(最近はYoutubeなどもあって助かるが)、それほど詳しくはない。なので、テーズが二種類のバックドロップを使い分けていたという重要な話を最近まで知らなかった。
 これは、結構有名な話であるらしい。もちろんWikipediaにも書いてある程だ。こちら様のサイトに詳しいが、テーズはいわゆる自身の代名詞とも言える「へそ投げ式バックドロップ」以外の投げ方もしていた、という事実である。
 テーズのへそ投げ式バックドロップは、腰回りをガッチリとクラッチし、ブリッジをきかせて後方に投げる。投げきるまで両足はマットにしっかりと着いている。言い方を変えれば、これは反り投げ、つまりスープレックスである。自分の頭が相手のわきの下から出ていればバックドロップ、相手の真後ろにあったならばそれはジャーマンスープレックス、と言うことも可能だろう(ホールドの部分はさておき)。紙一重であるということが出来る。
 かつて猪木は、アニマル浜口相手にジャーマンスープレックスを放ったが、その入り方はバックドロップだった。浜口の脇下に頭を差込み持ち上げる。そしてそのままブリッジして後方に落としフォール。バックドロップホールドかと思ったが、決まった形はジャーマンだった。古館伊知郎は「おおっとジャーマン!」と叫び、そのままカウント3が入った。後の談話で猪木は確か「技をかけてから首の位置をずらした」と語っている。これが、僕が観た猪木最後のジャーマンスープレックスだった。
 ジャーマンとバックドロップは実はほぼ相似形。アメリカではバックドロップのことを「ベリートゥバック・スープレックス」と呼ぶ由である。
 このバックドロップが「へそ投げ式バックドロップ」であり、猪木・鶴田に継承された正統派バックドロップであると我々は信じている。しかしテーズはもう一種類のバックドロップも使った。
 知らない時代の話なので引用ばかりして申し訳ないのだが、wikipediaによれば、テーズは「真後ろに投げるのではなく、自分の体を捻って相手の肩を脱臼させる危険な投げ方を2回程行った」ことがあると述懐したと記されている。この危険な投げと、前記サイトに書かれてあった「しゃがみ落とし方式」とが同じものであったのかどうかは分からない。ただ、危険度において「へそ投げ式」よりも危ないバックドロップがあった、という説は、テーズ、猪木、鶴田のバックドロップを至高のものとして考えていた僕には驚きでもあった。
 肩を脱臼、という文言から、僕などはついショータ・チョチョシビリが猪木に放った裏投げを思い出す。あの投げで猪木は戦闘不能になった。バックドロップの源泉は柔術の裏投げであるとされる。テーズの危険なバックドロップは、より裏投げに近いものだったのだろうか。

 バックドロップという技は、バリエーションが広い。相手を後方からクラッチし脇下へ頭を入れ、後ろへ投げる形であればそれはバックドロップと表現される。その振り幅は、前述したジャーマンスープレックスと紙一重の形から、いわゆる「抱え投げ式」まで大きい。
 その中で、僕は無条件に「へそ投げ式」が最も威力があり、また説得力があるのだと信じていた。最後まで相手の胴に回した腕のクラッチを放さないことで、叩き付ける威力を残す。最後まで足をマットに着地させておくことで踏ん張りも効く。抱え投げ式のように、相手の体重を利用してマットに自由落下させる形だけでは、鍛え抜かれたレスラーには通用しないのではないか、と。
 だが、テーズの逸話などから、少し考え方を改めねばならないのではないか、との意識も動く。へそ投げ式でスピードを増し、そして自分の腕力を使い自分の体重を相手にかけて投げるやり方は当然ダメージが大きいはずであるが、相手が落ちる角度というものも実際は重要なのではないだろうか。
 
 僕は格闘技経験がないので、このへんのところをしっかりと説明することは出来ない。ただ、受身を徹底して洗練させてきたプロレスラーにとっては、ある程度のスピードそして威力には対応できても、「予測外」の角度や高さは危険であるのはもしかしたら自明のことだったのではないか。二階からまっ逆さまに落ちれば、どんな受身の確かなベテランレスラーでも受けるのは難しいのではないだろうか。
 馬場さんや、また高山は抱え投げ式のバックドロップを放つ。あの高さから落とされるのは相当の恐怖であることは分かる。高山はジャーマンスープレックスの名手であり、へそ投げ式が出来ないはずはない。しかしあえて抱え投げバックドロップを放つのは、ジャーマンとの差別化だけでなく、そちらの方がダメージが大きい(精神的恐怖感も含めて)のではないかとの推測も出来る。
 ボブ・バックランドはアトミックドロップが得意技だが、それを放つように相手を担ぎ上げ臀部を目よりも高く差し上げ、前に落とすと見せかけてそのまま後方に落とすことがあった。つまり一種の抱え投げ式高角度バックドロップであるが、これなどは、受身の準備が整わないので相当危険であったことが推察される。
 落とす側だって難しいはずである。ちょっと角度を誤れば、つまり相手の腿、あるいは臀部を抱える腕をもう少し高く差し上げてしまったら、相手は脳天から真逆さまに落ちてしまう可能性が出てくる。危険だ。むしろ、相手の胴をクラッチしている方が、威力は増す可能性があるが角度はコントロールしやすい、とも言える。プロレスは相手から3カウントもしくはギブアップを奪う競技であり、相手に怪我をさせるのを目的とするものではない。

 バックドロップは果たしてどういう形態のものが最もダメージを与えるのか。それは、受ける側でしかわからないことかもしれない。しかし、観戦する側からすれば、どうしても興味がそこへ行く。バックドロップは威力なのか。スピードなのか。高さなのか。角度なのか。
 しかし、そんな論争(もしそういうものがあったとしたら)など蹴散らすバックドロップが後に登場する。それは、スティーブ・ウィリアムスのバックドロップである。
 
 スティーブ・ウィリアムス。ドクター・デス。日本では「殺人医師」と訳されたが、僕の個人的感想では「医師」というニックネームは相応しくなかったのではと思っている。デビット・シュルツが「催眠博士」と呼ばれ実に違和感があったのと同様。日本ならではの呼称があっても良かったのではないだろうか。あのあまりにも怖い、戦慄を感じさせる風貌と、分厚く腕力を持て余した筋肉には。
 ウィリアムスについては、多くの人は「全日に移籍して、テリー・ゴディとタッグを組むようになってから開花した」と言う。それに異論はない。ただ、僕には新日時代のウィリアムスの方が実は印象深い。これは、全日移籍後僕は忙しくなり、またTV中継もままならない地方へ転勤となったことに起因しているので、全く個人的なことなのだが。
 猪木を失神させた浴びせ倒し。腕力が自分でもコントロール出来ないのではないかと疑わせるパワー。パンチひとつに猛烈な説得力。何より子供が見れば泣きだすのではないかと思われる怖い顔。凄いレスラーが出てきたと僕は狂喜した。スタン・ハンセンが現れたときを思い出した。聞けばまだ20代半ば。僕より少し年上なだけじゃないか。なんだこの怪物は。腕の太さが尋常ではない。
 ウィリアムスの当時の持ち味は、その桁外れのパワーにあった。相手をベアハッグ状態に持ち上げ、前方に叩き付ける技。これはつまりスパイン・バスターなのだろうか。しかし、自らの体重を利して浴びせ倒すところはパワースラムにも近い。とにかく力任せにマットに叩き付けるので威力も凄まじかった。技よりもパワーの印象が強い。しかしウォリアーズとはまた別種の、ナチュラルなパワー感から生み出される迫力。うまく表現できないが。

 タックルなどの迫力が凄まじく、アメフト出身らしい前へ進む感覚が頼もしかったが、実際はレスリングで大学選手権を連覇するほどの実力も兼ね備えていた。だが当時はパワーが目立ちテクニックで魅了するイメージは希薄だったかもしれない。
 新日に、猪木の肝煎りでソ連からのアマレス軍団が登場する。サルマン・ハシミコフをはじめとする猛者たち。それに対抗し、USAアマレス軍団も結成される。このアングルは面白かった。無論、レスリング技術ではかねてより定評のあるブラッド・レイガンスなどはさすがとも言える立ち回りで我々を魅了したが、バズ・ソイヤーなどは普段ラフファイトしか印象に無かったのにこの時は意外なテクニックを見せ、実はバックボーンはしっかりとしている上でのラフファイトであったことを認知させた。レスラーたちの真の(裏の)実力を垣間見させてくれたことでも、この企画は楽しかった。
 そのUSAアマレス軍団に、ウィリアムスも組み込まれた。アマレス用吊りタイツを着用したウィリアムスは、それだけで頼もしかった。
 だが、残念ながらウィリアムスはこの時、アマレスの実力を見せ付けるまでには正直至らなかったのではないか。キャリアが浅く、現状スタイルとの乖離に迷いもあったのかもしれない。僕は今でも惜しいと思っている。ここでレスリングテクニックを如何なく発揮出来ていれば、新日の外人エースとして君臨できたであろうに。
 だが、僕は当時のウィリアムスが本当に好きだった。趣味の話になるが、当時はアナログの時代。僕はプロレス中継をVTRに録っては、それを編集して特定の選手の名場面を集めベスト技集を作り悦に入っていた。ブッチャー、マスカラス、アンドレ、ハンセン、ブロディ…。名レスラーのベスト技集を勝手にコレクションしていた。そういうレスラーベスト技集成を僕は何巻も作ったが、そういうのを作ったレスラーは、スティーブ・ウィリアムスが最後である。以後は、そういう作業はしていない。言い換えれば、そこまで夢中になれた外人レスラーは、ウィリアムスが最後なのだ。

 ウィリアムスは全日に移籍し、四天王プロレスにフィットしたのだろう、日本での評価がめきめきと上がった。僕はその頃から前述したようにプロレスをあまり観られなくなっていたのだが、大事な試合だけはなんとかチェックするようにしていた。友人からVTRを送ってもらったり、レンタルビデオを活用したりの日々だったのだが、その中で衝撃的な試合を観ることになる。それは、'93年のウィリアムスと小橋の一戦だった。
 この試合については、プロレスファンには解説の必要もないだろう。小橋の脳天をマットに突き刺したあのバックドロップ。
 それまでも、ウィリアムスのバックドロップは実に危険な角度で放たれていた。「垂直落下式バックドロップ」と既に呼称されていたように記憶している。ただ、この試合で小橋に放った一撃はまさに「殺すつもりか!」と叫びたくなる程の強烈さだった。この日ウィリアムスはフィニッシュを含め三発のバックドロップを放ったが、特にその二発目は、完全に小橋の身体が倒立し脳天が真っ直ぐマットに突き刺さった。実況が思わず「バックドロップ・ドライバー」と叫んだ恐怖。
 ウィリアムスは、その体躯に筋肉が付き過ぎているせいか、アマレス出身であるわりには身体が固いように見える。ただパワーは物凄く腕力がありすぎる故に、相手を背後から引っこ抜く力が強烈過ぎて勢いが付き過ぎ、そのためへそ投げバックドロップであるにも関わらず相手が先に飛んでいってしまう。慣性の法則で相手の足が空中高く舞い上がったその時に頭部がマットに刺さる。身体が固いのでブリッジは完全に出来ないが故、Tの字を横に倒したような形態でフィニッシュ。そら恐ろしい。「デンジャラス・バックドロップ」の完成となる。

 この恐怖たっぷりのバックドロップは、威力、スピード、高さ、角度などの要素を超越し、全てを凌駕した。何と恐ろしい。
 プロレスは、前述したように相手に怪我をさせるために競技するわけではない。あくまで3カウントを奪う、もしくはギブアップを目的にしている。だから、こういう技は「禁じ手」となってもおかしくはなかったはずだ。アンドレのツームストン・パイルドライバーや一時期の藤波のドラゴン・スープレックスのように。こんなバックドロップは危険すぎる、止めろとの警告が興行側から出てもおかしくはない。
 しかし、当時の全日本プロレスはこれを受け入れてしまう。以降、全日は危険な技が次から次へと現れる。「垂直落下式」「雪崩式」「断崖式」と呼ばれる技。脳天を直撃する受身をとることが困難な危険すぎる技。
 パンドラの箱を開けてしまった「危険なプロレス」はノアへと引き継がれ、最終的に「三沢死去」へ繋がるという論調はよく見受けられる。それは流れとしては一面では正鵠をついている「かも」しれない。エスカレートした危険技が悲劇を生んだ、と。
 ただ、その嚆矢をウィリアムスのデンジャラス・バックドロップに帰してしまうのはあまりにも短絡的ではあるし、それが全てのきっかけでもないということは確認しておかなければならない。ウィリアムスも三沢のタイガードライバー'91は知っていたはずであろうし、ニーズに応えたという見方も出来なくは無い(この言い回しには我ながら抵抗はあるが)。そして、エメラルド・フロウジョンもバーニングハンマーもリストクラッチ・エクスプロイダーも全てがデンジャラス・バックドロップに起因するわけではもちろん、ない。

 プロレスラーという人たちは、本当に頑強な人間の集まりである。だがそれは、日々の研鑽と経験と気力により成り立っているということをよく認識して観戦しなくてはいけないだろう。忘れられない天山のムーンサルトプレスの失敗。あの時天山は、コーナー最上段から飛んで脳天から真逆さまにマットに落ちた。普通なら、首の骨を折り頭蓋骨が陥没して死ぬ。しかし天山は病院送りとなったものの、日をおかずに復帰している。
 だがそんな屈強なレスラーの凄さに、プロレス技が軽んじて見られてはいけないはずだ。
 バックドロップという技は、確かに普遍的で数多くの試合で観られる。しかし、放つレスラーによって千差万別、それぞれのバックドロップがある。テーズのバックドロップ。猪木や鶴田のバックドロップ。馬場さんのバックドロップ。マサ斉藤や長州力の捻りを加えたバックドロップ。後藤達俊のバックドロップ。小川良成のジャンピングバックドロップ。森嶋猛のバックドロップ。天山の大剛式バックドロップ。そして、齋藤彰俊のバックドロップ。
 それぞれ、角度もスピードも異なる。受身も当然異なってくる。それらに瞬時に対応しカウント2で跳ね返す、レスラーの受ける勇気と技術、そして凄みというものも、もっと認知されてしかるべきだと思われる。

