凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

ボディスラム 1

2008年07月19日 | プロレス技あれこれ
 ボディスラムという技に解説は不要か、と言われればそうではないかもしれないけれど、そんなに難しい話は必要ない。つまり「抱え投げ」のことである。相手を抱えてぶん投げる。正確には正面から、自分の片腕を相手の股間に差し入れて持ち上げ、もう片腕は肩口あたりを支え、そして相手を背中からマットに叩きつける技である。
 ちょっとだけ付け加えるならば、女子のボディスラムは、片腕を股間に差し入れるまでは同じだが、女子のかいな力の不足から、もう片方の腕は相手の首根っこをブレーンバスターのように脇に挟み込み、両腕の力をフルに使って持ち上げる。このことは以前少し書いた(→デスバレーボム)。

 プロレスの基本技であり、ヘッドロックと並んで試合での頻度が高いと思われる。まずボディスラムを使用しないで終わる試合は少ないのではないだろうか。
 ただし、これは完全な繋ぎ技である。コンクリートの上で投げれば一撃必殺となるだろうボディスラムも、多少なりとも緩衝材が用いられているプロレスマットと、受身の専門家であるレスラーが相手では、ダメージを与えることすら現在ではなかなか難しい。よって、例えばコーナートップからダイビング技を仕掛ける場合に、相手の横たわる位置を決定付けるとか、或いはコーナーに上るための時間稼ぎ的な意味合いしか現在のボディスラムには価値がない、と言っても極論ではないだろう。
 これは、受身技術の向上がひとつの技を殺してしまったとも言える。
 昔は、相手にダメージを与える技としては有効だった。力道山も、一試合で何発もボディスラムを放ち、徐々に相手のスタミナを奪っていく。繋ぎ技にせよ効力はあったのである。昔は技の種類が少なかったからボディスラムにかかる比重が大きかったと言えるかもしれないのだが。
 しかし一歩間違えば今でも危険な技である。もしもバランスを崩して、相手の背中からマットに叩き落さねばならないところを、頭や首から落としてしまったとしたら。
 この典型例として、スタンハンセンがブルーノサンマルチノの首を折ったと言われるニューヨークのMSGでの事件がある。まだまだ若手だったハンセンは、サンマルチノにボディスラムを仕掛け、腕がすっぽ抜けて頭からサンマルチノを叩きつけてしまった。サンマルチノは頚椎を損傷し、リハビリによって復活したものの往時の輝きを完全に取り戻すことが出来ず数年後に引退したと言われる。よく「ハンセンの首折ラリアート事件」としてセンセーショナルに伝えられているが、実際はラリアートで首を折ったわけではなくボディスラムによる事故である。危険な技なのだ。

 ボディスラムはかつてはフォール技だったのか。その実態は残念ながらよくは知らない。しかし、プロレス技というものは、出生を辿れば相手をギブアップ或いはノックアウトすることを狙う技であるはずで、僕の知らない60年代より以前ではそうだったのかもしれない。
 ローラン・ボックがボディスラムでフォール勝ちしたという話を聞いた事がある。詳細を知っている人はいないだろうか。相手は当時の新日若手レスラーで(長州とか木村健吾とか言われている)、高速ボディスラムで相手をマットに叩きつけそのまま3カウントを奪った、と。真偽はわからず資料も持っていないのでなんとも言えないのだが、ボックならありうることだろうと思わせる話である。あのダブルアームスープレックスにおけるマットへの叩きつけ方というのはえげつない。ならばボディスラムでも…と想像は出来る。
 もうひとつ伝説がある。それはアンドレ・ザ・ジャイアントである。あの国際プロレス時代のこと、当時モンスター・ロシモフと名乗っていたアンドレは、神様カールゴッチと対戦。ゴッチはアンドレをなんとジャーマンスープレックスで投げたという。だが、メインレフェリーがその前にアンドレと交錯してマットから転落しており、サブレフェリーが入って3カウントをしたかに思われたが、その後アンドレがゴッチ後方からエルボー、そしてボディスラムで体固めに入ったところにメインレフェリーが復帰し3カウントを入れてしまった、というもの。公式にはアンドレがボディスラムでカールゴッチからフォールを奪ったことになる。
 アンドレがボディスラム、ということになれば、公称約223cmの身長から繰り出されるその技は相当なハイアングルのものとなったことは想像に難くないし、立派にフォール技と成りえただろう。ボディスラムで投げるよりもフォールのために体固めで押し潰せば、いかにゴッチでもダメージがあって跳ね返せまい、との意見もあるが、当時のロシモフ時代のアンドレは写真で見ても後年よりずっと痩せている。だからこそゴッチもジャーマンを仕掛けられたのであろうし、体固めの押し潰しではなくボディスラムが効いたからこそフォールされたのだろう。