 恐怖のバックドロップとその強烈なキャラクターで僕たちの記憶にいつまでも留まり続けるであろうスティーブ・ウィリアムスは、昨年末に亡くなった。享年49歳。最期は癌と戦い、壮絶なその一生を終えた。ただ、あまりにも若すぎる。本当に好きなレスラーだった。その武骨さ。闘争心剥き出しのスタイル。レスラーらしいレスラー。
 2009年も、多くのレスラーの訃報を聞いた。三沢はもとより、剛竜馬、ジャマール。レスラーではないが異種格闘技戦で唯一猪木に勝ったチョチョシビリ。そして最後にウィリアムス。皆天寿を全うしてはいない。彼らの冥福を心から祈りたい。

キャメルクラッチ

2009年03月31日 | プロレス技あれこれ
 キャメルクラッチという技、プロレスに拷問技数あれど、こうまで直接的にそのキツさが分かる技もそうそう無い。
 最近はあまり見なくなったので簡単に説明をすると、相手がマットにうつ伏せの状態で倒れているところに前向けに跨り、背中に腰を下ろして座り、相手の首(顎あたり)をクラッチしてぐっと反り上げる。当然相手は海老反りになり背骨が軋む。相手の両腕を自分のヒザ(深ければ腿)の上に乗せて固定すれば、脱出が不可能になる。
 相手の背骨を逆に曲げて破壊する技で、つまりはバックブリーカーの一種である。しかし、相手を担ぎ上げて背骨を軋ませるカナディアンやアルゼンチンバックブリーカーと異なり、相手の背中に乗っかって力任せに反らせて痛めるわけで、その破壊力が一等上に見える。同様に相手の上に腰を落として反らせて痛める技にボストンクラブ(逆エビ固め)があるが、ボストンクラブが足方向から相手の身体を曲げるのに対してキャメルクラッチは頭方向から力を加える。どっちが効くかについては難しいが、キャメルクラッチは技を掛けられている相手の苦悶の顔が正面に見える。なのでえげつない。グイグイと締め上げると相手の表情が苦痛に歪む。残忍さが際立つので、悪役レスラーには実に相応しい。

 「悪役レスラーにふさわしい」と書いてしまったが、それは当方がこの技を「ザ・シーク」のフィニッシュホールドであると思い込んでいるから筆が滑るのである。実際は、悪役ばかりが使用する技ではもちろんない。ラーメンマンだって使う。そもそもこの技を世界的に有名にしたのは、エル・サントであると言われている。メキシコの伝説的英雄であり、ルチャ・リブレの聖人。
 もっとも、メキシコではこの技を「カバージョ」と呼ぶ。Caballoとは馬のことであり、つまり相手に馬乗りになって固めるためにこの名称となっている由。馬の手綱を引く格好に確かに相似形である。キャメルはラクダであるから、ヨルダン出身ということ(実際はレバノン移民)でアラブ色を前面に出していたザ・シークならではのネーミングなのだろう。アラブではやはり馬よりラクダである。
 エル・サントのことはもちろん知らない(長いキャリアを誇っていたものの全盛期は'40~'50年代である)ので、僕はこの技をカバージョと呼ぶこともなくキャメルクラッチとしか理解していなかった。

 さてそのザ・シークであるが、僕が知るのはかなり年老いてから。アブドーラ・ザ・ブッチャーとタッグを組んでいる時である。当時、人気絶頂のザ・ファンクスと抗争を繰り広げていた。悪役を絵に描いたようなレスラーで、火を吹き凶器攻撃を得意としていた。五寸釘でテリーファンクの腕を切り裂いたシーンは今でも夢に出てきそうな程鮮明に記憶している。そのシークが、キャメルクラッチでよく相手を痛めつけていた。流血した顔で舌なめずりをしつつ相手の頭をぐいぐい引っ張っている残忍なイメージ。どうも反則ばかり印象に残って、ちゃんとした技はキャメルクラッチしか憶えていない。昔のレスラーは「この技一本槍」みたいな人が多かったけれど。
 晩年、もっと老いてからは、大仁田厚のFMWなどで日本にも来日していた。しっかりと悪役を演じきり、プロというのはこういうものだと感動を覚えたことすらある。

 このように、キャメルクラッチはシークの影響もあり、アラブギミックのレスラーの間でその後も広く使われた。シークの甥であるサブゥーはもちろん、最近ではモハメド・ハサンなどが有名らしい(実はあまり知らない)。アラブ系レスラーの伝統技となったと言ってもいいのか。
 そのアラブギミックのキャメルクラッチの中で、最も有名な場面は、アイアン・シークがボブ・バックランドからWWFのタイトルをキャメルクラッチで奪ったシーンだろう。
 話がそれるが、僕は子供の頃からバックランドが大好きだった。こう言うと、必ずプロレス観戦の通人から「シロートめ」と言われる。曰く、バックランドはただのスポーツマンである。善人ぶっている。プロレスラーとしての佇いに欠ける。哀愁が無い。下手である。等々。
 確かに頷ける部分もあるのだが、僕はむしろそのレスラーらしくないギャップが好きだった。アマレス仕込みの技は一流。パワーも十分。しかし童顔で爽やか、猪木のようなレスラー独特の匂いのようなものは皆無。パワーファイトの中で、シビれるようなテクニックを挟む。隠れた矜持。ここぞという場面では迎合しない。そんな一面が僕には魅力だった。好き嫌いは無論あるだろうけれど。
 バックランドは、まだ20代でニューヨークMSGに君臨する。ビリー・グラハムを破りWWFヘビー級王座を獲得。
 マディソンスクエアガーデンの王者は、パワーファイターが伝統である。ニューヨークは力持ちを望むのか。ブルーノ・サンマルチノのバックブリーカー。ビリー・グラハムのフルネルソン。そしてバックランドは、チキンウイング・フェイスロックを使うテクニシャンでありながら、フィニッシュに相手を目よりも高く差し上げるアトミックドロップを選択し、約6年間ニューヨークの帝王を務めた。
 しかし時代は変わる。WWFは二代目のビンス・マクマホン・ジュニアが支配するようになり、拡大路線を歩む。その中で、プロレスラーとしての色気に欠ける(と観られていた)バックランドは、路線に合致せず、とうとう王座を明け渡すことになる。その刺客が、アイアン・シークだった。もともと正統派レスリングの使い手でアマレスの実力者であったが、イランからの亡命者でありアメリカと中東の対立が彼を悪役に据えた。そして、バックランドから王座を奪う。この時のフィニッシュが、アラブの切り札、キャメルクラッチだった。
 この試合はよく知られているようにバックランドはギブアップをしていない。
 試合は当初からバックランドに精気が無いようにも見え、最初にアイアンシークの反則の首締めの後、腕を集中して極められる。バックランドも反撃はするものの届かず、サーフボードストレッチなどで体力を奪われ、そしてキャメルクラッチで固められた。もちろん強烈な締めだったが、アイアンシークがしっかりと腰を落としてから約10秒で、バックランドのマネージャーだったアーノルド・スコーランがタオルを投入するのである。
 これには二種類の見方が当然ながら生じる。
 確かに強烈なキャメルクラッチだった。バックランドの選手生命も危ぶまれたかもしれない。背骨を損傷することはそれほど恐ろしい。アーノルド・スコーランの判断は正しかったとも言える。
 であるが、プロレスの世界でタオル投入というのは珍しい。戦うレスラーにはギブアップという手段があって、フォール3カウントと共に、それでこそ決着に説得力が生じる。戦意喪失。参った。それを自らの意思で表明することで勝負の行く末を観客に納得させることが出来る。スコーランはスーツ姿だった。ジャージを着て首にタオルを普通に掛けている姿であればともかく、これは予め白いタオルを用意していたとしか思えない。
 ここで八百長論を言おうとしているのではない。八百長を了承していたのであれば、バックランドは自らギブアップしていただろう。ただ、バックランドを王座から転落させたい巨大な意思は働いていたのかもしれない。そのため、スコーランは密かにタオルを準備していた。そしてキャメルクラッチ。ただ、バックランドはギブアップをする気配がない。アイアンシークは強烈に締め上げる。危険だと見たスコーランは慌ててタオルを投入したのではないか。バックランドの王者のプライドを知っているがゆえに。それが、僅か10秒という時間に現れているように思える。この説得力に欠ける早すぎるタオル投入は、芝居ではないキャメルクラッチの強烈さがスコーランを慌てさせたのだ。
 以上はもちろん妄想であるが、この時のキャメルクラッチは確かに強烈だった。

 さて、キャメルクラッチはバックブリーカー、背骨破壊であると最初から書いているが、果たしてそうなのだろうか。
 キャメルクラッチの完成形は、前述したように相手の背中に腰を落とし、相手の両腕を自分の膝上に固定し、顎の部分を両手で持ってぐっと反らせる。相手が海老反りになる状態。これは、確かにバックブリーカーである。
 ところで、相手の両腕を自分の膝に上げず、ただ乗っかって相手をぐっと反らせる場合もある。シークにもそういう掛け方をする時があって、相手の身体が完全に海老反りにはならない。こういう場合は、バックブリーカーではなくネックブリーカーとなる。曲げる主体が背骨ではなく首であるからだ。
 そして大抵は顎を固めて頭部を引き上げるのだが、この顎の固め方でチンロックのダメージも与えることが出来る。また、引き上げる手を口部分に持ってくれば呼吸困難となり、また手を拳にして顔面の急所に押し当てるように引き上げればフェイスロックにもなる。単純な技に見えて様々な可能性がある。相手のダメージが蓄積した箇所を狙うことも可能。
 バックランドがかつて君臨したWWFは、アイアンシークも短い王座に終わり、その後ハルク・ホーガンが立つ。そしてエンターテイメント色を強め、WWEへと移っていく。この流れの是非はひとまず措いて、そのWWEには後にスコット・スタイナーが上がった。あのリックと共にスタイナーブラザーズとして一世を風靡したレスラーである。その必殺技フランケンシュタイナーは語り草である。
 このリングにおいて、スコットは筋骨隆々の身体に変貌し、キャメルクラッチをフィニッシュホールドに持ってくるのである。名称こそ「スタイナー・リクライナー」としたが。高角度パイルドライバーとも言える危険なフランケンシュタイナーは嫌われたのかもしれない。
 このスタイナー・リクライナーは、腰を落とさない。中腰のままで顎を固め反り上げる。高角度キャメルクラッチと言うべきか。ボストンクラブに例えると、あの中野龍雄のシャチホコ固めのような形状である(無論前後逆だが)。
 実はスコットの師匠の一人はシークである。正統派のキャメルクラッチも十分会得しているはずであるし、かつては使用していた。だが、WWEではシャチホコキャメルクラッチを前面に打ち出している。これは、やはり見栄えというものもあるのだろう。いくら苦悶の表情が分かりやすいキャメルクラッチもやはり寝技。比べて、スタイナー・リクライナーは立ち技キャメルクラッチである。
 腰を落とさないキャメルクラッチはどう効くのか。そりゃスコットのような肉体をもってすれば何でも効くのだろうが、これは背骨より首にダメージがあるのかもしれない。チンロックの要素も強いかも。
 ただ、好みの上から言えば、やはり腰をどっしりと落とした方が僕は効くような気がするが。

 キャメルクラッチという技は実は奥が深いが、見た目単純であるので、複合技、派生技を生み出しやすい。複合技としてすぐに思い出すのは柴田勝頼のクロス式キャメルクラッチだろう。後藤洋央紀も使う。
 これは相手の両足をクロスさせ固め(インディアンデスロックに近い)、そして上半身はキャメルクラッチに極めるわけであるが、これは複合技であり腰を下ろす場所が後部になってしまいキャメルクラッチ単体の威力は少し和らぐのではないかという不安もある。ただ、足も背中も首も痛い。後藤がやると、キャメルクラッチというより蝶野のSTFに近いように見えてしまう。それはそれで痛そうだが。
 派生技として、あのミスター雁之助の「涅槃」という技がある。また分かりにくい名前だが、これはキャメルクラッチで上半身を持ち上げるところを、フルネルソンでやるのである。なんともえげつない拷問技。こんな無茶をよく考えるなと思う。
 さらに、女子プロレスだが風間ルミの「ドラゴンパンサー」。これはなんと、ドラゴンスリーパーとキャメルクラッチの複合技である。なんてことをするんだ。死ぬぞ。
 ここまでは知っていたのだが、さらに他に無いかと検索をしていたら、こんなページを見つけた。維新力の「アルカトラズ」という技は、なんとチキンウィングフェイスロックとキャメルクラッチを合体させている。なんということを。
 しかしこういう技をいくつか見ていると、クロスフェースもナガタロックⅡもなんだかキャメルクラッチに見えてきた。もうこうなると線引きが怪しくなってくるのでこのへんで。
 

ボディスラム 2

2008年08月01日 | プロレス技あれこれ
 前回の続き。
 ボディスラムとは前回書いたように「抱え投げ」である。だが、「抱えて投げる」だけであれば、スープレックスだってバックドロップだって形状は抱えて投げる。なのでもう少し細かく「正面から、自分の片腕を相手の股間に差し入れて持ち上げ、もう片腕は肩口あたりを支え(つまり横四方)、そして相手を背中からマットに叩きつける技」と定義した。
 まあ持ち上げ方にはバリエーションがあってもいいだろう。女子は首をブレーンバスターのように抱えて持ち上げる。持ち上げ方は細かく考えなくてもいい。まずは、「背中からマットに叩きつける」というところが重要だろう。頭から落とせばパイルドライバー(ツームストン、もっと限定すれば天山式)や、或いはノーザンライトボム(これがボディスラムから発展した技であることは以前書いた)になってしまう。あくまで相手の背面をマットに落とす技である。
 もう一点、定義として付け加えるとすれば、自分の前に落とすという点だろうか。前方に投げる。例えばバックフリップや水車落しなどは、相手を背中から叩きつける技であるにせよ、自分の後方に投げる。典型的なのはブロックバスターで、この技は途中まではボディスラムであるが、抱えた後ブリッジして後方へ投げつける。ここにボディスラムとの分岐点がある。
 なんでこういうことをツラツラ考えているのかと言えば、ジャックハマーという技はボディスラムの亜種か、と考えてしまうからである。
 一般的には、ジャックハマーはブレーンバスターの派生技として捉えられている。ガブッて相手の身体を真っ逆様に持ち上げるまでは確かにブレーンバスターだ。だが、ブレーンバスターはもちろん「脳天砕き」でありそのまま後方に倒れこむようにして相手の頭部をマットに叩きつける。元祖のキラー・カール・コックスにせよディック・マードックにせよ、現在の垂直落下式と比べれば「尻もち式」ではあるけれども脳天砕きには違いは無い。また、ブレーンバスターと一般的に言われている技は「後方倒れこみ式」であり脳天砕きとは様相が異なり背中を叩きつける技になっているが、後方投げつけである限りボディスラムではありえない。
 だが、ジャックハマーは、ブレーンバスターの姿勢から前方に相手の背中をマットに叩き付けるのである。前方に、である。これは高角度ボディスラムなのではあるまいか。

 徐々に迷宮にはまって行くのが自分でも分かる。このジャックハマーと相似形の技に、ブルーザーブロディがやるブレーンバスターがある。これも、前方に自らの身体を浴びせるように相手の背中から叩き付ける。僕は全てボディスラムの亜種であると言ってもいいような気がするが、反論も多そうなのでこのへんで止める。
 さて、ブロディにはそれ以外に、特徴のあるボディスラムを放つ。ゴリラ・スラムと呼ばれたワンハンドボディスラムである。相手を抱え上げた段階で、肩口を支えていた腕を放し、股間に差し入れた右腕一本のパワーで相手を投げ捨てる。この技は、ブロディの身長でしかも高角度で投げ放つので効力があるが、片腕で投げることによってダメージが上がるか、と言われればちょっとわからない。受身も取りやすくやるのではないだろうか。ただ、見た目派手であり、ブロディのパワーを誇示するのには抜群である。好意的に見れば、片腕で投げられたという精神的ダメージを相手に与えることは出来るだろうか。
 ただ、結果論ではあるにせよ片腕のロックを外すことによって、相手を抱え支えるには自分の肩に相手が乗ることになり、ハイアングルによる落差は生じる。つまり、ボディスラムは出来るだけ高い位置からタメを作って投げ飛ばした方が効くわけである。
 ボディスラムで与えるダメージを上げる方法のひとつがこれである。もうひとつ「投げるスピード」があるが、投げる高さと角度によってもダメージが変わる。だから相手を出来るだけ高い位置から放り投げればいいわけだ。
 その「高い位置から投げる」やり方として、相手がコーナー最上段に上がったときの切替し技として、その高い位置からそのままエイヤと投げ飛ばしてしまう技が生まれた。これがデッドリー・ドライブである。ハイアングルボディスラムと言っていいだろう。これは確かに効くはずである。だが、この技の難点は相手がコーナーに上ってくれないと放てない。切替し技だからだ。

 しかし、相手がコーナーに上らずとも、自らが相手をリフトアップして、つまり相手を自らの頭より高く差し上げて投げれば同じことである。だが、こういうのは普通は無理だ。タッグマッチなどで、ヘビー級の選手がJr.ヘビーの軽い選手を目よりも高く持ち上げる、という場面はあるが、100kgを超えるヘビー級同士では不可能である。重量挙げではなく相手は生身の男なのであるから。
 だが、それをやるレスラーが現れた。怪力無比、と言っていい。誰が最初か、などということはわからないけれども、とにかく強烈に印象に残るのはロードウォリアーズである。
 このアニマルウォリアーとホークウォリアーのタッグチームは、とにかく規格外だった。試合をすれば秒殺。観客を満足させるためにはある程度の試合時間は必要とされるプロレス界で、相手の技をほとんど受けることなく一方的に攻めて勝ってしまう。こういうのは観客の満足度が下がるものなのだが、彼らはそれが受け入れられた。モヒカン&逆モヒカンの個性的な髪型に顔面ペインティング。筋肉の塊の暴走族としてあばれまわる。技よりもパワーで押し潰す試合スタイルであって、その見せ場のひとつが、相手レスラーをリフトアップしてのデッドリードライブ(リフトアップスラム)だった。投げることよりもリフトアップが見せ場であり、「ボディリフト」と呼ばれた。ハルクホーガンやキラーカーンをリフトアップしたのを見たこともある。なんという凄さか。
 NWA、AWA、WWF全てのタッグ王座を獲得する前代未聞の偉業を成し遂げ、一世を風靡したロードウォリアーズだったが、首回り72cmあると言われたホークの死去で終焉を迎える。心臓発作だったらしいが、ステロイドの影響とも言われる。享年はアンドレと同じ46歳。あんな身体を維持するのに相当の無理を身体に強いたのだろうと思う。
 その後、ボディリフトを見せる怪力レスラーは次々に現れてはいるが、彼らほどの衝撃をもう与えてはくれない。

 さて、ボディスラムで相手を投げる際に、そのまま自分の身体を預けて浴びせかける技がある。アバランシュホールドである。これは、ボディスラムとボディプレスの複合技と考えればいいのだろうか。
 これに近い技にオクラホマスタンピードがある。これは、アバランシュホールドがボディスラムの形状で相手を抱え上げる(自分の身体の前方で、相手をマットに平行の位置取り、つまり横向け、横四方)のに対し、オクラホマスタンピードは相手を縦に自分の肩に担ぎ上げる(エメラルドフロウジョンの体勢)。そうして担いで、多くはマットを対角線上に走って、自らの身体を浴びせかけるように叩き付ける。カウボーイ・ビル・ワットが元祖とされるが、これは未見。印象に残るのはディック・マードックである。またホーガンは、同形の技を「カリフォルニア・クラッシュ」と呼び初期のフィニッシュホールドにしていた。
 (追記:スティーブ・ウィリアムスのオクラホマスタンピードは、相手が縦方向(頭が下)になるものの、持ち手は横四方(つまりアバランシュホールド)のままだった。肩に担がず相手を縦にするのはウィリアムスの相手の体重を支える強烈な左腕力あればこそで、例外と言える)

 さらに、このアバランシュホールドをカウンターで放てばそれは「パワースラム」と呼ばれる。ロープの反動を利用しているので衝撃が強くなる。テッド・デビアスが印象に残る。デビアスのは「スクープ・サーモン」とも呼ばれた。また前述のウォリアーズもよく放っていた。佐々木健介も強烈な一発を放つ。先日は空中に飛び上がった丸藤をそのまま受け止めて放っていた。凄ぇ。
 このパワースラムは確かにボディスラムの派生技であると思うが、ひとつ問題があるのは、ロープに振って戻ってくるところを受け止め、その反動を利用して相手の進む方向に投げるという点にある。つまり「自分の前方に」投げるわけではない。捻りを加えて結果的には最初の立ち位置から考えて後方に投げることになるため、最初の定義から少し外れた感がどうしてもしてしまう。巧く投げればフロントスープレックスにも形状が似てくる。谷津嘉章の使うスープレックスは総称してワンダースープレックスと呼ばれるが、その多くはフロントスープレックスであったものの、このパワースラムも「ワンダースープレックス」とコールされていたような記憶がある。もちろん谷津の場合はカウンターで相手をボディスラムの形状で受け止めても、捻りを加えるというより反り投げの様相を呈していたからスープレックスでもいいとは思うが、明確な区別が付きにくい。そしてまた迷宮に入りそうな気配がしてくる。
 スープレックスであれば、足先の向きで判断が出来る。相手が突進してきた方向に足先の向きが残っていればそれは反り投げの部類だろう。また、最後に相手を叩き付けた方向に足先が向いていれば、それは浴びせ倒しでありボディスラムの派生技だろう。健介のはボディスラムだが、デビアスや谷津はどうだっただろうか。
 徐々に考えることが面倒臭くなってきた。現在多く見られるパワースラムの場合は、最初の立ち位置から後方に投げたとしても、自分の身体を捻ることによって浴びせ倒し足先も回転して相手に向かっているから「結果として前方に投げた」と認定してしまおうか。「スクープ・サーモン」はもしかしたら反り投げだったかもしれないがパワースラムはスープレックスとは一線を画しているようにも思える。VTR検証でもしないとわかんないや。

 だが、さらに分類と定義付けに面倒な技が最近登場している。中邑真輔の「リバース・パワースラム」である。
 これは、相手の背中側からボディスラムの形状で持ち上げ、相手の腹側からマットに叩き付ける。つまり、表裏が逆なのである。なんとも不思議な技である。持ち上げる際に相手の股間を掴むような形になるのでどうも気色悪いことと、カウンターで使用するわけじゃないのでリバース・アバランシュホールドと呼ぶべきじゃないのか、などいろいろ注文はあるが、実に危険な感じはする。受身も取りにくいのではないか。腹部、胸部だけでなく顔面強打の可能性もある。
 しかしこれは、ボディスラム(と言うかアバランシュホールド)から派生していることは間違いないけれども、やっぱり系統は別だなあ。ダメージを受ける箇所が異なる。方向性としては、バイソン・テニエルなどと近いような気がする。フェイスバスターともまた違うのだが、ややこしい。
 最も単純な投げ技であるボディスラムも、細かく考えるとつい袋小路に入ってしまう。技の定義や分類は難しい。

 

ボディスラム 1

2008年07月19日 | プロレス技あれこれ
 ボディスラムという技に解説は不要か、と言われればそうではないかもしれないけれど、そんなに難しい話は必要ない。つまり「抱え投げ」のことである。相手を抱えてぶん投げる。正確には正面から、自分の片腕を相手の股間に差し入れて持ち上げ、もう片腕は肩口あたりを支え、そして相手を背中からマットに叩きつける技である。
 ちょっとだけ付け加えるならば、女子のボディスラムは、片腕を股間に差し入れるまでは同じだが、女子のかいな力の不足から、もう片方の腕は相手の首根っこをブレーンバスターのように脇に挟み込み、両腕の力をフルに使って持ち上げる。このことは以前少し書いた(→デスバレーボム)。

 プロレスの基本技であり、ヘッドロックと並んで試合での頻度が高いと思われる。まずボディスラムを使用しないで終わる試合は少ないのではないだろうか。
 ただし、これは完全な繋ぎ技である。コンクリートの上で投げれば一撃必殺となるだろうボディスラムも、多少なりとも緩衝材が用いられているプロレスマットと、受身の専門家であるレスラーが相手では、ダメージを与えることすら現在ではなかなか難しい。よって、例えばコーナートップからダイビング技を仕掛ける場合に、相手の横たわる位置を決定付けるとか、或いはコーナーに上るための時間稼ぎ的な意味合いしか現在のボディスラムには価値がない、と言っても極論ではないだろう。
 これは、受身技術の向上がひとつの技を殺してしまったとも言える。
 昔は、相手にダメージを与える技としては有効だった。力道山も、一試合で何発もボディスラムを放ち、徐々に相手のスタミナを奪っていく。繋ぎ技にせよ効力はあったのである。昔は技の種類が少なかったからボディスラムにかかる比重が大きかったと言えるかもしれないのだが。
 しかし一歩間違えば今でも危険な技である。もしもバランスを崩して、相手の背中からマットに叩き落さねばならないところを、頭や首から落としてしまったとしたら。
 この典型例として、スタンハンセンがブルーノサンマルチノの首を折ったと言われるニューヨークのMSGでの事件がある。まだまだ若手だったハンセンは、サンマルチノにボディスラムを仕掛け、腕がすっぽ抜けて頭からサンマルチノを叩きつけてしまった。サンマルチノは頚椎を損傷し、リハビリによって復活したものの往時の輝きを完全に取り戻すことが出来ず数年後に引退したと言われる。よく「ハンセンの首折ラリアート事件」としてセンセーショナルに伝えられているが、実際はラリアートで首を折ったわけではなくボディスラムによる事故である。危険な技なのだ。

 ボディスラムはかつてはフォール技だったのか。その実態は残念ながらよくは知らない。しかし、プロレス技というものは、出生を辿れば相手をギブアップ或いはノックアウトすることを狙う技であるはずで、僕の知らない60年代より以前ではそうだったのかもしれない。
 ローラン・ボックがボディスラムでフォール勝ちしたという話を聞いた事がある。詳細を知っている人はいないだろうか。相手は当時の新日若手レスラーで(長州とか木村健吾とか言われている)、高速ボディスラムで相手をマットに叩きつけそのまま3カウントを奪った、と。真偽はわからず資料も持っていないのでなんとも言えないのだが、ボックならありうることだろうと思わせる話である。あのダブルアームスープレックスにおけるマットへの叩きつけ方というのはえげつない。ならばボディスラムでも…と想像は出来る。
 もうひとつ伝説がある。それはアンドレ・ザ・ジャイアントである。あの国際プロレス時代のこと、当時モンスター・ロシモフと名乗っていたアンドレは、神様カールゴッチと対戦。ゴッチはアンドレをなんとジャーマンスープレックスで投げたという。だが、メインレフェリーがその前にアンドレと交錯してマットから転落しており、サブレフェリーが入って3カウントをしたかに思われたが、その後アンドレがゴッチ後方からエルボー、そしてボディスラムで体固めに入ったところにメインレフェリーが復帰し3カウントを入れてしまった、というもの。公式にはアンドレがボディスラムでカールゴッチからフォールを奪ったことになる。
 アンドレがボディスラム、ということになれば、公称約223cmの身長から繰り出されるその技は相当なハイアングルのものとなったことは想像に難くないし、立派にフォール技と成りえただろう。ボディスラムで投げるよりもフォールのために体固めで押し潰せば、いかにゴッチでもダメージがあって跳ね返せまい、との意見もあるが、当時のロシモフ時代のアンドレは写真で見ても後年よりずっと痩せている。だからこそゴッチもジャーマンを仕掛けられたのであろうし、体固めの押し潰しではなくボディスラムが効いたからこそフォールされたのだろう。