 僕がちゃんと知っているボディスラムでのフォール例はこのアンドレのものだけなのだが、歴史は皮肉なものだと言うか、このアンドレが、逆にボディスラムで投げられる側になるという場面が、後にこの技に脚光を浴びせかけることになるのである。
 アンドレはとにかくでかい。身長は前述したように223cm、体重は236kgと公式には言われているが、実際はもっと大きかったらしい。レスラーは普通、身長や体重は実際のものより数字を上積みして発表するものだが(体重制限のあるJr.は別として)、アンドレはそうではなかったという。実際、アンドレは来日の度にどんどん体重が増えているように見えたし、身長も恐ろしいことに年々伸びていたとも言われる。巨人症とは成長ホルモンの過剰分泌でありそういうものだと言われるが、にわかに信じがたいものの証言もいくつかあるようだ。アンドレは成長を止めることが出来なかった、と。
 その姿を「人間山脈」と古館アナがよく形容していたが、異形のものが揃うプロレスの世界においても傑出しており、しかもでくの坊ではなく実力がある。運動神経も並みではなく、若い頃にはドロップキックもこなしたという。アンドレがもしも本気でタイトルを狙えば、獲れなかったタイトルはあるまい。
 以前佐山聡が、アンドレと戦って勝てるか、との問いに「勝てる」と答え、指の骨を一本づつ折ればいい、などと言っていたが、そんなことをエドワード・カーペンティアやバーン・ガニアに師事したアンドレが許すだろうか。指に取り付く前にぶっ飛ばされてしまうのではないだろうか。それほどアンドレは規格外で、しかも大きいだけの男ではなかったのだ。人類最強の男の称号にまさに相応しい。こんなレスラー、いや人間はもう現れないだろう。
 だがアンドレの大きさと強さは、その比類が無いということからレスラーとしては苦難の道を歩かねばならない運命におかれる。まともに戦っても誰もアンドレに勝てないことは明白であるからだ。技ひとつとってもアンドレが繰り出すと危険である。プロレスは相手に怪我をさせたり命を奪うことを目的としていない。従って、相手に確実に怪我をさせるであろうツームストンパイルドライバーを封印したり、アームロックなども加減が必要となった。また、一人では相手にならず2vs1のハンディキャップ・マッチも多く組まれ、バトルロイヤルでの出場も多かった。突出したその体躯と実力のせいである。
 実力あるレスラーならシングルでも対戦出来たが、まず勝てる見込みなど無い。なので試合の注目は別の部分にあつまる。どのくらい対峙出来るのか。相手が何秒でフォールされるか。その中のひとつに、アンドレをボディスラムで投げられるのか、という視点があった。
 ボディスラムという技は、アンドレと対戦する場合に最高に注目が集まった。この男に勝てるやつはいないのか、という視点はとうに失われ、この男を持ち上げて投げることが出来るやつがいるのか、という観点だけにしか注目し得ない、ということがもはや凄まじい。
 しかも、アンドレをボディスラムで投げたレスラーなど数えるほどしか存在しない。ハルクホーガン、スタンハンセン、ハリーレイス、ローランボック、エルカネック。また伝聞ではブルーザーブロディ、ケンパテラ。だが、このパテラも、日本で見た試合では失敗している。重量挙げ五輪メダリストのパテラですら、そうそう持ち上げることなど叶わなかったのだ。日本では猪木、長州力。長州が投げた試合は観ていたが、相当無理があったように見えた。投げた、というよりもその姿勢でなんとか浮かせて転がした、に近かったようにも記憶している。そして、技をかけた長州が腰を痛めていた。
 こういうことを書いてはいけないのかもしれないが、もしもアンドレが本気で踏ん張れば、投げることなど誰も叶わなかったのではないか。投げさせてやった、とまでは言わないが、それに近いニュアンスもあったのではないかと考える。そして、投げたレスラーには箔がつきステイタスとなった。
 
 アンドレが他界してもう15年を過ぎた。享年46歳だったアンドレの年齢に自分が近づいていることを思うと感慨深い。ああいう人は長寿を保つことは難しい。異形のものとして生まれることの厳しさを思う。そして、アンドレが亡くなって、ボディスラムにも注目が集まることが少なくなった。

 ボディスラムの派生技についても記述したいが、長くなったので次回に。

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3 コメント

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ボディースラム (jasmintea)
2008-07-26 23:15:07
確かにこの技はデッカイレスラーをぶん投げたレスラーが称賛を浴びる技ですよね。
女子プロレスではロープに振ってボディースラムが多かったような。

ずーーーっと昔付き合っていた5歳下のプロレス好きの彼と試合を観に行った時生アンドレをみました。
身長よりその独特の風貌が怖くて怖くて(笑)
その頃はレスラーの名前もあまり知らなかったのですがアンドレは一発で覚えました♪
そう言えば古館さんは「一人民族大移動」なんて使っていませんでした?
ハンセンとの一騎打ち、もう一度見たいなぁ。
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>jasminteaさん (凛太郎)
2008-07-27 12:01:29
デッカいレスラーをぶん投げる、というより、アンドレを持ち上げた場合に賞賛を浴びる、と言った方がいいかもしれませんね。かつて猪木がキングコング・バンディとボディスラムマッチをやったことがありましたが(投げたら賞金)、そう銘打っているにも関わらずさほどボディスラムに印象がない。やはりアンドレという稀有の体躯が対象であればこそであったようにも思えます。

生アンドレを僕も京都府立体育館で見ました。二階席にも関わらず一人だけ大きく見えました。何か縮尺が間違っているようにも思えましたねー。
古館アナは「大巨人」「人間山脈」「一人民族大移動」の他にも「現代のガリバー旅行記」「人間エグゾセミサイル」「一人と言うにはあまりにも大き過ぎ二人と言うには人口の辻褄が合わない!」などとトンでもない言葉で実況していました。あの人もニュースキャスターになどならなければ良かったのにねぇ。
風貌も確かに怖かったのですが、僕は子供の頃、団次郎さん(帰ってきたウルトラマン)に似ているようにも思え、ピンチにならないと変身できない彼と重ね合わせて、そこはかとなく漂う悲哀のようなものを子供心に感じていました。古館アナが「ガリバーシンドローム」と表現しましたが、大きすぎる男の悲劇をよくあらわしていたようにも思えます。
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Unknown (Unknown)
2022-03-12 22:27:10
ローランボックのボディスラム一発で相手を失神状態にし3カウントフォール勝ちの試合テレビで見ました。当時からボディスラムは必殺技ではなく、相手にダメージを与える技でもなかったので、そのままフォール勝ちにはかなりの衝撃を受けました。対戦相手は、星野勘太郎選手だったように記憶しています。
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