 僕がちゃんと知っているボディスラムでのフォール例はこのアンドレのものだけなのだが、歴史は皮肉なものだと言うか、このアンドレが、逆にボディスラムで投げられる側になるという場面が、後にこの技に脚光を浴びせかけることになるのである。
 アンドレはとにかくでかい。身長は前述したように223cm、体重は236kgと公式には言われているが、実際はもっと大きかったらしい。レスラーは普通、身長や体重は実際のものより数字を上積みして発表するものだが(体重制限のあるJr.は別として)、アンドレはそうではなかったという。実際、アンドレは来日の度にどんどん体重が増えているように見えたし、身長も恐ろしいことに年々伸びていたとも言われる。巨人症とは成長ホルモンの過剰分泌でありそういうものだと言われるが、にわかに信じがたいものの証言もいくつかあるようだ。アンドレは成長を止めることが出来なかった、と。
 その姿を「人間山脈」と古館アナがよく形容していたが、異形のものが揃うプロレスの世界においても傑出しており、しかもでくの坊ではなく実力がある。運動神経も並みではなく、若い頃にはドロップキックもこなしたという。アンドレがもしも本気でタイトルを狙えば、獲れなかったタイトルはあるまい。
 以前佐山聡が、アンドレと戦って勝てるか、との問いに「勝てる」と答え、指の骨を一本づつ折ればいい、などと言っていたが、そんなことをエドワード・カーペンティアやバーン・ガニアに師事したアンドレが許すだろうか。指に取り付く前にぶっ飛ばされてしまうのではないだろうか。それほどアンドレは規格外で、しかも大きいだけの男ではなかったのだ。人類最強の男の称号にまさに相応しい。こんなレスラー、いや人間はもう現れないだろう。
 だがアンドレの大きさと強さは、その比類が無いということからレスラーとしては苦難の道を歩かねばならない運命におかれる。まともに戦っても誰もアンドレに勝てないことは明白であるからだ。技ひとつとってもアンドレが繰り出すと危険である。プロレスは相手に怪我をさせたり命を奪うことを目的としていない。従って、相手に確実に怪我をさせるであろうツームストンパイルドライバーを封印したり、アームロックなども加減が必要となった。また、一人では相手にならず2vs1のハンディキャップ・マッチも多く組まれ、バトルロイヤルでの出場も多かった。突出したその体躯と実力のせいである。
 実力あるレスラーならシングルでも対戦出来たが、まず勝てる見込みなど無い。なので試合の注目は別の部分にあつまる。どのくらい対峙出来るのか。相手が何秒でフォールされるか。その中のひとつに、アンドレをボディスラムで投げられるのか、という視点があった。
 ボディスラムという技は、アンドレと対戦する場合に最高に注目が集まった。この男に勝てるやつはいないのか、という視点はとうに失われ、この男を持ち上げて投げることが出来るやつがいるのか、という観点だけにしか注目し得ない、ということがもはや凄まじい。
 しかも、アンドレをボディスラムで投げたレスラーなど数えるほどしか存在しない。ハルクホーガン、スタンハンセン、ハリーレイス、ローランボック、エルカネック。また伝聞ではブルーザーブロディ、ケンパテラ。だが、このパテラも、日本で見た試合では失敗している。重量挙げ五輪メダリストのパテラですら、そうそう持ち上げることなど叶わなかったのだ。日本では猪木、長州力。長州が投げた試合は観ていたが、相当無理があったように見えた。投げた、というよりもその姿勢でなんとか浮かせて転がした、に近かったようにも記憶している。そして、技をかけた長州が腰を痛めていた。
 こういうことを書いてはいけないのかもしれないが、もしもアンドレが本気で踏ん張れば、投げることなど誰も叶わなかったのではないか。投げさせてやった、とまでは言わないが、それに近いニュアンスもあったのではないかと考える。そして、投げたレスラーには箔がつきステイタスとなった。
 
 アンドレが他界してもう15年を過ぎた。享年46歳だったアンドレの年齢に自分が近づいていることを思うと感慨深い。ああいう人は長寿を保つことは難しい。異形のものとして生まれることの厳しさを思う。そして、アンドレが亡くなって、ボディスラムにも注目が集まることが少なくなった。

 ボディスラムの派生技についても記述したいが、長くなったので次回に。

河津落とし

2008年02月05日 | プロレス技あれこれ
 1月31日は馬場さんの命日だった。馬場さんが亡くなり、後を追うように鶴田も亡くなったのは前世紀末のことだった。それに対し、もうそんなに経ったのかとも思い、またその後の日本プロレスの変貌を思うとまだそれだけしか経っていないのかとも感じる。不思議なことだと思う。before馬場とafter馬場とはそれだけ断層を感じる。
 僕はずっと猪木ファンだったのだが、猪木のことは「猪木」と書くのに馬場さんのことは「馬場さん」と敬称をつけないと書けない。これは昔からそう。レスラーの場合は失礼でも呼び捨てにしたほうが臨場感が出ると思うのだが、どうしても「馬場は…」とは書けない。偉大な存在だったと改めて思う。
 日本のプロレス界において、横綱は3人しか存在しなかった。力道山とBI砲である。鶴田を張出横綱に据えてもいいが、彼はスポーツマンとして終わり、生ける伝説・カリスマとなる前に急逝してしまった。もう一人横綱に成り得た前田日明も途上で終わった。三沢や小橋、武藤も全盛期を過ぎ、新日本プロレスなど今は小結級がエースと言われる。なんだかなぁと思う。もう絶対的エースはプロレス界には生まれてこないのか。

 閑話休題。河津落としの話である。
 馬場さんは「東洋の巨人」であったが故に、細かい技は使用しなかった。豪快に映じる技を主体とした。十六文キックや脳天唐竹割り。それらはフロントキックであり脳天チョップで馬場オリジナルの技ではなかったのだが、あたかもオリジナル的様相を呈していた。馬場さんの肉体が真似できないオリジナルであったせいであるとも言える。他にも、馬場さんがやると「ジャイアント○○」と呼ばれた一群の技がある。ジャイアントコブラ。ジャイアントバックブリーカー(これは複合技でありオリジナル的だが)。
 もちろんオリジナルであるとされた技もあった。ココナッツクラッシュ(椰子の実割り)。そしてネックブリーカードロップ。アームブリーカーもそのように言われた。これらは厳密に言えば、以前にも似たような技があった可能性がある。しかし河津落としは、確実に馬場さんが編み出した技であると言われていた。
 この河津落とし。相手に対して同方向に並び立ち(馬場さんは相手の左側に立つ)、相手の左足に自分の右足を上から掛けフック(自分の足の甲を相手のふくらはぎの部分に掛けて固定する。絡ませる)、相手の左手を取り右腕で相手の首(顎の部分か)を固定して、絡ませた足を跳ね上げると同時に後方に倒れこんで相手の後頭部をマットに叩きつける技である。
 原型は河津掛けであることはよく知られる話。相撲のテクニックとされる。大相撲出身の力道山がルーテーズとの試合で、必殺技バックドロップを防ぐために足を絡ませ「河津掛けで堪えた」場面が有名。ここから馬場さんがそのまま後ろに叩きつける河津落としを開発したと言われた。
 この話から僕は、「足を絡ませるテクニック」を河津掛けと言うのだとずっと子供の頃は思いこんでいた。実況アナウンサーも「馬場、河津掛けから~河津落とし!」とよく叫んでいたのも耳に残っている。
 ところが、よくよく考えてみると足を掛けるだけで相撲の技になるはずがない。相撲の技は相手を転ばせないといけないのであるから、足を絡ませただけでは技にはならないはずである。後方に倒すまでが相撲の技でないといけない。力道山の「足を絡ませてバックドロップを耐える」では「河津掛けの"体勢"で堪える」でないとおかしいのではないのか。
 実際に相撲で河津掛けなど珍しすぎる技なので見る機会などないと思っていたのだが、貴ノ浪がありがたいことに放ってくれた。この長身で足の長い力士は実に器用だった。貴乃花との優勝決定戦で見せた河津掛けは、立位置は馬場さんと同じ相手の左側で、右上手を深く持って足を絡ませ跳ね上げて相手を倒していた。もちろん右上手は倒すと同時に離す(そうでないと自分の上手が先に土についてしまう)。結局勢いで貴ノ浪も後方に倒れてしまうのだが、当然相手力士の方が先に土がつく。
 これは、もちろん相手を転ばせるための技であり、本当に絶妙に掛かれば自分は倒れずともすむのである。これが相撲の河津掛け。それに対し馬場さんの河津落としは、強引に自分も倒れることによって相手に体重をかけ、相手の頭を固定し後頭部を狙うのである。河津掛けと河津落としは確かに違う。ここに至ってようやく、河津落としは馬場さんのオリジナルであると納得した次第である。貴ノ浪ありがとう。
 なお、柔道にも河津掛けがある。僕は詳しくないので知らなかったのだが、コミックス「帯をギュッとね」で軽量級の宮崎がこれを掛けて反則をとられていた。これは禁止技なのである。足を跳ね上げて後方に落ちるため受身が取りにくい(後頭部強打の危険性あり)ために禁止となっているのだが、柔道もノックアウトを狙う競技ではないので河津掛けなのである。足を絡ませ跳ね上げてただ倒すのが河津掛け。さらに首を固定して自らの体重とともにマットに叩きつけるのが河津落とし。
 したがって「河津掛けから河津落とし」という言い回しはどうも腑に落ちないのだが、どうなのだろうか。
 なお「河津掛け」という技は源平時代、伊豆国の伊東祐親の子である河津三郎祐泰がルーツと言われ、領地争いから工藤祐経が祐親親子を狙い三郎が討たれてしまう。そして、三郎の遺子である曽我五郎時致と十郎祐成兄弟が祐経に仇討ちをする、という有名な物語があるのだが、歴史記事ではないのでこれ以上は記さない。河津三郎は力持ちとして有名であり相撲も強かったのだが、この「足を絡ませ後方に倒す」という技は、曽我物語によれば相模国の俣野五郎景久が得意とした技であったと言われる。この俣野五郎を河津三郎が投げ飛ばして破ったわけだが、勝ったのは河津三郎でもこれが「河津掛け」となるのはおかしい。本来なら「俣野掛け」であるはずである。謎が深まるが歴史記事じゃないのでもうやめる。
 もう一点だけ気になることがある。この技は海外では「ロシアンレッグスイープ」と言う。何故ロシアなのか。すぐに想像できることは「サンボ」である。確かに足を絡ませ跳ね上げるのはサンボっぽい。もしかしたらサンボにも似たような技があるのか。馬場オリジナル技説に疑問点がつくとしたらこの部分なのだが、詳細をよく知らない。どなたかご教授願えないだろうか。
 
 馬場さんはこの技を大切にしてきた。かつてはドリーファンクJr.をフォールしたこともある必殺技だったのだが、後年は威力も衰えたのか繋ぎ技としていた。この技はタイミングで出せる。足を掛け、振り子のように一旦前に体重を乗せ、一気にひっくり返る。馬場さんは身体が異常に大きいので振り回されて倒れざるを得ない。そして後頭部をマットにしたたか撃ちつけられる。うまく決まれば「持ち上げないバックドロップ」的効果があるのではないか。なので、その晩年も多用していた。
 レスラーというのは受身が商売である。よって、ただ後方に倒れるだけでは相手は痛痒を感じない。この技の肝は相手に受身を取らせないことにある。よって、足を絡ませて跳ね上げるのはともかく、重要なのは相手の首のロックである。馬場さんはあのグローブのように大きな手で相手の首根っこや顎をガシッと掴んでいた。これにより相手は顎を引けなくなり受身を失敗する。さらに相手の腕も取っている。これが重要ポイントだろう。
 馬場さんはこれを鷹揚にタメを作りつつゆっくりと仕掛けていたが(馬場さんがスローモーだという意味ではない)、これにスピードが加わればそれは一撃必殺になりえる技である。日本のレスラーは馬場さんの色が濃すぎるこの技をなかなか取り入れられないが(使用してもリスペクト的)、外国選手はしばしばこの技を使う。中でも白眉はブラッド・アームストロングである。この選手のことはあまり知らないのだが、Youtubeなどで試合を観る限りは非常に完成度の高い河津落としを放つ。スピードが決め手。しかも彼はこれをフィニッシュホールドにしている。これはなんとも嬉しい。馬場さんの遺伝子が脈々と受け継がれていくような気がしてしまう。

 さて、この河津落としは足のフックがないと当然「河津」にはならないわけだが、相手を持ち上げず後方に倒し、しかも受身が取りにくいように頭部をロックなりなんなりすれば河津落としに近い技になり得る。
 そんなことを書くのは、ドラゴンゲート吉野正人のライトニングスパイラルが実に河津落としに似ていると思うからなのだが。
 ライトニングスパイラルという技は、立つ相手にちょうどエアプレンスピンを仕掛けるように横から相手の脇腹あたりに頭をつけ相手の首と足を取り、そのまま持ち上げるのではなく勢いをつけて相手を後方に倒す。と書いても絵が浮かばないと思うが、取った足をすくい上げ、もう片方の手でロックした首を引きずり倒すように自分の体重を乗せて相手が背中から落ちるようにする。これをまるで回転するかのようにスピードを乗せてバタンと倒すわけで、後頭部からマットに叩きつけられる。
 河津掛けで足を絡めて跳ね上げる過程を腕でやっているわけで、効果はほぼ河津落としと同一であり形状もよく似ている。足で跳ね上げるか腕で跳ね上げるか。吉野はスピードがあるので実に小気味よく決まり、これでフィニッシュとなる。格好いい。河津落としの派生技と見たいがどうだろうか。

 相手を持ち上げず、首(頭部や顎でも)をロックして受身を取りにくくして相手を後方に倒し、後頭部をマットに叩きつける。これを取り出すと、例えば丸藤の不知火なども近い形状に思えてくる。丸藤は身体が軽いのであのように全身で後頭部に体重をかけなおかつ勢いを加えるわけだ。ここまでいけば派生技であるとは僕もとても言えないが。そうであれば、小川直也のSTOや垣原賢人のカッキーカッターのような「大外刈り」系統の技も身体の向きが異なるだけで河津落としとさほど違いが見出せなくなってくる。分類というのは難しい。時に袋小路に入ってしまう。

延髄斬り

2007年11月19日 | プロレス技あれこれ
 自分ではまだ「寄る年波」というほど老けてはいないつもりではあるが、昨今新しい情報が本当に頭の中に入ってこなくなった。もちろんプロレス技の話である。

 プロレス技の名称について昨今はしばしば戸惑う。口惜しい話なのだがここ何年もライブで観戦することなくTV中継やネットに頼っているのだが、そうすると実況中継も同時に聞くことになる。さすれば、アナウンサーが技を出すたびにその技の名前を叫んでくれるわけなのだが、これがさっぱり頭に入ってこない。
 新技であるならそれも享受しよう、一生懸命覚えようと思うのだが、現在の技の名前の付け方はイメージ先行であり、なかなか形態を具現化したものにはなっていない。
 かつて、プロレス技の名称と言えば、例外は確かにあるものの基本的には技の形態から名付けられていた。「ニードロップ」「ボディスラム」「バックブリーカー」「フィギュア・フォー・レッグロック(4の字固め)」等々。聞けば分かった。そしてまた、昔は技が単純だったということもある。現在ほど多様化していなかったので、「名は体を現す」式で分かりやすかったとも言える。
 そして、プロレスが高度になり技の種類も増えてくるが、基本的には「分化」であると言ってよかった。バックブリーカーも「カナディアン」「アルゼンチン」「ハイジャック」などと分かれていったが、末尾に「バックブリーカー」と付くために、これは背骨にダメージを与える技である、ということが類推できた。僕はこのブログでずっと書いているとおり分類・定義付けが趣味であるので、こういう技の名付け方は誠に好ましい。

 然るに昨今の技はイメージ先行なので、聞いただけではなんだかわからない。「エメラルド・フロウジョン」「サンタモニカ・ピア」「スクールボーイ」「昇天」全く名は体を現してくれない。「キャトル・ミューティレーション」とはいったいなんだ。意味で言えば「動物虐殺」。なんのことかわからない。これを「リバース・チキンウィング」と言ってくれれば実に分かり易いのにわざわざこういう名称を付ける。格好いいけど謎が深まる。「俺が田上」「秩父セメント」「つくば薪割り」ともなると果たして格好いいのかどうかもわからない。
 結局、個性的にしたいのだろう。気持ちはわからなくもない。ただ観客の視点に立っているかどうかは疑問である。
 実は、こういう技の名前の付け方は昔からあったと言えばあった。例えば「キチンシンク」。これはカウンターで放つ腹部へのヒザ蹴りである。つまりニーパットだ。これが何故キチンシンク(台所の流し)という名称になってしまったのか。僕は、カウンターで腹に強烈なヒザを見舞えば、「うげっ」となって嘔吐しそうになり思わず流しへ走る、というところから来ていると考えていたが、実は「台所の流しは堅いから」などの諸説があるらしい。もう古い技なのでネーミングの由来も分からなくなっているのだ。

 繰り返すが、まだ新技であるならそれも不承不承ではあるが是としよう。今の時代、技はもう出尽くして完全な新技の完成は難しく派生技が主だとは思うが、それでも個性あるアレンジであればまだ良しとする。例えばブルーデスティニー。鈴木鼓太郎の必殺技だが、これは形態はゴリースペシャル(これもバックブリーカーの一形態である。ホントややこしい)でありながら、その実ネックブリーカードロップである。この形のものは見たことがなかったので新技だろう(以前からあったのならごめんなさい。無知なので^^;)。ネーミングの意味が分からないがしょうがなく認めてもいい。
 しかし、金丸義信の「タッチアウト」。これは旋回式垂直落下ブレーンバスターである。ちょっと捻った程度でさほどの個性も感じられない。これが何故タッチアウトか。それは、金丸が野球部出身であり、自分のフィニッシュに野球関連の名前を付けたのだ。面倒くさい。何故ブレーンバスターという名を外すのか。
 完全に技よりネーミング先行である。おそらく、ブレーンバスターでなくとも彼はフィニッシュホールドに「タッチアウト」という名称を付けたのだろうな。技は何処へ行ったのか。
 こういう「これでおしまい」というネーミングはまだある。「ゴートゥースリープ(KENTAの突き上げ式ヒザ蹴り)」「デッドエンド(本田多聞の高角度ジャーマンスープレックス)」。こういうのは名称が尊大過ぎるし、何より新技ではない。威力が他のレスラーより凄いとでも言うのか。そうかもしんないけど、分かりにくい。例えば後藤達俊のバックドロップなどまさに「デッドエンド」だが、彼はバックドロップという名称を誇りを持って使い続けている。こういうのが「矜持」というのではないだろうか。

 ジャーマンスープレックスという名称があるのに、同じ技を「エベレストジャーマン」「デッドエンド」「ナイスジャマイカ」「マナバウアー(ああ恥ずかしい)」などと称しないで欲しいのが本音である。ややこしいしプライドもむしろ感じられない(と僕は思う)。
 しかし、これにも前例があるのだから困る。その代表は馬場さんの「十六文キック」だろう。これって結局、フロントハイキックであるからして、違うところはない。馬場さんの足が大きいというだけ。今であれば「ビッグフット」という同一種の名称もある。
 こういうの困るのだよな。「十六文キック」を批判したくないのだ(自分勝手)。強いて言えば、「タッチアウト」「俺が田上」と全く違って、これこそ「名は体を現す」であると言うことか。その点で、「十六文キック」はフロントハイキックの同種異名であるにせよ、屁理屈ながら認めたいと思う。あとは、馬場さんが大物であるという理由(更に自分勝手)。

 前置きが異常に長すぎた。ごめんなさい。表題の「延髄斬り」である。
 このアントニオ猪木の必殺技については、プロレスを知らない人も名前は聞いたことがあるだろうと思われるほど浸透している。相手の後頭部を狙って強く蹴る技。猪木が腰などを痛め満身創痍となってからは、ほぼフィニッシュはこの技一本であった。
 この技の発祥に至る伝説として、あのモハメド・アリとの異種格闘技戦のために考案されたとよく言われる。秘密兵器とすればよかったものをスパーリングで公開してしまったため、アリがそれを見て「こんなの喰らったら負ける」と怖れをなして、ルールに「立っている状態からのキックは不可」とという内容をゴリ押しして挿入したため使用できなくなった、という話は流布している。
 こういう伝説は実に面白く、延髄斬りの凄さを助長しているが、しかし冷静に考えてみればこれはジャンピングハイキックである。アリ戦以前に全く存在しなかった新技であるとは言いがたい。
 しかし後頭部だけを狙った特殊な蹴りであるという言い方も出来よう。確かにそうだが、技というもの(特に打撃技というもの)は本来、繰り出す形態の具現化であり、それが相手のどこにヒットするかは二次的なものである。ニードロップは首に落そうが胸に落そうが腹に落そうがニードロップである。関節技は相手のどこに効くかを重点的に見ることが分類に必要であるが、打撃技は本来そうではない。
 なのでこのネーミングは、僕の立場から言えば批判すべき対象となってしまう。「タッチアウト」「デッドエンド」と同じ経緯であるからだ。…しかし、そう単純には言えないのがプロレスファンの複雑さである。これだけ一世を風靡した技であるが故に。

 詳細を見てみると、確かに普通のハイキックとは一線を画する部分もある。一番の差別化ポイントは「後頭部しか狙わない」という点であるが、これは先ほどニードロップの例で論破してしまった。では繰り出す形態はどうか。
 猪木は、インパクトの瞬間も上体が残っている。つまり、飛び上がってそしてキック、という過程を省略しているかのようなスピードがあったということ。表現しにくいが、インパクト時に猪木の上体は立っているのである。これはなかなか出来ないこと。そういうスピード重視の状況においては足先に体重が乗りにくいが、猪木は足のしなりでそれをカバーしている。
 一言で言ってしまえば「綺麗」である。片足を残した「回し蹴り」であれば体重は乗るが、猪木は飛び上がっている。ジャンプすれば身体が寝てしまう(足と胴体が一直線上になる)が、猪木は上体を立てたまま残す。足と上半身が「く」の字型(いやむしろ「レ」型か「ゝ」型)。これはなかなか真似出来ないのではないか。そしてスピード。鞭のように足をしならす。これが延髄「斬り」であって延髄「蹴り」ではない所以である。延髄斬りとネーミングしたのは古館アナかもしれないが、巧い。
 したがって(したがっても何もないが)、ハイキックの同種異名ではあるものの「延髄斬り」を僕は認めたいと思うのである。自分勝手であることは百も承知。

 この延髄斬りは、しばらくは当然猪木だけのものだった。形態から言えば、いくらくの字型であろうがレの字型であろうが一直線であろうが、後頭部を蹴ることにかわりはないため簡単に真似できるのだが、例えば藤波が後頭部にいくら蹴りを叩き込もうが古館アナは「おおっと藤波、ジャンピングしてのハイキック!」と頑なに言い続けた。ここらへんの頑固さは古館伊知郎を評価したい点である。猪木は大物であるということに加え、その形状の美しさから「猪木以外の蹴りを延髄斬りと呼ばない」と拘っていたのだ。
 この了解を破ったのは天龍源一郎である。いや正確には天龍ではなく全日本プロレスであり日本テレビなのだが。
 天龍は後頭部への蹴りを「痛め技」として多用した。形状は相手の肩に手を置き、片足を残したまま満足にジャンプもせず回し蹴りのように相手の後頭部に足を持っていった。「ドタッ」という感じ。まあ「ト」の字型かなぁ。それを局アナは「延髄斬りですっ」と実況する。
 このことで若い頃の僕は天龍が嫌いになってしまった。天龍は他に両足をマットに着いた卍固めも使う。リスペクトの欠片も無い。くだらないレスラーと思った。
 これを言語道断である、と言うのは容易い。しかし冷静になって考えると、これは天龍に気の毒な評価かもしれない。あれはおそらく会社の方針なのだろう。猪木の必殺技を「繋ぎ技」で使用することで技の価値を貶める。当時の全日と新日の反目の縮図のような光景だったのだ。天龍は犠牲者だったかもしれない。

 技を使ったのがもっとジャンプ力のある軽量級選手や(あるいは鶴田や)、蹴りに自信のある選手であればまた見方が変わったかもしれないが、使い手が天龍であったということでかえって猪木との差(威力や美しさという点で)が浮き彫りになってしまい、天龍は揶揄の対象になり延髄斬り貶め作戦は失敗したと思う。しかしこのことで、延髄斬りが膾炙してしまうきっかけが生まれた。
 今は誰でも延髄斬りを使う。猪木が引退し、また古館伊知郎なき後の新日本プロレスも「延髄斬り」の名称を多用する。「十六文キック」が馬場さん一代で終わったのに対し、延髄斬りは技の一般名称となった。
 これがいいことなのか悪いことなのかの判断は着かない。以前僕はウェスタンラリアートについて書いた記事で、「猫も杓子もラリアート」を憂いた。この記事は了見が狭かったとも思える。ハンセンのラリアートは別格としても、ラリアートという技がバックドロップやブレーンバスターと同様にスタンダードなプロレス技に昇華したという見方も出来るのだから。
 延髄斬りもまさにそうである。むろん、痛め技に堕ちてしまったことを嘆くことは嘆くが、これはバックドロップやブレーンバスターも辿った道である。
 もはや、延髄斬りを放ってもフォールに行こうともしない。「流れを変える技」としての価値はそれでもあったが、先日の永田vs棚橋のIWGP戦では、両者延髄斬りの打ち合い、なんて場面もあった。うーむ。効かない技みたいじゃないか。
 さらに、先日ノアマットで、斎藤彰俊に対し潮崎豪が延髄斬りを放ち、実況アナが「掟破りですっ」と叫んでいた。おいおい。それはないだろう。
 しかし、斎藤彰俊は現在では唯一と言っていい「延髄斬りをフィニッシュに使うレスラー」である。掟破りは言いすぎだと思うし耳障りだが、今の若い人にはそうとられても仕方がないのか。しかしながら斎藤は延髄斬りを、「タッチアウト」「デッドエンド」式に「スイクル・デス」とまた形態に即さない別称を付けて呼ばせている。 苦笑いせざるを得ない。しかしもうしょうがないのか。
 ではあるが、もはや物覚えが悪くなった前時代のプロレスファンとしては、あの衰えに必死で抗う盛りを過ぎた猪木の、脚に闘魂を込めた必殺技である華麗な延髄斬りを忘れたくはないし、出来れば語り継いでいきたいとも思うのである。
 


スタンディングクラッチ

2007年07月31日 | プロレス技あれこれ
 「プロレスの神様」カール・ゴッチが亡くなった。享年82歳。(2007/7/29)

 プロレスラーという職業は、常に身体を痛めつけ続けるという過酷なものであり、そして更に自らを肥大させる、筋肉を無理に膨れ上がらせるといった「自らを異形の者に仕立て上げる」ことが使命としてあるため、どうしても無理を強いられてしまう。厳しいトレーニングはもちろんだが、どうしても無理な要請から薬物を使用せざるを得ない場合もあるだろう(肯定はしていないが)。そうして骨も内臓もボロボロになっていくレスラーも多い。打たれ続けて受身も取りすぎ、パンチドランカー的な哀しい末路だってある。
 それでもレスラーは「常人と違う」身体を維持し続け、相手の打撃を受け続ける。彼らだって人間なのだ。ギリシャ神話に出てくるイカロスは、蝋で鳥の羽を固めて翼と為し空へと飛ぶ。彼らレスラーの肉体だってその鳥の羽と同じだ。太陽に近づけば蝋は溶けて失墜してしまう。それでも彼らは飛び続ける。無理やり大きくした肉体で。そのこと自体が既に真剣勝負(セメント)ではないか。これを「所詮八百長」と揶揄する人たちは、イカロスの悲哀など決して分からない人に違いない。

 閑話休題。
 そうして短命のレスラーが多い中で、ルーテーズとカールゴッチだけは長命するのではないかと思っていた。ことにゴッチは、100歳くらいまで生きるのではないかと勝手に考えていた。
 ゴッチは、もちろん僕は現役時代を知る世代のものではないが、伝説は数多く伝わっている。無冠の帝王。あまりにも強すぎる、いや、決して妥協をしないレスリング姿勢から対戦相手に嫌われ、プロレスの本場アメリカでは干されてしまったという話。ルーテーズの肋骨を折り(チャンピオンに怪我をさせては興業が成り立たないではないか)、また当時の王者バディロジャースを控え室で袋叩きにして怪我をさせた(バディが自分の挑戦を怖がって受けないということに腹を立てたという伝説もある)というような話からそのことが伺える。
 ゴッチは、イギリスのランカシャーで生まれたレスリング技術「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」の具現者であり、その技術はつまりフリースタイルレスリングで関節技を主眼としている、とでも言えばいいのだろうか。突き蹴りではない。だから、現在の総合格闘技というものに対しては常に否定的だった。「投げて固めて極める」ことが主眼で、それ以外のものは認めようとしなかった。
 なので、弟子であった猪木の「相手の力を引き出した上で仕留める」という風車の理論とも対立した。ゴッチは「素手でどうやって相手を殺すか」を常に考え続けていたと言われ、相手の良さを魅せるなどという視点はなかった(これではアメリカでは受け入れられないはず)。流血など論外である。また、UWFにも濃く関わったが、そのキックを主体とする世界を強く批判した。
 これらはプロレスの主眼である「相手の技を受ける」ことの否定でもある。なのでゴッチの試合は華やかではなかったはずだ。
 これらのことからゴッチは、いわゆるプロレスラーの悲哀というものからは最も遠いところに居るレスラーだったのでは、と思えていたのだ。強いことは強かったはず。利己主義ともとられるストイックな姿。そして、ゴッチはステロイドが大嫌いで、レスラーの薬物汚染を最も憂いていた人物である。
 だから、ゴッチは長生きする。ゴッチは仙人化するのではないかと勝手に思っていた。しかし、そのゴッチもついに亡くなってしまった。西村やジョシュは嘆いているのではないだろうか。

 カール・ゴッチという人は、プロレスラーとしては大成しなかった人であるかもしれない。「神様」という称号は日本だけのものと言われる。しかし、コーチとしては、神様に値する人物ではなかったかと思う。特に日本においては。そのレスリングスタイルである「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」を日本に植え付け、トレーニング方法やスパーリング、そして「いかにして強くなるか」の精神を浸透させた。猪木を始めその薫陶を受けた日本レスラーは列挙にいとまがない。
 「卍固め」「サソリ固め」などゴッチ由来の技は数多いが、なんと言ってもゴッチの代名詞と言えば、「プロレスの芸術品」ジャーマンスープレックスホールドである。その人間橋の美しさは比類がないとも言われ、あのアンドレ(モンスター・ロシモフ時代だが)もジャーマンで投げたとされる。

 ゴッチのジャーマン伝説というのはもうプロレス界で語り草になっていることであり、「ゴッチ直伝」というのがステータスにもなっているが、ゴッチの凄さはもちろんそれだけではない。ゴッチは前述したように「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」のランカシャースタイルの具現者であり、元祖「関節技の鬼」とも言われる。その凄さを知ったのは、雑誌に載った一枚の写真だった。
 その雑誌はもう手元にないのだが(残念)、そこにはゴッチの拷問技のひとつとして「スタンディング・クラッチ」という技の写真が載せられていた。
 座っている状態の相手の頭部をまたぐようにして体重を後頭部にかけ、相手の片足を取り上部へぐっと引き上げる。首、背中に体重が乗り足を取ることで極まる。うわこれは厳しそうだ。掛けられた側の苦しげな表情が印象深い。こういう技こそがゴッチのランカシャー式であり、真髄だと思った。
 その「スタンディング・クラッチ」について画像がどこかにないかと検索したらあった。→「昭和プロレス研究室・ダニーリンチのスタンディングクラッチ」
 ここではあの「英国の流血王」ダニー・リンチがクローズアップされていているが、カール・ゴッチの技も載せられている。そう、このミスター・ヒトにゴッチが仕掛けている画像が、まさに僕が雑誌で見たのと同じ写真だ。懐かしい。
 なんともいえない雰囲気が出ている。苦しむ表情に舌なめずりするように薄笑いさえ浮かべるゴッチ。どうだ苦しいだろう痛いだろう。残忍な感じがする。年代的に若く古いプロレスを知らない僕がゴッチの恐ろしさを知った一枚の写真だ。

 この「スタンディング・クラッチ」という技は、例の「蛇の穴」ビリー・ライレー・ジム由来とされる。寝技ではないので観客にその苦しげな様子が見て取りやすいので、もっと発展してもいいかと思ったが、それほど多くに使われてはいない。地味といえば地味であるし。僕もこの写真を見たときからずっと注目しているのだが、それほど日の当たる場所に出てこない。記録では吉村道明が「足取り首固め」として使用していたようだがよく知らない。UWF系でも使われてはいたようだが(安生かな)、やはり地味めの扱いだった。
 この技をフィニッシュにしたのは、僕の知る限りまず渕正信だろう。渕がジュニアヘビーにおいてディーン・マレンコと戦った時のフィニッシュがこれだった。あ、スタンディングクラッチだ、と思わず僕も腰が浮いてしまったことを覚えている。渕は全日系では数少ない、ゴッチに直接指導を受けたレスラーであり、その経験が生かされたものであると思う。
 現在では、高山や鈴木みのるが時々使う。痛め技の範疇だがやはりゴッチの薫陶を受けているのだろう。また、僕は見たことがないのだが高木三四郎がよく使っているようだ。一度見てみたいがまだその機会に恵まれていない。

 派生技と言ってもあまり思い浮かばない。ひとつ、藤波がIWGP防衛戦で蝶野に、ドラゴンスリーパーを掛けて、蹴り上げて逃れようとする蝶野の足をそのまま掴んで引っ張り上げてギブアップを奪った試合があった。公式記録では「足取り飛龍裸絞め」となっているが、これがスタンディングクラッチに近いだろう。藤波は意識していたのか。
 また、この技の派生技というわけでもないのだろうが、もうひとつ書いておきたい、強烈に印象に残っている場面がある。それは、アンドレ・ザ・ジャイアントがこれに似た様な技を使った時である。相手は猪木。
 あれは、第三回くらいのIWGPだったかなぁ。猪木とアンドレが激突した。その試合で、アンドレは猪木に、いつものようにパワーで押しまくるのではなく消耗戦を挑んだ。執拗にスリーパーで猪木を絞め、体力を失わせていく。そしてショルダークロー。あのアンドレのグローブのような手でガシっと肩口を掴めばそれはたまらないだろう。猪木は徐々に崩れ落ち、マットに座るような状態になった。その時後方から技を掛けていたアンドレは、なんと猪木の後頭部に座るように体重を掛け、猪木の両足をぐっと持ち上げたのだ。
 スタンディング・クラッチは片足を上げる。しかしこれは両足。なおさら苦しかろう。そして乗っているのはアンドレである。古館アナが「首根っこに体重を掛けています!」と叫び、小鉄さんが「こりゃマズいですよ」と何度も言った。桜井康雄さんも「250kgが首にかかってますよ!」と言う。アンドレのケツの下で押しつぶされるように丸まっている猪木の表情は見えない。しかし、おそらく猪木の長い顎が自らのノド仏を圧迫しているに違いない。「こりゃマズいですよ」小鉄さんがまた言う。僕は猪木がこのまま呼吸が出来ずに死んでしまうのでは、と手に汗を握った。猪木はピクリとも動かない。この時ばかりは恐怖を感じた。
 アンドレはさすがに自ら技を解いたが、あのまま圧迫し続ければどうなっていたか。アンドレというレスラーはとにかく規格外にデカいので、何をやっても効くのである。この技はおそらく偶然に出たもので、スタンディング・クラッチを念頭においていたのではないだろうが、あんなに凄い技もそうそう無い。アンドレはそう言えば若手時代にゴッチに投げ飛ばされた思い出したくない過去を持つ。そのアンドレがゴッチ直弟子の猪木にスタンディングクラッチを掛けたとなればそれは因縁話めくのだが、そこまで深読みすることもないだろう。

 その「異形の者」の代表格であるアンドレもこの世を去って久しい。そうしてプロレスラーが次々と「殉職」していく中で、カールゴッチだけはずっと生き続けると思っていた。82歳でレスラーとして年齢に不足はないのかもしれないけれど、あの人が死ぬとはなんだか思えなかったのだ。
 強くなることが大好きだった人。もう「ゴッチ直伝」と新しく言える可能性がなくなったことは無念ではあるが、その「ゴッチイズム」はまだ受け継がれていくだろう。「神様」カール・ゴッチに黙祷を捧げたい。

インディアンデスロック

2007年07月22日 | プロレス技あれこれ
 インディアンデスロックという技は、よく見るようであまり見ない。最近はフィニッシュとしてはほとんど見なくなった。
 この技はもう説明の必要もないとも思うが、説明することは実に難しい。仰向け状態の相手の両足を折り曲げて間に自分の足を突っ込み…難しいな。もう投げ出してしまう。相手があぐらをかいているような状況で、そのあぐら状態の中に自分の足を入れて絡めて締め上げると思ってください。実際にやられると実に痛い。足首関節だけではなく、掛ける側が相手の両腿を押し下げるようにすると股関節もやられる。しかしこの技は掛ける側が後ろに体重をかけるようにすると更に効くので、どちらに重点を置くかが個性ではあるが。
 有名な場面として、ハリー・レイスがテリーファンクからNWA王座を奪った試合で、レイスはこの技でギブアップを奪っている。後ろに倒れこむようにぐいぐいと締め、テリーはのた打ち回っていた。ちゃんと仕掛ければ効くのだ。レイスは時折この技をみせて相手を痛めつけていた。
 また、ジャンボ鶴田が天龍からギブアップを奪った技としても知られる。天龍はこのとき足首を痛めていたとは言え、屈辱の生涯初のギブアップ負け。このあと天龍はSWSへと戦場を移すことになった。

 さて、このインディアンデスロック、古い技だとは思うがいつ頃から使用されていたのだろう。これは、書いてある資料もマチマチでよくわからない。ただ、「インディアン」と名称にあるからにはそういう形態でリングに上がっていたレスラーが開発者なのだろう。
 インディアン、と言っても、ネイティブアメリカンのことをそう指す場合もあるし、もちろんインド人もインディアンである。ネイティブアメリカン説として、元祖はドン・イーグルであるとも言われている。
 ところが、ドン・イーグルというレスラーを僕は全然知らない。調べると僕が生まれる前のレスラーで、本物のネイティブ・アメリカンであった由(ギミックかもしれないが)。わからないのでDon Eagle Indian deathlockで検索をかけたが、当方英語が全く読めないので徒労に終わった。ただしこのキーワードで結構ヒットするので、ある程度認識はされているのだろう。ただ得意技であったことは確かだと思うが元祖かどうかまではわからない。※追記:コメント欄参照
 もうひとつ、こちらは本物のインド人で、あの有名なグレート・ガマが元祖であると言う説もある。そうなると相当時代が遡ることになる。なんせ確か19世紀の生まれだ。コミックスの中ではワニと戦ったとされる超人で、アクラム・ペールワンもガマの末裔と称していた。となるとインドじゃなくてパキスタンだが、当時はまだパキスタンはインドから独立してはいなかったっけな。まあ細部はさておき、グレート・ガマが元祖であればそれは相当古い技であるとも言える。僕は以前、フランク・ゴッチのトーホールドが関節技の元祖だろうと書いたが、インディアンデスロックもいい線いくのではないか。

 さて、話はちょっとずれてしまうのだが。
 インディアンデスロックと見た目が良く似た技として「監獄固め」という技がある。マサ斉藤が例のケン・パテラらとの暴力事件で刑務所送りになったときに、獄中で開発した技とも言われている(もっともこれはギミックで、谷津も自分が開発者だと言っていたような)。この技は、相手が仰向けに倒れた状態で足に関節技を仕掛け、自らは座っているようなポジションなのでインディアンデスロックとパッと見は確かに似ている。ただ、とある書き物に監獄固めはインディアンデスロックの改良形であると書かれていたことがあって、それはないだろうと思った次第。
 この技も見た目が分かりにくいのだが、相手のヒザの上にもう一方の足を折り曲げて重ね、さらにその上から体重を乗せる技であって(ヒザを痛めるのが主眼)、これはやはり言うとすれば4の字固めの亜流だろう。痛める部分が全然違う。
 さらに脱線するけれども、永田裕二の「ナガタロック」も監獄固めに近いように思う。監獄固めは座って、ナガタロックは横になって仕掛けているが。ただ両者とも(4の字固めも)ヒザ関節に上から圧力をかけて痛めている。またさらに話がずれるが、ナガタロックってなんだか説得力がないような。伸ばした足を引き付けてヒザ関節を破壊するのはわかるが、4の字固めの方がより自然に効くように思えてしかたがない。
 さらに天山の足卍固めとかいろいろあるけれども、どこまでインディアンデスロックに近いのかはもうよくわからない。

 さて、インディアンデスロックと言えば仰向け状態の相手に仕掛ける技だが、これをひっくり返してうつ伏せの状態の相手に仕掛ける技がある。リバース・インディアンデスロック。インディアンデスロックと言えばこちらを想像する人の方が多いかもしれない。これも誰が始めた技かは知らない。ただこの技の使い手として唯一無二の存在と言ってもいいのがアントニオ猪木である。
 相手をロープに飛ばし、戻ってくるところをスライディングのレッグシザースで倒し、素早く相手をうつ伏せにして足を畳み、自らの足をその中に差し入れる。この流れるようなスピーディーな所作がいい。猪木のここぞと言うときのスピードは、ロープに振ってのコブラツイスト、またニードロップでコーナーに駆け上がる時などに如何なく発揮されるが、このリバースインディアンデスロックの疾走感はその白眉と言ってもいい。タッグマッチでやるとさらにいい。足を差し入れたらすぐさま仁王立ちとなって両腕を伸ばし、相手コーナーに立つ敵のパートナーを牽制する。これぞ千両役者。そして何度も後ろに倒れ、そしてさらに跪いた状態でギリギリと締め上げる。
 実際はこのリバースのインディアンデスロックでギブアップを奪った場面は見たことが無い(僕が知らないだけかもしれないが)。痛め技の範疇だろうが、仁王立ちで見得が切れるために猪木は大事な試合では必ずこれを出す。アピール・タイムである。このリバースインディアンデスロックで相手を牽制しつつ観客にアピールするというのは猪木でないとなかなか絵にならないので、他のレスラーが使えないのではないか。やってもパロディになってしまう危険性がある。

 さて、このリバースインディアンデスロックの派生技として「鎌固め」がある。技を仕掛けた状態で、身体をぐっと後ろに反らせブリッジをして、相手のアゴを両手で捉えて持ち上げる。つまりリバースインディアンデスロックとキャメルクラッチ(もしくはチンロックか)の複合技。猪木が若い頃多用していたが、アピールしにくいためか徐々に沙汰止みとなった。これは馳浩、またグレート・ムタが継承している。
 猪木は後年、むしろリバースインディアンデスロックからボーアンドアローへの移行を得意としていた。しかし、僕が思うに足をロックしたまま弓矢固めにとるとどうしても不完全になり威力が半減する。ちゃんとロックを外してから改めて掛けるほうが良かったのだが。
 もうひとつ派生技として井上京子の「クリスマスツリー」がある。これはリバースのインディアンデスロックに差し込む足を片足ではなく両足とするもので、いかにもバランスを取りにくそうな(足が踏ん張れないため)形状だったが、彼女はこれを仕掛けて仁王立ち、というよりダンスを踊っていた。なるほど、アピールの仕方にもいろいろあるのである。

フルネルソン

2007年06月12日 | プロレス技あれこれ
 フルネルソンという技について書こうと思っていて、あまりに知らないことが多すぎて困った。いかに僕の周辺知識が不足しているかということの証明なのだが、いったい「ネルソン」とは誰なんだろう。誰、と書いていいのかどうかもよく分からない。多分人の名前だとは思うのだが。
 こんなことはアマレスの知識のある人なら簡単に回答の出ることなのかもしれないが僕はプロレスばかり見ているのでよくわからない。技の開発者の名前を冠しているのだと推測はするのだけれども。
 というふうに、ネルソンという技はアマレスでよく聞く。アマレスのフォールの手段として、またはポイントを得る技として、バックを取ってグラウンドの状態で相手の脇の下から腕を入れて首を押さえつけ固める。首を極められると相手は動けなくなる。そういう固め技であるが、プロレスではその首を過度に極める。もちろん動けなくなるだけではプロレスは勝敗が決まらずギブアップを奪わなければならないので、両腕をバックから差し込んで首をぐっと押さえつける。つまり「羽交い絞め」だ。グラウンドでは観客がよく見えないのでスタンディングでやるのが常套である。これが「フルネルソン」である。

 この技は、羽交い絞めであるから相手の肩が極まりそこにもダメージはあるが、主として首を極めている。後ろから相手の首を両方のかいな力でぐっと押し下げるわけであるのでダメージが大きい。呼吸も困難になる。同様のダメージを与える技にスタンディングクラッチやフロントネックロックがあるが、スタンディングでしかも相手の苦悶の表情がよく見えるのがフルネルソンの良さである。
 しかし、これは廃れた技だと言ってよかった。なんせ地味である。それに、器用さを必要としない(言っちゃ悪いが誰でも出来る)ので、観客が驚かない。
 僕は、"スーパースター"ビリー・グラハムにぎりぎり間に合った世代ではある。元WWWF王者。一時期はニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンに君臨した。
 ニューヨークはパワー・ファイターがお好みである。グラハムが王座を奪った相手はあの「人間発電所」ブルーノ・サンマルチノ。カナディアン・バックブリーカーで一世を風靡した力持ちである。そして敗れて王座を渡した相手はボブ・バックランド。彼はオールラウンドプレイヤーだが、ニューヨークではパワーを前面に出しアトミック・ドロップをフィニッシュとした。その後筋肉マンの系譜はハルク・ホーガン、ランディ・サベージらへと受け継がれていくのだが、その象徴のようなレスラーであったのではないか。
 使う技はベアハッグやキャメルクラッチのようなパワー技。とにかく怪力を前面に出し、そのフィニッシュとしてフルネルソンがあった。背後に回って羽交い絞めにとり、力をグンと入れる。相手の首がガクリと落ち、さらに二度、三度と振り回す。もう相手はグロッキーである。結構えげつない。
 だが、これはちょっとフィニッシュとしては地味であったのだろうと思う。あまり深みがない。僕などは子供であったので「こんな技で極まるのか」とビックリしたが、こればかりではどうだったろうか。事実、ニューヨークのMSGでは一年を待たずに王座を陥落している。それでも「よく持った」という評判で、これは後に聞いたところによると、グラハムは頭の回転がよくインタビューなどは絶品だったらしい。それが彼の人気を支えていたわけであったらしいが、こちとら英語などわからないので本当のところはよく知らない。新日に来ていたのを観たがやっぱり日本では人気が出なかった。後にTV「世界のプロレス」で観たときにはアタマを剃って空手スタイルとなっていたが、やはりフィニッシュはフルネルソンだったなぁ。
 その後、ビリーグラハムはステロイドの後遺症に苦しんだと聞く。怪力豪腕タイプの末は本当に厳しい。自らの身体を犠牲にせざるを得ないプロレスラーの悲哀がここにもある。無理をしたのだろう。

 その後、フルネルソンという技は痛め技でも観られなくなった。小橋健太が一時期やっていたようにも思うが、やはり廃れた。どうしても「パワーだけのデクの坊」がやる技とといイメージがあるからだろう。
 と思っていたら、最近ではどうも復活しているらしい。僕はWWEは全然観ていなかったのだが、クリス・マスターズというレスラーがフルネルソンをフィニッシュにしていると聞き、早速何試合か観てみた。
 いかにもボディビル上がりという体型で、肩の筋肉が異常に盛り上がっている。試合自体はやはりパワーにものを言わせるスタイルで、そのフィニッシュは「マスター・ロック」と名付けられているがどう見てもフルネルソンである。こういうネーミングはもうやめて欲しいのだがしょうがない。それにマスター・ロックはやたらに振り回すので「じわじわ極める」という感じが欠落している。そこが惜しい。これはこれでいかにもアメリカンだが、日本のプロレスとは全然接点がないようだ。まだかなりの若手なので、この先どうなっていくかはよく分からないけれども。

 さて、「ネルソン」という技の定義は、アマレスを知らないのでちゃんとは説明出来ないけれども、腕をとって極めて首(後頭部)を同時に押さえつける技、と言えばいいのだろうか。詳しい人がいらっしゃればご教授願いたい。
 背後から両腕を極めてアタマを押さえつけるのがフルネルソン。ハーフ・ネルソンというのもあって、これはフルネルソンを片腕だけでやるものだが、これでは不完全でもちろん極まらない。小橋のやるハーフネルソンスープレックスにだけその形が現れると言ってもいいだろう。あれはなんでああいう形で投げるのかな。フルネルソンスープレックスというものがあって、もちろんこれはスープレックスの究極の形でつまりドラゴンスープレックスなのだけれども、わざわざ片腕だけでやるからバランスが取りにくそうだ。小橋の豪腕だからなんとか形になっているけれども、必然性がよくわからない。深く考えないようにはしたいと思うけれども。
 クォーターネルソンという形もある。これは組み合いの中で腕を取って頭を押さえつける形であり極める技ではない。ところで、クォーターネルソン・サルトというのが前田日明の七色スープレックスの中に数えられていたけれども、あれをちゃんと見たことがない。クォーターネルソンと言うくらいだから相手の正面から掛けるのだろうけれどもどう仕掛けるのか。腕は取っているのかな。本当によくわからない。さらにスリークォーターネルソンという形もあってもうなんだかよくわからなくなる。図解入りの資料がどこかにあったのだが紛失しちゃったのですよ。ふぅ。

 ここからさらにややこしくなる。戯言だと思っていただいてもいいし、繰言と思っていただいてもいい。詳しい人は教えてくれないだろうか。定義と形態を。
 リバース・フルネルソンという技もある(らしい)。らしい、と書いたのは、実はよくわからないのだ。写真などで見たことはあるのだが、実際にTVや会場では未見。どういう技かというと、フルネルソンを相手に仕掛けて、その体勢のまま相手を飛び越えるように前方回転しブリッジをして極める。こう書くと相当えげつない感じがするが(腕も首も骨が折れそうだ)、この技を僕はぼんやりとしか覚えていない。ぼんやり、と言うのは、最初フルネルソンに仕掛けるのだったっけ? それとも後方から相手の両腕を後ろ手にとってクラッチして前方回転だったっけ。もうあいまいなのである。後者であればそれはリバース・チキンウィングと同型であるようにも思える。ああ僕ってプロレスをちゃんと観ていないなぁ。ポイズン澤田JULIEがやるキャトルミューティレーションと同じ技だっただろうか? 最近ブライアン・ダニエルソンがやっているのも観たけれども。ややこしくてよく分からないのですよ。
 リバース・ネルソンという技からしてわからない。これは、つまりダブルアームスープレックスを掛ける前段階の状態とも言われる。相手の正面から両腕を後ろに(チキンウィングみたいに)取ってクラッチする状態。ここからダブルアームスープレックスを仕掛けるわけだが、これはこれでしっかりと首を脇に差し入れて押さえつけ、両手をクラッチして持ち上げるようにして極めればデスロックになる。三沢が以前やっていた。キツい技だが、痛め技として有効である。
 しかし、僕にはもうひとつ、リバースネルソンホールドといって思い出される技があるのだ。逆ネルソンホールド。
 これは、リングの上で見たわけではない。なので該当しないかもしれないが、プロレスファンの中にはコミックス「1、2の三四郎」を読んだことがある人もいると思う。あの中に出てきた、レスリングの達人である西上馬之助が柔道の試合で掛けた技。それが「逆ネルソンホールド」だった。
 この技は正面から。相手の両腕が伸びた状態で、その腕を自分の両脇に挟むようにして固定し、相手の伸びた両腕の外側から回すように自分の腕を潜り込ませる。もろ差しの相手に閂状態である。そのかんぬきの腕で内側から相手の頭を押さえ込む。この状態で両腕を極めて首相撲のようになる。あとは、引き付ければ完全に極まる。西上馬之助は相手に乗っかるようにして足も絡ませて動きがとれないようにしていた。これは恐ろしい技で、肘関節と首が完全に極まり呼吸すら難しい。
 これが、僕はずっと逆(リバース)ネルソンホールドだと思い込んでいた。だがしかしコミックスの話であり、しかもアマレスの技だと断ってある。プロレスはまた違うのであろう。逆(リバース)とは何に対して逆なのか、という定義づけも必要であるかのように思う。しかし西上馬之助のこの技はプロレスでやればまずギブアップは必至で、秋山のネックロックも真っ青だと思うのだが。

アームバー

2007年05月10日 | プロレス技あれこれ
 昨今はプロレスは影が薄く、世の中では総合格闘技が隆盛である。PRIDEはちょっと怪しいものの、K-1はまだまだファンも多く、酒の席でもそんな格闘技の話はよく出る。
 僕だって格闘技を見るのは好きだから、総合格闘技だって相撲や柔道を見るのと同じくらいのレベルでは見ている。だから話にはむろんついていけるのだが、技の話になるとちょっと「あれ?」という部分が出てきて、話が食い違ったりしてしまい迷惑をかけたりする。生来プロレスファンなので、ついついそういう知識の上からものを言ってしまう弊害が出てしまっているのだ。
 具体的には、総合では例えば三角締めの脱出方法として、技をかけられたまま持ち上げて相手を叩きつけるのを「バスター」と呼ぶ。ところが僕なんかはつい「パワーボム」と言ってしまうわけで、「プロレスじゃねぇんだから」と冷たく言われてしゅんとなってしまうのだ。
 まあこういう食い違いはプロレス内でもあることで、「ブレーンバスター(背中落ち式)」をアメリカでは「バーティカル・スープレックス」と呼ぶ。「ラリアット」だって「クローズライン」だ。そんなこんなでこういうことには慣れているつもりである。

 ところで、総合格闘技隆盛のあおりを受けて、プロレス側に総合の技の名称の侵食が見られる。また、WWEなどのアメリカンプロレスからの侵食もある。いずれにせよ日本のプロレスが今弱っているのだなぁと思える象徴でもある。
 なんの話かといえば、表題に書いたとおり「アームバー」のことである。
 今、IWGP王者に返り咲いた(2007/5現在)永田裕志がよく見せる技に、うつぶせになった相手の背中(肩の上か)に乗って、そこから片腕を絞り上げるように真上に伸ばしたまま持ち上げて極めるという技がある。このときの永田の憤怒の表情と言うのは実に凄いのであるが(白目剥いてますからね)、この技を「アームバー」と言うのである。

 あれ、アームバーってそんな技だったっけ?
 僕が知るアームバーという技はこういう技である。グラウンドで相手の手首を取り、両足を相手の首と脇腹に当てて踏ん張って引っ張るのである。「腕ひっぱり技」だ。単純である。これで引っ張ってどうするのかと言えば、肩関節の脱臼を狙っているわけで、そう考えればそれは恐ろしい技である。馬場さんが得意としていて、馬場さんの長い足で踏ん張ってこれをやればさぞかし効いただろう。
 これが旧来のアームバーである。

 しかしながら、僕だって今の総合やアメプロを知らないわけではなく、あちらでは腕を伸ばして肘関節を極める技を総称して「アームバー」と言うことくらいは知っている。アメプロでは肘関節を極めるだけではなく、腕が伸びている形状の技はみなアームバーらしい。なので腕拉ぎ逆十字固めはもちろんのこと、肘関節破壊だけを目的としていない「脇固め」だってアームバーである。これはなんと「フジワラ・アームバー」と呼ばれている由。藤原組長の代名詞的技だったからなぁ。
 しかし日本のプロレスでは「アームバー」は「腕引っ張り」だったはずだ。だが、この技はもう廃れて久しい。馬場さんのあと使用していた選手が思いつかない。もう実体のない技だったのだ。そして永田のこの白目を剥く技をアームバーと呼ぶことによって、腕引っ張り技は完全にご臨終となってしまったのである。

 それも寂しいことではあるのだがもうひとつ。永田がやる、このうつ伏せの相手に乗って腕を持ち上げて極めるという技は、別に永田のオリジナルというわけではない。旧来よりあった技だ。
 この技が脚光を浴びた試合をよく憶えている。もう20年くらい前になってしまうだろうか、IWGPのリーグ戦だったと思うが、猪木がアンドレ・ザ・ジャイアントからギブアップを奪った試合である。
 アンドレはご承知のとおり大巨人。当時はケタ外れの強さだった。230cm、240kgの巨大な身体はまさに「人間山脈」で、誰も勝てない。勝つどころか、「アンドレをボディスラムで投げる」ことが勲章となるくらいで、試合にならなかったと言ってもいいだろう。当時の猪木も相当に強かったと思うが、アンドレだけは巨大な壁に向かって試合をするようで、勝つことなどとても無理だった。事実、アンドレは負けなかった(モンスター・ロシモフ時代はさておいて)。
 そのアンドレにも衰えが来る。孤高の巨人であったアンドレも、若松をマネジャーにしたりしていろいろプランを練っていた頃だった。
 少しアンドレ伝説に綻びが見え隠れした頃、あの試合が行われる。無論それでもアンドレが負けるなどとは当方これっぽっちも思っていなかったのだが、猪木はこの試合でアンドレの左腕に攻撃を集中する。猪木は何度もアンドレの上腕にキックを見舞う。アンドレの腕も相当高い位置にあるので、猪木のハイキック、というか延髄斬りのような蹴りがちょうどアンドレの上腕に当たるのだ。そしてアンドレがマットに崩れ落ちた時、猪木はアンドレの巨大な身体の上に乗っかり、右ヒザを横面に当ててその丸太のような腕を上部に持ち上げ、全身で抱えるようにして渾身の力で極めた。あの尋常でない太さの腕を極められるとはとても思えなかったが、アンドレはついにギブアップをする。
 絶対に負けないはずのアンドレが敗れた歴史的瞬間だった。後年この試合はミスター高橋によって揶揄の対象となるが、そんなことはどうでもいい。ちょっとした不祥事でそのときアタマを丸めていた猪木が無邪気に喜びマットを飛び跳ねる笑顔が印象に残る。あんなさわやかな猪木の顔もまた見たことはなかった。

 いろいろな意味で伝説的なこの試合、そして技だが、当時は(記憶で申し訳ないのだが)「腕固め」と呼んだと思う。この腕固めが、今永田がやるアームバーと相似形である。永田が奇声を発して鬼の形相でこの技を極めるとき、僕はどうしても猪木vsアンドレを思い出してしまう。願わくばこの技をフィニッシュとして欲しいが、永田は試合中盤での自分の見せ場としての位置付けにしかしていない。そこが惜しいなとも思う。バックドロップホールドより個人的にはこっちの方が好きなのだが。

 さて、総合格闘技ではアームバーも多様化している。基本は腕を伸ばさせて肘を逆関節に極める技である。この記事はプロレスの記事なので詳細は書けないが、仰向けの相手に乗っかって、腕だけで極めるのをストレートアームバーと呼ぶ。腕の極め方の形状、自分の身体の位置は、例えばV1アームロックやチキンウィングアームロックなどと似ている(UWFも懐かしいな)。腕が伸びているか曲がっているか。 プロレスでストレートアームバーが使用されたら、かつてであればおそらく「アームロック」として処理されるのだろうと思うけれども、今では総合式に言うのだろうか。
 ロールアームバーやツイストアームバーというのは、相手を袈裟固めに極めておいて、足で伸びた相手の腕の肘を逆関節に極める。ロールアームバーは自分の足も伸ばして、相手の腕に絡ませて捻るように極め、ツイストアームバーは両足で相手の肘を挟むようにして…ああもう描写力がなくて書けない。総合のファンなら先刻ご承知のことであろうから細かく書かなくてもいいだろう。
 例えば、昔藤原組長がやっていた「腹固め」の足で極める部分や、それこそ永田裕志の「ナガタロック2」における足で極める部分は「ロールアームバー」に近いと思うのだが、以前、総合格闘技ファンにそのことを言ったとき「うつ伏せになっている相手にアームバーなどとは…」と「わかってないなぁ」風に言われてしまった。相手の形状ではなく支点をどう置くかだと思うのだが、細かい説明など聞くのは面倒だったので謝って終わった。

 さて、伸ばした腕にかける逆肘関節の技がアメプロにおけるアームバーだとすれば、日本で言う「アームブリーカー」もアームバーの範疇なのだろうか。わからないのだけれどもちょっとだけ触れる。
 先日のIWGP永田vs越中戦で、越中が二種類のアームブリーカーを放っていた。今越中ブームが凄くて、後楽園ホールが満員御礼だったそうだが(喜ばしいことだが)、ヒップアタックの影に隠れて越中は腕殺しもやっていた。永田に対抗してアームバーも仕掛けていたが(これは不発だったが)、いわゆる「アームブリーカー」も幾度も放ち、それが興味深かった。
 新日本で言うアームブリーカーは「腕折り」であり、ショルダー式。相手の腕を伸ばして肘を肩に打ちつける。あの、猪木がタイガージェットシンの腕を折ったという伝説の技である。
 対して、かつての全日本プロレスで言うアームブリーカーとは、立ったまま相手の腕をとり、その伸ばした腕を取ったまま自らジャンプしてマットに叩きつける(表現できていないな)。馬場さんがハンセンの腕殺しのために執拗にこの技を掛け続けた。
 越中は、このかつての馬場・猪木色の濃い両方のアームブリーカーを永田に放っていた。これは面白い光景だった。全日本プロレスで修行しデビューして、後に確執から新日本に戦場を移した苦労人越中ならではのことで、僕は思わず鳥肌が立ったのだが、実況も観客も越中の硬いお尻にばかり注目していたのはちょっと残念だった。

デスバレーボム

2007年03月06日 | プロレス技あれこれ
 デスバレーボムという技は比較的新しい。元祖は三田英津子である。全日本女子時代に下田美馬とタッグを組み暴れていた時代はよく見ていた(現在はNEO)。
 この技は、相手をファイアーマンズキャリーに担ぎ、そのまま横に倒れこんで相手の脳天をマットに突き刺すというえげつないもので、その迫力は凄まじい。高角度パイルドライバー的な破壊力だ。
 この技が発生したいきさつは、北斗晶のノーザンライトボムにあると言われる。
ノーザンライトボム、という技は、もちろん"鬼嫁"北斗晶のオリジナルフィニッシュホールドであるが、これはつまりもともとはボディスラムの変形技である。相手をボディスラムに抱え上げ、普通ならそのまま前方に投げつけるところを、抱えたまま脳天から落す。垂直落下式ボディスラム、と言われた。これはこれで相当にえげつない。

 なお、余談になるがこのノーザンライトボムが夫の佐々木健介によってフィニッシュホールドとなり、変形の垂直落下式ブレーンバスターとして認識されているのは、女子プロの北斗晶が元祖であることに起因していると思われる。女子のボディスラムは、技への入り方が男子と違う。男子は相手の肩口と股下に腕を差込んで抱え上げて投げるという「抱え投げ」であるのに対し、女子はまず相手の首をフロントネックロック状態に持って股下に手を入れる。女子のかいな力の不足からくる入り方であろうと思うが、なので女子の場合はボディスラムとブレーンバスターの入り方が最初は同じである。
 健介はやっぱり北斗が怖いので(笑)、北斗の技のかけ方を完全に踏襲している。つまりフロントネックロックから入る。男子の場合はボディスラムにフロントネックロックから入るということがないので、どうしてもブレーンバスターと混同されてしまう。なので、健介がやるとどうしても変形垂直落下式ブレーンバスターと認識されてしまうのだが、これは本来はボディスラムの変形であるはずである。以上は推測であるしどうでもいいことなのだが(汗)。

 さて、三田英津子は北斗の弟子筋にあたり、このノーザンライトボムをさらに強力にしようとした。すなわち相手を抱えて落すよりも高角度、相手を肩に担ぎ上げて脳天から落すという方式にした。これがデスバレーボムである。
 これを男子に持ち込んだのは高岩竜一ではないかと思うが、常に男子主導であったプロレス界で、ノーザンライトボムといいデスバレーボムといい女子主導で技が開発され男子に伝播したということは特筆すべきことではないかと思う。高岩は完全にこの技をフィニッシュホールドにしている。

 デスバレーボムがボディスラムから由来しているとは言っても、技の形から言えばボディスラムなど影も形もない。一般的に分類するとすれば、これはファイアーマンズキャリーからの派生技としてとらえた方がわかりやすい。
 ファイアーマンズキャリーからと考えれば、近い技としてはもちろんバックフリップがある。横に脳天から落すか、後方に落すかの違い。詳細は前記リンクを参照していただきたい。
 そして、ファイアーマンズキャリーからの技としてはもちろん回転式のエアプレンスピン、そして回転させて前方に落すというブロック・レスナーの「バーディクト(F5)」がある。→フェイスバスター
 また昨今は中邑がランドスライドという中途半端な技を出しているが、あれなどはファイアーマンズキャリーに担ぎ上げなくてはいけない必然性がよくわからない。不思議な技である。

 さて、アングルスラム(オリンピックスラム)である。
 カートアングルがようやく来日し、その模様を地上波でも見る機会を得た。僕はWWEをほとんど観ていないので、アングルスラムも観たことがないわけではなかったが「チラ見」しかしたことがない。漠然とデスバレーボムと同系の技だと思っていた。このアングルスラムと同型の技として、杉浦貢の「オリンピック予選スラム」があると言われる。カートアングルがアトランタ五輪金メダリストでありアングルスラムが"オリンピックスラム"と別称を持つのに対し、杉浦は五輪出場経験がないので「予選スラム」と洒落て言っているのだが、この「五輪予選スラム」を見る限りは、デスバレーボムに非常に近い。
 違いは、デスバレーボムが完全にファイアーマンズキャリー状態から落す、つまり相手の頭部を肩の上で固定して横方向に突き刺すのに対し、五輪予選スラムは首を固定せずに相手の手首を固定し(相手の頭部が左側にくる場合は相手の左手首)、その相手の腕を引き付けるようにして横方向へ投げる。片方で相手の腿を固定しているために「肩車」のように高角度ボディスラムにはならず、脳天からマットに落すことに成功する。相手の腕を引き付けることによってある意味デスバレーボムよりも威力を増すことが出来る。デスバレーボムは、相手の腿(股下)にある自分の腕の押し付ける力によってマットに脳天を突き刺すわけだが、五輪予選スラムはもう片側の腕の引き付けも威力に加えることが出来るわけであるから。

 というわけで、地上波で流れたアングルスラムを注目して見た。VTRで何度もスロー再生してみた。
 そして結論としては、これはデスバレーボムとは違う、ということである。五輪予選スラムとも微妙に違う。
 入り方はもちろん五輪予選スラムと同じである。当然と言えば当然だが。しかしカートアングルは、そのあと後方に倒れこむのである。以上書いてきたデスバレーボム系の技は横方向へと投げるのに。
後ろへ倒れこむとすればこれはバックフリップである。しかし、アングルスラムは左手首を固定し引き付けることによって相手の頭部を突き出させ、脳天(もしくは後頭部)をマットに叩きつけることに成功している。相手の胴体に体重を預けるのがバックフリップである。とすれば、これはバックフリップでもデスバレーボムでもない、強いて言えば変形のバックドロップではないのか。
 これに近い技がかつてあった。近いと言ってしまえば、そのスピード感、叩きつける角度の違いから反論があろうかに思えるが、ブッチャーの山嵐流バックフリップである。これはアングルスラムとはスピードの点で比べ物にならないが、相手を肩に担ぎ上げ、後ろに倒れこんで後頭部を狙う点では近い。そういえばブッチャーの山嵐バックフリップは山嵐バックドロップと言われたこともあった。つまり中間色の強い技なのである。
 さらに、天山の大剛式バックドロップである。これも近い。アングルスラムは左手首を固定するが天山はそれをしない。相手の腿を担ぎ上げる方式であるが、これも角度といいアングルスラムに近いように思えてしょうがない。比べて、アングルスラムは腕を一本固定しているが故に大剛式より受身が取りづらい。しかし角度は大剛式の方が急になることがある。

 プロレス技を系統立てたり、分類するのは難しい。ノーザンライトボムが高角度ボディスラムであるのか変形ブレーンバスターであるのかもうよくわからないのと同様に。そもそもアングルスラムが出来上がったときにどういう形であったのか。本来は横方向に落としていたものが、危険度の関係で後方へ倒れこむ形になったのかもしれないし、一度や二度見たくらいでは判別が付かないのが本当のところである。全然話が違うかもしれないが、武藤のシャイニングウィザードも、今見れば低空ヒザ回し蹴りである。本来のヒザ眉間狙いとは大きく形容が変わっている。そんなこともアングルスラムにはあるのかもしれない。WWEに詳しい人はだれかご教授願えないものだろうか。

 さて、話をデスバレーボムに戻す。デスバレーボムはファイアーマンズキャリー状態からの横方向脳天逆落としであるが、これに近い技でもっとえげつないものがある。それは小橋健太のバーニングハンマーである。
 小橋は、相手を肩に担ぐ段階で、アルゼンチンバックブリーカー式に担ぐ。相手の腹が上を向いた状態だ。それを横方向に落す。落とされる相手は仰向け状態からであるのでマットとの距離感も掴めず受身が実に取りにくいことが予想される。この技を返したレスラーはまだ居ない。
 さらにリストクラッチ式バーニングハンマーという技も田上に放ったが、これはアルゼンチン式の担ぎ方とは異なってしまうため、デスバレーボムに少し近づく。もう文章で表現するのが大儀であるのだが、アングルスラムとは違うほうの手でリストクラッチをする。リストクラッチ式エクスプロイダーの状況で肩の上に担いでいるようなものである。もちろん受身が取れなくなる。何れにせよ怖い技であり、ここ一番でしか使用しない。
 小橋はようやく復帰のメドが立ったようである。完全復帰ともなれば、いよいよプロレス界最強の男の復活となるわけであるが、くれぐれも無理をしないでいただきたい。

 追記:小技さんのお絵描き日記~イラストレーターへの道にイラストあります。
デスバレーボムに挑戦!!
 もちろん小技さんのHP「小技のプロレス画集」からも入れます。
 いつもお世話になります。こうしてリンクさせていただくと本当にわかりやすい。小技さんのようにプロの方のイラストを参照させていただくのは本当に恐縮なんですが…。